8 レイザーサーモンを捕りましょう
魚って素手で捕獲するのは非常に難しいのです。
町の冒険者達の協力を得たので、早速これからの流れをみんなに伝える。
まず俺は町に戻ってギルドにパーティーに入れてもらう手続きをする。一緒に戻ってくれるのはいかにも聖職者って雰囲気の賢者のエーシャさんだ。
「アタックもヒールもできるのはエーシャくんだけじゃから。何かあった時のためじゃ。」
とエルシュさんからのご指名だ。
夜の移動は危険を伴うからやめろとみんなから言われたが、オルに獣気を出してもらいながら町に向かうので心配なしだ。はっきり言って無敵だな。
その他のみんなには、ちょっとした細工物を作ってもらう。
納品分の数が足りないって情けない結果にしたくないから、この細工品で余分に捕るための保険みたいなもんだ。
この夜営地に来る間にニーチェに作り方を一通り教えたから問題なく作れるはずだ。俺達が戻るまでにはできているだろう。
月明かりに頼りながらオルに先導してもらう。全力で走ってる訳じゃないが、日頃こんなに体を動かさないからもう息があがっている。
―はぁはぁなあオル。例えばこの土地でお前に匹敵するようなやつがいたら獣気では追い払えないか?―
―うむ。ワシがこの姿だと本来の1割も力が出せぬ。ゆえに今のワシを圧倒する輩がおれば真っ先にワシが狙われるだろう。この獣気に反応してな―
―そうか。だがおまえの1割の力っていってもはぁはぁ相当なもんだろう? タートルドラゴンを猫パンチで倒したくらいだから―
―あの程度ではワシの敵ではないわ。並の魔物ならともかく、幻獣やドラゴンは別だがな―
―わかった! もうこの話はやめよう。これ以上話すとフラグが立つのが目に見えている―
―ふらぐ? 何だそれは?―
―知らなくていい。はぁはぁいや知るな。災難はごめんだ―
あぶないあぶない。お決まりのパターンにはなりたくないからな。
「キノくん。まだこの町に来て間もないのになぜここまで協力してくれるんだ?」
走りながらエーシャさんが話してくる。この人全然息が切れてないぞ。
「はぁはぁ実は旅の途中でエルシュさんに命を救われて、ここ数日は居候までさせてもらってるんだ。そのお礼もあるし、みんなが町のためにってはぁはぁ熱い思いを持って頑張ってるから俺もできるならば力になりたいとね。ぜぇぜぇ」
「…すまないなぁ。オルーツアは流れ者が集まってここまで発展したと言って過言じゃないが、流れ者は流れ者なりにこの町が好きなんだ。とても大事にしている。だからこんな無謀なクエストでも町の誇りのためみんな何とかしたいと動いてるんだ。だが戦いしか知らない俺達じゃもう限界だ。君には君なりのやり方があるだろうから、どうにかこのクエストの完遂頼むぞ!」
「はぁはぁ任せとけ!」
走りながら喋るのは辛すぎるぞ。横っ腹が痛い……
しばらく走り続けてようやく町の明かりが見えてきた。
転がり込むようにギルドに入りアヤメさんにクエストパーティー手続きをしてもらう。それから休む間もなく夜営地にとんぼ返りだ。どこの部隊の訓練だってくらいハードだ。
さすがにぶっ通しで走れるわけもなく休みながらなんとか夜営地に戻った。この世界の移動手段は己の足しかないのか?
息も絶え絶えに戻ると、みなさん明日に備えて横になっているがニーチェとエルシュさんは起きて待っていてくれた。無事に俺達が戻ってきて安心したようだ。明日のことは起きてから割り当てよう。今さら話すよりはしっかり休んで明日話すほうがよい。やることは決まってる。みんなには魔物と戦ってもらわないといけない。俺は獲物を捕らえるだけだ。挨拶もそこそこに俺達も横になり瞼を閉じた。
風が冷たく感じる。どれくらい寝ただろうか、夜が明けきらないうちに目覚める。この暗がりのうちから移動してより獲物を捕りやすい場所そして自分自身を守れる場所を確保せねば。みんなはもう起きて臨戦態勢だ。頼もしすぎるな。
早速川辺に着くとおもむろにカバンから道具を取り出し準備をする。準備と言ってもロッドを伸ばすだけだ。
そう。サーモンを捕るために俺が選んだのはズバリ釣りだ。聞けばこの世界には釣りは存在しない。だができないはずはない。小さい頃から慣らしてきた俺の腕前を見るがいい。ちなみにルアーで勝負だ。スプーンと派手な彩色のミノーを準備。
この時点で俺の脳裏にはもう釣れる気しかしない!レイザーサーモンのためにタブレットで購入した釣り道具を買い揃えて残った有り金はあと銀貨三枚と銅貨二枚。つまりは3200Gのみ。こんなことなら魚介ランチは控えればよかった……
そして昨夜みんなに準備してもらったのは、ニーチェに買い出ししてもらった大きめの裁縫用の針を釣り針の形に曲げ、少しナイフで切れ目を入れてかえしを作ってもらったのだ。さらに鍛冶屋でもらった鉄屑を鉛の代わりにして釣り糸はピッピさんの道具屋でソリッドスパイダーの細めの糸を大量購入し使用する。
こうしてみんなで準備した糸、針、鉛だけのものだが立派な釣りだ。この仕掛けに昨日釣れたブラックトラウトを切り身にして釣り針にかけて川に放り投げておく。とりあえず川の流れのひどくない10箇所に転々と仕掛けていき、釣り針は川辺の岩にくくりつけて放置。あとは時々手で糸を持ってかかってるか反応を確認してまわるだけ。もし引きがあれば手でたぐり寄せてもらう。この確認をエルシュさんに任せる。
冒険者のみんなには仕掛けを流している範囲と俺を中心に警備態勢を取ってもらう。なんせ俺とエルシュさんは魚に集中するから川しか見ていられない。文字通りみんなに背中を預けた状態だ。ニーチェはエルシュさんの側に、オルは俺のすぐ背後で守ってもらう。
さあやったろうじゃないか!
記念すべき第一投をフルキャスト! まだ月明かりだけの暗がりなのでスプーンで攻める。誘いをかけながらルアーの水深を川の表層にあわせリールを巻いていく。月明かりがスプーンに反射して川の中できらきらと光っている。ここらが勝負か…さぁ食いつけよ……さっきよりも激しく誘いながらリールを巻き、およそ20メートルほど先の真っ暗な深場から岩場がうっすらと見えかけたちょうどその境にスプーンが通った瞬間だった。
“ジィ――――ッ!!!!”
ものすごい勢いでラインがリールから出ていく。ドラグを緩めにしておいたおかげで食いつかれた瞬間にラインを切られずにフッキングに成功した!
「うおっしゃ―! きたぞ!」
ドラグを絞め直しリールを巻く。が、でかい! 油断したら川に引きずり込まれそうだ。幸いにも足元は砂地なので踏ん張りが効く。くぅ!今まで経験したことがない引きだ。だが、俺が準備した仕掛けはカジキでも釣れるようなものだ。ラインもロッドもリールも間違いなく持ちこたえるはず!
ジリジリと出ていくラインをリールで巻き、根に潜ろうとする魚とやり取りをし、どれくらい過ぎただろうか。ようやく手前にその巨体が現れた。うぅ……たった一匹釣り上げただけなのに腕がパンパンだ。
「エルシュさん! こいつがレイザーサーモンですか!?」
声を張り上げてエルシュさんを呼ぶ。ニーチェと川上から走ってきたエルシュさんが俺の釣り上げた魚見て叫びをあげた。
「うおおおおおおっ! キノくんがっ! キノくんがレイザーサーモンを捕らえたぞぉぉぉ!」
「キャー-! すっごいぃぃ! キノすごいよ!」
エルシュさんとニーチェの叫びを聞きみんなが集まってくる。
「うわ……マジもんだ。しかも全然傷がついてねぇよ…」
「すっげ~~! 俺、生きてるレイザーサーモン初めて見たわ!」
「おいおい……こいつ本当にやりやがったぞ…」
「いけるいける! これなら納品分いける! 頼むぞ! お前は俺達が守ってやる! だから頑張って捕獲してくれ!」
みんなから称賛されながらすぐにレイザーサーモンのエラを切り取り背骨を切断し、尾の付け根にナイフを立て血抜きをする。これをするのとしないのとではまったく味が変わるのだ。それにしても立派な魚体だ。話通りの姿で、雑に素手で扱うと切り傷だらけになるのは間違いないな。
鮮度を保つためにカバンに収めて笑顔が弾けるエルシュさんと軽くハグする。みんな喜んでる。気持ちが高揚している。よかった……これでみんなの希望が繋がったぞ! あとは釣って釣って釣りまくるだけだ!
とその時だ。深い茂みを見張っていた冒険者が大声で叫ぶ。
「魔物の姿が! 皆! 構えろ!」
くっそ。これからって時に……タイミングよすぎじゃないかい?
緊急クエスト編も次回が山場になります。




