12 タートルドラゴンなんぞさっさと狩るぞ!
狩りの始まりです。
「よしっ! これさえあればなんとかなるはず!」
ネットショッピングで購入したものをカバンに入れて一息つく。いよいよ魔物の狩りか……不思議と落ち着いている。焚き火の炎が周囲をオレンジ色に照らし揺らめくなか、タートルドラゴンに対するシミュレーションする。
あれからニーチェよりタートルドラゴンに関する情報を嫌と言うほど叩き込まれた。これはゲームの世界の出来事ではない。そして俺はチートな能力があるわけでもない。リアルな現実なんだ。
はっきり言えるのは〔失敗=死〕
油断も隙も見せられない。ましてやニーチェやオルの手助けを期待してもならない。その期待が自分の判断を鈍らせるだろうから。すべては自分でやり遂げないと。臆病な事は思い起こすな。
ふと横を見るとニーチェとオルは薄手の布をかけて微かな寝息をたてている。くそぅ。余裕があるやつらは違うもんだな。
俺は一心に炎を見つめ精神を研ぎ澄ませてゆく。
絶対に生きるんだ。
そして朝を迎えた。
「おはよー。あれ? もう起きてたの?」
「……うむ。」
早起きしたのではない。昨夜、睡魔は俺から離れ去り一睡もできなかったのだ。この目のクマを見ればわかるだろう。
天幕を片付けパンをかじりながらサガラ川に向け出発する。少し岩肌が露出した草原から徐々に足場の悪くなる丘陵に入る。こんなところで魔物に襲われたら逃げ切れる自信ないな。
足元がふらつきながらもなんとか歩いているとオルが話しかけてくる。
―寝てないだろう? それで戦えるとは思えぬのだがな。串20本でワシがお前の分も倒してやろうか?―
―……お断りだ。一人一匹の討伐だったよな? 瞬殺させて即昼寝してやる―
―ふん。頼もしいな。では初めに見つけたタートルドラゴンはお前が狩るがよい。ワシは高みの見物といこう―
―いや、初めはオルかニーチェに任せる。実物見てからのほうが死亡リスクを減らせるはず! そして俺はそれを高みの見物だ―
―……おまえは大物なのか臆病なのか分からぬな…―
―石橋を叩いて渡るって言葉を知らないのか? 何事も安全第一だ!―
俺とオルが言い合ってると不意に視界が開けた。
「ここがサガラ川よ! 綺麗なところでしょう? 素材集めや魔物討伐のクエストでこれからも来ることがあると思うよ。しっかり地理を覚えておいてね!」
すごい。それしか言えない。川幅は軽く100メートルはあるだろうか。川向こうには山々が連なり、深緑が俺達の上に津波のようにが迫ってくる感じにとらわれる。穏やかな流れに満ちた川辺には多くの水鳥や鹿っぽい生き物が群れを成し豊かな生態系を表現している。まるで野性動物の楽園だ。こんなところでのんびりキャンプしたいな~そうぼんやりと考えていると、現実に連れ戻される一言が。
「キノ。あれがタートルドラゴンよ。静かにね!」
ニーチェの指差す先にそれはいた。甲羅の全長はおよそ5メートルくらいだろうか。そして爬虫類独特の足と尾がさらにその体を大きく主張している。しかし肝心な頭はこの位置からは見えない。う~む。でかいな……さっきの勢いはどこにいったのか俺の膝は痙攣しているように震えている。
「ニーチェ。あのばかでかい甲羅についてるのが破竜石なのか?」
「そうそう。結晶石だから剥ぎ取るときは少し注意が必要だけど、まずは倒さないとね。初めはキノ行く?」
「本気で遠慮しとく。たぶん行っても死ぬ。」
「なかなかのチキンっぷりね。じゃ、まずは私が行ってくるから。あなたが来ても足手まといだからじっとしてて!」
くそぅ。何も言えねえ……だが、ここは面子の問題じゃないんだ。どれだけ生存確率をあげるか。それだけに重きを置くんだ。
身を潜めニーチェの行方を目で追うと、すでに彼女はタートルドラゴンのすぐそばまで近づいていた。もちろん町にいるときのようなスカート姿の女子力満載の衣服ではなく、何らかの魔物の皮で作ったであろう機動性がよい鎧を身に付けている。そうでなければ、あんなに素早く気づかれずに近くまで行くのは不可能だ。そしてニーチェの姿がふいに消えたと思った瞬間タートルドラゴンの首が地面に落ち、盛大に血しぶきをあげていた。
やっぱりあいつは忍者の末裔じゃね~か!
狩りが終わってパタパタと走って戻ってくる。おもむろにマジックバッグから切断されたタートルドラゴンの頭を取り出し説明を始める。うわ……この顔つきはほんとにドラゴンだ…
「ここが耳だよ。目はこんな感じに前向きについてるから正面から真横の視界に入らないように注意が必要だからね。あと、牙は……」
「おいおい! タートルドラゴンの解説よりもまずは知りたいのだが、今のはなんだったんだ? 一瞬おまえの姿が消えたぞ!?」
ニーチェの説明を遮って問う。
「さっきのは私のスキルで『隠者』よ。すごかったでしょ?」
「うん……すごすぎて何も言えねえよ。もう忍者そのものだ……実物の忍者を見たことないが間違いなくニーチェは忍者だ……この国にはお前みたいな化け物だらけなのかよ?」
「ちょっと! こんな少女に化け物ってひどくない? 忍者って何なのよ! それにオルーツアのなかじゃ私は強いほうだと思うからそんなに悲観的にならないで。ほら、次はキノの番よ!」
年下の女子にここまで言われるとは……よ、よ~し! やったろうじゃねぇか!
まずは装備変更だ。カバンから地下足袋を取り出してブーツと履き替える。いいぞ。足場の悪いところにもジャストフィットで滑りませんぞ! そしてゴムイボつき手袋を装置。これで汗で手にするものが滑り落ちたりしない! 準備万端だ。
あとは……よし見つけたぞ。しかも岩場がやつの死角になりそうだし都合がいい!
ニーチェが倒した場所よりも200メートルほど川を遡った岩場に同じような甲羅が見える。もうあとには引けない。やるしかないのだ。
獲物を見つけた豹のようにゆっくりと背後から近づく。しっかりと地面を踏みしめると、おのずと太股やふくらはぎに力が入る。砂が混じった土を踏むときに出る僅かな足音と、震える喉元を通る呼吸を無理矢理に一致させる。
焦るな……まだだ……まだ遠い……もっと近くまで…
「あんな近くまで……キノは一体何をする気なの? あんなに近づいちゃ水刃なんて避けれないよ……何が起きてもいいように近くに……」
ニーチェはキノの危険を察して静かに動き出す。オルも足音をたてずにそのあとに従う。
じっくりと時間をかけて、タートルドラゴンに気づかれずにとうとう頭の近くにまで来れた。この距離なら大丈夫だろう。
俺はカバンから静かに取り出す。そして両手に一個ずつ手にして各々の引き金を引く。額から流れる汗が止まらないが気にしてる暇はない。
肺に空気を詰め込めるだけ詰め込んで、手にしたそれを口に近づけて一気に俺の声と共に吐き出す!
「「「「チェストぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
「「「ぉぉぉ」」」
「「ぉ…」」
「…」
静かな川のせせらぎと風に揺れる草木の音を掻き消す轟音。
水鳥は一斉に飛び立ち、周囲にいた鹿たちは我先にとその場から姿を消す。
タートルドラゴンは"ドン!"と1メートルほど跳ね上がり地面に落ちたあと痙攣している。そしてその勇ましい顔からは生気が失われ、目と鼻と耳から真っ赤な血がドロドロと流れ出ている。やがて痙攣が収まり、ピクリともしなくなった。キノの声圧によりタートルドラゴンは息絶えたのだ。
「やったぁ!!!! 俺一人でやったぞ! 見たかこのやろう! おい! 見たか!? ニーチェ! オル! いちかばちかの賭けだったけどうまくいったぞ!………あれ? ニーチェ? オル?」
振り返ると、俺の背後で耳を塞いでいる一人と一匹。
「どしたん?」
「どしたんじゃないわよ! 何なのよ今の音というか声! いきなりあんな大きな声がしたから思わず漏らしそうに……いや! びっくりしたじゃないのよ!」
地面にへたりこんで涙目のニーチェ。
―そうだぞ! まさかあんな魔術をお前が使えるとは……なかなか驚いたぞ!―
たわしみたいに毛が逆立ったしっぽをピンと立てているオル。
ははは。どう言おうとも勝ちは勝ちだ。俺自身が一番びっくりしてるがな。そうだ。俺が一人で倒したんだ……やった……ぞ……
そして目の前が真っ白になった。
とうとう魔物を倒しましたね!
キノが手にしたものはなんでしょうか?
そうです。あれです。




