9 市場を散策しよう
市場にいきます。
ザネックスさんのお店から市場までは30分もかからず着いた。多くの荷馬車が行き交い、道の脇には露店が所狭しと並んでいる。
「焼きたての猪串だよ! 一本銅貨五枚だ!」「腹からあったまる野菜と貝のスープだよ! なくなり次第店閉めるよ!」
威勢のいい掛け声が至るところであがっている。そして胃袋を刺激する香りが辺りに充満している。
―オルはどの肉が食べたいんだ?―
―ワシはあの猪の肉を焼いたものと向こうにある鳥の干物がよいな!―
そう答えるオルの足元には水たまりができている。いや、あれは水たまりではなくオルのよだれだろう。一緒にいるこっちが恥ずかしいぞ。しかもどこに鳥の干物なんてあるんだ? あ~あったあった。って、遥か彼方にある店じゃん! どんだけ食に対する思いが強いんだ……とりあえず猪串を買おうか。
「おじちゃん! その串を二本……」 ―10本だ!―
「11本もらえるかな……」
「あいよ! 味付けは塩と香草どっちがいいかい?」
「じゃ、塩六本と香草五本で。」
「まいど! うまかったら収穫祭の時も買いに来てくれよ!」
収穫祭だと? そんなイベントがあるのか? それは気になるな。
串が乗った木の皿に飛び上がって手を出してくるオルから肉を守りながら串屋の主人に聞いてみる。
「収穫祭ってどんな感じなのかな?」
「お前さん初めてなのかい? 収穫祭ってのは毎年この時期に行われる祭りで、期間中の三日間に自分達の作った自慢の食べ物や道具を売り出すのさ。王都や近隣の町からもたくさんの人が押し寄せてくるからそりゃすごい賑わいだぞ! だれでも参加したい者なら店出せるんだ。ちなみに10日後に収穫祭は始まるからな!」
うぉぉぉぉぉ! こいつは是非とも参加したい! そのためには……何を売り出すか……いや! まずは資金だ! ザネックスさんがくれたお釣りは残りが金貨三枚と銀貨八枚、それに銅貨が数枚だ。よし。まずは資金集めのために働かねば!
話を聞き終わりオルが食べやすいように肉を串から抜いてやる。塩味の串を頬張りながら頭をフル回転させる。
クエストは明日からするとして、何がこの町で需要とされるのか……そしてタブーとなるのは……やはりあれかな?
それにしてもこの串はうまい。噛むほどに肉汁が出るとはこのことだ。塩だけでこれだけの味になるとはね。オルが一心不乱になってがっついてるのがわかる気がする。
串を食べ終わり、少し気になることがあるとオルに聞いてみた。
―なあオルよ。例えば、違う世界の物をこの世界に持ってきて使うと大きな問題になりかねないかな? 歴史が変わるとか、突如文明が発達するとか。―
―そうだな。もっちゃもっちゃ。問題になるという点では、この世界にない武器の類は危険かもしれぬぞ。国の軍部や力ある者がそれを知るところとなれば、その武器を我が物にしようとしてお前は常に狙われるであろうな。もっちゃ。う~む……この香草のやつはなかなかクセがあるな―
なんだ最後の一文は……おまえは美食家か……
―ワシもこの世界の日常に関してはほぼ何も知らぬゆえふさわしい助言ができないのだ。ただ言えるのは、この世界で生産ができる可能性があるものならばよいと思うぞ。生産ができないならば最後まで隠し通すべきだ。もっちゃもっちゃ。作り出す知識を与えるくらいならば命の危険は避けられるだろう。要は自分しか持ってないという優越感と独占欲は避ければよいのだ。もっちゃもっちゃ。あ、鳥の干物は持ち帰るからこの塩のやつをもう五本くれ―
オルはにっちゃにっちゃ肉を噛みながら念話を飛ばしてくる。大変行儀がよろしくない。だがこうしてはっきりアドバイスしてくれると、俺の方向性も整えやすいのだ。
オルに言われた追加注文は干物と同じく持ち帰りにしよう。
はやいとこ市場を散策して情報を仕入れなければ。
オルの希望通りに追加で焼きたての猪串をもらうのだが
―残りの串を食わせろ―
とか
―肉は焼きたてが一番うまいのだ!―
と叫ぶオルにかまわずカバンの中に肉を放り込んで鳥の干物の店に行く。そしてこちらも五羽分買ってカバンに突っ込む。
別に無理に今食べなくてもいいだろう。鳥の干物をカバンに入れた時はさすがにオルは悲鳴をあげていたが俺は聞いてないふりをして沈黙を保つ。
―ワシが稼いだのに肉すら食べさせてもらえん―
ぐずぐず言うな。町長さんちに帰ったら晩飯あるだろうからそれまで我慢だ。
女々しいオルはほっといて市場のリサーチを!
まず、露店で売ってるものは焼き物ばかりだな。そして圧倒的に肉だ。焼き魚もあるし、あとはパンだな。米は……ん~見当たらない。食に関しては少し知恵を出せば町の人の胃袋を鷲づかみにできるものが作れる気がする。
そしてこの世界の調味料は……塩、胡椒、香草が主流だな。どちらかと言うとシンプルな味付けしかないような気がする。
砂糖は……高いな……。昔は胡椒がすごい価格で取引されてたって歴史で学んだが、この世界では砂糖が高級品なのか。どうりで露店に甘い菓子がないはずだ。
次に見るのは家財や道具屋だ。
家財は木製のものばかりだが、どれもしっかりした立派なものだ。到底不器用な俺には作れない。
そして、案の定だが道具屋は見たこともないものばかりだ。癒し草とか毒消し草、野菜の苗とかは分かるが、瓶詰めされた光蛙の肝やら鋼イタチの血管とか一体何に使うんだ? 呪蛇の目玉? まったくもって恐ろしい。
道具屋に並んでるものは参考にならないな。むしろ避けたいものだらけな気がする。これらがクエストの採取依頼なんかだと考えると悪寒がする。
道具屋を出てしばらくの間キョロキョロと市場を見渡しながら進んでいくと、一軒の胡散臭そうな店が目についた。
〔魔術具の館 グラーシュ〕
ほう。魔術具とな。そういえばこの世界の魔術ってどんなものなんだろ? 気になるな……足を留めているとオルがつぶやく。
―ワシはよいが、お前が入るのはやめておいたほうがよいぞ―
―え? 危ないの?―
―命に危険はないが、今のお前じゃ無理だからな―
―ふ~ん。じゃやめとこう。って言うと思ったか! 俺は魔術を見てみたいのだ!―
そう言って扉を開いた瞬間、見えない風圧のようなもので吹き飛ばされ、向かいの薬屋の壁にしたたかに叩きつけられた。
「ぅぐぐ……いってぇ……な、なんだ? 今のは?」
「ありゃ。あんた魔素がないんだね。こんなに豪快に吹き飛ばされた人を見るのは久しぶりだよ。ほら、塗り薬塗ってやるから無茶はやめときな。」
薬屋から恰幅のいいおかみさんらしき人が出てきて、たんこぶのできた俺の額になにやら薬を塗ってくれる。
―だから言ったであろう? やめておけと。あの空間は己に魔素がない者、いや、ある程度の魔素を身につけている者でなければ入れないのだ。無理に入ろうとするならばお前みたいに簡単に吹き飛ぶのだ―
マジか……こりゃ諦めるしかないな……でもいつか入れる日が来るなら!
今日のところは潔く諦め、エルシュさんの家に帰ることにした。
ひとり(と一匹)で自由に歩き回ってこの町、この世界がなんとなく分かり始めてきたぞ。
明日からやるしかないな!
そう心に決め市場を後にした。
どうやら今のキノは魔術とは無関係ですね。
今後彼が魔術を身につけるかどうか
それは作者である私にも不明です。




