7 はじめてのお仕事?
どうやらトラブルのようです。
「誰かぁ! 荷馬車を止めてくれぇ!」
その声の方角に目を向けると、二頭の馬が繋がれた荷車から荷物を撒き散らしながこちらに向かってきた。まさに激走と呼ぶにふさわしい荒々しい走りである。
「うぉぉぉ! 来たぁぁぁって引かれる!」
そう。俺は今まさに引かれる寸前。あのときみたいにこの先が見える。オークのハンマーの餌食になりかけたあのときのようにこの先が見える。あぁ、この荷馬車に引かれるな。あの蹄と車輪に巻き込まれてミンチか…こりゃ即死じゃね~から痛いぞ……
死が目前に迫り、怖くて体が動かず思考が固まった俺の前にすっとオルが立つ。ふわっとオルの周りの空気が熱を持って膨張したような感覚を覚えた。と次の瞬間目の前にまで迫っていた暴れ馬がその足を止め急におとなしくなったのだ。
―今の……オルの力なのか?―
―そうだぞ。あくび程度に獣気を出して馬共をおとなしくさせたのだ。ワシはともかく、ひ弱なおまえらには手に負えそうになかったからな。ん? 何をへたれこんでおるのだ?―
―いや! こえ~よ! マジで怖かったわ! また自分の死が見えたくらい怖かったわ! でも漏らしてはないぞ! この最後の砦だけは死守したぞ!―
―そ、そうか。ま、まぁいきなりあのような暴れ馬が突進してきたら狼狽えるのも仕方のないことだな…―
おい……そんな目で見ないでくれ。。。俺は普通の庶民なんだぞ……あんな暴走機関車みたいなの止めれるわけね~じゃないか。。。哀れんだ目でオルに見られて凹んでいると一人の男が走ってきた。
「大丈夫ですか!? お怪我はないですか?」
男は顔を真っ青にして心配そうに尋ねてきた。50代くらいの少し小太りで人の良さそうな男だ。どうやらこの人が荷馬車の持ち主らしい。
「あぁ、大丈夫ですよ! 最後の砦も守り切りましたしね。」
「……話の意味がよくわかりませんが怪我がなくてよかったです。あなたが私の馬をなだめてくれたのですか?」
「俺じゃなくてこいつが止めてくれたんですよ。獣気ってやつで威圧したっぽいですね。」
オルに視線を向けるがやつは器用に顔を洗っている。マイペースなやつだ。
「なんと! こんな小さな猫が! 従属の腕輪をしている……ってことは、あなたがこの魔獣のテイマーですか!?」
「一応そういうことになってるかな。俺の名はキノ、こいつはオルって言うんだ。」
男は驚きと興奮の眼差しでオルを見ている。もし俺がこの場にいなかったら間違いなくオルを連れて帰っているだろうな。
この様子を見ていた町の人も同様の反応をしている。『すごいな。あの暴れ馬を止めたぞ。』とか『この町にテイマーなんて珍しいね。でも誰も怪我をしないでよかった~! あの人のおかげね!』そこら中でひそひそ言っている。俺が解決したわけじゃないのになんだか嬉しいもんだ。
―おい。ワシは魔獣ではないぞ。神に仕えし神獣である。魔獣などと同列に扱うな―
ジト目で俺を睨むオル。今更感があるが魔獣を否定してきたな。
―ま~ま~。この際、魔獣で貫き通しなよ。おまえが神獣だとばれると後々面倒に巻き込まれかねないぞ。ただでさえこの町の守り神になってるのに、そのおまえが再来したとなったらそれこそ神として崇められるぞ―
俺の言葉に石のようにオルは固まる。
―毎日毎日おまえを参拝しに人々が行列を成してくるんだ。朝から晩までな。そしてそのすべて、つまり一人一人におまえは対応するんだ。『よく来たな我が民よ』『本日の捧げ物はなんだ?』ってな。おまえにその覚悟があるのか?―
―ない。もう魔獣扱いでいい。いや、この世界ではワシは魔獣だ―
よほど嫌なのか、オルの体が小刻みに震え目が潤んでいる。あの様子じゃ過去に似たような経験をしたのであろうか。
「本当に大変なことになる前に助けてくださって感謝しかありません。申し遅れましたが私はザネックスという商売人です。もしよければ我が家に来てもらえないでしょうか?是非ともお礼をしたいのです!」
そう矢継ぎ早に言ってザネックスと名乗る男は俺の服をつかんで離さない。断ってもこの様子だと引きずってでも連れていかれそうだな。うし、まだ時間もたっぷりあるし行ってみるか。
オルも異論はないようだ。
ザネックスさんの家は市場の近くにあり、店舗兼住居といった感じだ。店とは別の入り口から家の中に案内される。従業員であろう女性に少し話をしてテーブルを挟んで座る。
「この度は本当にありがとうございました。もし人的被害が出てしまっていたら、あの馬は処分され私も何らかの処罰を受けていたでしょう。こちらはほんのお礼です。」
そう言ってじゃらりと音がする布袋を女性が持ってきた。
どうみても…けっこうな金額が入ってるよな…
「もしもあなたがいなければこれ以上の損害を被っていたはずです。ぜひお持ち帰りください。」
この雰囲気だと、受け取らないと家から出してもらえそうにないな。じゃ遠慮なく……
「わかりました。ではザネックスさんのお気持ちとしてありがたく頂きますね。でもひとつお願いがあります。」
「へ?一体なんでしょうか?」
「このお金でザネックスのお店のものを買わせてください。」
一瞬の沈黙の後にザネックスさんはゲラゲラと笑いだした。
「もちろんかまいませんよ! ぜひ当店の品をご覧になってください。」
そう言うと立ち上がって店に案内してくれた。
このまま感謝されつつこの場を後にしてもよかったのだが、何もしてないのにこんなにもらうのは悪い気がしてならなかったのだ。
ザネックスさんのお店ってどんなもの売ってるのかな?
とにかく異世界初の買い物だ。これからの俺に役に立つものがあればいいな。
大いに期待しつつザネックスさんの後について店の扉を開いた。




