21 人は自分が認識していない事を知ると途端に焦りだすものである
「それにしても本当にお前ってお姫様なんだな。」
「……それはどういう意味にとらえたらよいのか?」
食事を終え城門から城までしばらく続く庭園を歩きながら二人は膨れた腹を擦りながらのんびりと歩を進める。
「いやいや。街の人らの反応やこの城を見ると初めて会った頃のお前ときたら。。。」
半ばあきれ顔でキノは彼女の横顔を眺める。その視線に気付いているのかいないのか得意気にネルはキノに反論する。
「ワシはこの地から出たら自由の塊なのじゃ! そして領土の中でも誰もワシを抑える事はできぬ! ま、街の中で暇潰しを見つけるのもよいが見知らぬ地で見知らぬ物を見つけるほうが刺激があってよいしな!」
「······お前を見つけられたしな。······」
少し頬を染め最後の一言を口をつぐむようにして発するネル。その言葉がはっきりと聞こえないのかキノが軽く笑い出す。
「そうだな。ネルが城下町で暇潰しを探そうものなら街中の皆がこぞってネタを持ってくるだろうな!」
軽く息を吸い込み軽く吐き出しながら呟くキノ。
「ネルは皆に愛されているな。。。」
少し寂しげでいて微笑みを混ぜたような表情をネルに投げかけるキノ。恵まれた立場、そして窮状を味わった事がないであろうネルに対して妬んでいるのではない。ただ、あまりにも不条理な強さを持つこのうら若き娘がなぜにここまで臣民の心を掴んで離さないのか不思議でならないのだ。
「一つ聞きたいんだが。」
「なんじゃ? 一つでも二つでも答えてやるぞ?」
空腹を満たしたネルはこの後の事を頭の中で模索したわけでもないであろうキノの質問に耳を傾ける。
「お前って普通の人間なのか?」
「いんや。人間ではないぞ。」
「そっか。恐ろしく人間離れした強さだから人間じゃないとは思ってたけどな。」
「ふふん。この国には人間はおらんぞ。もしこの地に不用意に人間が足を踏み入れたなら半日のうちに狩られて胃袋の中に収まっておるわ。」
「は?」
「ん? どうした? 顔色が悪いぞ?」
「い、いや······そういや初めて会ったとき何かゲテモノっぽいのお持ち帰りしてたよな? あれと人間はどっちがうまいんだ?」
「野暮な事を聞くでない! 腐ったトカゲや足の多いやたら殻が固い虫に比べたらそれは人間のほうが······ 」
······えっと······この子······も含めてこの国の方々って人間食べるんか?······
「よし! この話は終わりだ! そうだ! 人間はこの国いないってどういう意味なのかな?」
「どういう意味って聞かれてものぅ。人間と争う魔族が統治する地なのじゃから人間がおるはずもなかろぅ? 商いに来た人間も昔はおったが、やつらが己の力で定期的に海域を越せるわけでもなく自ら海の魔物に栄養分とされておったわ!」
ケラケラと笑いながら懐に忍ばせていた手鏡で食事の後の口元チェックをするネル。
.......聞いてないぞ······魔族って······
キノの背中が汗びっしょりになっていく。
この世界に来て様々な種族を見てきて、それが当たり前だといつの間にか受け入れていたのだと再認識する。
ニーチェ達の会話の中でも魔族という単語すらなかった。よくよく考えてみればあまりにも人外な強さを持つネシャやニョロゾ、ビビといった身近な者達よりも隣を歩くネルは一線を画す存在である。
「······そかそか······じゃ俺が人間だってことはここじゃばれないほうがいいよな? ばれたら······」
「は?」
苦虫を噛み潰したような表情を見せるネルはキノの眼下から彼の顔を見上げながら吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「キノは正確にいうならば人間ではないじゃろぅ?」
······え?······