5 ギルドで登録しよう
ギルドで登録するのです。
ニーチェが買ってきた飲み物を飲みながら広場を抜け、町で一番であろう大通りを歩く。ココナッツのようなほのかな甘さの果汁だ。口にする度に乾いた喉が潤う。
大通りに立ち並ぶ建物には剣や盾、何かの紋様らしき印など様々な看板が掲げられていて民家ではないのがわかる。ニーチェによると、この通り沿いの武器や防具を売る店などはそれぞれ自身の職に合うように店ごとに扱う装備品も違うそうだ。
例えば、鎧を扱う防具屋があれば魔物の皮などをなめして皮鎧として扱う防具屋とか、剣を扱う武器屋があれば弓や魔術師が用いる杖を専門に扱う店といった具合だ。
ぜひとも店内を覗いてみたいのだがまずはギルドだ。今日の目的はそれ以上でもそれ以下でもない。
「ねえ。この子ずっとついてくるけどいいのかな? 飼い主さん探していると思うし。それにずっと鳴いてるんだけど、おなか空いてるのかも。」
「そうだな。腹を空かしてるんだろう。だがな、そいつに構うなよ。道に転がってる石ころだと思うんだ。」
「えぇぇ……キノって猫嫌いなんだね。こんなにかわいのに~。」
違うぞニーチェ。俺は猫は好きだ。ペットとして飼うなら猫一択だが、惑わされるんじゃない。こいつは違うんだ。俺は足元から離れないオルツに目もくれず歩みを進める。オルツがさっきから飯出せ飯出せとうるさくてかなわないのだ。
どうやらオルツは念話をずっとしていたらしく、俺には理解できる言葉であっても他の人には猫の鳴き声にしか聞こえないらしい。ただ、意思を疎通させるために対象者を広げると複数の相手にも理解ができるようだ。
そして、俺もこいつに意識して頭の中で会話するとオルツにも理解するということだ。つまり俺とオルツは念話で会話をしているのだ。いつまでも声出して猫に話してたらマジでおかしな人間に思われるだろうからな。
そしてオルツは念話を理解した俺にこんな感じの事ばかり飛ばしてくる。
―おまえは飯を食わずとも生きていけるのか? 否! か弱き人間は食物を口にする事により身体の維持をするのであろう? 今のワシもそうなのだ。この世界に適合すべく体を変異しておるから物理的な食物が必要なのだ。ゆえにワシを歓喜させる食物を与えよ。ワシは肉を所望するのだ!―
……まったくもってうるさい。こいつの飼い主は間違いなくレゴブロックだな。このうっとおしい言い回しはあいつそっくりだ。まだ俺の事を小バカにしないだけましな方か。
オルツの声に耳を塞いで歩くこと30分ほど。
「着いたよ! ここが冒険者ギルドだよ!」
おおお! めっちゃ雰囲気ありありな建物だ! 多くの冒険者が行き交う場所だけあって建物からオーラが出ているようだ。早速中に入ってみると、正面に受付らしき女性が二人いる。
ギルドの入口もそうだが、ギルド内も多くの冒険者で賑わっている。ある者はクエストの進行状況を話しているのか地図を開き討論を重ねているし、とある者は掲示板に張り出されている幾つもの紙とにらめっこしている。あれがクエストとかなのか? 物珍しくてキョロキョロしていると、ニーチェに引っ張られてカウンターに連れて行かれる。
「すいません。この人を冒険者登録してほしいんですが。」
ニーチェが勝手に話をすすめてくれる。ある意味ありがたいのだがこれくらいは俺にだってできるぞ。
「ようこそお越しくださいました! わたくしは新規登録受付担当のレイカと申します。どうぞよろしくです! 登録料として金貨二枚を徴収しますがよろしいですか?」
俺はエルシュさんから預かっていた金貨二枚を渡す。エルシュさん、稼ぎだしたら倍にして返すからな。と、受付のレイカさんに目が向く。
うむ。ショートボブがお似合いの素敵な女性だ。隣にいるニーチェとは比べものにならない大人の女性だ。このギルドの看板娘といったところかな。もう一人の女性は……うむうむ。こちらも申し分ない。レイカさんよりも色気が溢れている。これは女性に耐性がないやつなら瞬殺だろうな。
「いててっ」
「ぼ~っとしてないでさっさと登録手続きしなさいよ。登録料返してもらうわよ!」
俺の手をつねりながらニーチェが青筋立てている。うわ……つねられた部分が真っ赤になってる……一体何を怒ってるんだ?
「キノと言います。よろしくお願いします。で、登録って何したらいいんですか?」
「キノさんですね。どうぞよろしくお願いします! ギルドに登録するにあたって注意点がございますのでこちらをご覧くださいませ。」
レイカさんはおもむろにテーブルの下から箇条書きにされたスクロールを持ち出す。そこにはこのように書いてあった。
○ギルド登録に関しての注意事項○
クエストや依頼中に死亡、もしくは肢体の欠損などを身に招いてもギルドは責任や保証等に一切関与しません。
クエストや依頼の報酬に関してはパーティーに対してのものであり、各個人一人一人に同等の報酬が支払われるものではありません。
パーティーの結成、解散に関してはギルドは関与しません。
冒険者ランクをあげるためには通常のクエストとは別に緊急クエストに参加する必要があります(例外を除く)
奴隷を用いてのクエスト、依頼の攻略は固く禁じられています。
重大な違反や素行不良を確認した場合、ギルド証の剥奪及び奴隷としての人生を送ることになるので十分に注意しましょう。
受付嬢はあなた達のスムーズな取引のために従事しています。ナンパやいかがわしい言動は慎みましょう。
(受付嬢からのアプローチは例外です)
むぅ。。。当たり前といったら当たり前の事が綴られているが…最後の一文は何なんだ……しかもこの一文だけ書き足してるな。。。
「こちらを承諾されましたら登録手続きを進めていきますがよろしいでしょうか?」
「はい。かまいません。」
「では進めていきますね。こちらにお名前と職業を記載してくださいね。」
レイカさんはテキパキと流れるように進める。名前はキノだけでいいかな? いや、下の名前も入れておこう。キノ キョータと……
「キノって家名あるんだ!」
え? 家名? ああ、キョータか。中世のヨーロッパみたいに下の名が家名になるのか。
「まあな。あっても別に得にもならないけどな。」
こっちの世界じゃやっぱり立場とかが関係してくるのかな?それよりも問題はこっちだ。
〔あなたの職業〕
これは……何て書けばいいんだ?
「おいニーチェよ。俺の職業は何にしたらいいんだ?」
「え? キノって何か手に職持ってるんじゃないの?」
なに言ってんの? 口にせずとも聞こえてきそうな顔でニーチェは答える。
「何か秀でた特質か能力がないと登録はできないわよ……何もできない人に魔物と対峙するような危険なことをさせられるわけないじゃない。」
そりゃそ―だ! あなたのおっしゃる通りだ! そんな都合よくギルド登録してクエストこなして、銭儲けてうはうは人生を! ってなるわけない。この町って職業訓練学校ってあるのかな……あるならば最短コースで授業を受けたい。
「そんなに悩まなくても、キノさんはテイマーとして登録すればよろしいと思いますよ!」
ペンが止まっている俺にレイカさんがにこやかに微笑んで教えてくれる。
「足元にいる猫ちゃんらしき魔獣はキノさんが従えているのですよね? どのくらいのランクの魔獣なのか強さの底が見えないですが……」
じと~~~っと足元に視線を落とす。
―なぁ、オルツはおれに従属ってことになってるのか?―
―そうだ。我が主はリーヌ様だが、おまえがそのブレスレットを身につけている限りリーヌ様と同等に近い関係であると言えよう。だから肉を……―
「じゃテイマーで登録します! こいつの名前は下に書けばいいですかね!」
やつの言葉を遮って名前を記入する。さすがに守り神の名前をそのまま書いたらばつが悪いので、登録名はオルとした。しかしながらオルツと主従関係になるならば、世話しないといけないよな? 飯すら食わせてなかったらレゴブロックに何言われるかわかったもんじゃないし。最低限の世話はしてやらないといかんな。
「やっぱりこの子の飼い主ってキノなんじゃないのよ。しかもこんなにかわいいのに魔獣だなんて! でも、家名持ちでテイマーっていうのもなかなかすごいよ!」
ニーチェはオルツをなでながら目をキラキラさせている。
どこがどうすごいのかさっぱり分からないが、生活費を稼ぐためあれこれ言っとれないのだ。半ば投げやりぎみだが割り切ってしまわないと。
書類の手続きが終わり、最後に自身の血印(指先を針で刺して滲んだ血で押印するあれ)をしたら手続き完了。
しばらくして真鍮製の一枚のカードをレイカさんより渡された。
「こちらがギルド証です。なくさないように大事に携帯してくださいね! クエストや依頼を受ける際にはこのギルド証を提出してもらいますので、忘れずにお持ちください!」
最初から最後まで素晴らしい笑顔だ。レイカさんに見送られ、冒険者ギルドを後にする。無事に登録を済ませることができたので何かクエストを受けようかとも考えたのだが、テイマーという職業はどんなものなのか知らないしニーチェもいるのでひとまず家に帰ろうということになった。
残った問題はこいつだけだ……オルツをどうすべきか。
そして心に引っ掛かることがひとつ。レイカさんはなぜオルツがただの猫じゃないのを見破ったのだ?
これでようやく異世界で社会人としての1歩を歩み始めました。




