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異世界転移したんけどほぼ普通の人間なので毎日がサバイバルです  作者: おるる
第8章 常識が通用しない世界もある
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20 美味い料理を食べると人は幸せになれる

お久しぶりです。

 少し固めの椅子に深く腰掛け、ネルから手渡されたメニューをペラペラとめくる。写真や絵が描かれているわけではなく、料理の名前だけが綴られているためキノにとっては闇鍋をつつくような恐ろしさがあった。


「ええっと……このグラルバードのスープとジャイアントエバーのグリルを頼もうかな。」


 キノは使いこまれたメニューから二品を選ぶと給仕が持ってきた果実酒に口をつける。久しぶりの酒の味が胃袋に染みる。


「なかなかよいチョイスだな。だがあまり飲み過ぎるでないぞ。今夜の夕食はキノの手料理なのじゃからその時に存分に飲むがよい!」


 美味しそうに果実酒を飲むキノを見つめながら優しく微笑むネル。


「そうだな。ネルの家族にマスのフライ食ってもらわないとな。でもあれだけじゃさすがに足りないよな? 何か違う料理もあったほうがいいような……」


「なぬっ!? まだ他にも作るのか!? ならばワシの望む料理でも……よいか?」


 キノの一言に食いついて身を乗り出すように反応するネル。あの時に食したマスのフライに匹敵する一品を口にできるかもしれない期待がその表情に表れている。


「ま、まぁ材料さえあれば多分できるとは思うんだが

、どの素材にするかによるかな。ネルはどんな料理が食べたいんだ?」


「そ、そうだな! 母上もワシも血抜きしていない肉の臭みがあまり好きではないので食欲をそそる香りに溢れたものがよいな!」


「よし。んで、国王は? 好き嫌いあるのか?」


「気にするな。」


「は?」


「父上は気にするな。あのような男に気を遣わなくともよいのじゃ。それ以上もそれ以下もない。」


「お、おぅ……わかった。深くは聞かないようにしとくわ。」


 嬉々とした笑顔から瞬時に苦虫を噛み潰したような不機嫌さを表に出したネルに圧倒されたのか、キノはそれ以上何も言えなかった。親子の仲が悪いのだろうかと勘ぐるのも気が引ける気がし話題を変えようとした時、若い給仕がにこやかな笑みと共に料理を運んできた。


「おおっ! これは旨そうだ!」


 果実酒が注がれたジョッキを片手に運ばれてきた料理にキノの目が釘付けになる。

 幾種類もの野菜と一緒に煮込まれた鶏肉に似たようなゴロゴロとした肉をクリームのような白いソースで絡めた一皿と、表面がパリパリになるまで焼き上げられた香辛料の香り高い肉のブロックがテーブルの上で出来立てを主張するかのように湯気を立ち上らせている。


「これはキノが注文した料理じゃ! ワシが注文した料理は少し時間がかかるからのぅ。ほれ! 冷めぬうちに先に食べるのじゃ!」


 まるで自分が調理したかのように満面の笑みを浮かべ早く食べろと言わんばかりの表情を振り撒くネルに押されてか、ナイフとフォークがおのずと料理にのびてゆく。


「んじゃさっそく……む……むうっ……」


 ローストビーフのように薄くスライスした肉を口に運ぶキノだが、料理の感想がなかなか口に出ない。


「ど、どうじゃ? 口にあわぬか!?」


 恐る恐るキノの顔を覗き込むネルに、口に広がる味を噛み締めるように虚空を見つめていたキノはゆっくりと口を開いた。


「うまいな……これは……。」


 キノの一言にぱあっと華が咲いたように笑顔が溢れるネルに続けざまにキノは問いかける。


「正直なとこ、この世界に来て一番困ってたのは食文化の違いなんだが……マジでうまいな! なんと言うか……出汁が効いてるって言ってもネルには分からないか。とにかく、こんなうまい食べ物があるなら俺の作るものなんか実際のところたいした事ないだろ?」


「そんなことないぞ! キノの作るものは特別じゃ! それにこの国では食べる事に関してはあまり重きを置いてないからな。むしろ量のほうが大事じゃ! 民達が好きなものが好きなだけ口にできるなどと贅沢できるほどに豊かではないからな。」


 キノの食べっぷりにネルもしてやったりとばかりに思わず顔がほころび、料理にフォークが向けられる。


「じゃが、自分がうまいと思う料理を他人に勧めてそれを喜んでもらえるのは嬉しいもんなのじゃ! おっ! ようやくできたみたいじゃな!」


「エルちゃん待たせたな! 毎度のことながら飽きもせずこればっかだな! しっかり食って大きくなりやがれよ! ガハハハ!」


 威勢のいいマスター、もといオヤジさんは豪快に笑いながらテーブルに大皿を投げ出すように置く。その大皿に盛られているのはムニエルのように調理された白身魚に様々な生野菜や刻んだトマトが盛り付けられたまるでサラダのような一品だ。


「さあ食べてみるがよいぞ! おっと! これをかけねばな!」


 そう言ってネルは大皿と共にテーブルに置かれた小瓶に入ったソースをふりかけ始めた。クリーム色をしたそのソースは熱々の魚と新鮮な野菜に絡まり品のある香りを醸し出している。


「よし! んじゃ、お勧めのこの一品を食ってみようじゃねえか!」


 ソースをたっぷり付けた魚と野菜を口いっぱいに頬張るキノ。噛み締めた瞬間にネルが自信満々にこの店に連れてきた意味をはっきりと理解できた。


「これ……うまいなんてもんじゃないぞ……」


「そう言ってくれるなら連れてきた甲斐があったな! このソースが絶品なんじゃ! なんでも、3種類の木の実とキノコを擦り潰して作ったそうなんじゃがいくら聞いても作り方を教えてくれんのじゃ。まったくけちくさいマスターじゃ。」


「いやいや! これは店の味なんだから気軽には教えられんと思うぞ! いや〜マジでうますぎてびっくりした!」


「喜んでくれて何よりじゃ! ちなみにな、この料理には少し渋めのこの酒が……」




 こうしてキノはこの世界に来てから初めて感動する料理に出会えたのだった。





〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜





《城に帰る二人》


「いや〜うまかった。それしか言葉に出せん。」


「うむ! 満足したようじゃの! 食べすぎな量でもないし夕食は期待しておるからな!」


「まかせろ! マスのフライと……とりあえずは揚げ物として……アレとアレを作るか。」 


「アレ!? アレとは何じゃ? 肉か? 魚か? アンデッドか?」


「アンデッド……んなもん調理するか! とにかくうまい料理だ。オルーツアでも絶賛された料理だからまず大丈夫だ。」


「くぅ~! もったいぶるでない! 早く戻るぞ! ワシはすぐにでも食えるぞ!」


「待て待て! 今食ったばかりだろ? 日が暮れてから作ってやるから我慢するんだ。」


「むふ〜。仕方ないのじゃ。。。」


 


《その二人に向けられる町人の視線》



「あらあら。初々しいわね。」


「こんな昼間っから働きもせずイチャイチャしやがって……」


「う、羨ましくないぞ……」


「何だかあの女の子ってネル様に似てない?」


「そんなわけねえよ。第一ネル様が下町に来るなんてあるわけねえだろ!」


「それもそうだよな。」


「そうそう。他人の空似だ。」

 








 



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