15 ネルの気持ち
「ふわあぁ~暇じゃのぅ。せっかくサルージの使いに差し入れを持ってきたのにこの地はワシには暇すぎるのじゃ。ま、家におっても今以上に暇なのは違いないがな。」
まだ夕暮れに差し掛かろうとするなか、暖を取ろうと火を起こしながら普段味わえない自由を味わう。
「それにしてもこの地は豊かじゃのぅ。これほどとは思いもよらなんだわ。食ってゆくには事欠かんとはまさにこのことじゃな。……ん? この音は?」
遠くから耳に感じる聞いたことがない音に少しばかりの警戒心を抱き、木々を飛び渡る獣のように瞬時に見晴らしのよい大木の頂きに移る。
「な、何じゃ?」
その眼差しの先には見たこともない物に跨がり颯爽と森をかき分ける一人の男がいた。
「……気になるのぅ。」
警戒心よりも好奇心が勝ったのか、ニヤリと微笑むとゆるりと大木から降り怪しげな乗り物に跨がる男の後を追う。
―なかなかに興味深いな。馬よりは遅いが、我が国ではあんな物を目にしたことはないぞ。―
―むほっ! 少しからかっただけなのになんだあの慌てようは!―
―……もしやあの短剣は……じゃがなぜあのような貧弱な者が?―
―ふぐぐ……当たらぬ! あの身のこなしは反則ではないか! くそっ! くそっ!―
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ぎこちないながらも男のいう『ふりーとーく』を実践してみる。普段の会話では味わえない高揚感に包まれる。
―なるほどのぅ。相手を知ろうとするための会話か。しかし……こやつの話す内容はよく分からん……『にーと』? 食えるのか? ―
―ほほぅ依頼か。こやつは冒険者であったか。ならばワシも少しばかりまぜてもらおうかのぅ。せっかく遠出したのじゃからこの地の様子を探るのも悪くない。―
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―むほー! このような食べ物食べたことないぞ! このソース……黒と白なのになんという深い味わいじゃ! 間違いない! こやつは幻の食材を探求する裏の宮廷料理人に違いないぞ!―
―しかし……ますます分からなくなってきたぞ。冒険者なのか? 宮廷料理人? どうしてあやつほど腕が立つのに魔素を感じられぬのだ?……―
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―あやつの依頼とやらも終わったしそろそろ戻らねば父上がうるさいからな。よい暇潰しになったし、また折を見て来てみようかの。―
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―あ~まったくもってうるさい親父じゃのぅ。魔団を派遣するじゃと? まったく父上は一何を考えておるのやら……どこの国に一人の男を魔団で締め上げようとするバカがおるのだ……ただでさえ我が国は周辺諸国の嘲笑の的だというのに。―
「ネル様ぁ~~~!」
「どうしたのですリュート。そんなに慌てて何がございましたか?」
「はい。国王が『魔団を派遣できなければお前と近衛隊をオルーツアに遣わし、かの男を肉片にするか捕えて我が前に連れてくるかしてこい!』といきり立っているのですが……」
「はぁ……。リュートよ。オルーツアに行くことは私が禁じます。かの地に遣わしています隠者にすべてを任せるのです。父上には『これ以上無様な言動を振る舞うならば母上にお話する』と伝えなさい。よいですか?」
「は、ははっ! 一言一句確実にお伝え致します!」
―……王の威厳を履き違えてるのぅ……民を思い身を犠牲にする姿は父親として誇らしく思うのじゃが……―
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「今日はよい天気じゃのぅ~~。さて、せっかく外出の許可を得たのだから何か父上と母上に喜んでもらえる食材でも探しに……あれは……誰か倒れておるようじゃが……ん? んんっ? 見間違い……ではない? あれはキノか!? なぜこの地におるのじゃ? まさかワシを訪ねて……ってそれはないじゃろう! よしっ! こっそり近づいて脅かしてやろうではないか! むふふ……」
―なかなか大変な目にあってしまっとるな。偶然とはいえわしのおる地に流れ着いたのはある意味命拾いしたようなもんじゃ。何にせよこれで退屈せんですむわ。それにしてもトゴーチのやつら……アルス王国の面汚しめ……―
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「ネル! 早まるでない! ワシはお前のことを思ってだな……」
「い、嫌……どうかご慈悲を!」
「やかましい。もう緩めんぞ。いくら父上とはいえあれが王たる立場の所業か? ワシの客人に手を出すとは…… 心配せずとも父上に謁見を求める民が来たら母上とワシが対応するのでな。ゆっくり反省するがよいわ。」
「だあぁぁぁ! 悪かった! 悪かったからあれだけは……や、やめぇぇぇ―――!」
「ふん。」
身の危険を覚悟した王とリュートを地下の薄暗い部屋まで引きずり別々の部屋に放り込むと壊れんばかりにバタンと扉を閉じる。そして各々の扉に掌を掲げ早口で暗唱を繰り返す。一瞬部屋の中から淡い光が扉の隙間から漏れ出したが、その光が収まると同時にネルに懇願する二人の叫びも収まった。
―……キノに悪いことをしたのぅ。せっかく我が家に招いたのにのぅ……。そうじゃ! 母上に会わせよう! 父上はほっといて、母上と三人でキノの料理を食べるのじゃ!―
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―え? キノはこの世界の人間じゃ……ない?―
―お祖父様……こ、殺され……―
―異世界……何をしてもいい……?―
―……も、もしやキノにはあの言葉が……読めるのか? そうでなければあのような表情……まるで世のすべての絶望にまみれたような……―
―お、お主は違うのだろう? 違うと言ってほしい……あのような命を弄ぶ者どもの仲間ではないよな?―
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「俺はこの世界の人間じゃない。」
―! 母上の言った通りか……―
―女神……神獣……違う世界で生きていただと……ダメじゃ理解が及ばん!―
―ど、どうしたキノ!? なぜ泣くのじゃ? お主を少しでも疑ったからか? お主を傷付けてしまったのか? ワシはただ国と民とお主を心配して……―
―ああ……キノはオルーツアで一生懸命生きてきたのじゃな……―
―右も左も分からずこの世界に放り出されたった一人で……―
―うんうん……辛かったろう……苦しかったろう……よくぞ今日まで生きたな……―
―大丈夫じゃ。お主は弱くなんかないぞ。―
―キノ。お主は弱くない!―




