13 過去
「……というわけなのよ。……だけどいい加減に……。」
「あらあら。それは……したわね。」
少しばかり苛立った口調のネルの言葉をあやすように優しげな口調で応える女性の声が聞こえてきた。
「まったく父上ときたら……ですのに……なことを……。」
先ほどの騒動よりは落ち着いた感じで話しているようだが、まだまだ機嫌を損ねているのははっきりと分かる様子である。
「ふふっ。……れだけあなたを……。」
ネルに対して柔らかな口調で接する女性。落ち着き払った対応からして、ネルよりも年上なのは間違いない。
「私としてはいい加減子離れを……。あっ! そうそう! 彼ってすっごく美味しい料理作れるから楽しみにしてね!」
「まぁそうなの。じゃ明日の夕食は彼に作ってもらいましょうか。」
「うん! あっキノお待たせ!」
ネルの声に反応し扉に目を向ける。40代半ばくらいだろうか。慎ましやかなドレスに身を包み、ネルと同じ髪色をした女性が優しく微笑みながらネルが戻ってきた。
「遅かったな。まぁこの……サルージさんが話し相手になってくれたから暇しなかったけどな。で、そちらの……」
「どうもはじめまして。ネルの母親のセーラと申しますわ。この度は色々と災難を身に受けたようでしたわね。」
「いや~なかなかの修羅場でした……って、ネルの母親ってことはあの……女王?」
「ですわね。一応ここではそのように呼ばれていますが、気兼ねなくセーラと呼んで頂いて構いませんわ。にしても……」
「な、何か?」
キノを見る目がサルージと似ている。ただの好奇心か、何かを探るようである。キノに近づきじっと彼の目から視線を逸らさない。その眼差しに吸い込まれそうな感覚に陥りそうだ。
「……なるほどね。あなたこの地に、いえこの地にというのは間違いですわね。この世界に生を受けたようではありませんね。」
「……!?」
―うおっ! な、なぜばれた!?―
「ええっ!? 」
母親の発した言葉に理解が追いつかず唖然とするネル。
「ふむ……やはりそうであったか。」
ぐっと目を閉じ渋い表情でうつむくサルージ。
動揺するキノ、あたふたとするネル、ぐっと腕を組み微動だにしないサルージを前にセーラはゆっくりと語りだした。
「あなたには一切の魔素がない。それが証拠ですわ。稀に魔素がない者が生まれることがありますが……あなたが私の言葉に動揺を隠せなかったのは素性をばらす結果になってしまったようですわね。」
深く息を吸い込み何かを決心したようにセーラは話を続けた。
「ちょうどこの場には私達しかおりませんので、少しばかり昔の話をしましょう。」
「……まだ私が幼い頃……10歳にも満たない頃だったでしょうか。このアルス王国は隣国との紛争において常に優位を保ち徐々に領土を拡げつつありました。先代の王である私の父上はよく組織された兵力と魔力を余すところなく用い、て各国から畏怖の念を抱かせる王として名を馳せておりました。」
セーラは王の玉座の隣に備えられた自身が腰掛ける座に着き話を続ける。
「数年に渡る紛争により戦火も近隣諸国に拡がり、兵達は『今日は何人殺した、あの村をあの町を焼き払いすべてを奪った』と自分の功績を自慢しあい、戦いに関わる国々の王達は『どの王国がすべてを統治するのか?』……こればかりに気を取られ、暗躍する別の組織の存在にすら関心を払わなかった。いえ、気づくことすらありませんでした。」
「無論、先代の王も国の繁栄のために領土を拡げ、周りに有無を言わさぬほどの国力を表し示すべく躍起になっていたゆえに物事を見定める術を忘れていたのでしょう。力のみが支配を促すという愚かな考えに心が乱されて……」
ネルには初耳だったのだろうか。開いた口が塞がらないといい表情でセーラの話を食い入るように聞いている。
「ある時、北の王国であるミトヤス王国内で内乱が起きました。一夜にして王族が皆殺しにあい、その日の朝に内乱を企てた組織が表舞台に現れたのです。その組織は国を支配しようという意思はなく、ただただ殺戮と強奪だけを人々に推し進めるよう王国の民を扇動したのです。長引く紛争に疲弊しきっていた民達は『自分達が困窮しているのは戦いを促すすべての王族に責がある』と思い込み、まるで野を食い尽くすイナゴのように狂気を孕んだまま手当たり次第に隣国に攻め入ったのです。」
サルージは未だ目を開かず、組んだ腕を解くことなく話に耳を傾けている。
「実際のところ、何の訓練も受けていない民など一介の兵士にとっては獣を狩るようなものです。扇動された民達は瞬く間に殲滅され、同様の反乱がアルス王国でも起こるのではないかと危惧し状況を重く見た先代の王は、ここにいるサルージと王国の中でも選りすぐりの隠者を人気のなくなったミトヤス王国に送り込み、その組織の壊滅に乗り出したのですが……」
「女王よ。それより先は私が話しましょう。」
突然にサルージが話を遮る。一瞬戸惑いながらもセーラは軽く頷いて両手を祈るように組み下を向く。
「ワシらは誰にも見つからぬよう人の腐敗した臭いしかない町を進み、城内に忍びこんだ。いくらワシらが手練れの集団であったとしても足を踏み入れたことのない地では用心に用心を重ねても損はないからのぅ。どうにか組織の手がかりを手にするか、もしくは組織を絶やすためにそれこそネズミが通るような穴すら調べ尽くしたのじゃ。」
「じゃが、すでに組織の誰一人としてその地にいる者はおらなんだ。手がかりも何も残っておらず、奴らの考えには国を支配するという概念はまさになかった。ただ『滅び』だけを求めていたのじゃ。ミトヤス王国で何の収穫も得ることなくワシらは歯がゆい思いをしながらアルス王国に戻ったのじゃが、その帰路にて不可思議な者達と出くわしたのじゃ。」
サルージの体が小刻みに震えている。
「奴らはこう言った。『なぁおっさん。この世界って便利悪ぃな。』と。」
「ワシは何のことかさっぱり分からず彼らの容姿をまずまずと見つめた。すると不思議なことに、奴らすべてに魔素を感じられなんだ。誰しもが微量ながらも持っている魔素をな。それに気づいた瞬間、ワシ以外の隠者の頭が弾け飛んでおった……。弓による攻撃でもない。魔法や魔術による攻撃でもない。……ワシは頭の中が真っ白になりその場にへたりこみ『次は自分がやられる……』と覚悟した。」
ネルの顔色が真っ青になりその拳は強く握り絞められている。何かを発しようと口を動かそうとはするが、それが声となってでることはない。
「じゃが奴らはワシを殺すことなく、まるで何もなかったかのように背を向けこう言ったのじゃ。」
「『この世界って大したことねぇんだな。お前さんとこの大将の頭もなかなか綺麗な花火だったぜ』と。」
「そう言い残すと、奴らは……笑いながら姿を消した。状況が飲み込めず、王の安否だけが気がかりで馬を走らせて城に戻ったのじゃが……王は……王は!」
振り絞るように声を出すとサルージはその場に泣き崩れた。
「……先代の王は何者かに暗殺されました。ただ王だけが。王が殺された傍らには二枚のメモだけが残され……」
目を真っ赤にしたセーラがそう口にすると玉座の間から出ていった。しばらくして二枚の羊皮紙を手にして戻ってきたが、泣きじゃくったのだろうか整えられた化粧が涙で流れ落ちている。
「一枚のメモにはこう記されています。」
―異世界だから何してもいいよな―
「もう一枚のメモは私達には読めない言葉です。キノ……あなたには読めますか?」
セーラの震える手から差し出されたメモを見たキノは心臓が握り潰されるような恐怖を抱かずにはいられなかった。
―これが読めるならお前も異世界に来たんだな。一緒にパーティーしようぜ―
 




