4 町のシンボル
町にでかけます
ニーチェからこの世界の貨幣の事を教えてもらい部屋に戻る。すっかり夜は更け、青白い月が静かな町並みを幻想的に照らしている。
明日からだな。そう。明日からだ。
自分に言い聞かせるように呟き、ベッドに体を横たえ目を閉じ心から祈る。どうか戦いに明け暮れる日々になりませんように。願わくば事務系の楽な仕事にありつけますように。100歩譲って農家でもかまいません。とにかく生命の危機を感じない生活を……
「キノ起きなさいよ! いつまで寝てるの?」
朝か……ニーチェの凛とした声が部屋に響く。目覚まし時計なんかいらないな。おもむろに起き上がると布団の上には服が置いてある。
「おじいちゃんがこれを着させろって。今着てる服じゃ町を歩くだけで目立つからね。」
これはありがたい。確かに俺が着てる服はこの世界では確かに目立つよな……派手な英語のプリントされてる革ジャンとビンテージもののGパンなんぞこの町に着ている人は皆無だろう。おしゃれとかそれ以前の問題だ。早速着替えてエルシュさんに会いに行く。
「おはようございますエルシュさん。服まで頂いて恐縮です。」
リビングに行くとエルシュさんは朝から険しい顔でたくさんの書類とにらめっこをしている。
「おお、おはよう。服のサイズは問題なさそうじゃな。息子のお古だが、良かったら使ってくれ。まぁ、しばらくしたら君はこんな肌着みたいな服を着て町に出ることはなくなるだろうがな。」
エルシュさん……それは俺に鎧でも着るような仕事をしろって意味なのか?恐ろしいことは言わないでほしい。
「朝飯はギルドに行く途中に市場で食べるとニーチェが言っていたからあの娘に案内してもらうといい。家の入り口で待っとるみたいだからな。」
「わかりました。じゃ、行ってきます!」
エルシュさんに軽く会釈をして家から出ると、ニーチェが待っていた。出かける時はきちんとおしゃれな服だな。昨日渡した髪留めもつけている。
「待たせたな。んじゃ行こうか。とりあえず市場で飯か?」
「そうだよ。ギルドに行く途中にあるからね。町のシンボルも行き掛けに見れるからちょっとした観光だよ。」
ほほう。ガイドをしてくれるのか。見知らぬ土地だけにある程度は知っておかないとな。歩きながらニーチェから町の事を色々と聞く。
「この町が魔物に支配されそうになった時にエルシュさん達が戦って町を助けたって言ってたけど、それから魔物の襲撃はなかったのかな?」
「うん。町には侵入を防ぐ結界が張ってあるらしくて、魔人くらい強い存在じゃないと中に入って来られないって言ってた。それに守り神さまの像があるし魔物なんか怖くて寄りつきもしないわよ。」
「守り神さん?」
「そうよ。おじいちゃん達が戦ってる時に突然に現れて一瞬のうちにまわりにいたドラゴンとかたくさんの魔物を消し去ったって。守り神さまの助けがなかったら町は滅んでいたはずだっていつもおじいちゃんは話してるのよ。」
おじいさまは一体過去にどんな戦いをしていたんだ。守り神さんとやらがリーサルウェポン的な役割果たしたのか? ちょっとハードモード過ぎて一般人にはついていけない話だぞ。
「ほらあれよ。この町のシンボルでもあり守り神の像よ。」
ニーチェが指差した先には一つの巨大な像が広場の真ん中に建てられていた。
よほど町の人達に大事にされているのであろう。
水垢や苔もなくよく手入れがされている。
見れば見るほど繊細な彫刻がなされている。
そして……どこかで見たことがある。像を見ているとなぜか額から汗が吹き出てきた。
間違いない……この毛並み……この目……これはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺を神の家に吹っ飛ばした猫だ。
言葉が出ない俺にニーチェは話を続ける。
「私達が信奉する神様にはオルツって神獣がいるのだけど、言い伝えにある姿が守り神さまそっくりだったそうなの。それで町の人達やおじいちゃんは守り神さまから名前を頂いて、この町に新しい名前をつけたんだよ。オルーツアって。」
やばい。目眩がしてきたぞ。確か女神さんはオルツが時空間を散歩するとか言ってたな。もしや、たまたまオルツがこの町に来てたまたま俺と同じように魔物らを転移させたのか?ありえるな…いや、それしか考えられん。
「どうしたの? 顔が真っ青よ?」
突然の衝撃的な事実に俺の顔色が悪くなったのか、ニーチェが心配してくる。
「ああ、大丈夫だ。大丈夫じゃないが大丈夫だ。悪いがちょっと休ませてくれないか?」
「うんうん。ちょっと座ってて! 何か飲み物買ってくるから!」
返事を返す間もなくニーチェはぱたばたと走っていった。俺は広場のベンチに座り、頭を抱える。
はぁ~~神の家で見たときはモフモフの塊だったが、ただの散歩で町を救うとは。とんでもない獣だな。しかもこの町じゃ守り神とかって。。。
―そうであろう? あのような魔物如きワシの前では虫ケラも同然だ。決して散歩した先に山盛りの魔物らがおって、取り乱したわけではないからな―
はい? この声は?
辺りを見渡しても誰も俺に話しかけているようではない。気のせいか。
―気のせいなどではないぞ。ほれ。お主の腕を見るがよい―
恐る恐る声のする方、左腕のブレスレットに目を向けると二つの宝石が青白い光沢を放っている。
「オル……ツ?」
呟いた瞬間、ブレスレットの宝石が霞みだしやがて消えた。
―ようやく我が名を呼んだな。リーヌ様が仕込んだブレスレットからなかなか出られず、いい加減体が凝ったぞ―
俺の目の前に地球で最後に目にしたものがいた。そうだ。あの日暗がりの側溝にいた小さな猫っぽいもの。
「おいおい! なんでおまえがここにいるんだ!?」
―何を慌てておるのだ? ワシはおまえがこの世界に転移するときに共に来たではないか? リーヌ様に言われていたであろう? ブレスレットを常に身に付けておけと。ワシの名をおまえが呼べばブレスレットから解放されるというリーヌさまの力だ―
こいつ呑気に毛繕いしてやがる。なんなんだこの余裕ぶっこいた獣は。おまえのせいでこれからまさに命懸けの人生を歩みかねんというのに。
「なるほど~。って、どうすんだこれから! 俺が名前を呼んだらブレスレットから出てくるっていうことは異空間の散歩じゃないよな? てか、あのレゴブロックは何を企んでるんだ? 悪いが今は居候の身だからおまえの世話なんぞできないぞ。」
もはや神獣という神聖さからはほど遠いただの猫科の生き物に目くじらを立て捲し立てる俺。
―ふん。小さい事は気にしないのだ。神獣であるワシが人間の世話になろうとは爪の垢ほども思っておらぬわ。ただ、リーヌ様から迷惑をかけたお前と共にいるように言われておるので体を横たえる場所くらいは……―
「キノお待たせ―あっ! かわいい猫ちゃんだ!」
なんてこった。よりによってこんな時にニーチェが戻ってきた。こいつが君らの守り神ってばれないようにどう切り抜けたらいいんだ?
「かわい―! こんな広場でどうしたの? 迷子かな~?」
猫かぶっておとなしくしてるオルツを抱き抱えてニーチェは嬉しそうだ。
「そうだ。こいつは迷子だ。未来永劫迷子しまくればいいんだ。そいつを刺激するとおまえも人生の迷子に陥るぞ。」
「ちょっと何言ってるのか分かんないわ。きれいな毛並みだから誰かに大事にされてるのね。さぁ、飼い主さんのところに戻りなさいな。」
ニーチェがオルツを降ろすと、にゃ―と一声鳴いて俺の足元に座り込む。
「あれ? キノに懐いてるね。」
「いや。気のせいだ。懐かれる筋合いはない。そして飼い主でもない。」
―何をつれない事を言うのだ? とりあえずこの姿にて現れたからにはおまえに同行しなければならないからな。それにリーヌ様から許可を得るまでは散歩すらできないのでいろいろとよろしく頼むぞ。ではまずは飯をもらえるか?―
「てめぇ……飯まで要求すんのか……迷子猫ってことにして町の役場に連れてってやろうか?」
「キノ? やっぱり気分よくないんだね……猫ちゃんに話しかけるなんて。。。今日は無理しないでギルドは明日にしようか?」
ニーチェよ。気分は悪いが体調が悪いわけではないんだ。違う意味で気分が悪いのだ。
「いや、ギルドには行こう。早めに登録して損はないだろうからな。んでもって朝飯は食べずに行くぞ。」
「え?ご飯いいの?」
「ああ。腹は減ってるが朝飯は抜きだ。市場に行ったらひと騒ぎ起きそうな気がするんでな。」
そう言った俺の視線の先にはよだれが糸を引いているオルツがいた。
神獣が再び登場です。
これからキノと長い付き合いになることと思います。




