7 人間っていっても人それぞれ
「どこの誰だか知らんがこの町に何の用だ!?」
扉の向こうから聞こえる低い男の声は、静かな声色ながらもまるでキノを威圧するように周囲に響き渡る。
「あんたはこの町の長なのか? 俺はキノっていうんだけど、この近くの海岸に流れ着いてやっとのことでここにたどり着いたんだ。怪しい者じゃないから町に入れて……」
「ならん! お前の言う言葉が真実かどうかも分からんうちはこの門をくぐらせるわけにはいかぬわ! よもや人に化けてきた魔族ではなかろうな!?」
キノの言葉を遮るように町の長は言い放つ。
「魔族? そんなわけねぇよ! なぁ頼むから入れ……」
命乞いにも似たようなキノの言葉が発し終わる前に、重々しくも静かな声色が扉の向こう側から響いてきた。
「……。門を閉じよ。こやつは町に害悪をもたらす者だ。」
「ち、ちょっ!」
強引に話を切られると同時に扉が完全に閉められ、錠をかける音が響く。そして集まっていた群衆の足音が徐々に遠ざかっていくのがキノの耳に伝わった。
「何でだよおっ……そんなによそ者は信用ならねえって言うのかよおっ!」
がっくりと膝をつき地に拳を叩きつけて怒りの混じった言葉を吐き散らす。目から溢れ出る涙が視界を曇らせる。
「そうか……分かったよ。もうこんな町には頼らねえよ……。くそったれ……」
捨て台詞を吐き力なく立ち上がったキノは、視線もままならぬ足取りで町に足を踏み入れることなくその場を後にした。
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「さて……皆の衆ご苦労であったな。素性も知れぬ輩をこの町に入れるとならば、どのような形で災いが降りかかるやも知れんなかで迅速な対応に感謝するぞ。」
白ひげを蓄えた初老の男が街中の広場で集まっていた群衆に向け労いの言葉を投げかける。
集まった人々は一様に安堵の表情を浮かべ町を守った優越感に浸っているようだ。
「いつぞやの魔族みたいに人間に扮して来られちゃ敵わねえからな。」
「まったくだ! もう二度とあんな騙し討ちなんかされてたまるかってんだ!」
至るところから憤怒にまみれた声が沸き上がってくる。
「とにかく今後も気を抜くことなく、この町を脅かす者にはあらゆる手段をもってしても排除するよう強く願うぞ。」
結びの言葉を告げられ、その場から離れ始める群衆を見つめながら、初老の男は深くため息をついた。
「……もう二度と……あのような惨事をこの町にもたらさんぞ。」
噛み締めるように呟くと、男は踵を返し歩み始めようとした。
すると、まるで風に運ばれてきたかのように静かに彼の隣にキノに道標を示したあの男が現れ、少し苛立った口調で彼に話しかけた。
「なぁ町長さんよ。いいのかい? あの男を町に入れてやらなくてよ?」
キノと接していた時とは違う。
暖かさなど全くない、ただ人の心を刺すような声色が町長の耳を突き抜ける。
「……町を守るためだ。素性の知れん者は誰であろうとこの町には入れぬわ。」
町長の額からだらだらと脂汗が滴り落ちる。
男に視線を向けることすらできずにやっとの思いで口にした言葉だが、男はゆっくりと耳元に顔を近づけてさらに尖った口調で囁いた。
「あいつは自分の事をちゃんと名乗ったよなぁ? なぁ? 見てたぞ俺はぁ……あいつは助けを求めてたよなぁ? それをよってたかって追い返しちまったなぁ……」
「ま、待て! すべては町の平安のた……」
町長が反論する間もなく、隣にいた男はまた風のように消えていた。ただ一言だけを残して。
『お前たちは自分達の事しか考えられねぇんだな……よ~くわかったぜぇ。』
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星の明かりにうっすらと照らされて見える街道を力なく歩くキノ。
どこまで続くのか分からない道から外れぬよう足を前に踏み出している。空腹や喉の乾きすら彼の元から去って、ゼンマイ仕掛けのように同じ歩幅でただ歩いている。
「皆はどうしてるんだろ……? 無事に戻れたかな……?」
「ニョロゾとネシャがいるから大丈夫だよな……オルもいるしきっとオルーツアに戻ってるはずだよな……」
「そういや、俺んちどうなってるんだろ? 新築なのに帰ったらクモの巣だらけってオチは……考えられるな……」
「そうだ! 一階を店舗にして飯屋にしてもいいかもな! 行列のできる店になるのは確定だ!」
「……帰れたら。」
キノは努めてこの現状から目を背けようとしていた。この世界に来て初めて味わう排他感があまりにも堪えているのだ。自分が今までいた環境とは違う全く異質な人々の反応についていけない自分に気づきながらも、それを認めたくない自分がそこにいる。
背にした町の明かりが徐々に薄れ、もはや足元しか見えない森の中に入り込んだキノは倒れかかるように一本の巨木にもたれかかる。
そして木々に遮られながらも若干の光を注ぐ星々を見上げゆっくりと目を閉じた。
「明日……なんかこなけりゃいいのに。」
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「……きよ。」
「……ん?」
声が聞こえる。
「起きよ。」
声が聞こえる。以前聞いたことがあるような……
いつの間にか眠り込んでいたようだ。すっかり陽はのぼり、鳥たちのさえずる鳴き声が心地よい。
「起きよと言っておるではないか!」
「あぎゃ―――――――――!」
額に激痛が走り地面でのたうちまわる。この神の鉄鎚のような痛み、いやバットで殴られたような感触は前に食らったことが……
「ようやく起きたか。こないだと同じように軽く小突いただけだろうが。にしても、こんな時間まで眠りこけておるとはな。そんな堕落した生き方をしておったらお前に教えてもらった《にーと》とか言うやつと変わらんぞ。」
痛みに脈打つ額をさすりながら声の主を見上げると、そこには出会った時と変わらない血のように真っ赤な瞳と真っ赤な髪をなびかせた女性がふんぞり返っていた。




