1 世の中には知らなくていい世界もある
「ふぅ……よくもまぁこんだけ湧いて出たもんだな……お~い! そっちはどうだ? 」
荒々しく野太い声が周囲の岩肌に反響して響き渡る。その声の主の足元には丸太のような胴体をした蛇が足の踏み場もないほど転がっている。
「ほとんど片付いたが、俺らの暴れっぷりにビビったのか群れの頭が地中に潜ったきり出てこねぇな。」
返答する声も先程と同じように周囲を震わせるかのごとく響き渡る。華奢な身体のその男の周囲にも数えきれない巨大な蛇が血まみれになり横たわっている。
二人の男は互いの気配を感じながらも、その身を動かすことなく目の前から姿を隠したターゲットに注意を払う。自分の呼吸ですら邪魔だと言わんばかりに岩のように自然と同化しているようだ。
「くそったれが……さっさと片付けて帰らねぇと、かあちゃんがぶつぶつうるせぇからな。しょうがねぇ……おい! 足元に注意しろよ!」
そう叫ぶと声の主の一人は、筋骨隆々の身体をも上回りそうな大剣を両手で構えると地面に突き刺し、言葉としては聞き取れないような詠唱を素早く唱え始めた。
「ちょ! 待て待て! ちょい待て! まだ浮遊の……」
「待たねぇよ。おら! とっとと出てこい!」
次の瞬間、大剣を中心に地表を激しい雷が走る。落雷と間違えそうな耳をつんざく轟音とともに、足元の地面が地震の縦揺れのように激しく揺れる。
決して我が身には危害はないと安心しきっていたであろう群れの頭と思われるドラゴンにも似た巨大なヘビは、あまりの激痛に苦悶の叫びをあげ地中から飛び出し、雷によって受けた痺れにより地に突っ伏して痙攣を起こしている。
「悪ぃな。」
声の主は憐れみに満ちた一言を呟くと、その群れの頭の眉間に大剣を突き立て、ろうそくのともしびのように小さくなったその命の火を吹き消すかのように終わらせた。
「ぬわわぁ! あっぶねぇ! 死ぬとこだったじゃねぇかよ!」
間一髪雷からの強襲を免れた男は宙に浮かびながら冷や汗を拭っている。
「ははは! お前なら死ぬことはねぇだろ。なあナオキ!」
豪快に笑い飛ばす男はまるで何事もなかったかのように大剣を背に背負い、水袋に入れた水をゴクゴクと飲み干し深く息をつく。
「いやいや! 普通にあれはやばいって! 俺じゃなきゃ間違いなく黒焦げになっとるわ! マジでその雑な性格は直したほうがいいからな。まあ、とりあえずはあんたのとんでもない技のおかげで手間をかけずに終わらせられたからよしとしないとなぁ。」
ふわりと地に降り立ち大剣の男の元に歩を進める黒髪のナオキと呼ばれる男。血まみれになっている細身の剣の血を丁寧に拭い鞘に納め、自分のまわりに転がっている屍を見つめる。
「なぁ魔石はどうするよ? こんだけの死体の腹ん中をまさぐるのは俺は嫌だぜ。何か変な病気になっちまいそうだ。」
苦虫を噛み潰したような表情で大剣の男に視線を向ける。が、そんな事はどうでもいいのだろう。男は群れの頭の腹に手を突っ込み、淡く藍色に光る魔石を取り出すとすぐにその場に背を向け立ち去り始めるのであった。
「お、おいおい! いいのかよ? こんだけの魔石がありゃ結構な金になるぜ?」
ナオキと呼ばれた男は慌てて引き止めようとするが、彼は振り返る様子もなさそうだ。口笛を吹くと上空で旋回していた翼竜が地上にゆっくりと降り、彼を背に乗せると再び空へと舞い上がってゆく。
「その雑魚どもの魔石の処分はお前に任せるぜ! 今日は早く帰らねぇとマジでヤバイんだ! お前がいらねぇんなら師団の兵にやらせろよ。いい小遣い稼ぎがあるって言えば、非番の奴等がやってくれるだろうよ! じゃあな!」
「ったく……こんだけの死体から魔石を確保すりゃ軽く一年は食っていけるぞ……しかしなぁ……絶対に俺は嫌だ。んじゃ、あいつの言う通り師団に任せて処分してもらおうか。」
「まったくもって欲がねぇ男だな。」
へっと鼻で軽く笑ったナオキは大剣の男と同様に翼竜を呼び寄せ、眼下に広がる無数の蛇の屍を尻目に彼とは反対の彼方に勢いよく飛び去って行った。
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「なぁどうするよ?」
目の前にあるジョッキに手をつけることなく真剣な眼差しを同じテーブルに着く者に投げかけるニョロゾ。
「どうするもこうするも、私はキノを探しに行くつもりだよ!」
ジョッキを片手にネシャが口元に泡の髭をつけたまま、勢いよく立ち上がり声を荒げる。
「うん。キノにはなにかと世話になってるし大事な友人だからね。事情は分かったから俺も手伝うよ。だけど、どこを探すんだ? 」
アヤメとグラーシュから事の成り行きを聞き、現状を把握したエーシャはいつになく真剣に耳を傾けている。
「……問題はそれなんだよな……陸地ではぐれたわけじゃないから、正直なとこ探しようがないよな。キノは名が知れてる訳じゃないから、行く先々で聞いてまわるしか手がないってなったら一苦労だぞ……」
ニョロゾは八方塞がりな状況に悲観しているのか、ため息まじりに言葉を発するしかない。ジョッキに目を向けるが口にする気がまったくおきない。そんなニョロゾにお構い無しにジョッキを空にしたネシャは、オルツに問いかける。
「オルちゃんはキノがどこにいるか分からないの?」
―うむ……あやつの気配がまったく感じられんのだ。生きているのは間違いないのだがな……考えられるのは、この地にはあやつはおらんということだ―
三人の計らいによりてんこ盛りにされた肉の山を平らげたオルツは、だらしなく寝転がりながらもネシャに返事をする。
「そっか……だとしたら、この大陸以外の地に流れ着いた可能性があるかもだな。だけど、近くの大陸って言っても……海峡を隔てたリズン大陸とあそこしかないよな……」
「ああ。リズン大陸ならともかく、あの地に行くんなら相応の覚悟しとかないとな……」
「まったく……厄介事に巻き込まれなきゃいいんだけど、間違いなく厄介事になるような気しか……」
会話が途切れた三人の顔色は一様に暗く沈んでいる。願わくば彼が無事であることと、自分達がこれから先無事でいることを心から願わずにはいられないのであった。




