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13 連携プレーはきっちりやらないとグダグダになる


―ネシャ! 常に動いて的を絞らせるな! ニョロゾ! あくまでもあやつの表面を削ぐことだけを考えるのだ!―


 リヴァイアサンの鍵爪をかいくぐりながらオルツ主体で連携を整える。

 体をくねらせながら自分の胃袋を満たそうとする海の狩人は、俊敏差で勝るオルツに手が届かないと理解すると身近にいたターゲットをネシャに変更し、瞬きもせず無機質な眼光を向けて飛びかかる。


「ちょっ! 動き早すぎだよ! それに……」


 リヴァイアサンの鍵爪が甲板をまるで薄いベニヤ板を砕くように破壊する。


「……あんなの触れたら死んじゃうよ……」


 みるみるネシャの顔から血の気が引いていく。

 今まで蹂躙してきた陸地を闊歩する魔物とはまるで違う。船上といえど、ここはやつのフィールドなのだ。もはや自分達が狩られる側であるのを今更ながら認識してしまう。


「足を止めるな! 次が来るぞ!」


 ニョロゾがわざとリヴァイアサンの視界に入り注意を引く。食事を邪魔されたと思ったのか意識が彼に移ったようだ。


「アヤメさんとグラーシュさんは狙われたら間違いなくやられる! 絶対に俺らで何とかするんだ! 必ずチャンスは来る! それまで動いて動いて動きまくれぇ!」


 ニョロゾはオルツに勝るとも劣らない身のこなしで翻弄する。リヴァイアサンはやみくもに襲うのを止め、その動きを見失わないよう眼球だけを動かしながら、今にも飛びかからんとゆっくりと身構える。

 まるであざ笑うかのように少しばかり開いた口からは、これから自分の食欲を満たすであろう肉塊を思うのかボタボタと涎が垂れている。


「……食われてたまるかよ……最高ランクの冒険者をなめんなぁ!」

 

 怒号とともにその手にする双剣を喉元に突き立てる。だがオルツと同様にわずかな切り傷を、いや切り傷すら付いていない。剣の刃が模造刀のようにやつの身に立たないのだ。


「こんのぉおおお!」


 まるで甲板を滑るように突進し無防備な腹部に自慢の一撃を振るうネシャ。しかしニョロゾと同様に表面の粘液に阻まれてまるで手応えがない。それどころか巨木に木の棒をたたきつけたかのように彼女の両手には痺れしか残らなかった。


「マジかよ……あの二人の攻撃すらまったく効かないのか……」


 自分とはあまりにもレベルの違う戦いを目の当たりにして呆然と立ち尽くすキノ。どう思い巡らせても勝てるビジョンが見えない。




 全滅。



 吐き気と悪寒が彼の身を蝕む。


『死ぬのか。一国の頂点にいるあの二人とオルがいても……俺達はここで……』


――お前ら! 何をやっておるのだ! 生きたければ各々の役割を果たせ!―


 あまりに不甲斐ない冒険者達に、苛立ちを交えた喝を入れるオルツ。そのあまりの怒気に絶望的な状況によって周りが見えなくなっていた三人が我に返る。


「そ、そうだ! まだこんなところで死ぬわけにはいかねぇよ! オルちゃんやつを引き付けていてくれ! チャンスは一度きりだ!」


 そう叫ぶとニョロゾは乱れていた呼吸を静かに整え始める。すべてを一撃にかけるために。


「ニョロゾ! あんたの後は私が必ずやってみせるから! だから必ず突破口を開いて!」


 ネシャは両手に構える斧を再び握り締める。今までだって断ち切れぬものはなかった。きっとこの戦いも勝利を切り拓いてくれると信じて。


 顔つきがいつもの二人に戻ったのを見届けると、オルツはゆっくりを歩を進める。


―頼んだぞお前達。そしてキノ。分かっているだろう。今こそその短剣の力が必要なのだぞ―


 一呼吸置いて三人と対角になる位置に瞬時に移動したオルツがひときわ大きな咆哮を放つ。

 リヴァイアサンはいつまで経っても胃袋を満たせないゆえにしびれを切らしたのか今まで以上の狂暴さでオルツに食らいつく。


 船上では激しい波の弾ける音とすでに互いの声すら届かないくらいの風の音、そしてオルツを食らわんとばかりに噛みつこうとするリヴァイアサンの歯が重なりあう鈍い音しか響かない。

 お互い体力に底はないのか、一向に動きが鈍くならない。むしろ洗練されまるで演舞を舞っているかのようにも見える。


 そのような状況下であってもネシャとニョロゾの二人の集中力は徐々に研ぎ澄まされている。いつもの暴れるだけの戦いとは違う。お互いこれから繰り出す一撃だけのために。


 キノは自問していた。


 エルシュさんの短剣にまつわる話を心から信じているか。


 オルツさえも恐れるこの短剣の持つ力を。


 その力を今だに引き出せない自分の力不足を。



「ふぅ……あれこれ考えても仕方ないな。だけどやるしかないよな……」



 目の前に繰り広げられている規格外の戦いにもう心は乱されていない。

 死を目の前にした絶望もどこかに行ったようだ。

 

 俺は死なない。まだ死ねない。


 カバンに手を入れ、緊急時に対して備えをする。



『俺の意思が切れないうちは絶対に死なない!』



 一発勝負ゆえに緊張と恐れから膝が笑う。

 だが左腕に握られた短剣はまるで体の一部になったかのようにその刃先が震えていない。


『俺の意思に応えろよ』


 小さく呟いた時、リヴァイアサンを引き付けたオルツが三人の間をすり抜ける。


―お膳立てはしたぞ―


 

―まかせとけ―


 ひきつった笑みをオルツに返し、目の前に対峙するリヴァイアサンに突撃する三人。


「おりゃあああっ!」


 突撃の合図のごとくニョロゾの叫びが響く。


 まさに目にも止まらぬ早さでリヴァイアサンの首筋に双剣を当て、そのまま体を回転させながらタールのように粘りのある体に付着している粘液を削ぎ取る。


「はああぁっ!」


 削ぎ取ってあらわになった鱗に渾身の力を込めて斧を振るうネシャ。

 ズブリと鱗を割り鮮血が吹き出す。斧は柄の部分からポッキリと折れてしまい、刃は身に半分くらい食い込んだままだ。それでも致命傷にはなっていないようだがさすがにダメージは大きく痛みを堪えきれず甲板で苦悶の声をあげのたうち回っている。


「これでどうだぁ!!」


 返り血を浴びながらキノが二人がこじ開けた傷口に短剣を突き立てる。鍔まで刺し突かれたリヴァイアサンは金属が擦れあうような咆哮を放ちながら更にその巨体をくねらせ暴れ始める。

 

「絶対に……抜かねぇからな! お前の魔素……吸い尽くしてやる!」


 その瞬間、短剣が『ドクン』と鼓動を鳴らしたかのようにキノは感じた。そして手にする短剣が徐々に生暖かく徐々に熱くなってきた。


―……やはり恐ろしいな。神器の力とは―


 どうみても短剣が魔素を吸いあげているのが分かる。広がった傷口から溢れ出ようとする魔素さえも、それから逃げるのは許されないほどに短剣を中心に魔素のうねりが肉眼でも分かるほどである。


 久しく味わってない痛みに耐えかねているのか、魔素を吸われる苦しみに足掻いているのかリヴァイアサンの暴れっぷりは収まるどころかますます激しさを増していく。


 しかしキノは決して短剣を握る手を緩めようとはしない。

 このチャンスを逃すならば自分達の未来がどうなるかはっきりと理解しているのだ。


「貧弱だからって人間様をなめるなよ。」


 己の体に付着した異物を取り払うかのように鋭利な鍵爪をキノに向けるが、シューラ保護により致命傷を負うことはないようだ。しかし、すべてをかわすことができるわけではなく少しずつ刻まれる引っ掻き傷からの出血はあっという間にキノの全身を赤く染めていく。


 だが彼の目はまだ死んでいない。

 

「絶対に! 絶対に離さねぇぞ! 俺は生きて帰るんだからな!……っと……おわわあっっ!?」


 キノの絶叫に呼応するかのようにリヴァイアサンは一層激しくその体をしならせる。そしてついに限界がきたのか海面が震えるほどの咆哮を放つと、首筋にしがみつくキノを気にもせず海中に逃げ出した。


「キノ!」 「キノくん!」


 ニョロゾとネシャが荒れ狂う海中を覗きこみながら彼の姿を追う。



 しかし、彼らの声に返ってくるキノの声はなかった。

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