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12 相性が悪ければ話にならない


 リヴァイアサンは海水に濡れた掌ほどもある鱗を不気味に光らせながらゆっくりと上体をもたげる。

 その気になればキノ達を乗せた船は一瞬のうちに海の藻屑になるであろう圧倒的なその巨体がキノ達の心に絶望という二文字を植え付ける。


「みんな! ニョロゾが戻ってきたよ!」


 荒波に揺れる甲板でネシャの悲鳴に似た叫びが響き渡る。


「みんな無事か! さっき海中からバカでかい魔物が……って……なんだよこいつは……」


 魔輝真珠と共に甲板に投げ出されたニョロゾが目の前にいるリヴァイアサンに意識を奪われる。


「ニョロゾこそ無事で安心したわ! リヴァイアサンなんて化け物が現れるなんて最悪の状況だけどね。今は生きて帰ることだけを考えるのよ!」


 船に叩きつける波音にかき消されそうなアヤメの震える声がニョロゾの耳に届く。


「……マジかよ……リヴァイアサンなんて幻想上の魔物じゃねぇのかよ……」


 幾度も魔物を切り刻んできたニョロゾの両手に構える剣が落ち着きなく震える。




 ただ単純に怖いのだ。



 あらゆる修羅場をくぐり抜けてきたニョロゾが逃げ場のない船上で恐怖に支配されている。

 どのような状況でも自分の思うがままに戦歴を重ねてきたが、初めて自身の死が体にまとわりついて拭っても拭っても離れない。


「ニョロゾ! しっかりしなよ! 勝てるかは分からないけと負けると決まったわけじゃないんだよ!」


 愛用の斧を身構え、いつでも迎撃できるように神経を研ぎ澄ませるネシャ。

 彼女の言葉で我に帰ったニョロゾの震えは徐々に静まってゆく。だが、体の平静さと反比例して彼の心には『死』の一文字しか浮かんでこない。


「せっかく苦労して獲物を手に入れたのによ。こうなったら意地でも生き延びてやるぞ!」


「ニョロゾさん! これを!」


 後方に身を隠しているグラーシュが紫色の小瓶をニョロゾに投げ渡す。


「……グラさん……これって……」


「生き延びるためです! 遠慮なく使ってください! ネシャさんも!」


「ありがたい! 最高クラスのポーションなんて持ち合わせてるとは。これで消費した魔素も元に戻るぜ!」


 二人は小瓶を一気に飲み干すとリヴァイアサンに再び目を向ける。


「よし。やったろうか!」




―二人とも待て。まずはあの蛇風情が敵視を向けているワシが相手をしよう。お前達はその真珠を収納しておれ―


 ゆらりとリヴァイアサンと二人の間にオルツが割って入る。


―オルちゃん! 大丈夫なの?―


―相性が悪いのでどうなるか分からぬ。だが、お前達を死なせるわけにはいかぬのでなあっ!―


 念話が終わると同時に白い光の塊がリヴァイアサンに一直線に飛びかかる。濡れた鱗に包まれた首筋に当たったと思われたが、鱗にはまるで猫に引っかかれたような爪後しか残っていない。 


―ふむ。やはり厄介だな。あやつの体の表面に纏う粘液が邪魔をするわい―


 まるで何事もなかったかのようにオルツを見下ろすリヴァイアサン。そしてまるで金属を擦りあわせるかのような咆哮を放つと鎌のような鍵爪をオルツに降りおろす。


 波風の音を遥かに凌ぐ甲板を砕く激しい音が響き渡るが、オルツは瞬時にかわし再びリヴァイアサンに襲いかかる。

 しかし先程の一撃と同様に鱗を削り取るくらいしかダメージを与えてはいないようだ。


―オル! どうしたんだよ!? まったくお前の攻撃が効いていないみたいだぞ!―


―あやつは雷耐性を持っていてな。ワシは雷を身に宿し力を振るう攻撃に特化したものだ。ゆえにこうなるのは目に見えていたわ―


―じ、じゃ……お前のスキルを解放して戦えばいいじゃねぇか!―


―そうだな。ワシが力を解放すれば問題ないだろう。だが……お前達もただの消し炭になってしまうぞ。海水を通してワシの雷撃を食らうのは分かりきったことであろう?―


―……だな……なんとか下手に刺激せずにこの場をやり過ごすってのは無理なのかよ!?―


 頼りにしていたオルツさえまともなダメージすら与えられない八方塞がりの状況に、久しぶりに味わう心からの恐怖から剣を持つキノの手が震える。


―無理だろう。どうやらあやつはワシらを食う気に溢れているようだ―


 次の瞬間、巨大な体をくねらせリヴァイアサンがオルツめがけてその大口を広げ襲いかかる。


「オル!」 「オルちゃん!」


 皆の悲鳴が響くがオルツの姿はない。


―さて……ワシができるのはあやつを撹乱するくらいであろう。ネシャ。ニョロゾ。情けない話だが、ワシが守るべきお前達に頼みがあるのだが―


 いつの間にかリヴァイアサンの死角に姿をくらましていたオルツが二人に己がすべき役割を伝える。 


―わ、分かった。全力でいくから一度しかチャンスはないが必ずやってみせるぜ!―


―だねだね! 私も会心の一撃ってやつを食らわせてやるんだから!―


 絶望の中から一筋の光を見つけたかのように二人の目に輝きが甦る。すべては勝つためではなく生き残るために。


「私はグラーシュさんの身の安全を優先するから! どう頑張っても私じゃ足手まといにしかならないみたいだからね……」


 唇をぐっと噛み締めすべての挙動に意識を集中させるアヤメ。

 彼女自身が痛いほど自覚しているのだ。

 今の自分はリヴァイアサンにただの一歩すら踏み出せない弱い存在であることを。

 

―そしてキノ。お前が持つべきはその剣ではなかろう? 腰にさげているのは飾りか? さっさとその短剣を手にしろ―


 オルツの言葉に我に戻るキノ。気が動転していたのか護身用の剣を構えていたのだ。


―お、おお! だけど本当にいけるのかよ? まだ一度も……―


―ふん。エルシュの言葉を信じていないのか? それにワシはお前に何度も言ったはずだぞ。その刃をワシに向けるなと―


 なかば呆れた眼差しをキノに向けるオルツ。


―だな。できなきゃ生きて帰れないしな。意地でもやってやるさ! ネシャ、ニョロゾ! 準備はいいぞ!―


「「おっけ-! じゃいくぞ!」」


 二人の叫びに呼応するようにリヴァイアサンは激しい咆哮を放ち、船上にいるすべての者を敵と認識した。


 そして海の狩人と陸の狩人達との戦いが始まった。



 







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