8 依頼内容
「ようこそイスミルの町へ! そしてようこそ海風の宿へ!」
先程グラーシュさんに辛辣な挨拶をしていた若者が皆を出迎えている。彼が経営している海風の宿は外観も内観もまるでイタリアの沿岸部にあるような白い石造りの建物だ。
「皆さんお疲れでしょうからどうぞゆっくりしてくださいね。夕食はこちらで準備しますからそれまで寛いでいてください!」
キールというグラーシュさんの友人は簡単に部屋割りを説明し、慌ただしく厨房に走って行った。さてさて……とりあえずは窓から吹き込む海風を感じながら横になろうか。
他の皆も同様に馬車移動での疲れを癒すため部屋にこもっているようだ。
―キノ。この度の依頼は海に出向くというのは本当なのか?―
普段なら惰眠を貪り飯の時間に起き上がるオルが、いつになく真剣な眼差しでこちらを向いている。
―ああ。海に出ないと依頼品は手に入らないからな。もしかして……オルって泳げないのか?でかい川だと思えばいいんじゃ?―
―……誰にでも苦手なものはあるぞ。それにあやつらも苦手だと言っておったぞ―
―だよな~。まさかネシャもニョロゾも泳ぐのが苦手とはな……―
この町に来る道中に彼らに聞いたのだが、内地出身の人は泳ぐのが苦手らしい。近くに川があっても浅瀬までしか入らないと。深場にはそこそこの強さのモンスターがいるし、何より水の中だと戦闘時圧倒的に不利になるみたいだ。
―依頼を手伝うとは言ったが、動いてもらうのはあの二人だからな。まさか俺に取って来いとはさすがに言わないだろうし、オルも船の上でゆっくりしとけばいいんじゃないかな?―
―う、うむ。だが、できれば船になんぞ乗らず陸で見守るのは駄目か?―
―駄目。悪いが依頼内容とこの海の状況を聞く限り、お前がいないと俺らは間違いなく全滅するに決まってるだろ―
―ぐぬぬ……まぁよいわ。では少し寝るぞ。飯ができたら起こすのだぞ―
そう言うとオルは背中を向けベッドの上で丸くなりいびきをかきだした。
にしても、今回の依頼はミスったな~。この世界の海の事をもっとよく知ってから引き受けるべきじゃなかったのかと後悔している。
馬車の中でグラーシュさんやネシャ達から聞いた情報がこれだ。
《とにかく海流が激しい。潮に流されるとあっという間に4,5キロは流される。下手をすると実績豊富な漁師ですら戻ってこれない。》
《海の魔物は強い。というか倒し辛い。やはり水中では同程度のランクの魔物ですらなかなか攻撃が当たらないらしい。》
《海底にたどり着く技術がこの世界にはない。風の魔法で空気を身に纏わせてある程度の深さまで潜る事はできるが、深ければ深いほど息が続かなくなり、体にも異常が出て途中で断念してしまうらしい。減圧症というダイバーによくあるやつだ。》
海底まで行くのは海流次第だが多分問題ないだろう。問題なのは目的の場所にたどり着くまでに魔物に襲われないかという点だけか。
明日には海に出るだろうから一眠りする前に必要な物を買っておこうか。必要経費として二人からそれなりの額の金貨を渡されているから、まずは人命最優先の買い物だな。そして……
俺は暴走馬車の疲れにやられながらもタブレットを取り出し、画面をタップし始めた。
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「ほんっっっと久しぶりですねグラーシュさん! あっちの生活には慣れてるみたいですね!」
テーブルに着いたキールが食事を頬張りながらグラーシュさんとの話に華を咲かせている。他の宿泊客がいてもお構い無しだ。
「ねぇキノくん。一体どうやってグラーシュの依頼をこなすのよ? 国中探してもできそうな人材はいないくらい難易度が高いのよ?」
港町ならではの海産物まみれの料理をパクつきながらアヤメさんが聞いてくる。
「難しいといえば難しいのですが、できないことはないですよ。ただ、時間は少しかかるでしょうが。」
「ふ~ん。もしキノくんがこの依頼を達成できたらある意味歴史が変わるかもね! なんせ今まで人が到達できなかった領域に足を踏み入れてお宝を取ってくるんだから!」
「いやいや! 俺は行かないですよ! あくまでも手伝いなのでこの二人にレクチャーするだけですから!」
「え――――! キノも来てくれよ! マジで俺らだけだと溺れ死ぬに決まってるんだけど!」
いつになく弱気なニョロゾが泣き言を……うんうん。気持ちは分かるが俺は絶対嫌だ。君達で何とかするんだぞ。
今夜の夕食は一切酒がない。もちろん明日行う依頼を考えればとても飲む気になんてなれないであろう。酒好きが一滴も口にしない夕食なんぞ後にも先にもこれっきりだろう。
「じゃ明日の為に今夜は皆早く寝るんだよ! 『魔輝真珠』を必ず手に入れるよ!」
ぷっくり膨れたお腹をさすりながらアヤメさんが席を立つ。皆もぞろぞろと後に続いて各自部屋に戻りだした。
「グラーシュさん。お先に。あなたが一番ダメージ抱えてるんだから早く休んでくださいよ。」
「はははっ。そうだね。もう少ししたら僕も部屋に戻るよ。じゃまた明日。」
苦笑いを浮かべ手を振る彼を残して俺とオルは食堂を後にした。
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「……で実際どうよ? 魔輝真珠はいけそうなのかな?」
「ん~どうかな。すべてはキノくんにかかってるからね。」
「そっか~。にしても姫さんはまたとんでもない依頼を投下してきたもんだな。」
「何やら気になる男性にプレゼントしたいって話だよ。あのおてんば姫が恋心を抱くなんてね。帝国に喧嘩売るほうが現実的だよ。」
「マジかよ! あの姫さんが恋だと……一体どこのどいつだよ!?」
「そこまでは知らないなぁ。姫が婚約でもしたら分かるんじゃないかな?」
「うっわ……想像できない……ってか想像したくない……」
「っくしゅん!」
―おい。海風に吹かれて冷えたのではないか?―
―う~む。そうかも。窓閉めるからな―




