7 乗り物酔いは旅の楽しみを半減させる
……ぅう……朝か……
背中が痛い。
手持ちの金がないから寝具をけちって敷布団しか買わなかったせいだ。
肌寒い朝を迎えてよろよろと布団から這い出る。
ビビとシーク、サークによって一昨日と同じように建て直された我が家。水回りはまだ買い直されていないせいで、家の中は布団しかない。まるで地域の公民館のようだ。
「腹減ったなぁ……」
毎日朝は欠かさず食べているせいで腹の虫が鳴り止まない。
ここにきてニーチェが毎朝準備してくれていた朝飯がどれだけ一日の糧となっていたかを思い起こしてしまう。
寝起きで頭がぼ~っとするが二人が来る前に簡単に何か食うか。
「ようやく起きたわね~。お腹空いてるみたいじゃない。何か買って来ようか?」
俺の背後で凛とした聞き覚えのある声が響く。聞き覚えのある声が……って……
「うおっ! びっくりした! どうしたんですか!」
「ふふふっ。盗られるものがないにしても鍵ぐらいかけておかないと物騒だよ。ほらほら! 何か買って来るから顔洗って待ってなさい!」
そう言い残すとくるりと背を向け玄関に向かう一人の女性。見慣れた彼女だが今日はいつもと違っている。一介の冒険者の姿に身を包み、背中には鞘に収められた重々しい両手剣が嫌でも目につく。
「あの~何か用です? アヤメさん? んでもってその格好は?」
ギルドマスターのアヤメさんが我が家に不法侵入?
「何やらキノ君達がおもしろそうなことするみたいじゃない。ギルドを代表する者としてそこんとこは見ておかないとってね!」
そう言い残すと扉を開け、彼女は朝靄の町に消えていった。
「……マジか。アヤメさんも来るのかよ。」
「だね。彼女とニョロゾとネシャ、そして僕もお邪魔するよ。」
「うわっ! グラーシュさん!? いたんですか!?」
グラーシュさんは……いつもとほぼ変わらない姿だな。
「はははっ。キノ君は寝起きが悪いみたいだね。一応アヤメさんと一緒に君が起きるのを待っていたよ。あとはあの二人が来るだけだね。」
「はぁ……ってグラーシュさんも来るんですか?」
ニコニコしながら頷く。
「そりゃあもちろんだよ。なんせあの二人の依頼人は僕だからね。それに行き先は僕の生まれ故郷だし。」
……こいつがわがまま大王だったか……
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「みんな~準備いい?」
「おー」
「いいわよ~」
「いいですよ。でもあまり揺らさないでくださいよ。僕って結構酔いやすいんで。」
「揺れる? グラーシュさん何を……おぁあああっ!」
言い終わらないうちに馬車が急発進する。以前乗った馬車より倍以上のスピードだ。
「ギルマスのアヤメさんを数日も引っ張り回すわけにはいかないからね! 兵車に使う馬を借りてきたんだ! 喋ってたら舌を噛み切るよおぉ!」
馬の扱いに慣れているネシャは随分楽しそうだ。が、まさに暴れ馬とはこのことか……まるでジェットコースターだ!
「休、休憩はちゃんとしてくれよ――!」
俺の叫びも彼女には届かなかったのかノンストップで目的の町にたどり着いた。
「どう? 普通なら三日かかるのに一日で着いたよ。」
どや顔で鼻高々なネシャ。うん。確かにすごいです。だけど馬車の中でこねくり回されるような一日を過ごした疲労度も半端ない。
―オル……生きてるか?―
―ふん。あれしきの揺れなんぞ何ともないぞ。それより飯だ! 朝から何も食ってないから気が狂いそうだぞ―
「うっぷ……とりあえず宿に行きましょうか。私の友人が経営してる所ですから融通は効きますからね……」
足取りがおぼつかないグラーシュさんがふらふらになりながらも皆を先導する。
「いつもあんな薄暗い店に籠ってるからよ。定期的に体を動かして鍛えないからそうなるのよ。」
さすがギルドマスターのアヤメさんだ。見かけによらずあの馬車での旅路もなんともない様子だ。
「そうは言っても私はあなた方とは違いただの商売人ですから。ううっ……何か酸っぱい匂いが喉の奥から……」
余程馬車の揺れにやられたのかまるで二日酔いのおっさんみたいになってるな。
「ちょっとグラさん~! もらいそうだから絶対吐かないでよ~!」
少し離れてついてくるネシャとニョロゾが苦虫を噛み潰したような表情で鼻をつまんでいる。
「うっぷ……なんとか耐えますよ……あぁ見えてきましたよ。あちらの建物が友人が経営している宿です。」
青白い顔のグラーシュさんが指差す先にはオルーツアにはないような三階建ての立派な洋館が見える。そして建物の入り口には彼にによく似た若者が笑顔で手を振っている。
「グラさ~ん! 待ってたよ~!」
見たところグラーシュさんより少し若いくらいだろうか。小走りに駆け寄り爽やかな笑顔で皆を出迎えている。そして一言。
「なんかグラさん口から酸っぱい臭いがするからこっち向いて喋んないでくれる?」
……爽やかなのは顔だけみたいだ。




