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ワケあり姉妹の薬店  作者: 綾月シボ
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第九話 黄金の百合 後編

「いや・・・面目ない。助けて頂いて感謝します・・・。しかし、まさかこの詰所が襲われるとは・・・私の読みの甘さでした。どうやら敵はあなたの命、というよりは我々人間とあなた方エルフ族の関係悪化が最優先の狙いのようですな。・・・いずれにしてもあなたが無事で良かった!」

「いえ、こちらこそ。最初の一撃をあなたが身代わりになってくれなかったら、どうなっていたか・・・」

 自身の魔法〝癒し〟によって一命を取り留めたフォルクスが礼を伝えるとファルゼクもその返礼に手を差し出して男達は堅い握手を交わした。

 ダークエルフへの追撃を断念し衛士隊の救助を優先させたリーア達だが、その甲斐あって一人の死者も出さなかった。これは救助が迅速だったのもあるが、根本的な理由は敵のダークエルフ側が詰所の完全な制圧よりも、ファルゼクの命を最優先に狙ったためだと思われた。エルフ族の代表である彼が人ラハダスで命を落としたとなれば、それを聞いたエルフ族は人間に対して不信感を募らせるだろう。おそらくはそれがダークエルフの真の目的に違いなかった。

「実行犯は二人だね。たった二人のダークエルフにやれてしまうなんてラハダスの衛士隊は腑抜けの集まりか!と言いたいけれど・・・襲撃で使われた薬は私の見立てだと〝殴り茸〟ってキノコを揮発性の強い液体に溶かし込んだ毒薬だ。これを瓶に入れて床に叩きつければキノコの成分が周囲に拡散して大勢の人間を中毒で意識を失わせることが出来る。このキノコは食べたら殴られたみたいに昏倒するとこから名付けられているわけだけど、待ち伏せされてこれを使われたんじゃ、同情の余地はあるかな」

 優雅なエルフ青年と冴えない中年男性の友情はちょっとした見物ではあったが、リーアは二人を現実へと引き戻すために敢えて辛口気味に語り掛けた。

「ええ、面目がない次第です。言い訳をさせてもらえるのなら、ジャノスを探るために多くの衛士達を出して手薄になったところを狙われたようです。城にも応援を頼みましたし、調査に出した衛士達もやがて戻って来ます。情報が入るとともにここの警備も増すはずですからご勘弁にして下さい」

「なるほど、今は下手に動くよりもここで待機した方が最適ってことね」

 フォルクスに説明にリーアは納得する。一時は追い詰められていた人間とエルフ族の同盟側だったが、状況は改善に向かっているようだ。後はファルゼクとサディークの身の安全を確保しつつ、情報が集まるのを待つだけだった。

 

 フォルクスの宣言通り、調査に出していた衛士達は次々と帰還を果たした。戻った衛士達は詰所が襲撃を受けたことに驚いていたが、フォルクスが的確に報告を聞き取り、新たな指示を与えていったので大きな混乱になることはなかった。

 リーアはそんな衛士達に交じりながら、負傷者の看病を続ける。もっとも、看病といってもやることは少ない。命に係わるような重傷者はファルゼクの魔法によって回復させられているので、毒や魔法で意識を失っている者達を寝ている間に吐いた嘔吐物で窒息しないように体勢を整えてやるくらいだ。エルフ達の魔力にも限界があるので彼らは自然回復に委ねられた。

「リーア、来てくれ!どうやら敵の居場所がわかったみたいだ!」

「わかった!」

 仲間を見守る衛士達に安全な寝かし方を教えると、リーアは呼びに来たサディークの後を追う。どうやらフォルクスが集まった情報を具体的な形としてまとめ上げたに違いない。本来リーアはサディーク達エルフ族の補助をする役目のはずだったが、いつの間にか今回の事件解決における中核メンバーと見做されていた。


 会議室とされた部屋にサディークとリーアが揃ったことで、フォルクスは司会役としてこれまでの集まった情報について説明を開始する。この会合にはリーアとエルフ親子の他にもラハデスの関係者数人が参加していたが、緊急事態なので自己紹介等は省かれた。

 説明を聞きながらもリーアはそれとなく参加者の顔ぶれを観察する。その中に落ち着いた色合いながらも最高級と思われる生地と仕立ての服を着た三十代程の男を見つけると、彼女は驚きを覚える。その男とは初対面だが顔には見覚えがあった。いや、彼女でなくともラハダスに暮らす者でその顔を知らない者はいないだろう。彼はラハデスの領主アランセス公その人だからだ。

 なぜ?と疑問が沸くがそれは直ぐに自己解決した。ファルゼクとは個人的な友人だったので意識していなかったが、彼はエルフ族を代表してラハダスにやって来た使者なのだ。そのファルゼクが領主の庇護にあるはずの街中で襲われたとなれば、謝罪と安否の確認としてアランセス自らがやってくるのも不思議ではない。そして事件の進捗を知るためにそのまま会合に加わったに違いなかった。

 大物の登場にリーアは軽い緊張を感じるが、直ぐに見なかったことにする。おそらくラハダスの支配者にすれば今回の襲撃は可能な限り内密にしたいはずだ。彼女は努めてフォルクスの話に集中した。

「では、その・・・犯罪組織の拠点には既に見張りを差し向けているのですね?」

「ええ、そうです。先程・・・襲撃前に送り出した部下の一部はまだ、ジャノス一味のアジトに張り付いています。戻った衛士の報告によると、ジャノスは手下を集めて大きな取引をしようとしているところでした。そのアジト、正確には悪所街に存在する場末の酒場ですが、そこには今日の立春祭で劇を行なった旅芸人の関係者の姿もあったそうです。彼らなら盗まれた〝黄金の百合〟の買い手としても街から持ち出すのにも都合が良いと思われます。彼らは劇の演出に魔術を使っているらしいですから、魔力を帯びた道具の一つや二つは持っているでしょう。誤魔化すには最適の隠れ蓑です。・・・まあ、決定的な証拠はありませんが、これから関係者との調整と人員の準備が整い次第手入れ・・・えっと制圧のために乗り込む手筈となっています」

「なるほど・・・その準備はあとどれくらい掛かりますか?」

「まもなくです。この場の説明が終わり次第、衛士隊と城の警備隊の分隊長格を集めて段取りに入ります。夜が明ける頃には全てに決着が付くでしょう」

「では、私達もその制圧作戦に参加させて頂きます。百合を最優先で保護したいですし、もし妖魔がその場にいれば被害が大きくなる可能性があります。彼らの祈祷魔法に対抗するには私達が最適のはずです!」

「・・・ありがたい申し入れですが、妖魔達の狙いがあなた方の命と発覚した今の時点では安全な場所での待機をお願いしたいのですが・・・」

 一通りの説明を終えたフォルクスにファルゼクが確認の質問とともに手入れへの参加を表明するが、それを受けたファルクスは困った表情を浮かべる。

「そのご心配はもっともですが、我々エルフは盗まれた宝を取り返すのに、友にだけ危険を冒させるようなことはさせません!万が一に備えて森の同胞達には一筆書いておきましょう。それがあれば私の身に何があったとしても我々とベリゼール王国との同盟はより強固なものになるはずです!」

 二人のやり取りを見つめながら、リーアは自分がどうするべきか悩んだ。フォルクスの説明には幾つかショックな内容が含まれていたが、今の彼女にとってはファルゼクをどう宥めるかが問題だった。普段はエルフ族らしからぬ人当たりの良さを持つ彼であったが、やはりその身体には誇り高いエルフの血が満たされていたのだ。

「・・・ファルゼクのエルフ族の誇りや気概は立派だし、筋も通っているけど・・・本当に万が一のことがあったら妖魔達の思う壷だよ!だから、安全な所に居ろとは言わないけど、切り札として後方に控える形で参加するのが良いと思うよ!」

「・・・そう、彼女の言うとおりです。ファルゼク殿!エルフの方々の高潔な精神には感服いたしますが、友である我々を信じて荒事を任せて下さいませんか?今回の事件にはこのラハダスの住民も大きく関わっております。身内の不始末は身内で付けなくてはなりません。ファルゼク殿とそのご子息は妖魔への切り札として後方で控えて頂けないでしょうか?」

 リーアの提案を、これまで黙って座っていたアランセスが引き継ぐようにしてファルゼクに問い掛ける。

「・・・わかりました。私達は万が一に備えて後方で待機という形で参加しましょう」

 ファルゼクもそれが妥協点と見たのか、しばらく考えた後に承諾の意志を示した。

 その後は先程の説明とおり、実行部隊の下士官達が呼ばれて手入れの段取りが決められることになった。さすがに細かい打ち合わせにまで最高責任者が出しゃばるのは逆効果と判断したのだろう。アランセスはファルゼク親子に別れを告げると側近を連れて部屋を去ろうとする。

 公的な立場ではないが、リーアはアランセスに敬意を表するために立ち上がって軽く頭を下げる。彼女もこの程度の作法は弁えていた

「先程は的確な助言を感謝します」

「い、いえ。ファルゼク達は大切な友人ですから・・・」

 そのまま通り過ぎると思われたアランセスに声を掛けられたリーアは驚きながらも言葉を返す。まさか直接話し掛けられるとは思っていなかったので完全な不意打ちだった。

「お嬢さんお名前は?」

「そ、そんな名乗るほどでは・・・」

「ははは、謙虚な方だ。では、お互い名を知らぬ者としましょう」

「閣下、急ぎましょう!」

 笑みを浮かべたアランセスだが、護衛役の側近が催促するよう小声で伝える。彼の目からすればリーアは小剣と短剣で武装した余所者に過ぎない。主人に近寄らせたくない相手と映ったのだ。

 アランセス達の姿が見えなくなるとリーアはこれまでの緊張を解いた。彼の人柄には好感が持てたが、万が一、そう万が一見初められでもしたら面倒なことになる。姉ほどの器量を持たない自分にそんなことはありえないとわかっていても、虎口を潜り抜けた気分だった。

 リーアは自惚れた心配に苦笑を漏らすと、気持ちを切り替えながら再びサディークの隣に腰を降ろした。ファルゼク達が後方での待機とはいえ手入れに参加する以上、自分もそれに加わるつもりである。乗り掛かった船でもあるし、なにより先程戦ったダークエルフ達はかなりの手練れだった。ファルゼク達の安否を本気で心配するならば最善を尽くすのみだ。


「はじまりました」

 真夜中の悪所街に破壊音が響き渡るとフォルクスは解説するように呟く。ジャノス一味のアジトとなっている酒場の正面が衛士隊の先鋒によって突破されたに違いなかった。

 その音を合図に裏口からも衛士隊が大型のハンマーを使って扉を壊すと突入を開始する。盗賊の技を持つリーアからすればかなり荒っぽい仕事ぶりだが、確実に扉を開けるという点では評価しても良いと思った。

 今リーア達はアジトの裏口より若干離れた辻からその光景を眺めている。約束どおりファルゼクとサディークは後方での待機に甘んじてくれているが、万が一に備えてリーアとフォルクスの他にも三人の衛士が護衛に付いていた。

 激しさを増す騒音だが、周囲の住人達がそれに驚いた様子は見せない。おそらくフォルクスは裏組織のボスであるコーテスとも話を付けているのだろう。彼からすれば、不穏分子を衛士隊が粛清してくれるのである。願ってもないことだった。また、今回の手入れに参加した衛士隊と援護の兵士は総勢四十名を超えている。これだけの戦力をジャノス側に知られずに動かすにはコーテスの協力がなければ不可能だと思われた。冴えない顔をしたフォルクスだが、数時間でこれだけの御膳立てを整えたのだから侮れない人物だ。

 やがて、酒場内から悲鳴と怒声が聞え始める。先に詰所を襲撃された恨みもあり衛士達は必要以上に荒っぽくなっていた。まるで荷物を順番に運ぶように縄で縛られたヤクザ者達が次々と酒場から外に連れ出されていく。

 しばらくして、一際激しく抵抗する男が裏口に引っ立てられる。半裸の身体を荒縄で縛られているのに構わず暴れるので身体中擦り傷だらけだ。淡いランプの灯りに浮かぶ凶悪な表情から紹介されなくてもわかる。この男がジャノスに違いなかった。

 ジャノスを引っ立てる衛士とは別に奥から長細い木箱を抱えた衛士が現れるとそれをフォルクスに手渡した。

「どうやら、探し物が見つかったようです!確認してください!」

「ええ、間違いありません!我々の〝黄金の百合〟です!」

 木箱の箱を開けながら微笑むフォルクスにファルゼクも喜びの声を上げた。柔らかい布で裏打ちされた木箱に容れられていたのは、自ら淡い光を放つまさしく黄金色の一輪の百合だった。今回の事件の元凶とも言える存在に、リーアも横から覗きこむようにして、その幽玄で繊細な美しさを堪能する。芸術的な才能はあまりない彼女だが、エルフ族が血相変えて探し出す気持ちも理解出来る気がした。出すところに出せば信じられない額の値が付くだろう。

「良かった!これで、私達も面目が立つってもんです。正式な保管用の箱は後から用意いたしますが、とりあえずはこのままお渡しします。よろしければ後始末は私達に任せてファルゼクさん達は用意した館にお戻り下さい。大森林に帰還する際には護衛も含めて、また改めてご相談いたしましょう」

「ええ、そうさせて頂きます。フォルクス殿、感謝いたします!」

 木箱を受け取ったファルゼクは改めてフォルクスと握手を交わす。その様子を眺めていたリーアは奇妙な寂しさを覚えた。自分とファルゼクが友人であるのは間違いのない事実と思われたが、この二人の関係は女である自分が踏み入れることの出来ない領域に思えたのだ。おそらくはこれが男同士の友情と呼ばれるモノなのだろう。リーアは女に生まれた自分には決して体験出来ぬ世界があることを知ると深い溜息を吐くしかなかった。

「どうしたリーア?疲れたのか?!」

「い、いや大丈夫だ。〝黄金の百合〟が見つかったことで一旦安心しただけだ!」

 急に投げ掛けられたサディークに問いにリーアは驚きながらもなんとか誤魔化す。まさか、フォルクス・・・いや男全般に対して軽い嫉妬を感じていたとは言えやしない。

「そうか、なら良いんだ。と言うか髪を伸ばしたのだな・・・似合っている・・・と思う」

「なんだよ、今更かよ!そういうことは再会した時に言えよ!一応気にしていたんだぞ!つか、思うってなんだ!」

「いや!俺ももっと早く切り出したかったんだが、父さんがいたし任務が最優先だったから言い出せなかったんだよ!それと・・・思うってのは照れ隠しだ。気にするな!」

「ああ、もう不器用なやつ・・・いや、こういうのもの・・・なのか。そうだな、まあ褒めてくれて・・・ありがとう・・・嬉しいよ」

 タイミングの悪いサディークの気遣いにリーアはちょっとした癇癪をぶつけるが、軽い怒りの中に隠れるように存在する甘酸っぱい気持ちに気付くと素直に受け入れることにした。この気持ちはおそらく自分だけでなく、サディークも感じているに違いなかった。これが本物の恋なのかはリーアにもわからなかったが、大切に扱う必要があると思い直したのだ。

「うん、喜んでくれて俺も・・・」

 二人がお互いに顔を見つめて微笑もうとした瞬間、辺りは暗闇に包まれた。僅かな光も存在しない全くの闇、自然界には存在しないはずのその闇は魔法による攻撃に違いなかった。

 

「なんだ、これは!」

「うわあ!」

 狼狽える衛士達の悲鳴が響く中リーアは冷静に耳を澄ませた。それまで奇妙な昂揚感に包まれていた彼女の感情は一瞬にして戦闘用の意識に塗り替えられている。光を失ったのは痛手ではあるが、この戦術は先程一度味わっている。対処するのに迷いはなかった。

 やがて、こちら側に、より正確に言うのならばサディークに忍び寄る足音を捉えると、リーアはその音に向かって跳躍した。彼女としては身体全体でぶつかるつもりでいたのが、広げた左手が辛うじて襲撃者と思われる存在に僅かに当たっただけだ。

 それでもリーアは地面に倒れる前に敵に向かって必死に組みついた。そいつの狙いがサディークの命であるのは間違いない。ならば何として食い止めねばならなかった。祈祷魔法を扱うことの出来る彼を優先的に守るのは戦術的にも正しい判断だったが、この行動はリーアの本能的な願望でもあった。

「ぐ!」

 突如左肩に焼いた鉄の棒を押し付けたような鋭い痛みが走り、リーアは悲鳴を漏らした。敵はその痛みと衝撃で緩んだ隙を突いてリーアの組みつきから逃れようとするが、彼女はそれに気付くと空いた隙間を埋めるように頭突きを浴びせた。

「ああ!」

 確かな手応えとともに今度は敵が悲鳴を上げる。その高く艶やかな声には聞き覚えがあった。詰所で戦ったダークエルフの女だ。敵の正体を知ると彼女は左肩の痛みに耐えて攻勢に乗り出す。女同士ではあるが体格と膂力では自分に軍配が上がる。特に組み付いた格闘戦では重い方が圧倒的に優位だ。リーアは敵を締め上げようと力を込めた。

「か、髪を引っ張るな!」

 暗闇の中優勢になりつつあったリーアだが、敵も必死だ。組み技から逃れようとリーアの髪を引っ張りながら抵抗する。ならばと、もう一発頭突きを浴びせようとしたところでリーアは身体の異変に気付いた。手足が重くなりつつあったのだ。

『くそったれ!』

 リーアは胸の中で激しく唸りながらも、自分の下から這い出る敵をなすべくもなく許すしかなかった。既に身体の自由は失われていた。毒を得意とするリーアだが、なにも自分の専売特許というわけではない。おそらくは左肩に受けた短剣、またはそれに準じた武器に赤トリカブト系の毒が塗られていたのだろう。この毒はまずは対象の運動神経を麻痺させ、やがては呼吸器に至り窒息させる。赤トリカブトは入手も楽で細かい調整によって効果をコントロール出来る。実際、彼女が使う痺れ薬も赤トリカブトを基本としていた。だから、リーアは効きの早さから自分の体内に入った毒が致死量に達していることを理解した。

「リーア!」

 朦朧とする意識の中でリーアは自分を呼ぶ声と、再び現れた微かな光を感じた。彼女は自分がサディーク達に立ち直る時間を与えたことに満足すると静かに瞼を閉じた。


「あたしは・・・生きている?!」

 身体に中から湧き上がる温かい力を感じるとリーアは目を覚ました。既に意識は明確に覚醒し、手足の麻痺も完全に消えていた。

「良かった!」

「うわ!近い!」

 自分の目の前にあるサディークの顔に気付くとリーアは驚きの声をあげて身体をくねらした。何しろ垂れた彼の金髪が頬を擽っていたのだ。

「あ、すまん!」

 リーアは謝罪を口にするサディークの手を借りて立ち上がる。どうやら彼の胸に抱かれる形で魔法による治療を受けたようだったが、今は無視することにした。

 目に映ったのは、何かを見聞するため円陣を組むように群がるファルゼクと衛士達の姿だ。その中心には褐色の肌を人物が背中に二本の矢を受けた状態で倒れている。苦悶の表情からする既に絶命していると思われた。

「あいつは襲ってきた妖魔の一人で父さんが倒したんだ!もう一人の方は逃げられてしまったが、・・・振り返ったらリーアが倒れていたんで、それで・・・」

「そうか・・・また助けてくれたんだな。ありがとう!」

「いや、俺を狙った敵をリーアが防いでくれたからこそだ!」

 状況を飲み込み始めたリーアは改めてサディークに礼を伝え、彼もリーアの勇気を讃えた。

「ああ、リーアさん回復されたのですね!良かった!敵の撃退には成功しましたが、追撃があるかもしれません!衛士隊が先導しますので、あなたもファルゼクさん達と一緒にこちらで用意した館に避難して下さい!」

「・・・ええ!」

「わかりました」

 フォルクスに呼び掛けられた二人は頷くと、ファルゼクとともに先導する衛士達の後に続く。倒したダークエルフやジャノスの尋問等気になることはあったが、今はこの場からの撤退が最優先と思われた。

「リーア・・・頼みがある!」

「どうした?!」

 逃げるように早足で街中を進むリーアはサディークに小声で打ち明けられる。

「恥ずかしいことだが・・・実は魔法の使い過ぎで、頭がふらふらして来た・・・肩を貸してくれないか?」

「喜んで貸すさ!」

 リーアは彼の告白に微笑みながら答えると身体を支えるために肩を貸す。何しろ彼は命の恩人だ。魔法のことはさっぱりなリーアだが、以前の冒険では〝癒し〟を使うのは一日一回が限度だと言っていた。先程の襲撃でリーアは彼から〝解毒〟と〝癒し〟を施されている。おそらくは魔力の殆どを消費していたに違いない。これまでやせ我慢していたようだが、限界を感じたのだろう。

「すまない・・・」

「気にするな。それにこうしていた方が温かい!」

 リーアはそっとサディークの耳元で呟く。まだ冬の気配を残す寒空の下だが、彼の身体から伝わる体温は今の一言で更に上がったようだった。


「本当に・・・綺麗ね・・・」

「うわあ、凄い・・・」

 ファルゼクの計らいで〝黄金の百合〟の観賞を許されたナーシアとシエラの二人は、その美しさを目にすると溜息を吐きながら感想を漏らした。

 目的を果たしたファルゼクとサディークは大森林に帰還する前に、別れの挨拶を伝えに〝白百合薬店〟へ訪れていた。

「ナーシアさんにもお力をお借りしましたからね。いずれ族長から何らかの形で礼をすると思いますが、今はこれを我々からの感謝の気持ちとして下さい!」

「いえ、そんな・・・身体を張ったのはリーアですし、私は百合を見せて頂いただけで充分ですわ!」

 ナーシアはそう答えると再び〝黄金の百合〟に視線を送る。返事には謙遜も含まれていたが、伝説の存在を間近で観賞できる機会など滅多にあるのものではない。それにナーシアは店の由来のとおり、百合の花には特別な関心を抱いている。彼女にとっては栄誉な体験だった。

「もう大丈夫だとは思うが、気を付けてな!」

 旅装と整えた二人の友人にリーアは名残惜しむように呟いた。

 既にあの日の夜から三日が経過しており、生け捕りにしたジャノスによって事件の全容は明らかになった。やはり主犯とも言える事件の粗筋を書いたのはダークエルフ達で、ジャノスは以前より取引のあった彼らに〝黄金の百合〟の売買の仲介役を持ち掛けられて、それに乗ったのだ。そして立春祭で劇を執り行った劇団員の一部が買い手となっていたというのが、この事件の全容だった。

 ジャノスとその一味は裁判もなしに牢に送られ、買い手のとなった劇団員は盗品の売買の罪で罰金刑に処された。買い手の方はずいぶん甘い処分にも思えるが、彼らはダークエルフの関与を知らずにいたことが証明されたのと、ラハダス側がこの事件の存在が広まるのを嫌ったためである。

 唯一つ気掛かりなのは、衛士隊の手入れにより〝黄金の百合〟を奪還され、最後の機会としてファルゼク達を再び襲撃したダークエルフの行方である。二人組の内一人は討ち取ったものの、リーアも剣を交えた女ダークエルフの方は逃がしてしまっていた。もっとも、ファルゼク達には衛士隊の護衛が付くことになっているので、単独の妖魔が脅威になることはないだろう。これはリーアの杞憂かもしれなかった。

「すまない、私としてももう少し人間の街を見物したい気持ちがあるのだが、これを無事に取り戻すのが私の役目なのでゆっくり出来ないんだ!」

「まあ、事情が事情だしね。もう少し暖かくなったら春の薬草を目当てにこっちから訪れるつもりだから、また厄介になるよ!」

「ああ、その時はこれまで以上に歓迎しよう!」

「うん、期待しているよ!」

 ファルゼクとの挨拶を済ませたリーアは隣のサディークに視線を送ると緊張のため顔を赤らめる。

「・・・サディーク!こ、これはあたしが作った焼き菓子だ!帰り道で小腹が減った時にでも食べてくれ!前に短剣をもらったろ!それのお返しだ!」

 顔を僅かに俯かせながらリーアは小さな木箱を差し出した。料理が苦手な彼女だが、箱の中には自分で作ったクッキーが詰まっている。これは言葉とおり以前の返礼なのだが、彼が以前お菓子を美味しそうに食べていたことを思い出して必死に焼き上げたのだ。シエラに味見役をさせているので、味は保証されているはずだった。

「これを俺に!あっありがとうリーア!大切にするよ!」

「馬鹿、お菓子だぞ!傷まない内に食べてくれよ!じゃ・・・・また今度な!」

「うん・・・また今度だな!」

 木箱を受けとったサディークにリーアは敢えてそっけなく別れを告げた。

 その後、リーア達はエルフの親子を店の外まで見送り、待機していた護衛に託すのだった。

「しかし、リーアもやるわね!いつの間にかエルフの彼氏をつくるなんてね!」

「ええ、凄いです。かっこよさと美しさを兼ね備えた方達でした!」

 店に戻るとナーシアとシエラが笑みを浮かべて囃し立てる。

「ああもう!あたしとサディークはまだ・・・違う!・・・友達だよ!友達!それにエルフと付き合ったりしたら、こっちは一方的に老けていくのにあっちが若い姿のままだろう!やってらんないよ!」

「あら、お婆ちゃんになるまでずっと一緒に暮らすつもりなのね!それに別に愛の形はそれぞれだと思うけど・・・ねえ、シエラ?」

「はい、そうだと思います!」

「・・・そんなことより、仕事しよう。仕事!」

 二人から逃げるようにリーアは奥の作業室に向かう。日ごとに暖かさを増すラハデスの街だが、春は春で体調を崩す者が出やすい季節であり、薬屋としても稼ぎ時でもある。冒険の余韻で浮かれている場合ではないとリーアは自分に言い聞かせるのだった。


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