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ワケあり姉妹の薬店  作者: 綾月シボ
8/10

第八話 黄金の百合 前編

 華やかなドレスを纏った姫君が若い騎士の頬に口づけ与えると、観客達は声援と拍手を持って劇の終焉を讃えた。リーアもその中の一人としてシエラとともに目を輝かせながら賛辞に加わる。ラハダスの中央広場に作られた露天劇場の舞台からは多少の距離があったが、開幕の二時間前から記念碑の台座を確保したおかげで背の低いシエラも舞台全体を見渡せることが出来た。

 劇の内容自体は、邪悪な魔術士に攫われた美しい姫を放浪の騎士が助け出すという、どこにでもある昔話だ。廃城に連れ去られて閉じ込めていたわりには姫の姿は綺麗なままで、主役の騎士も魔術士の隠れ家をあっさり見つけ出す等、冷静に考えれば不自然な箇所が多い。それでも、役者達の広場の端まで届く通った声と迫真の演技、そして追い詰められた魔術士が変身したとされるドラゴンの模型や演出が素晴らしく、子供だましと高を括っていたリーアは見事に劇中に引き摺りこまれてしまった。

「思っていた以上に良かったな!」

「ええ!凄く面白かったです!」

 演目者の挨拶が終わったことで広場の観客達が徐々に散らばって行く中、リーアは台座から降りると余韻に浸りながらシエラに語り掛けた。実を言えば、彼女はこの劇の見学にはあまり乗り気でなかった。中央広場で行われる劇は冬の終わりを告げる立春祭の毎年の目玉ではあったが、もともとリーアはそこまで演劇に興味はなく、不特定多数の人間とすれ違うことになる人混みもあまり好きではなかったからだ。

 それでも、今年は店を手伝ってくれているシエラの希望で一緒に観劇することになった。彼女の兄ルベオルは近くの宿屋で働く下働きで、祭りともなれば宿屋にとっては掻き入れ時で店を離れることが出来ない。そしてシエラほどの年齢の少女が一人で混雑した広場に出向くのは危険な行為であり、リーアは妹分の頼みとして保護者役を引き受けたのだ。

「あのドラゴンは凄かったですね。遠目だと本物かと思いました!」

「ああ!煙を使った演出が良かった!あれで舞台に上げる瞬間を隠したから本当に魔術士が変身したかと思ったよ!まあ・・・劇も中々の見物だったが、次は舌と腹を満たすとするかな!?」

「ええ、私もこの匂いでお腹が鳴ってしまいました!」

 未だ劇の興奮が醒めきれない二人だったが、串焼き肉を売る屋台から流れる香ばしい匂いを嗅ぎつけると彼女達は声を揃えて笑う。劇は終わったが立春祭はまだ終わってはいない。お楽しみはまだ残されているのだ。


「それじゃ、また明日な!」

「はい、ご馳走様でした。今日は本当にありがとうございました!」

 西の空が朱に染まる頃、様々な屋台の料理を堪能したリーアはシエラを棲み込み先の宿屋に送り届けると別れを告げた。完全に暗くなるまでにはまだ余裕があると思われたが、朝から祭りに出向いたシエラは既に眠たそうな顔をしていたし、リーアも留守番を任せている姉のナーシアに気を使い早めに切り上げることにしたのだ。

「・・・!」

 勝手口から店に戻ったリーアは、店内の複数の人間が放つ気配に気付くと息を止めて聞き耳を立てた。今日は立春祭なので〝白百合薬店〟も店を休みにしているのだが、急用の客にはナーシアが対応することになっている。だから、客が店に居たとしてもおかしなことではない。ただ、どこか殺気立った気配からリーアは緊張したのだ。

 僅かに聞こえる声や物音からすると客の数は三人程だろう。それも全員が男のようだ。薬は比較的に単価の高い商品であり、それ故に客がこぞってやってくるような商売ではない。特に今日は立春祭である。こんな日に男三人が美人で有名な姉の店に訪れていることでリーアは最悪の事態を想定した。

 無意識にブーツに隠しているミスリル製の短剣に手を伸ばそうとしていたリーアだが、奥の店内から響くいつもと変わらぬ姉の声を聞くことで緊張を解いた。どうやら自分の取り越し苦労であったようだ。

 リーアは一人苦笑を浮かべると、姉へのお土産として買って来たお菓子をテーブルに置いて作業室から表側の店内に向かう。そもそも、あのナーシアが簡単に敗けるはずがないのだ。

「いっらしゃいま・・・せ!?」

 店内に顔を出したリーアは来客に挨拶を掛けようとしたところで、驚きのあまり声を失いそうになった。何しろ三人の男性客は意外な人物かつ意外な組み合わせだったからだ。

「やあ、リーア!久しぶりだね、また会えてうれしいよ。君を待っていたんだ!」

「うん・・・久しぶり、あたしも会えてうれしい・・・だけど、なんでファルゼク達がこの街に?」

 尖った耳を癖のない茶色の髪から出したハンサムな青年がリーアに声を掛ける。外見は二十代前半程度にしか見えないが、ファルゼクと呼ばれた彼は大森林で暮らすエルフ族であり実際の年齢は遙かに上だ。そのエルフ族の友人がラハダスに現れたことに彼女は疑問と当惑の声を上げた。

「ちょっとした・・・いや、変に誤魔化すべきではないな、我々エルフにとって重大な宝物を盗まれてしまってね。私達親子がそれを取り戻す役目を負ってこの街に派遣されたのだ。何しろ、我々の多くは未だに人間に対して懐疑的だろう。ラハダスの街に友人と呼べる人間を持つのは私達くらいなのだ」

「・・・ええ、そうなのです。ファルゼク氏はエルフ族に伝わる宝物を取り戻すためにラハダスに派遣された使者でいらっしゃいます。この街を擁するベリゼール王国は大森林のエルフ族と同盟関係にあり、彼らの権利と財産を守る義務があるのです。それにより、我々衛士隊が盗まれた宝物を取り戻す捜査の協力をすることになったのですが・・・。まあ、いきなり見ず知らずの者同士で上手い連携が取れるはずもなく、両者の間に立ってくれる信用出来る人物が必要というわけでして・・・」

「それで、リーア!その役目を君に頼みたいんだ!」

 リーアの質問にファルゼクとそれまでやり取りを見守っていた衛士隊の下士官フォルクス、そしてファルゼクの息子でリーアとは一緒にワーグを撃退した仲であるサディークが引き継ぎながら答えた。

「・・・えっと、つまりファルゼク達は盗まれた宝物を追ってラハダスまでやって来たと。・・・それで、この国は同盟時の約束でエルフから盗まれた物は返さないといけないから、街の衛士隊が二人に協力して盗まれた宝物と犯人の捜査をするけど・・・お互い初対面で気まずいんで、あたしに間に入れってわけね?!」

 エルフの親子と衛士隊のフォルクスが一緒にいる状況に戸惑ったリーアだったが、三人から説明を聞くと彼らと自分が置かれている状況を理解した。どうやら、この三人は自分を求めてこの店を訪れて、これまで帰りを待っていたようだ。先程感じた気配は待ちくたびれ始めた焦りだったのだろう。

「ええ、そのとおりです。あなたとは私も面識もありますし。何より盗まれた宝物というのが、ファルゼク氏からの情報では一種の薬草のようなのです。それで既に加工されている可能性もあり、薬師であるあなたが最適と思われるのです。ぜひ、引き受けてくれませんか?こういう言い方は何ですが、協力して頂ければこの店の名前は領主様の耳にも届くことになるでしょう。おそらくは一年分の税免除が受けられるはずです!」

「頼むリーア、俺達を助けてくれ!」

「うん、まあ構わないけど・・・そもそも何が盗まれたんだ?」

 フォルクスとサディークの頼みにリーアは直ぐに頷いて答える。フォルクスの出した条件は悪くなかったし、ファルゼクとサディークに頭を下げられたら嫌と言えるはずがないのだ。

 

 リーアが承諾したことで、事件の詳しい詳細とこれからの指針が話し合われる。

 ことの発端は先程の説明のとおり、大森林の奥地に咲く〝黄金の百合〟と呼ばれる百合が何者かに盗まれたことだ。この〝黄金の百合〟は世界創世期に直接、神の一柱によって創り出されたとされる生きた魔法遺物であり、大森林のエルフ族にとっては代々受け継いできた秘宝だった。

 当然ながら彼らは厳重な管理と警備を行っていたのだが、それを嘲笑うように〝黄金の百合〟は盗まれてしまった。もちろんエルフ族もそれで諦めるはずもなく、魔法を使って〝黄金の百合〟がラハダスの街に存在することを突き止めると、人間社会に詳しく腕も立つファルゼク親子を回収役として差し向けたのだ。

 肝心の犯人についてはエルフ族も大よその目星がついており、敵対関係にある妖魔、エルフとは先祖を共通としながらも現在では激しい対立関係にあるダークエルフの仕業と推測していた。それでも人間の街であるラハダスに〝黄金の百合〟が持ち込まれているとなると、この窃盗事件には人間も関与しているはずであり、ファルゼクはエルフ族のトップである族長の親書を持ってラハダスの領主に抗議と事件解決を訴え、エルフ族との関係悪化を恐れた領主の命令を受けて衛士隊が動き始めたというのが全体のあらましだった。

「なるほど、伝説じゃその花弁を煎じて飲めば不老不死になるって言われていたけど・・・〝黄金の百合〟は実在していたんだね」

 改めて詳しい事情を聞いたリーアは姉が用意したお茶を飲みながら感慨深く溜息を吐いた。彼女も薬師なので伝説として〝黄金の百合〟のことは耳に挟んだことはあった。もっとも付随する不老不死の効能が如何にも伝説的であり、実在は信じていなかったのだ。

「秘宝だからね。我々の間でもその存在を口にすることは滅多にないし、不老不死になれるというのも根拠のない人間に広がっている伝説だ。煎じて飲んだとしても魔力をある程度高められるだけで〝黄金の百合〟の真価はその美しさと太古より生きている希少性だ」

「なるほど・・・、いずれにしてもお宝には間違いってことか」

 〝黄金の百合〟はその名のとおり花弁から茎、葉の全てが黄金色で尚且つ淡い光を放っているという。薬としての効果はともかくこれだけでも、芸術作品として価値があるだろう。更に強い生命力を持っているので細かく切り刻みでもしない限り枯れることはないという。おそらくはこの特性に尾鰭が付いて不老不死の伝説に至ったに違いなかった。

「しかし、これだけのお宝なら、売るにしても買うにしても何かしらの準備やらで尻尾を出すんじゃないの?」

「ええ、もちろんです。我々もその辺を念頭に捜査を始めています・・・。始めてはいるのですが、あいつら・・・コーテス一家がですね、内ゲバを始めたようで情報が錯そうしているのですよ。コーテスは馬鹿じゃないから、エルフ族の宝に手を出すとは思えないのですが、どの程度あいつらが関わっているかも不明でして・・・」

「そんなに悪化していたのか・・・」

 話の矛先をフォルクスに切り替えたリーアだったが、芳しくない報告に思わず唸り声を上げそうになる。街を仕切る裏組織コーテス一家が内輪で揉めていることは知っていたが、この手の裏組織とは癒着関係にある衛士隊にも情報が入ってこないとなると状況はかなり悪くなっていると思われた。

「ジャノスを積極的に洗ってみたらどうです?彼はコーテスの幹部でも一番危険な男です。それに直接ではありませんが、最近一家の頂点に立とうという野心を仄めかしていたと聞いています。時期が時期ですし、今回の事件と関連があるかもしれません」

 それまでは大人しく聞き役に徹していたナーシアがフォルクスに向けて助言を与える。彼女はリーアの薦めもあってこの作戦会議とも言える会合に参加していた。そして姉が口にした名前にはリーアも聞き覚えがある。何しろシエラとルベオルをこき使って搾取していた悪党の名前だ。ナーシアは二人をジャノスの下から助けて以来リーアにもこの男の動向に注意するよう警告していたのだ。

「そんな情報どこで?!いや、あなたにそんな野暮なことを聞いても仕方ありませんな。・・・確かにこの街で、こんな真似をするとすれば、ジャノスくらいかもしれません。早速、集中的に調べてみましょう!部下に指示を与えるため、しばらく席を外します!」

「私も行きましょう!相手には妖魔が付いています。彼らの祈祷魔法を防ぐには同じ祈祷魔法の使い手が必要になりますからね!ああ、サディーク。お前はここに残ってリーアとナーシアさんから街の情勢について詳しく話を聞かせてもらってくれ!」

 思い当たる節がフォルクスにもあったのか、彼はナーシアの意見に肯定的に頷くと素早く席を立つ。そしてファルゼクが護衛役を申し出てその後に続いた。


「では、そいつらが〝黄金の百合〟を盗んだ妖魔達の共犯ということか!」

 父親の指示に従いリーア達から街を裏から仕切るコーテス一家の説明を聞かされると、サディークは怒りを込めて声を荒げた。

「落ち着けって!まだ、断定するのは早い。この段階では可能性が高いというだけさ」

 リーアは興奮するサディークを宥めるように言い聞かせる。人間よりも遙かに長寿であるエルフ族は外見と精神年齢が一致しないことが多いが、彼の関しては見た目どおりだった。つまりは実際の年齢はともかく、人間で換算すると十代後半の少年の姿と精神を持っているのだ。

「とりあえず、今考えられている事件の全容をまとめてみましょう」

「うん、・・・エルフ達の秘宝〝黄金の百合〟は妖魔とそれを補助する人間達によって盗まれた。そして妖魔に協力した人間は内部争いを行なっているコーテス一家の派閥の一つが怪しい。その中でも特に怪しいのがジャノス一味であると・・・」

 ナーシアが提案を行いリーアがそれに合わせる。これにはサディーク落ち着かせる目的もあったが、現在出ている情報の整理でもあった。

「ええ、コーテスをトップの座から引き摺り落とすつもりなら、他の幹部の買収や根回し、部下への報酬とお金はいくらあっても足りないからね。儲け話があれば飛び付くのでないかしら。もともとジャノスは評判の悪い男のようだし、妖魔と組むのも躊躇しないでしょう。また、妖魔にとっても敵対するエルフ族への打撃はもちろんだけど、王国とエルフ族の同盟にも楔をいれるきっかけになる。今更だけどこれは、大きな事件なのよ!」

「・・・ええ、そのとおりです。実際に今回の件で我々の中にも人間に対して懐疑的な者達の声が大きくなりつつあるのです。・・・自分も以前はそうだったのですが、森の奥に暮らす我々エルフは視野が狭く、人間の悪い部分を見ただけで全体がそうであるように判断してしまいます。彼らは人間の全てが我々と妖魔との戦いを金儲けに利用しているだけだと信じているのです。もちろん、中にはそういう者もいるでしょうが、人間の中には信頼に足るべき人物が存在することを私は知りました。ですから、彼らの主張が行き過ぎた妄言であることを証明するために、私は・・・あなた方ラハデスの人間達と協力して〝黄金の百合〟を取り返したいのです!」

 突然のサディークの主張にリーアは面はゆい気分となる。彼はナーシアに対して語っており、名前こそ出さなかったが、信頼に足るべき人物とは自分のことを指しているのだろう。普段は男勝りな彼女もサディークの整った顔立ちから信念に満ちた視線を受けると、奇妙な照れ臭さを覚えるのだった。

「・・・そこまでお考えとは、さすがですわ。おっしゃるとおり人間はエルフ族ほど洗練された種族ではありません。でも、あなた方の隣人として相応しくないほど堕落はしていないはずです。それを証明するためにも、なるべく早く事件を解決して人間とエルフ族の同盟が強固であることを証明しないといけませんね。改めて私達も微力ながらお手伝いさせていただきますわ!ねえ、リーア!」

「うん・・・まあそうだね・・・」

 サディークの決意と珍しく恥じらう様子を見せた妹の仕草に何かを感じとったのかナーシアは笑みを浮かべて同意する。リーアとしてはただ頷くしかなかった。

「ところで、サディークさん。そろそろ夜も更けてきましたが今晩は当家に泊まっていかれますか?変に移動してはお父様達との情報伝達に支障が出るかもしれませんし。それにリーアは大森林では毎回サディークさんのお家に厄介になっていたとか。これまでのご厚意にお返ししませんとね!」

「い、いえ、大丈夫です!我々はラハデスの領主殿の計らいで泊まる場所は用意されていますのでお構いなく!」

 ナーシアの誘いをサディークは顔を赤くして必至に断る。思春期の彼からすれば、異種族とは言え未婚の女性の家に泊まるなど考えられないのだろう。

「あら、残念ですわ・・・とりあえずお茶のおかわりを用意しますわね」

「リーア・・・君のお姉さんは、すごく・・・女性的だな・・・」

「ああ・・・歩く男たらしだ!」

 ナーシアが席を立つと困ったようにサディークはリーアに小声で打ち明ける。どうやら姉の魅力はエルフの男性にも通用するようだ。

「いや、でも俺は・・・」

「リーアがお菓子を買ってきたようですから、これもお出ししますね!」

 何かを伝えようとしたサディークだが、ナーシアが戻ってくると口を噤んでしまう。リーアは彼が言い掛けた先が気にはなったが、姉の前でもあり追及を諦めた。そして、その場を取り繕うように新しく淹れられたお茶に手を伸ばす。熱いお茶は立春とはいえ、まだ肌寒さを残す夜の気温からリーアの身体を内側から温めた。


「ちょっと遅くないか?!」

 二杯目のお茶をゆっくり飲み干すとリーアは宣言するように姉とサディークに問い掛けた。フォルクス達が出掛けてからもう二時間近くは経過している。部下に新たな指示を与えに行っただけにしては時間が掛かり過ぎていた。

「ええ、衛士隊の詰所に行って戻るにしては遅すぎるわね。新しい情報が入ってその対応に追われているのか、もしくは・・・」

「何かあったのかもしれません!」

 出された焼き菓子を気に入ったのか、黙々と食べていたサディークも姉妹の言葉に頷いた。

「ああ、サディーク、なんとなく嫌な予感がする。あたし達で確認に行こう。姉さんは入れ違いになるとまずいから店で待機して欲しい!」

「ええ、わかったわ!二人とも気を付けてね!」

 リーアは二階の自室で急いで普段着から冒険用の装備に着替えると、ナーシアの見送りを受けてサディークとともに店を後にした。

 依頼されたリーアの役割はサディーク達エルフ族と衛士隊との関係を取り持つ仲介役であったのだが、不測の事態に備えて彼女は自身を完全武装で固める。革鎧で身を包み、腰には小剣とサディークから譲り受けたミスリル製の短剣を帯び、それとは別に痺れ薬を塗った投擲用の短剣二本を用意する。表向きは薬師のリーアだが、対人戦においては驚異的な戦力となるだろう。

「こっちだ、付いて来てくれ!」

「わかった!」

 宵の口を過ぎて夜の帳が降りた街中を、リーアはサディークを先導しながら早足で通り抜ける。今日は立春祭ではあるが、流石にこの頃になると人通りは少なくなる。今の時間帯で外にいるのは酔っ払いとそれを獲物と狙うスリ、そして夜の女くらいと思われた。

 かつて大森林ではサディークの案内を受けたリーアだったが、ラハダスにおいてはその立場が逆となる。もっとも、既に二人はお互いの実力を認め合っているので、プライドの高いサディークも変な意地は見せずに素直に彼女に付き従った。これが初対面の人間だったら、このようには行かなかっただろう。

 衛士隊の詰所は街の中枢部である領主の城の近くに置かれていた。城は中央広場の西側に存在し周囲は堀と高い壁で囲まれていて庶民には縁遠い場所だったが、衛士隊は街で起った問題を解決するための最初の公的機関でもあり、陳情に訪れる者も多く街の住民にとっては馴染みのある施設だ。

 城ほどではないが詰所の堅牢な建物が見えてきたところでリーアは違和感を覚えると、後ろのサディークに合図を送り近くの辻へと身を隠した。

「どうした?」

「おかしい・・・灯りが全くない」

「そういえば、人間は夜目が効かないのだったな・・」

「ああ、衛士隊の詰所には夜通しの歩哨が立つはずだ。それなのに灯りがないのはおかしい・・・」

 サディークの問い掛けにリーアは自分の感じた違和感を説明する。エルフである彼は種族的特徴で夜目が効くので、衛士隊の詰所が暗闇に覆われている不自然さに気が付かなかったのだ。

「一応聞くが、歩哨や門衛の姿は見えるか?」

「・・・いや、いない。夜目が効かないんじゃ見張りの意味がないだろうからな」

「そうだ。どうやら詰め所で何かが起こったに違いない・・・」

 辻から顔を出して詰所を改めて確かめたサディークの報告にリーアは結論を下した。

「まずは城側の衛兵にこの事実を・・・」

「リーア!建物の二階・・いや三階で何か動きがある!あっあれは父さんだ!」

 事態の対処方法を練るリーアだったが、サディークはそれだけを伝えると身を隠していた辻を飛び出した。

「あ、待て!くそ!」

 サディークの行動に悪態を吐くリーアだったが、間をおかずにその後を追う。彼の言葉が事実とすればファルゼクが何らかの危機に陥っていると思われるからだ。考えるよりもまずは行動、これが上手く行く場面はそうは多くはないが、今はその時だと彼女の直感が告げていた。


 打ち合わせもせずに動き出したサディークだったが、全くの無鉄砲というわけではなかった。詰所の門に辿り着くと一度そこで身を顰め、後続のリーアを待ちながら呼吸を整えて周囲を警戒する。

「あたしが先行する。サディークは援護と警戒を頼む!」

「わかった!」

 成り行きで後を追うことになったリーアはサディークに追い付くと、改めて役割分担を告げた。夜目が効き、弓の使い手であるサディークよりも接近戦が得意な自分の方が前衛には向いている。そしてファルゼクの安否が関わっている以上、危険を承知で詰所に乗り込むしかなかった。

「いくぞ!」

 窓からの攻撃はないと判断したリーアは、身を隠していた門から出て一気に詰所の正面入り口に走り寄る。そして、一度開け放たれたままの入口の死角に隠れて中を窺うが、待ち伏せがないことを確認すると建物内に入りサディークへ合図を送った。

「これは?!」

 リーアの後え追って詰所内に入ったサディークは床に倒れる複数の人影に驚きの声を上げる。

「衛士達だ。軽く調べたが外傷がないから、おそらくは薬か魔法で眠らされているのだろう!」

「・・・ああ、精霊の働きに異常はない。これはたぶん薬だな。今は放っておいても大丈夫だ!」

「うむ。とりあえず今は先を急ごう!」

「ああ!」

 二人は倒れる衛士達の踏まないように詰所の奥へと急いだ。

 やがて、リーアとサディークは階段を見つけるとお互いの動きを援護しながら上へと目指す。直ぐにでも三階に駆けつけたいが奇襲を受けては意味がない。どこかに潜む敵とともに焦る自分達との戦いでもあった。

 だがそれも剣戟と思われる音が聞こえるまでだった。金属が撃ち合わされる激しい音が周囲の空気を脅かすように響き渡ると、サディークは三階を目掛けて飛び出した。

「仕方ないな!」

 リーアも今回ばかりはサディークの心境を理解して後を追う。自分の父親がすぐそこで激しい戦いをしているとなれば、小細工を弄している暇などないのだ。

 一足遅れて剣戟が鳴り響く部屋に入ったリーアは暗闇の中、二人掛かりの攻撃を受けて窓際に追い詰められている人影を見つける。小剣で応戦しているが数で勝る敵に押されていた。おそらくは彼がファルゼクだろう。

「援護してくれ!敵をこちらに誘い出す!」

 敵達に向けて矢を番えながらも、サディークは背後のファルゼクに当たることを恐れて放てずにいた。それを理解したリーアは吠えるように伝えると、間髪を入れずに小剣を構えて二人組を背後から襲い掛かる。

「おのれ!」

 リーアの判断は最適とも言える行動だったが、敵も簡単に攻撃を許すほど甘くはなかった。二人組の一人が素早く振り返って接敵して来た彼女を迎え撃つ。その動きの良さと迷いのない対応にリーアは悪態を吐いた。

 敵と定めた二人組の均整のとれた身体はサディーク達エルフ族を彷彿させるが、その正体はエルフの仇敵であるダークエルフに違いない。彼らはエルフ族と同様に高い知性と優れた敏捷性を持つ種族だ。素早い動きで敵を翻弄するリーアからすると相性の悪い敵だった。

 突き出された細剣の攻撃をリーアは小剣で弾く。剣の長さに勝る敵に先手を許してしまったが、リーアは反撃として左手に持っていた投擲用の短剣を敵に投げつけた。

 この一撃に敵も優れた反応を見せて、大きく右側に飛び退いて短剣を避ける。攻撃が失敗したリーアだったが、軽く笑みを浮かべると距離をとって体勢を整えた。ファルゼクより離れた敵はサディークの獲物となるからだ。

「うくっ!」

 リーアの思惑どおり、風切り音とともにサディークから放たれた弓矢の攻撃を腕に受けると敵は悲鳴を上げた。窓からのささやかな月明かりだけが頼りだったので気付かなかったが、高く艶やかな声質からするとこの敵はダークエルフの女のようだ。

「メルティ!スセム・・」

 仲間の悲鳴によって不利を悟ったのか、ファルゼクを追い詰めていた敵は何かを告げる。

「リーア!魔法だ、離れて!」

「リーア逃げろ!」

 サディークとファルゼクの警告が同時に響くとリーアはその声に従って更に敵との距離を取った。その途端にこれまでの微かな光さえも消えて周囲は全くの暗闇に包まれる。彼女は本能的に同士討ちを避けるため右手に握っていた小剣を下げて耳を澄ます。このような場合は下手に動くのが一番危険なのだ。

 エルフ語らしい捨て台詞と何かが動く音を残して周囲は一瞬にして静寂に包まれた。

「リーア、灯りを付ける。目に気を付けてくれ!」

 やがてファルゼクの警告とともに強い光が煌めくと、リーアは左手で目を守った。

「闇の精霊を召喚した後に窓から逃げ出したようだ」

「・・・そのようだね」

 窓の階下から聞こえる足音を捉えたリーアは、光を放つ球体状の物体を周囲に漂わせるファルゼクに頷いた。三階なのでかなりの高さがあるが、訓練を積んだ者なら飛び降りる事の出来るギリギリの高度だ。夜目が効き身軽なダークエルフなら朝飯前といったところか。魔法については素人である彼女に詳しい原理はわからなかったが、ファルゼクが何かしらの対抗処置を取ったことは理解出来ていた。

「父さん!怪我は?」

「私はなんとか大丈夫だ!お前達のおかげで助かった!・・・だが、今はそれを喜んでいる場合ではないな。妖魔達はこちらの動きを読んでいたようだ。おそらくは・・・この建物自体が妖魔達の監視下にあったのだろう。私が現れたタイミングを狙って襲撃したに違いない。人間の街で奴らの方から仕掛けてくるとは迂闊だった・・・」

「くそ!・・・でも敵の一人に矢を当てたよ!〝癒し〟を使うにしてもまずは矢を抜く必要があるから、今から追えば間に合うはずだ!」

「いや、だめだ!まずはこの建物で人間の負傷者を救出しよう。私達なら救える命があるはずだ。〝黄金の百合〟の行方も大切だが、この事件は我々と人間との信頼の確認でもある。見殺しにしてしまっては同盟そのものの意味が問われてしまう!」

「でも!・・・いえ、わかりました!」

 自分の考えを否定されたサディークだったが、父親の意見が正しいと思い直したのだろう。一瞬だけ顔に迷いの表情を浮かべるが、やがて素直に頷いた。

「リーアもそれで構わないな?」

「ああ、すまない!人間を代表してお礼を言うよ」

「よし、では直ぐに開始しよう!」

 三人はファルゼクの呼び出した光の精霊の灯りを頼りに、ダークエルフに襲われた生存者の救助を開始した。


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