第七話 年末の珍客
「ふう・・・」
自分で淹れたお茶の器を両手で包み込むように握りしめたリーアは、その心地良さに思わず溜息を吐いた。大晦日まで一週間を切ったこの時季はラハダスでもっとも寒さが厳しい頃だ。一杯のお茶は単に喉を潤すだけでなく、彼女の身体を内と外から暖めてくれた。
それでもリーアは物足りないように店内の暖炉に視線を送る。これに思いっきり薪をくべることが出来ればもっと快適になるのは間違いない。だが、姉のナーシアの言い付けで客が訪れていない間の使用は最低限とされていた。現在〝白百合薬店〟の経営状況は順調ではあるが、薪は何かと金喰い虫である。倹約家の姉はリーアが後先考えず薪を消費することを許さなかった。もっとも、リーアがもう少し上手い対応をしていれば、心根では妹を深く愛しているナーシアは薪の使用を大目にみてくれたかもしれない。それなのにリーアは一昨日、姉の機嫌を損ねる言葉を口にしてしまったのだ。
『あたしは姉さんほど脂肪が多くないから寒がりなんだよ!』
これはナーシアの豊満な胸と腰付きを素直に表現しただけに過ぎなかったのだが、細身で引き締まった肢体を持つリーアから発せられれば違った意味に聞こえてしまう。嫌味と受け取ったナーシアとはちょっとした口喧嘩に至り、薪の使用に厳格な制限が掛けられたのだ。喧嘩そのものは長続きせずにその日の夕食までには仲直りしたものの、一度下された薪の節約命令は覆されることはなかった。
「はあ・・・お客さん来てくれないかな・・・」
薬の調合に戻ったリーアは一人呟く。薬師としては優秀と自負を持つ半面、接客技術には未だに苦手意識を持つ彼女も、寒さと退屈さから普段とは異なることを願うのだった。
寒さに耐えるように黙々と仕事を熟すリーアだったが、店の戸を叩く音に気付くといち早く立ち上がって客を店内に招き入れた。普段はそこまで熱心に客をもてなす彼女ではないが、今日に限っては暖炉に使う薪を増やす絶好の機会である。リーアからすれば例えひやかしであってもありがたい存在に映ったのだ。
「いらっしゃいませ!寒かったでしょう?どうぞ、そちらにお座りになって下さい!今、お茶を淹れますからね!」
「ええ、ありがとうございます」
「・・・落ち着かれましたか?早速ですが、どうようなお薬をお探しでしょうか?」
若い女性客をカウンター席に案内し、出したお茶に口を付けたところでリーアは問い掛ける。室温はまだ低いが、暖炉には自分の腕ほどの太さのある薪を何本か放り込みでおり直に暖かくなると思われた。
「ええ、薬を求めています・・・でも使うのは私でなく、カーウィン・・・私の婚約者にです・・・」
「なるほど。その方が病気、もしくは怪我でもされましたか?」
「いいえ、そういうわけではないのです・・・」
リーアの問い掛けに客の女性ははぐらかす様に顔を赤らめる。それを受けてリーアは改めて客を観察する。これまで薪を増やせる嬉しさで頭が一杯になり、客への注意を怠っていたことを思い出したのだ。彼女の年齢は自分と同じか一つか二つ上程度だろう、着ている衣服は生地も仕立てもそれなりに良く中産階級出身と思われた。顔付きは十人並といった具合だが、頭の回転が特別悪いようには見えない。そんな女性が歯切れの悪い返事をするので違和感を覚えたのだ。
「・・・大丈夫です。お客様がされた話をよそに漏らすことはしません。そんなことをして信用を失くしては商売になりませんからね!」
姉向きの客だなと思いつつもリーアは、彼女が打ち明けやすいように水を向ける。
「・・・ええ、実は私・・・この店の女将・・・つまりあなたの噂を聞いて決心したのです・・・・その、惚れ薬を分けて頂こうとやって参りました!」
「あたしが女将!それに惚れ薬だって!」
客の告白にも似た願いにリーアは思わず驚いた声を上げた。
「だから・・・言っているでしょ!マイラさん!この店の女将は姉のナーシアだし、惚れ薬なんて伝説やおとぎ話に出て来るような都合のいい薬は存在しないの!もしあったとしてもそれは、あたしのような薬師じゃなくて魔術士の管轄だよ!あたし達薬師は魔法を使っているわけじゃなくて、薬草等に含まれる成分をこれまでの長い調査や記録に基づいて目的・・・病気や怪我の症例に合わせて調合しているの!知識に沿って人間が持つ回復力を補助しているのだから、そういう魔法的な効果を持つ薬を求められても困ってしまうんだよね!」
「でも・・・ある種の職業の女性には惚れ薬を使って男性を誑かして金銭を巻き上げることがあると聞いております。私はそのような悪用する気はありませんので、隠さずにぜひお譲り下さい!私は許嫁で夫となるカーウィン・・・あの人の心を掴みたいだけなのです!」
「それは、名前だけ真似た偽物で、麻薬の一種だから女性を好きになっているんじゃなくて、中毒になっているだけだから、絶対に手を出しては駄目だと言っているでしょ!そんなものは売れないし、使うべき代物じゃないんだって!」
マイラと名乗った客の女性から詳しい事情を聞き出したリーアは、やや呆れながら既に述べた説明を繰り返す。年頃になった彼女は親が決めた婚約相手と結婚することになったのだが、その夫と上手くやっていけるか不安に思い、噂に聞いた〝惚れ薬〟に頼ろうしたのが今回の来店のあらましだった。また、リーアの言葉使いにはボロが出始めていたが、マイラは気にする様子もなくただ惚れ薬を求めるのだった。
これは、必ずしもマイラが頑固で聞き分けのない性格をしているというわけではなかった。おそらくは彼女は伝説やおとぎ話に登場する、飲んだ後に最初に見た異性を熱烈に愛するとされる〝惚れ薬〟と性的な欲求と快楽を増幅させる実在の薬を混同させているのだ。
その薬は一種の麻薬であり、理性を抑制し感覚を研ぎ澄ます効果を持っているので、性行為の前に使用すると通常では得られない快感を味わえるとして一部の者達に人気があった。噂では性質の悪い娼婦が客にこっそり客に飲ませ、自分の妙技と合わせて男を虜にすることがあるようだ。そのため媚薬や惚れ薬と揶揄するように呼ばれこともあり、伝説の〝惚れ薬〟と混同されていた。ある意味似た効果をもたらすわけだが、本質的にはただの麻薬中毒にしているだけであり、まともな人間が使うような薬ではなかった。
「で、でもあなたの姉上の・・・〝白百合薬店〟の女将は前の衛士隊の副隊長を職務の支障が出るほど恋の病に陥れさせたり、街のヤクザの親分にも言い寄られたりするほど男性に好かれているらしいと聞きました。そして、それは〝惚れ薬〟の成果であると!」
「ああ、もう!あたしが言うのなんだけどさ・・・・姉のナーシアは妹のあたしとは似ても似つかない美人なんだよ!おまけに胸がでかいくせに腰が括れていてお尻も大きいのさ。それだけならまだしも口も上手いから、大概の男は姉に惚れちまうってわけ!わかる?男はね、おっぱいのでかい美人に弱いの!それにどこで聞いたか知らないけど、女は同じ女には辛辣なのさ!おそらくあなたが聞いたのは姉さんに嫉妬したどこかのご婦人が流した噂だと思うよ。そもそも、そんな薬があったら領主様かこの国の王様に使って玉の輿を狙うはずだろう!」
リーアはマイラの突拍子のない言い掛かりに困惑しながらも返答する。前の衛士隊の副隊長のことは彼女も覚えている。毒薬のことで店に相談に来たことがあったがどこか抜けたところがあり、暗殺事件に深入りし過ぎたために左遷となった男だ。どこをどう間違ったのか知らないが、左遷の原因をナーシアのせいとしたゴシップが流れていた。有望な貴族の師弟が左遷された理由としては信憑性があるので、噂好きの間では広まっているようだ。もちろんナーシアとしては事実無根であり面白くないが、実害はなかったのと下手に関わるのは危険として無視していた。どうやらマイラは更に尾鰭が付いた噂をどこかで聞きつけたようだった。ヤクザの親分については事実であったが、説明が面倒なので省くことにする。もっとも、このような噂が彼女のような一般女性の耳に入るようではラハダスを仕切る裏組織コーテス一家の規律は緩んでいるように思われた。
「そんな・・・では、本当に〝惚れ薬〟はないのですね・・・」
「ああ、ないよ。うちは真っ当な店だからね、麻薬の方も置いてないよ!」
真実を知ったマイラは肩を落としながらもようやく納得する。ちなみに麻薬は置いてないというのは嘘である。この麻薬は用量を守れば弱った心臓を補助する薬として役立たせることが出来る。その理由から〝白百合薬店〟でも少量ながら在庫を置いていた。
「・・・それにさあ、例え〝惚れ薬〟があったとしてもそれを夫に使うってのは、間違いなんじゃないかな・・・。あたしも人のこと言える義理じゃないけど、夫婦とか恋人は対等な関係であるべきで一方的に惚れさせたり、愛を向けたりする関係はおかしいと思うんだ。・・・最初はぎこちなくとも夫婦になるのは運命だったんだし、お互いがそれぞれの問題を乗り越えたり許したりすることで自然と愛が育まれるんじゃないかな。いや、もちろんマイラさんの不安もわかるよ。いくら許嫁だからってこれまで他人だった男といきなり夫婦になるんだからね・・・でも街で暮らす多くの女はそれを乗り越えてきたわけだからさ、よほどのろくでなしの男でもない限り本当の愛を育む機会を最初から失くすのは良くないと思うんだ・・・」
項垂れるマイラの姿に柄にもなくリーアは励ましの言葉を掛ける。彼女自身は独身で恋愛経験に乏しいが一応は初恋らしいことを経験している。これは当時の自分では恋心であると気付くことはなかったし、相手の男には既に恋人がいたので実ることはなかったが、彼らを見て男と女が上手くやっていくには双方の信頼が大事だと教えられていた。諭すわけではなかったが、マイラにもそのことを知って欲しいと思ったのだ。
「ですが私、カーウィンさん・・・カーウィンとこれからずっと一緒に暮らすと思うと不安で仕方がないです!」
正論を伝えたリーアだったが、それが却ってマイラの不安を刺激したのか彼女は目に涙を浮かべて泣き始める。自分の好意が裏目に出たことを知ったリーアはどうして良いかわからずに困惑するしかなかった。彼女にとってマイラは大森林で戦ったワーグよりも厄介な相手に思えた。
「リーア、戻ったわよ!これまでご苦労様、交代しましょう!」
さめざめと泣くマイラを宥める気まずい時間の中、リーアの耳に希望の声が響き渡った。得意先に出掛けていた姉のナーシアが帰って来たのだった。
「姉さん!」
「え、何?そんな声出し・・」
勝手口から奥の部屋を通って店内に現れたナーシアはリーアの歓喜の声に戸惑いの表情を見せるが、カウンターで目を腫らして涙を浮かべるマイラの姿を確認すると言葉を飲み込んだ。
「いらっしゃいませ!どうかされましたか?まさか、妹のリーアが失礼なことを口にしてご気分を悪くされたとか?」
「い、いえ、そんなことはありません。妹さんは私を慰めてくれていたのです・・・」
店内の光景に一瞬驚いたナーシアだったが、直ぐに笑顔を浮かべると客と思われる女性に挨拶を行ないそれと同時に探りを入れる。リーアからしてみれば酷い誤解ではあるが、噂の〝白百合薬店〟女将の登場にマイラも好奇心の込めた視線を送りながら彼女の濡れ衣を晴らした。
「まあ、そうような事情でしたのね!ええ、もちろんお客様のお気持ちは理解出来ますわ。不安に思われるのも仕方ありません。何しろ女はか弱き生き物ですからね」
「ええ、そうなのです・・・。私はその不安を・・・」
「なんとか解消しようと努力されたのですね!当店を訪れるのも勇気がいる行為だったのでしょう。その勇気は賞賛に値しますわ!女が何かを始めるには苦労しますものね!」
「ええ、そう、そうなのです!」
リーアから詳しい事情を聞いたナーシアは相談役を入れ代わってマイラに語り掛ける。だが、それは彼女に同調するようでいて、その実はマイラを巧みに自分に同調させようと誘導していた。その証拠に先程まで沈んでいたマイラの表情は笑顔を取り戻しつつあった。横でこの様子を見ているリーアは心の中で白旗を上げる。正論を説いてマイラを励まそうとした自分だったが、ナーシアの相手の胸中を開くだけでなく自分の方に引き摺りこむような話術には敵わないと改めて認めたのだ、おそらくはこれは持って生まれた才能に違いない。学ぼうとしてもおいそれと真似が出来るものではないと思われた。
「・・・そうです、妹が説明したとおり伝説やおとぎ話に出て来るような〝惚れ薬〟は存在しません。・・・ですが、お客様には、私が使用しているこの薬を紹介したいと思います。これは身体の内側から作用して女性の持つ魅力を高める効果を持っており、具体的には肌の艶を良くして顔の血色が良くします!特定の男性の意中を完全に捕える確実な保証はありませんが、お客様の強い味方となってくれるでしょう。これは本来、門外不出の薬ですので絶対に口外しないとお約束して頂ければお譲りしたいと思います。もちろん、私がこの薬を使っていることも含めてです!」
しばらくマイラの信頼を得るために雑談を交わしていたナーシアだが、頃合いと見て本題に戻り神妙な態度で新たな提案を伝えた。正攻法での説得はリーアで失敗している。ならばと、彼女は相手の幻想を完全に否定するのではなく、マイラの〝白百合薬店〟の女将は薬の力を利用しているという思い込みを利用したのだった。
「そ、そんな薬が!」
近くで二人のやり取りを眺めていたリーアは、驚きの声と表情に浮かべるマイラに対して、込み上げる苦笑と罪悪感を我慢しなくてはならなかった。何しろ姉が腰のベルトポーチから取り出して見せた小さな包みは、ただの胃腸薬に過ぎないからだ。これは姉の常備薬で麦酒を飲み過ぎた時などに使われている。もっとも、胃腸が弱ると肌が荒れるので薬効の説明としてはあながち間違いではなかった。
「ええ、もちろんお約束はお守りします!それで構いません!いっいえ、ぜひ譲って下さい!」
ナーシアの提案を受けたマイラはこれまでで最高の笑顔を浮かべて喜んだ。
その後、一週間分の薬を調合され正しい飲み方を教えられたマイラは、予想外に低い薬の代金に感謝の声をナーシア達に伝えるとそれまでの憂いを消し去って店を後にした。
「さすが姉さん!って言いたいけれど、胃腸薬を騙して売ったみたいでなんか気が引けるな・・・」
マイラが店を去ってからしばらくするとリーアはナーシアに語り掛ける。姉は上手くやったと思うが、どこか釈然としない気持ちも感じていたのだ。
「ええ、もちろん嘘は良くないわ。でもあのお客様・・・彼女に必要なのは自信だったのよ。自ら作り出した不安に怯え、正しい判断力を失って噂を元に新たな幻想を作るまでになっていたわ。あの薬で彼女が自信を取り戻すきっかけになってくれれば嘘も方便というわけ!」
「そんなもんか・・・」
「ええ、リーア。あなたは考え方が男性的・・・論理的だから、素直に納得出来ないでしょうけど。世の中は八割くらいで妥協しといた方が良いのよ!」
「まあ、それは認めるよ。でも、あたしは姉さんみたいに他人の心にすんなり入り込めないし、男を誑かすつもりはないからね・・・そういったのは姉さんに任せるよ!」
姉の説明と指摘にリーアも考えを改め始める。自分が論理的な半面、融通に欠けるのは自覚していた。
「あら、リーア!私に言わせてもらえれば本質的にはあなたの方がずっと男に好かれるのよ。男は女の身体はすごく好きだけど、女のわがままや聞き分けのない部分は嫌悪している・・・だから、どちらかと言えばあなたのような論理的な性格の娘の方が男とは上手くいきやすいのよ!」
「じゃ、あたしが姉さんみたく、おっぱいが大きかったら女としては最高だったってこと?!」
「・・・最高とは言わないけど、あなたのために多くの男達が本気で争いを始めるかもしれないわね!」
「ははは、それは見物だね!でもまあ姉さんみたいに身体が重くなるのは勘弁かな・・・」
「何よ!私が太っているって言いたいわけ!」
姉の冗談に同じく軽口で返したリーアだったが、その言葉にナーシアは反応する。最近似たようなことで喧嘩に至った経緯もあり彼女の柳眉はとたんに険しくなる。
「そこまでは言わないけど・・・相対的で客観的な事実かな」
「・・・もうお客様は帰られたのだし、暖炉の火は小さくするわよ!」
「そ、そんな!」
機嫌を悪くしたナーシアにリーアは力少なく抗議を訴えた。だが、一度怒ったナーシアが面倒なのは彼女も良く知っている。余計な抵抗をすると怒りを長引かせるだけなのである。嵐が過ぎ去るのを待つようにナーシアの怒りが収まるのを耐えるしかなかった。
「リーア姉さんが気にされていたノエク家のお嬢様ですが、年が明けたら早くも婚姻の式を挙げるそうですよ!」
新年を控えてちょっとした宴会の準備をしていたリーアはシエラに語り掛けられた。ラハダスを擁するベリゼール王国では大晦日の夜は幼い子供か健康に不安を抱えている病人でもない限り、夜通し起きて新年を祝うのが習わしとなっている。もちろん、ただ座して新年を待つはずもなく、こうして各々の家では料理や酒を用意して過ごすのだ。去年は姉妹二人だけで過ごした大晦日だったが、今年はシエラ達兄妹と彼女に付いてきてどこかにいるはずのフェアリーのレンエイを加えて新しい年を祝うことになっていた。
「おお、そうなんだ」
リーアは運んでいた椅子をテーブルに並べ終えるとシエラに頷いた。
ノエク家のお嬢様とはマイラのことである。あれからリーアは彼女の動向をそれとなく気にしていたのだが、シエラは宿屋で働く兄ルベオルの仕事を手伝うこともあり、こういった何気ない噂は彼女の方が明るいのだ。
「ええ、兄さんも許嫁の方と思われる男性とノエク家のお嬢様が、仲睦まじく仕立屋に入るのを見たと言っていました」
「それは良かった。・・・あのお嬢さんはちょっと前に身体のことで相談に来たからね、心配だったけどうちの薬が効いたみたいで良かったよ!」
「ええ、また白百合薬店の評判が上がりましたね!」
当初の約束もありリーアはそれっぽい理由を付けてシエラに説明する。シエラは賢い少女で妹分として信頼していたが、話とはどこで漏れるかわからない。余計なことは言わなくていいのだ。マイラが〝惚れ薬〟を求めていた等と噂になってはせっかく上手く行っている縁談に影に落とすことになるだろう。
「準備は出来たかしら?」
リーアとシエラがそんな話をしているところに手提げの籠を持ったナーシアが現れた。その後ろにはお盆を抱えたルベオルの姿も見える。料理が苦手な姉妹は宴会で食べる料理や酒を〝羊の枕亭〟で調達したのだ。
「ああ、ばっちりだよ!暖炉の前にテーブルを運んだし、お皿も杯も人数分用意しているよ!」
「それじゃ、少し早いけど始めちゃいましょう。ルベオルも今日の務めは終わったからね!」
「おお!」
「それじゃ、今年も一年お疲れ様!」
テーブルに料理を広げ、ナーシアとリーアはワイン、ルベオルとシエラは酒精の弱いリンゴ酒でそれぞれの杯を満たすと四人は乾杯を始める。それは過ぎ去る年への忘年と新年への期待が含まれていた。
「ちょっと!どうしたんだ?ルベオン!」
「す、すいません。こんな・・・うあああ」
突然泣き始めたルベオンをリーアは慰める。彼とシエラはナーシアに助けられて今の生活を得ている。おそらくは去年の自分達と比べて感極まったのだろう。
「そんな、いつまでも前のことを気にしてはダメよ!今日はお酒も料理も薪も文句はつけないから朝まで楽しみましょう!胃腸薬も用意しているしね!」
「おお、姉さんの許しが出たぞ!二人ともしっかり飲んで食べな!」
「やったあ!」
泣きじゃくる兄と反対にシエラは喜びの声を上げる。その様子に同じ女であるナーシアとリーアは釣られるように笑顔を浮かべた。なんだかんだで、女の方が男よりも逞しい生き物であることを自覚させられたからだ。
こうして〝白百合薬店〟は今年最後の夜を楽しく過ごして、新しい年を迎えるのだった。