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ワケあり姉妹の薬店  作者: 綾月シボ
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第二話 ささやかな泥棒

「ありがとうございました!お大事に!」

 最後の客を送り出したリーアは挨拶を終えると暗くなった空を見上げた。夕陽は既に地平線の彼方に落ちて、西の空に残る僅かな赤味も青から紺そして漆黒に飲まれようとしている。まもなく、この街にも夜の帳が降ろされるだろう。街の外に出る時は革鎧を纏う彼女だが、今日は薬師らしく姉とお揃いの灰色のローブに身を包んでいる。もっとも、ブーツに短剣を仕込むのは忘れていない。これは彼女にとってお守りのようなものなのだ。

 思えば今日は忙しい一日だった。先日から秋の深まりを感じさせる乾燥した日が続いており、気温も下がって来ている。こういった季節の変わり目は身体が変化に追い付かず体調を崩しやすい。そのような理由からか、リーアが姉のナーシアと切り盛りする〝白百合薬店〟はこの日、客足が途切れることのない賑わいを見せた。

「終わったよ、姉さん」

 店の中に戻ったリーアは、手慣れた調子で扉に閂を掛け、待合室の床を掃除し、劇薬と高価な薬を奥の金庫に片付けてナーシアから任された仕事を終了させる。だが、そのナーシア自身は未だに、接客に使うカウンターで帳簿と在庫票への記入を行っていた。彼女は疲れたからといって、それを理由に帳簿と消費した薬の確認を後回しにするような性格ではなかったのだ。

 早く夕食にありつきたいリーアではあるが、姉を急かすようなことはしない。ナーシアは昔から緻密に計画を練って行動することを好んでいる。不測の事態に対応するため、事前にそうような事態に陥る要素を洗い出すのだ。リーアは姉のその気質と才能のおかげで今の自分達があるのを理解していたので、余計な口を挟む愚は犯さなかった。

「こっちはもう少し掛かるわ・・・、先に行っていていいわよ。席を確保しといてちょうだい」

 手持無沙汰から、何か新しい仕事を見つけようとしていたリーアに、ナーシアが帳簿から目を逸らさずに答えた。

「じゃ、悪いけど先に行かせてもらうよ。もう腹と背中がくっつきそうだったんだ!」

「ええ、行ってらっしゃい。私も終わったら行くから」

 苦笑を浮かべながらリーアは姉に感謝を告げると、後ろの勝手口から店を後出る。面倒な仕事を姉に押しつけているような気がして済まないとも思うが、ナーシアの言う通りこれからの時間帯は行きつけの店〝羊の枕亭〟が混み出す時間である。客で溢れる前に席を確保する必要があった。もちろん、他にも食事を提供する店がないわけではないが〝羊の枕亭〟の料理と麦酒の質はこの近辺で一番である。一日の商いを終えた姉妹とって〝羊の枕亭〟の美味しい夕食を食べながら一杯やるのは楽しみの一つだった。

 

 表に出たリーアは通りを挟んで斜めに店を構える〝羊の枕亭〟に足を運ぶ。この冒険者通りの中でも最も古参の店だ。本来は行商人等の旅人を主な顧客とした中の下程度の宿だったらしいが、宿の主人が冒険者と依頼人の仲介役を取り持つようになって、今ではすっかり冒険者ご用達の店となっている。一階はこの手の旅籠屋によくある食堂を兼ねた酒場で、客の多くは宿泊している冒険者達だが、料理と麦酒の質から冒険通りで働く商い人達にも人気の店だ。

 両開きの扉を潜り抜けて〝羊の枕亭〟の中に入ったリーアを包み込むように、麦酒や料理の魅力的な匂いの他に、人間の汗や錆びた鉄といった様々な匂いが混ざり合った独特の空気が出迎える。もっとも、リーア自身も鼻の良い者からすれば様々な薬の匂いがするはずなので文句は言えないだろう。いずれにしても知った顔と簡単な挨拶を交わして空いているテーブル席に腰を降ろす頃には、匂いのことは気にしなくなっていた。

「いらっしゃい、リーア!今日は一人?」

「やあ、ハミル。後から姉さんが来るよ。先にテーブル席を確保しとこうと思ってね。とりあえず麦酒を一杯と軽く摘まめるものを頼むよ!」

 給仕、正確には宿の跡取り息子のハミルが気さくな笑顔を浮かべて注文を聞きに来ると、リーアも快活に答えた。彼女は食事だけでなく、街の東に位置する大森林へ薬草採集に赴く際にはこの店で護衛を雇ったり、逆にエルフ族の集落に出向く商人の案内人として雇われたりすることもあったので〝羊の枕亭〟にとっても顔馴染みとなっていた。

「はいよ、じゃ肴には生ハムの切り落としを持って来るよ!」

 ハミルはそう告げると厨房に戻っていった。それを見送りながらリーアは一つの考えを胸に抱く。一人でこの店に来るよりも姉と一緒に来た方が、ハミルのサービスが良いような気がするのだ。いや、それは間違いのない事実だろう。ナーシアの実年齢を知るリーアからすると、彼女は自身の薬の知識を駆使してなかなかの若作りしているのだが、それでも姉は衆目を集める美女に違いなく。男達がナーシアの気を惹こうとするのは日常茶飯事で、ハミルの気前が良くなるのも仕方がないと言えた。

「お待ちどうさま!」

「うん、ありがと!」

 ハミルによって、麦酒の杯と薄く切り別けられた生ハムを乗せた皿がテーブルに置かれると、リーアは先の考えを忘れてその手を伸ばす。まずは、麦酒で軽く喉を潤すとフォークで薄桃色の肉と白い脂身で美しいコンスラスト見せる生ハムを掬い上げて一口で頬張る。リーアの体温と咀嚼によって生ハムは濃縮された旨味を彼女の口の中に充満させた。空腹だったリーアはたちまち皿の半分を平らげると再び麦酒を口にする。生ハムの芳醇な味わいと麦酒の苦さがお互いの長所を高め合うようだった。

「ふう・・・。どうしたんだハミル?」

 満足の溜息を吐きながら、リーアは先程から近くをうろうろしているハミルに声を掛けた。何か伝えたいことがあるが、遠慮して切り出せないといった具合に見えたからだ。

「・・・ああ、ちょっと相談したいことがあるのだけどいいかな?」

「あたしは構わないけど、そっちは大丈夫なの?」

「それは大丈夫、お袋が休憩から戻って交代の時間なんだ」

「そう、ならどうぞ」

 リーアは厨房に視線を送って店の女将でハミルの母親の姿を見つけると頷きながら、フォークを持った右手で開いている席を指差した。

「邪魔して悪い、ちょっとした問題があってね。明日にでも正式に相談に行こうと思っていたんだけど、ここで軽く目処を立ててくれるとありがたいんだ!」

 ハミルはリーアに礼を伝えると、席に腰を降ろして自分が抱える悩みを語り出した。


「つまり、高価な蜂蜜菓子だけを狙うネズミが出て困っているというのね」

 仕事を終えてリーアと合流したナーシアは、妹がハミルから相談を受けた内容を確認するように改めて問い掛けた。既にハミル本人は、客が増えて喧騒に満ちた店内で仕事に戻っている。

「そうらしい。盗まれていることに気付いて壷を隠したり、蓋を紐で縛ったりしても無駄で、朝には数が減っているんだってさ。そんなことが一週間も続いているって!」

「それは、使用人か誰かが盗み食いをしているのではないの?」

 ナーシアは含み笑いを零しながら常識的な質問する。この世界では甘い食物は貴重だ。砂糖は極めて高価であり、それを使ったお菓子を食べられるのは王侯貴族くらいだろう。それ以外となると季節の果物か、蜂蜜菓子くらいしか存在しない。しかも果物は保存が効かず、甘味の強さでは蜂蜜菓子に劣る。蜂蜜菓子は庶民でもなんとか手に届く唯一の強い甘味を帯びた食べ物だった。

「あたしもそう思ったんだけどね、人間とは思えない小さな噛み跡が付いた菓子が残っていたんだってさ!ネズミかそれと同じくらいの動物の仕業に違いないって!」

「それで、縛っていた紐を解くくらい賢い・・・ネズミを捕まえたいってことかしら?」

「うん、正確には退治したいって言っていたね。それで人間には無害でネズミにだけ効く毒薬はないかって相談されたんだ」

「なるほど・・・」

 ハミルから提示された相談の要を理解したナーシアは納得したように頷くと、麦酒で咽喉を潤した。その間に様々な考えを巡らせる。ネズミ駆除にはヒ素が一般的だが、これは人間にも有害であり飲食店の厨房で扱うには危険過ぎた。他にも様々な種類の毒が候補に浮かぶが、人間とネズミは姿や大きさは異なりながらも生物としては近い存在であるので、人間には無害でネズミにだけ効果が出る毒というのは存在しない。毒の量を下げることや非致死性の毒で対応することも考えたが、何かの間違いで人の口に入れば死には至らないとしても健康を害するであろう。そうなれば客商売である〝羊の枕亭〟にとって大きな打撃となる。毒を使うのは悪手だと思われた。

「とりもちを使うくらいしかないわね」

「だよね。あたしもそう言ったら、それはもう試したけど効かなかったって言っていたよ」

「まあ、その程度で解決出来たら相談なんてしないわよね・・・。いいわ、ちょっと本気で対策を考えてみましょう!」

「そうだね!」

 二人は互いに笑みを浮かべると杯に残っていた麦酒を飲み干した。平穏な生活を求める姉妹ではあったが、こうしたささやかな刺激は歓迎すべき出来事だった。


「頼んでおいて何ですが、ここまでやりますか?」

「やるのなら、徹底的にやらないといけませんわ」

 ハミルの言葉にナーシアは当然とばかりに答える。深夜になろうとする時間〝羊の枕亭〟は最後の客が去ると片付けとともに菓子泥棒を捕まえる準備に取り掛かった。それは初めにリーア達姉に相談したハミル自身が想定もしていなかったほど本格的な捕獲作戦となっていた。蜂蜜菓子を保存している壷はテーブルの上に置かれ、紐で蓋が開かないようにされていたが、その紐と連動するようにワイヤーが仕掛けられ、テーブルの真上に設置された人の上半身を覆う大きさの籠に繋がっている。紐を解けば籠が上から落ちて壷を丸ごと覆う仕組みだ。これで菓子泥棒が壷を開ければ、生け捕りに出来るはずだった。

「まあ確かに、昨日は全員いつの間にか寝てしまいましたからね・・・」

 返事を得たハミルが自分で納得しながらも顔を赤くして頷く。それは昨晩の失態を恥じるというよりは、直ぐ横で肩と寄せ合って蜂蜜菓子を入れた壷を見張るナーシアへの照れが含まれていた。彼からすれば、菓子泥棒よりも、憧れの美人であるナーシアと昨晩に続いてすぐ近くに居られることの方が重要になりつつあった。

「あたしとしたことが、見張り中に寝てしまうなんて・・・」

 失敗を思い出せられたリーアが悔いるように呟く。実を言えば彼女達姉妹はハミルから相談を受けた昨日の夜に交代で壷を監視していたのだが、その最中に寝てしまい蜂蜜菓子を盗まれていたのだ。犯人の正体を掴めば対策を立てられるはずだったが、寝てしまってはどうしようもなかった。

「大丈夫よ、リーア。逆に昨晩のことで正体が掴めたわ!」

「ええ、本当ですか?!何の動物なんです?ひょっとして猿ですか?」

「まだ推測に過ぎないし、多分、今言っても信じられないと思うから・・・。捕まえてはっきりさせましょう!」

 妹を宥めるナーシアの言葉にハミルは反応を示すが、彼女は苦笑を浮かべて推測を濁した。

「・・・そうですか、でも確かにこの罠なら捕まえられますね!」

 犯人の正体に対する関心は強かったが、しつこく問い掛けてナーシアに嫌われるのを避けるためハミルは自身の衝動に耐える。それにもう少し待てば、これまで悩まされていた問題が解決するのだ。今は金髪美女の隣に居られる機会を楽しむことにした。

「ええ、その通りよ!」

 ナーシアはハミルに笑顔を送るが、正直に言えば籠の罠には期待をしていなかった。自分が推測した〝あれ〟が犯人ならば、この程度の罠は簡単に見抜いてしまうだろう。本命は籠の罠とは別に細工した壷を縛る紐に繋げた細い糸だ。これは自分の髪と結んでおり、犯人が壷を開けた時に睡魔に負けて寝ていたとしても起きるための手筈であった。推測が正しければ〝あれ〟は周囲の人間を強制的に眠らせる力を持っている。それさえ対策出来れば打つ手はあった。何しろ今日は切り札を持って来ている。後は待つだけであった。


 髪の毛を引かれる感触を覚えるとネーシアは目を覚ました。隣のリーアとハミルに視線を送ると、二人は隠れていたカウンターの裏側に寄り掛かりながら眠りに落ちている。ハミルはともかくリーアが何度も見張り中に寝るとは考えられないので、やはり自分達は通常ではない手段で眠らされたに違いなかった。次いでナーシアはテーブルに置かれた壷と罠とした籠を確認するが、微かなランプの光の中で壷の蓋が不可可視の力によって開かれるのが見えた。ナーシアはリーアとハミルを慎重に起こすと、騒がないように警告を与えてから行動を開始した。

「手荒なことはしないから、姿を見せて・・・。そうしたら蜂蜜菓子より美味しいお菓子を上げるわよ」

 ナーシアは壷に向かって語り掛ける。もとから落ち着いた口調の彼女ではあるが、その声は子供に訴え掛けるように優しかった。

「・・・本当にいじめたりしない?」

「本当よ。ほらこれ、ケーキっていうお菓子なの。美味しそうでしょう?」

 壷の中から少女のような凛とした声が問い掛けられると、ナーシアは自分の予想が的中した喜びを抑えながら持っていた箱を開けて中身のバターケーキを壷に向ける。これこそ彼女が用意した切り札であり、植物由来の砂糖をふんだんに使った蜂蜜菓子よりも更に高価なお菓子であった。薬屋であるナーシアは本来、薬の調合用として置いていた砂糖を使ってバターケーキを作り出し菓子泥棒を誘い出す秘策としたのだった。

「うん、美味しそう・・・」

 壷の中から幼い子供の顔が突き出されるが、その大きさはクルミの実よりも一回りは小さい。

「どうぞ、食べてみて」

「ありがとう!」

 ナーシアの誘いを受けて小さな人影が壷の中から飛び上がる。背中には蝶のような羽を生やして僅かに光を放っていた。身体付きは細見で手足は長くしなやかだ。その肢体を草で編んだ粗末な服で包んでいる。小さいながらも顔付きは非常に端整で、耳の先が突き出すように尖っている。ナーシアよりも薄い白金のような金髪を腰まで伸ばしていた。エルフ族を見たことがある者が見れば、その大きさと背中の羽を除く類似性に気付いただろう。

「本物のフェアリーだ・・・」

 リーアとともに起き出したハミルは、ナーシアが差し出したバターケーキに齧りつく小人をその目に捉えると驚きを隠しきれずに呟いた。ファアリーはエルフ族より更に精霊に近いとされる種族だ。実在が疑われることはないが、本来は森の深部で暮らしているとされて街中で見掛けられるような存在ではない。また、生まれついての魔法の使い手だが、争いは好まず逃げたり隠れたりする時だけに使用する臆病で穏やかな種族として知られていた。ファアリーはお菓子の入った壷を見張る三人の存在に気付くと、彼らに眠りをもたらす魔法を掛けたに違いなかった。

「あなたはどこから来たの?」

 ハミルに向けて唇を人指し指で押さえる仕草を見せると、ナーシアは向き直ってフェアリーに問い掛ける。今下手に刺激しては、また寝かされるか、逃げられてしまうだろう。菓子泥棒とは言え、被害としては深刻なものではない。まずは事情を聞き出すのが先決と思われた。

「・・・僕達はあっちの森から逃げてきたんだけど・・・気付いたら、僕は仲間と逸れてしまったんだ。それで・・・お腹が空いて困っていたんだけど、ここから良い匂いがしてきたんで・・・ちょっと分けてもらったんだ」

「その方向からだと、大森林から?随分遠くから来たのね。それに今更だけど人間の言葉を話せるのね?」

「僕のお爺ちゃんは人間の友達がいたらしいからね。僕達の一族は皆、人間の言葉を話せるんだ」

「なるほど、では何で森から逃げてきたの?」

「黒いノッポ・・・人間の言葉だとエルフだっけ?黒いエルフの連中が僕達を捕まえようとしたんで、住み慣れた場所を離れて逃げて来たんだ。それで、どうせ逃げるなら黒いノッポのいない遠くに行こうとしたんだけど・・・」

「そうだったの・・・大変だったのね。ケーキは逃げないからゆっくり食べてね!」

「うん・・・ありがとう!」

 大まかな事情を理解したナーシアはケーキを両手で掴んで食べるファアリーに優しく告げると、ハミルに向かって目配せをする。どうやらこのフェアリーは大森林での勢力争いに巻き込まれたようだった。それと少女と思えた外見だが、喋り方からすると雄の個体と思われた。

「お菓子泥棒の正体は判明したけど・・・。こんな可愛い子を退治するとは言わないわよね?」

「ええ・・・まさかフェアリーが盗み食いしていたなんてね・・・。けど・・・どうしたら良いでしょうか?迷子みたいですし、追い出すのも気が引けるなぁ・・・」

 ハミルはフェアリーに視線を送ると、どうしたものかと溜息を吐く。正体が判明したもののネズミと違い相手は人語を理解する存在である。扱いに困るといった様子だ。

「このまま、この店に置いてあげれば良いでしょう。フェアリーは妖精の一種ですし、妖精の棲む家は繁栄するという言い伝えがあります。フェアリーが自分から悪行をすることはないでしょうし、きちんと言い含めれば邪魔になることもないと思います。むしろ、この店に何か悪いことが起きるとしたら警告してくれるでしょう。蜂蜜菓子で幸運のシンボルを雇っていると思えばよろしいのでは?」

「そうそう、妖精が住んでいる店なんて面白いじゃん!なんなら、あたしらの店であの子を引き取ってもいいよ!」

「・・・そうですね。蜂蜜菓子で妖精がこの店に居てくれるなら、悪い条件ではありませんね」

 姉妹から説明を受けたハミルは納得するように頷いた。もともと冒険者を主な顧客にしていた〝羊の枕亭〟の人間だけに、魔法やそれに類似する存在に抵抗感が低かったのだ。

「そういうわけで・・・自己紹介はしていなかったわね。私はナーシア。あなたは何て名前かしら?それと男の子でいいのよね?」

「もちろん男だよ!・・・僕の名前はレンスヴェート・エースキアーディッル!だけど人間には難しいだろうから、レンエイでいいよ!よろしくナーシア!」

「そう、よろしくレンエイ。こっちはハミルとリーア。ハミルのこの店の主人の息子さんなのだけど、あなたがこの店に住んでも良いって言ってくれているわ。あなたがそれを望むなら、いくつか約束する必要があるから二人で話し合ってちょうだい」

「・・・わかった。よろしくハミルとリーア・・・」

「・・・お初にお目に掛かりますハミルです」

「よろしく、レンエイ!」

 レンエイをハミルに紹介したナーシアは二人が会話を交わすのも確認すると、今回の騒動の片付けに取り掛かった。後は当事者二人の問題だからである。

「まさか、菓子泥棒の正体がファアリーとは思わなかった・・・姉さんは何時から気付いていたの?」

 姉の仕事を手伝いながらリーアが問い掛ける。

「話を聞いた時から『もしや!』とは思っていたけど、確信したのは昨日の晩に三人揃って眠らされた時ね。これだけの力が持ちながら蜂蜜菓子を盗むだけなんて、ファアリーくらしかいないって思ったの」

「そっか!さすが姉さんだ。・・・でも、あの子はうちで引き取りたかったな・・・」

「そうはいっても、毎日甘いお菓子を用意するのは大変よ!」

「確かにそれは大変かも!」

 リーアは二人で作ったケーキのことを思い出すと苦笑を浮かべる。薬師として腕前には自信のある姉妹だが、お菓子作りとなるそれはまた別の才能だった。切り札となったバターケーキを作るのに二回ほど失敗して、高価な砂糖を含めて材料を無駄にしていたのだ。

「それにこの店に来ればレンエイとは会えるわよ!」

「うん、そうみたいだね!」

 話がまとまったのだろう、ハミルの回りを嬉しそうに飛ぶレンエイの姿を見つけると、ナーシアとリーアの二人は自分達も笑顔を見せてそれを見守る。姉妹が〝羊の枕亭〟に足しげく通う理由がまた一つ出来たのだった。

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