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靴とボールとSweetheart。




 六つもの授業を乗り越えて、そろそろ足もしびれを切らしてきた午後三時半。

 待ちに待った時間が来た!

 そう、部活!


 授業終わりのチャイムが鳴ると、おれたちは即、体育館に駆け込んだ。所属する男子バスケットボール部の練習のためだ。週に三日の貴重な練習時間、少しでも長く確保していたいもの。

「お前らはいつも威勢がいいな」

「もちろんですよ!」

 苦笑いを浮かべた顧問の先生に、おれも全力の笑顔で答える。よかった。一番に乗り込んだんだから当たり前だけど、女子バレーボール部の姿はまだ、体育館にはない。

 背後に追い付いてきたやつが、肩で息をしながらおれの背中を叩いた。

「晴樹……早すぎ……」

 部活仲間の藤橋(ふじはし)だった。あれ、同時に教室を出てきたと思ったのに。

 悪い悪い、なんて思ってもいないことを口にする。変な笑いを浮かべたおれたちを、先生がたしなめた。

「まぁ、アレだ。意識の高さはいいことだけど、校内で転んだり他人にケガだけはさせるなよ」

「はい!」

「とりあえず荷物はそこに置いて、更衣室行ってこい」

 言われなくても! その言葉を待っていたおれは、すぐさま体育館の隅の更衣室へと駆け出した。おい待てよ、とか何とか叫びながら、藤橋が追い掛けてきた。

 閑散とした体育館に、自分の靴音が高らかに響き渡る。この感覚、大好きなんだ。


 おれたちの中学の男子バスケ部は、この辺りではそこそこレベルの力のある中堅だった。と言っても、せいぜい地区大会で準優勝とか、そんなレベル。悔しいけど中体連の上位大会に進出したことなんか一度もないし、多摩地区大会で三連戦以上したこともない。同じ町内には中学校が三つしかないから、よそとの交流で刺激を受ける機会も少ないし。

 そんな中途半端な実力のおれたちだけど、やる気に関してはどこの部活にだって負けるもんかって思ってる。

 おれと藤橋は、おれたち二年生の部員の中ではかなり主力のメンバーだ。もっともおれの方は最近になってやっと認められるようになってきたばっかりで、正直、藤橋の方がずっと上手いと思う。いつも冷静に頭を働かせながら、遠距離からシュートをポイポイ決めていく藤橋に比べたら、力押しでブロックを抜けるのが得意のおれなんて、やっぱり見劣りするんだよな……。

 だからおれ、頑張るんだ。

 誰よりもこのチームに貢献できるように。誰かに憧れられる姿でいられるように。

 ……それから、かっこいい姿、あいつに見せられるように。


 基本のドリルやシュート練習を終えたおれたちは、汗だくの身体をシャツで拭いながら先生の前に集合した。

「よし。じゃあ今から、二チームに分かれて対戦形式の練習をする。昨日のミーティングで確認したフォーメーション、忘れないようにな」

「はいっ!」

 大きな返事が、体育館にこだました。

 先生はてきぱきと、おれたち十二人の二年生部員をチーム分けしていく。どこからか吹き込んだ風が、短く切った髪の間をすり抜けて、快感にも似た涼しさにおれは小さく伸びをした。

 本当は嫌なんだけどな、この髪型。あんまり似合ってるとも思えないし。

 体育館の向こうを見遣ると、女子バレー部の練習風景が見えた。ネットを挟んで球を打ち合う部員の中に、同じクラスの女子が何人か見える。もちろん、長谷部も。耳の後ろで髪を二つに結んだ長谷部の横顔は汗で光っていて、だからかな。余計に可愛く見えて、禁忌でも犯してるような気持ちになって目を逸らした。

「俺とお前、別々だな」

 耳元で笑った藤橋が、オレンジのビブスを手に離れていく。

 望むところだっての!

 おれも黄色のビブスを手に取った。


 学力じゃ、おれはいつまで経ってもあいつには追い付けないから。

 せめてそれ以外の部分で、いつかあいつを振り向かせられるように。励んでいればきっと振り向いてもらえるって信じて。

 ……こんな理由で部活や体育に精を出すおれって、やっぱ、不純なのかな。不純だって構うもんか。頑張る理由だけは、おれはちゃんと持ってるんだもの。

 それが今はたったひとつの、自分の誇りだ。


 ビ──────ッ!

 甲高いホイッスルの音に、おれは地面を蹴った。そして、手にしたボールを力一杯、前へ走り出した仲間へ向かって放り投げた。

 弾け飛んだ汗と一緒に舞ったボールは、届いてほしい方向へまっすぐに軌跡を描いていった。







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