Romanticistは思いを囁く。
授業は、好き。
勉強は、嫌い。
でも、授業を好きでいるためには勉強をしなきゃいけない。それがわたしなりの、勉強のモチベーション。
三時間目の数学では、わたしの得意な文字式の問題を解くことになった。先生が隣の列をターゲットに据えたのを見て、思わず『よっしゃ!』ってガッツポーズをしたのは、わたしだけのヒミツ。
わたしが当たらないで済むからじゃないよ。隣の列に、長岡くんがいるから。
長岡くん、二時間目の授業では気持ち良さそうに眠ってたなぁ。筆箱を枕にしちゃって。さっさと問題を片付けたわたしは、机の上のプリントに向き合うふりを通しつつ、こっそり長岡くんを見た。長岡くんの必死な顔と、その割に動かないシャーペン。すっかり見馴れた光景に、どこか安心してる自分がいる。
このまま解けなかったらいいのに。長岡くんには悪いけど、そう願ってしまう。
だって、そうすればわたしが口を挟むチャンスが生まれるもの。わたし、長岡くんの役に立てるんだもの。
恥ずかしくて、言えないよ。
「前から好きでした、付き合ってください」──なんて。
言えない今のうちはまだ、こうして長岡くんの隣に寄り添ってる時間が、いちばん幸せ。
……あ。長岡くん、当てられた。
「次、長岡。の答えは?」
「はいっ!?」
すごい声を上げて長岡くんが立ち上がった。みんなくすくす笑ってる。あーあ……。
焦ってるのが見え見えだ。焦りさえしなければ、長岡くんだって本当は解けると思うんだけどな。自分の手元の解答を眺めながら、でもちょっと、はらはらする。見てられないよ。
二種類の記号が登場する方程式だから、二元。記号の右上に数字が書かれていないから、一次方程式。組み合わせれば名前は出るし、それぞれの式を足し引きしたりすれば分からない記号の数も求められる。この問題だったら、代入法の方がカンタンに解けるかもしれない。
もう、いいかな?
頃合いを見計らって、わたしは小声で答えを口にした。
「──二元一次方程式だよ!」
真っ赤になりかけてた長岡くんの固い面持ちが、少し、緩んだ。
「に、二元一次方程式!」
長岡くんの声、上ずってる。聞き届けた新たな声はしっかりと記憶に記録して、大事にしまい込んでおかなくちゃ。
先生が正解を宣言して、ほっとしたみたいに長岡くんは座り込んだ。わたしはわたしで、二度目のガッツポーズをしたい気分だった。正解した喜び半分、長岡くんの窮地を救ってあげられた喜び半分、かな。
長岡くんが喜ぶと、わたしだって嬉しくなる。気になるってきっと、こういうことなんだね。
ねぇ。長岡くんは、そういう気持ちにはならないのかな。この気持ち、わたしだけなのかな。
時々、そうやって問いかけたくなる。だけど胸が急に苦しくなって、きゅんと締まったみたいになって、いつもそこで口を閉ざしてしまうんだ。
危機を乗り越えたら、なんだか授業への興味が失われてしまって、わたしは窓の外の方へ視線を流した。長岡くんが何かを口にしかけたみたいだったけど、窓ガラスを叩いた飛行機の音がそれをタイミング良くかき消してしまった。……聞こえていたらいたで照れちゃったかもしれないし、何も聞かなかったことにしておこう。
こんな日々が、いつまでもいつまでも、続いてほしい。
夏休みなんて、来なければいいのに。
遠くの空、入道雲の下へ消えていった飛行機の軌道を追いかけながら、わたしは今日もそっと、ため息をつく。




