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明日のLyricistに、祈りを。




 わたしの第一の恋人は、やっぱり長岡くんがいい。

 だけど浮気を許してもらえるなら、わたし、お布団を選びたいです。

 ねぇ、長岡くん。わたしがお布団を愛してるって言ったら、ちゃんと嫉妬してくれるかな。お布団を払い除けてでも、わたしのこと、奪い取ろうとしてくれる?

「…………っ」

 ……耳まで真っ赤になってる気がする。

 火照る頬を枕に押し付けて、わたしはさっきからしばらく、じっとサナギみたいに動かないでいた。


 家に帰ってくる頃には最高潮に達していた後悔の気持ちも、今は少し、落ち着いたみたい。だってよく考えたら、いつものことだもの。長岡くんと上手く話せないのも、二人きりになれないのも。

 そんなわたしは今、晩ご飯を食べてお風呂に入って、パジャマに着替えて自室にいる。宿題は秒速で終わらせた。期末テストも迫ってきているし、宿題以外の自主勉強も本当はやらなきゃいけないんだろうけど、特に今、やりたいって意欲があるわけでもなかった。

 長岡くん、今ごろはまだ宿題に頭を悩ませてるのかな。もしそうなら、飛んで行って教えてあげたい。いつもかっこいい姿をありがとう、って耳に囁きたい。

 そうして、いつか。一番言いたいあの言葉さえも、気軽に口にできるような日が来ますように。

 そうやって花開いた想いのかけらを胸に抱きしめて、わたしはベッドに横になっていた。


 夜は、空気が静かになる。

 どんな外界の音も、水面を打ったみたいに綺麗な波紋を作りながら伝わってくる。

 だからこそ不安になる。誰かの創り出した温もりの中に、黙って浸かっていたくなる。

 それが叶わないから今、わたしは掛け布団を丸めて両足で挟み込んでる。長岡くんの声が、姿が脳裡をよぎるたびに、抱き枕扱いのお布団を思いっきり抱き締めたくなる。ぎゅうっと抱き締めたまま、足で挟んでそのままゴロゴロ転がりたくなる。太ももに何も触れないと、無性に寂しくなる。

 早くこの(くせ)、治さなくちゃ。もしも長岡くんと付き合えたとして、部屋でわたしがこんな風にお布団と戯れてるなんて知ったら、長岡くん、きっといい顔をしてくれないよ。下手したら変態だって思われるかもしれない。最悪だ。

 そういえばわたし、長岡くんの好みのタイプ、聞いたことないな……。機会があったら今度、と思いかけて、わたしは虚しい息を吐いた。帰り道にすれ違った折のあいさつすらできないわたしに、そんな深入りするような質問、できるわけないね。


 スマホが光ってる。メッセージの着信があるみたいだ。

 相手が長岡くんじゃないのは分かってるから、スマホを扱っているとちょっぴり安心する。送信主は栗原さんだった。

【あのさー。今度の休み、よかったらモールに夏祭り用の浴衣でも買いにいかない?】

 モール。町外れの巨大なショッピングセンターの略称だ。わたしたちの町は繁華街から遠いから、何でも揃うあのお店は町の人たちにすっごく重宝されてる。

 夏祭り、浴衣か……。魅せる相手もいないのに、そんな可愛く着飾ってもな。

【今度の休みって、期末試験の直前だよ? 試験勉強しなくていいの?】

 そう返した。びっくりした顔のスタンプが、ぺたんと貼り付けられた。

【忘れてたそうだった! ねー尚花、分かんないところ教えてよー】

 言うと思ってたよ。

 くすっ、と笑みがこぼれた。こぼれた響きは部屋にこだまして、心地よく温かな外の空気に溶け込んでいった。

【いいよ。勉強会でも開こっか】

 したためた返事をさっさと送ってしまうと、わたしはスマホをぱたんと伏せた。


 もうすぐ、夏休み。

 わたしにとっては何も嬉しくない、夏休み。

 だってその間は、長岡くんと会えなくなる。長岡くんの頑張っているところも、困っているところも、何も見えなくなるんだもん。

 去年は楽しみだったのに。たった一年足らずで、人間ってこんなに変わっちゃうんだね。暇さえあれば長岡くんのことを考えて、わたしと結ばれる幸福な妄想に(ふけ)って、それから現実に引き戻される──こんな日課だってなかったんだから。一日、一日、想いは日を追うごとに大きくなって、気付けばそんな今に焦りを覚えてるわたしがいて。

 こんなに変わったのに、こんなに変われない。長岡くんには上手く話しかけられないし、話も繋がらないし、そもそも顔を直視することすらできない。もうどのくらい、そんな言い訳に囲まれながらお布団の中で(もだ)えていただろう。

 一緒のお布団に潜り込みたいなんて……そんな大それたこと、望んでないのに。

 ただ、お互いの温もりの中を、手を取り合って笑って歩きたいだけなのに。

 それが叶わない限り──ううん、きっと叶った後も、わたしはこうやって寂しさを紛れさせながら生きていくんだろう。それでもいいから、長岡くんの彼女になりたい。切なさも寂しさも悲しさも、ぜんぶ夢の中の世界とお布団の中に捨て去って、長岡くんの前ではいつでも微笑んでいたいよ。


 好き。

 大好き。

 渾身の力で抱き締めたいほど、好き。

 長岡くんのことが、こんなにも愛しい。

 ねぇ、気付いてよ。わたしにはないもの、長岡くんはたくさん持ってるんだよ。お互いの欠点をお互いに補っていけば、怖いものなんて何もないよ。

 だけどどれだけ願っても、黙っているうちはわたしの想いはきみに届かない。だからわたし、夢を見るの。どんな儚い願いも一瞬で叶えてくれる。夢は優しくて、甘い世界だから。




 お布団の作り出す仮初めの温もりに包まれて、今夜もまた、わたしは眠りにつく。

 おやすみなさい、今日。

 まだしばらく来ないでください、明日。

 せめて夢くらい、ゆっくり見させてほしいです。


 そしたらわたし、約束するよ。明日こそは想いを伝えるんだ──って。














いつも、いつも、お互いを想って、だけどちっとも近付けなくて。


そんな二人の昼夜の叙情詩集デイナイト・オムニバス






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