GASEN 1 電気屋とは
俺の名前は斉藤巧。
高校卒業後、セールスマンをしていた。体調を崩し、いろんなアルバイトをしていた。そんなフワフワした状態の俺を見かねた親により、地元に連れ戻された。そして、親が頼み込んで地元の電気工事店で働くことになった。
別に仕事は何でも良かった。日々、安定した仕事があれば良かった。
--GASEN 1 電気屋とは--
出勤日、決められた時刻に向かった先は、大口電気。社長と名乗る、ニコニコしている人に新人教育を受けることになった。表情とは裏腹に、言葉の端々は高圧的であり、サラリーマン時代の苦手なタイプだったことを思い知らされる。
まずは、イラストを見せられ、この中で考えられる危険を探すように言われる。
1つ2つ、危ないなと思うものを伝える。
「で?他は?」
あっさりと短い言葉で片付けられる。考え込んでいると
「こんな簡単なことも見つけられないのか?」
と薄ら笑いで見下される。
カチンと気ながらも、適当に答えていると
「時間だ。一応、6時間ほど教育したことにして報告するから、そのつもりで」
と言い放って退出していった。
報告って何じゃ?と思っている内に、違う人物が登場。
「えーと、斉藤君?」
「はい」
40代くらいのハキハキ話す人だ。
「班長をしている、山谷だ。社長からどんな話をされたかは知らないので、内容がカブっている部分もあるかもしれないが、これから仕事をしていく上で大切なこと、基礎的な知識を話すので、覚えて欲しい」
社長なんて、間違い探し的なクイズを出していっただけなのに。あ、給与が月14万と言ってたぐらいか。
「まず、うちらの住んでる山海道の電力会社はわかるよね?」
「はい、やまでん(山海道電力)です」
「そう。やまでんの電気を全道で使っている。ただ、うちらの仕事は、やまでんから直接請け負っている訳ではないんだ。」
「電気工事って、住宅の中のコンセントを増やしたりとかするので、個人や会社からの依頼が多いのですよね?」
「え?」
班長が驚く。そして、続ける。
「社長から何も聞いてないのか・・・」
ぼそりと独り言を言う。そして、
「まず、電気工事には、内線と外線がある。斉藤君が言ったのは、内線電気工事の分野になるんだ。うちの会社は、内線も外線も両方やっているが、俺が班長をしているのは外線工事。昔からの名残で、外線工事をガセン工事とも言うんだ。」
電気屋にも、そんなのがあるのか。驚きだ。班長は続ける。
「その他にも、通信線工事などもある。うちは滅多に通信線はやらない。ガセン工事では、チームワークが大切なんだ。うちの会社は、俺を含めて5人のチーム。斉藤君が加わって6人になる。」
「はい」班長の説明はわかりやすい。
「そして、俺の指示は絶対に守ってもらう。自分の勝手な判断で動くことは禁止なんだ。」
「え?」班長の指示に絶対服従!?
「なぜならば、ガセン工事は、1つのミスで死者が簡単に出てしまうからなんだ。」
「!!!」
班長は続ける。
「うちらが触る電線は、電圧6600Vの高圧線。6600Vが体に流れると、確実に死ぬ。たった一つの不注意、ミスが死を呼ぶだけでなく、チームの仲間も危険ら晒す。それだけではない。事故により停電になったとする。電気が止まると困る病院などにも影響を及ぼす。もちろん、そういう所は自家発電を持っているが、いろいろな人々にも影響があるんだ。」
なおも続ける。
「最初の内は、なにもわからないから指示通り仕事をしてくれると思っている。慣れてくるのが危険なんだ。自己流の判断が入ってくると危険なんだ。だから、どんな作業をするにも、必ずチームのみんなに何でも話す。そして、俺に必ず話す。それから作業をするように。これは、絶対に守ってもらう。」
班長の言葉に力がこもる。
「その他の注意点は、そう、やまでんから直接工事を請けてるわけではないと言ったよね。やまでんの子会社に、山海道電気工事という、うちらは、山海電工と呼んでるけど、やまでんの工事は、100パーセント近く山海電工に発注される。うちの会社は、山海電工の下請けになるんだ。」
知らなかった。電柱に登って工事しているのは、やまでんが工事をしているんだと思ったら、子会社がやっているなんて・・。
「山海電工は、うちらは直営とも読んでる。山海電工は、自分たちにも工事部隊がいるんだよ。うちらと同じガセン屋が。直営とうちら下請けでほとんどすべての配電線を工事しているんだ。これが基本的な仕組みかな。他に何か聞きたいことはあるか?」
「たとえば、山の中にでっかい鉄塔があって、電気が通っていますよね?あの工事もやるんですか?」気になったことを聞いてみる。
「あ、あれはな、送電線っていうんだ。うちらは6600Vの配電線。電気を各家庭に配るための線だから、配電線。山の中の鉄塔は送電線。送電線は、送電屋と呼ばれる専門の工事屋がいるんだ。送電線は、発電所から各地の変電所まで結ばれていて、発電所から出てくる電圧は50万V。27万V。そこから、変電所と呼ばれる施設を通って、6万Vなどに変換されて、遠くまで運ばれるんだ。距離が遠くなると、電圧はロスで落ちるんだ。発電所に近いほど、電圧を高くして遠くまで電気を届けるんだ。送電線は、うちらガセンでは触らない。山の中にも配電線はあるけど、鉄塔に登って電線にぶら下がるような作業はしないから安心して欲しい」
班長は笑う。
良かった。テレビで見たことあるけど、雪上車で山の中に入って、数十メートルの鉄塔に登ってつららを落とすような作業をするのかと、頭の中をよぎってしまった。
「とりあえず、もうみんな現場で作業をしてるんだ。一緒に現場に出て、まずは作業してみようか」
「え、いきなり作業ですか!?」
電気の知識も何もないのに、いきなり作業?
班長は笑いながら
「大丈夫。穴掘りだから」
穴掘り!!!
現場に連れて行かれる。
道路脇の排水路の脇で、雪に隠れてか、穴の中に隠れてか、ヘルメットだけ見えている。その脇に腕章をつけて立っている人がいる。
「えーと、副班長!」
班長が声を上げる。
「帰ってきたから、監視業務を代わる。お前は掘削作業へ。」
「りょうかーい」
さっき立っていた人が腕章を外す。そして、スコップを持って雪を除雪しだした。
「えーと、どうするかな。東尾!、今日から入った新人の斉藤君だ。まずは、穴掘りをさせてくれ」
「はいよー」と穴の中からひっこりかおを出す。
「こっちおいでー」と東尾と呼ばれた人が呼ぶ。
1月なので雪がすごい。しかも風があって地吹雪状態。そんな中、呼ばれる方に向かう。
「はじめまして」とご挨拶。
「東尾です。よろしくー。簡単に説明するよ。いきなり穴掘りが初仕事だもんね」
と笑いながら言われる。
「まずねー、電柱を建てるんだわ。電柱を建てるための穴を掘っているんだよね。電柱ってなんぼ地面に埋まっているかわかるかい?」
唐突の質問。電柱が埋まっているのはわかるけど、どれぐらい埋まっているなんて考えたことなかった。考えている内に・・
「ザックリと目安として、電柱の全長の6分の1が埋まっているんだ。穴掘り終わったら、実際に電柱運んでくるけど、電柱にはここまで埋めましょうラインがあるんだね。そして、電柱にはいろいろな長さや太さがあるんだわ。ここで建てるのは、C-15と呼ばれる種類で、A、B、C、D、Oって種類がある。数字は長さなんだね。すると、どれぐらい掘れば良いかわかるかな?斉藤君。」
「15÷6・・」
「そう、2メートルちょい。2メートルチョイを掘るんだわ。俺が割ってた穴を見て、気付くことはないかい?」
東尾さんが立っている場所に目をやる。穴がそんなに大きくない。深さは1.5メートルくらい。コレで2メートル以上掘れるのか?
「ジャーン」
といって東尾さんが異常に柄の長いスコップを見せる。
「何ですかコレ?」
思わず声が出る。
「これは、長スコップ。通称【ナガスコ】。これで深く掘る。そして、ムダに大きく掘りすぎず、小さすぎず、電柱を建てる穴を掘っていくんだよ。」
そういや、テレビで見たことあるけど、ドリルみたいなのが付いた車で地面に穴を掘っているのを見たことがあることを思い出す。
「東尾さん。ドリル付いたような車でグルグルと穴を掘ったら早くないですか?」
東尾さんがニヤリとしながら
「いいところに気がついたね!建柱車という電柱の穴を掘ったり、電柱を建てたりする車があるんだよ。ただ、地面の中って、何がどうなってるかわからないよね?もし、機械でグルグルと穴を掘っていて、下に水道管があったらどうなる?」
!!!!
「ドリルでドッカン・・・」
「そう、ドリルというか、オーガって言うんだけど、オーガはすごい力の油圧で掘っているから、水道管や、下水管、排水管。ここにはないけどガス管や高圧線の電線管、通信ケーブルなどなど、見えない部分に何が埋まっているかなんてわからないんだよ。穴を掘る前に、管理がある程度は関係している役所とかに問い合わせて、埋設されているものを確認はしているけど、それが100パーセント、【ここ3センチ以内に水道管があります】という事まではわからないんだ。だから、ある程度、安全性が確認できるまでは人間の力で掘るんだ。間違いない、ここには何もないと確信出来てから、オーガを使うようにしてるんだよ。」
なるほど。説得力ある。暗闇で探すより、ある程度何があるかを確認してからと言うことか。ん?管理が調べる?ってなんだ?
「東尾さん、管理が調べるってなんですか?」と聞いてみる。
「あー、管理ね。うちの会社ま社員。一応うちらのチーム所属なんだけど、なんて言うか、うちらが工事する場所の事を調べたり、たとえば個人の土地だったりすると、勝手に入るわけいかないっしょ?お客さんと工事に入ると打ち合わせしたり、山海電工さんと打ち合わせしたり、お客さんの苦情を受けたりとまぁ、よろず屋かな。工事管理って言うんだけど、うちらは管理って呼んでる。朝と夜のミーティングに登場するオッサンだわ。内線の方に引っ張られたり、警察に行って書類出したり、材料を取りに行ったり、会社の除雪したりと」
「ピンポンー」
みんなの携帯のLINEが一斉に鳴る。
東尾さんが言う。
「みんなのLINEが一斉に鳴るって事は、たぶん管理から。ほら見てごらん、班長が電話で話しているっしょ?。これ、出動かもしれないぞ」
「出動?」
班長の声が小さく聞こえる--
「だから、今、電柱建てるとこなんだって。穴そのままにして行けって言うのか!・・・・・。止まってるのか・・・。雷電は動けないのか?・・・。わかったわ。今から準備して向かうわ。」
怒り気味の班長が電話を切る。そして、全員に無線が入る「緊急Aが出た。今の現場作業は中止する。掘削穴に防護措置を急げ。人や動物が落ちないようにしろよ。賢太!5キロトランスは積んであるか!?」
無線が入る
「5キロ、10キロ、一般型積んでいます」
「わかった。場所は青空町湖西。電柱番号は管理からライン入っているからそれを見ろ。準備でき次第向かうぞ。5軒が停電中だ。」
現場がの雰囲気が変わる。
「東尾さん・・」東尾さんを見る。
「俺らが行かないと、この冬の寒さの中、電気が使えないからストーブも使えない。散々な初日になったな。」
俺の初出勤初日は、長い一日となった。
(続く)