紫陽花。 ― 雨の日に、私は貴方を想う ―
六月から七月にかけて花を咲かせる、紫陽花。
その花みると、私は毎年、ある人が浮かぶ。
梅雨の季節、雨の降っている日だけ。学校帰りに通る商店街の、閉店した店の屋根の下に立って誰かを待っているような、20代くらいの男の人。
その日は丁度、雨だった。
今日もあの人は居るかな、なんて思いながら、いつもその人が立っている屋根の下を見る。雨の日なら必ずいるはずなのに、今日は何故か見当たらない。
「まだ来てないのかな。」
気になって私は、その屋根の下で、何となく待ってみることにした。
「あ。」
ふと声がして見ると、あの男の人が立っていた。
挨拶をしようと体を向ける。そのとき。
「彩・・・?」
自分じゃない、知らない誰かの名前を呟いた。
「え・・・私は・・・」
という声は、傘の落ちるバサッという音で掻き消される。
「好きだった・・・」
その言葉に、ドクンと心臓が脈打った。男の人の腕が、私を優しく包む。
このとき初めて、恋をしていたのだと知った。話した事もない、自分ではない誰かを待っている、その人に。
でも私は、貴方の言う彩では無い。
「私は、違います・・・」
そう言おうとしたとき、その人の体が、透けていくことに気が付いた。
あぁ・・・、そうか。
彩さんに、ここで会える日を待っていたんだ。
それなら、今は。
彩で、いてあげよう。
「私も・・・・」
そう呟いた瞬間、キラリと光る残像を残して、消えてしまった。
私は、彩ではないけれど。
「貴方のことが、好きでしたよ。」
そう言った私の足元には、小さな紫陽花が、キラキラと光っていた。