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良くある乙女ゲーム転生モノ。仕事の為のコメディーと一人称の習作のため、色々残念な仕上がりですが、笑って許せる方向け。
果たして前世というものは本当にあるのか、否か。
それは転生者にとって永遠の命題だと思う。
前世の記憶というものがただの妄想であるのか、それとも本物であるのか。それを証明することなど誰にも出来ない以上、その疑問は答えなど分からないまま、それでも生きていく上で常につきまとうものだろう。
そして私がそんな命題に取り憑かれているのも、私が前世の記憶を持って生まれた『転生者』だからだ。
……ぜひこの記憶がただの厨何とか病の産物ではなく、真実前世の記憶であることを、私は切に願っている。
私が前世の記憶を取り戻したきっかけは、とある少女との出会いだった。
「はじめまして、ひめのあいりです」
ふっくらした愛らしいまるい頬をピンクに染めて、少し舌っ足らずに言いながらにっこりと微笑んだ少女を見た瞬間。私の頭の中で嵐が起きたのだ。
それは記憶の奔流とも言うべきもので。はにかんだ可愛らしい笑顔で自己紹介をしてくれた彼女に満足に答えることも出来ないまま、私は蘇った記憶にオーバーヒートを起こしたのか、その場でぶっ倒れた。
わずか三歳の時のことである。
そして次に目覚めた時には思い出していた。ひめのあいり――実に可愛らしい笑顔で私に自己紹介をしてくれた少女、姫野愛理。彼女こそのがこの世界の『ヒロイン』であるのだということを。
この世界は前世で私が遊んだことのある、とある乙女ゲームに良く似た世界であり、私はヒロインの幼なじみ兼サポートキャラである、野中紗織に転生していたのだ。
そのことに気づいた私が真っ先にしたことは、この日出会った、隣人兼幼なじみとなる『ヒロイン』を観察することだった。
だってほら、こういう乙女ゲー転生モノに良くあったのが、ヒロインが転生者で逆ハー狙いのどうしようもないクソビッチだったり、世界は全て私のものよ!的な悪役よりよほど悪女みたいな女だったり、というものじゃないか。そんな危険なヒロインのサポートなど、ご免こうむる。ヒロインの人格見極めは極めて重要かつ急務であった。
そしてたどり着いた結論は。
ごめん、愛理。私が悪かった!
訳の分かっていない天使に思わずそんなことを言ってしまった程度には、愛理は純粋かつ心優しい清純な少女だった。(ちなみに言った後、愛理はなぜ謝るのか不思議がりながらも、理由を言えない私を許してくれた。マジ天使や……)
お隣のご夫婦も絵に描いたような仲の良い愛しあう夫婦であり、その娘は優しく可憐な天使。その後、隣人一家は私の心のオアシスとなった。
いや、うちの両親だって仲、悪くはないんだがな? でもうちの両親はお隣のような万年新婚夫婦的なバのつくカップルではなく、いわゆる喧嘩っぷるという奴で。喧嘩した後の仲直り直後は熱々(笑)だったりするが、それでその勢いで二人目が出来たりしていたのだが。基本は喧嘩がコミュニケーションの面倒なカップルなのだ。
ちなみに喧嘩後の仲直りで盛り上がって(娘的予想)ついうっかり出来てしまった四つ年下の弟は、愛理にどちらが姉だ、といってしまうぐらいに大切に可愛がられて育った。彼女がいなければ、面倒な喧嘩っぷる両親と、記憶持ち転生者で乳幼児苦手な姉(私)の下に生まれた彼はきっと早晩ぐれてしまってもおかしくなかっただろう。
まぁ、最初は人形遊びの延長だったのかもしれないが、赤ん坊の世話などしたことなかっただろうに、愛理はそれはもう一生懸命うちの弟の面倒を見ていた。この時愛理にオムツを変えて貰った話は、今でも奴の弱みである(ケケケ)。
赤ん坊にも年寄りにも友人にも優しく、親切な可愛い愛理。
そんな彼女の傍らで、やかましい赤ん坊(弟)の泣き声に耳を塞ぎながら、私は心に決めたのである。必ずや、この天使を幸せな結末に導いてあげようと!
そして私は優秀なサポートキャラとなるべく人脈を築き、前世の杵柄である情報収集能力と情報分析力を活かしてどんな攻略キャラでも愛理が望む相手と必ず添い遂げられるようにと、日夜努力を続け来る時に備えていたのである。(攻略データは完璧だ!)
そうして私と愛理とついでに我が弟は仲良く、すくすくと育ち。この春、私と愛理はゲームの舞台となる鷺ノ森高校に入学したのだった。
(さあ、いつでも来い! 愛理の春!)
私は手にした自作虎の巻片手に意気込んでいた。
そりゃあ、可愛い愛理のことである。事前調査と前世の記憶であるところの情報から鑑みて、オススメしたい攻略キャラとそうでない攻略キャラぐらいいるが、何よりも重要なのは愛理の気持ちだ。愛理の気持ちが相手になければ、どんな金持ちでも高スペックでも意味がないのである。
愛理が愛する相手を決めたならば、それがどんな相手であろうと万難を排してでも結ばれるよう、サポートしてみせよう! だが、愛理の気持ちがないのならば、可愛い愛理には指一本触れさせるものか。
そうして意気込んで早一月。
未だに愛理から、私への相談は一度もないのである。
「うーむ、おかしい……」
「何が? ってか、お風呂沸いたよ、姉さん」
虎の巻と睨み合いながら呟いた私に、予想外の応えがあった。ぐりんと椅子ごと振り向けば、姉の奇行など慣れたものであるところの我が弟は、少し呆れたような目をしつつも苦笑して風呂を勧めてきた。
「おお、ありがとう、翔矢よ。一番風呂を姉に譲るとは良い心がけだ!」
「……まぁ、良いけど。それで、何がおかしいの?」
胡乱な目の弟を無視してそそくさと風呂に入る準備をする私に、翔矢は重ねて尋ねてくる。そんな弟の姿をちらりと横目で見て、私はまた彼の背が伸びていることに気づいた。
毎日見ていると中々変化に気づかないと言うが、いつ弟に背を追い抜かれるかと腹立たしく思っている姉には、弟の成長は日々のチェック項目の一つなのである。
ちなみに我が弟が、幼少時から姉よりも優しく可愛がってくれる隣家の綺麗なお姉さん(愛理)へと淡いコイゴコロを抱いていることは、姉はお見通しなのだ。なので、いずれそのコイゴコロが打ち砕かれる日が来るのだとしても。そこらの小学生より大人びているとはいえまだ小学生の(一応)可愛い弟に愛理の恋の話など出来るはずもない。
ここは適当に誤魔化すべし、と着替えを両腕に抱えて私はたったかと部屋の入り口で立ち尽くしている(女性の部屋に許可無く入るべからず、と調きょ――教育済みである)弟へと歩みよった。
「いや、大したことではない。それより翔矢。お前、また背が伸びたな」
我が家は両親ともにかなり背が高いので、まぁ、翔矢もいずれは父並に大きくなるのであろう(邪魔くさい)。私も女ながらに高校一年生にして168cmもあるしな。今はまだ僅かに目の高さが弟の方が低いが、恐らくそう遠くないうちに抜かされてしまうのかもしれない。
(チッ、可愛くない)
「ああ、そういえばこの間の身体測定で165cmに伸びてた――って、姉さん。女なんだから舌打ちとかしない!」
165cmという身長は小学校六年生としてはまぁ高い方であろう。顔立ちは我が弟ながら、決して悪くはない。攻略キャラたちには比べられないが、姉の欲目を抜いても中の上か上の下と言ったところか(これは私にも同様のことが言えるが、まぁ、遺伝子が同じなのだから当然だ)。
あの天使である愛理に物心つく前から面倒を見て貰い、四つも年の差があるにも関わらずそんな彼女に憧れていることもあってか、翔矢は同年代の少年少女よりも遥かに大人びている。その言動は本人の努力と自制の賜物であろう。勉強も運動も努力の甲斐あって、十分高スペックだし、同年代のオナゴたちにはとてもモテていた。
これで後三年……いや、せめて二年早く生まれていれば、選ばれるかどうかは別としても、もしかしたら攻略キャラの一角ぐらいには入れたかもしれないのに、年の差ばかりはいかんともしがたい。我が弟ながら不憫な奴である。
かと言って、私が奴を甘やかすかと言えば、それはまた別の話であるが。
「165……フッ、まだ私の方が高いな。お前、万が一にも私より背が高くなったら、決して私を見下ろさないように常に中腰で生活しろよ」
「何でだよ!? ってか、そんなこと出来るわけないだろ!」
「嫌ならずっと私より小さいままでいろ」
「そんな横暴な!?」
ちなみに愛理は157cmしかないので(本人は160cmと言い張っているが、3センチはサバ読みすぎだと思うぞ、愛理)、とうの昔にこの弟に追いぬかれている。四つも下の翔矢に背を追い抜かされた時は、あの天使もかなり落ち込んでいたものだった。
(まぁ、愛理はそんなところも可愛いのだが)
ふふふふ~んと上機嫌で鼻歌を歌いながら、私好みの熱めの湯に浸かり、一日の疲れを癒やす。この時の私はのんきにも、近々自分を襲うことになる驚愕の嵐の気配に欠片も気づいていなかったのである。
「あの……あのね、紗織。ちょっと相談したいことがあるんだけど……今日、良いかな」
実に言い難そうに愛理が可愛らしくはにかみながらそう声をかけてきたのは、ゴールデンウィークも終わって、高校生活に大分慣れはじめた頃だった。
(おお、ついにこの時が……!)
私は待ちに待った時が来たことに、心の中で拳を握りしめた。
ちなみに私の情報網と日々の観察によると、愛理はここ一ヶ月ちょっとで順調に攻略キャラたちとの出会いイベントを消化している。その割には今の今まで、出会った彼らに関心らしい関心を示していなかったのだが。
だが考えてみれば、乙女ゲームのヒロインが高校生活始まるなり、実にアグレッシブに攻略キャラたちと関係を築いていこうとするのは、ゲームだからこそであろう。現実の人間としては忙しい新生活、出会って間もない男になどかまけていられるはずもない。
(しかし今のところ、愛理が出会いイベント以外のイベントを消化しているキャラなどいたかな……? まぁ、まだ高校生活序盤も序盤だ。ちょっと気になる相手が出来た、程度の情報でも十分と見るべきか。重点的に情報収集する相手が分かるのは良いことだ)
どうしても感じてしまう一抹の寂しさをそんな風に誤魔化しながら、私は部活のない愛理とお気に入りの洋菓子店でケーキを購入して、家路についたのである。
「はいどうぞ、紗織」
我が家の私の部屋。愛理が淹れてくれた紅茶の入ったカップをテーブルに置く。もちろんしっかり私好みの少しだけ砂糖を入れたミルクティーだ。茶葉はミルクティーに合うセイロンである。
ちなみに昔から集まった先が我が家であろうと、お茶や食事の準備をするのは愛理の役目であった。私だってやって出来ない訳でもないのだが(主張)、愛理または彼女に仕込まれた翔矢がやった方が遥かに美味しいのだ。
誰だってどうせ飲み食いするならば、美味しい方が良いに決っている。
なので、私がその類の準備に駆り出されることはめったにない。
「ありがとう、愛理……うん、相変わらず美味しいな」
一口飲んでにっこりと言えば、愛理は嬉しそうに微笑む。
――ああもう、ほんとこの子ったら天使!
私がそんな風に内心悶えていることなど気づく様子もなく、愛理は手早く買ってきたケーキを準備してくれる。美味しい紅茶と美味しいケーキに舌鼓を打ち、のんびりと高校生活に関する雑談などを交わしあってから、私は愛理がちらちらと部屋の入り口を気にする様子を見せていることに気づいていた。
「どうした、愛理」
我が家は共働きなため、この時間に両親が家にいることはめったにない。翔矢は私たちより授業が終わるのこそ早いが、奴は愛理に相応しくなるべく努力しているため、小学生ながら無駄に多忙なリア充野郎だ。児童会やらクラブ活動やらで帰ってくるのは大体夕方遅くである。
ちなみに翔矢はスペックは決して低くないのだが、攻略キャラとしてメインを張れるほどでもなく。児童会でも会長ではなく、副会長だったりする。
まぁ、我が弟なだけあって、先頭に立って人を引っ張っていくよりも参謀タイプなので、妥当な立ち位置なのであろう。
「ねぇ、紗織……あの、今日、翔くんは?」
「ん? 翔矢? えーと、今日は木曜日だから、恐らく児童会の仕事があるんじゃないのか? 確か火曜と木曜が活動日だとか言っていた……ような気がする」
曖昧だが、何とかそんな話を聞いたことを記憶の底から引っ張り出して答えた。私の中で弟の情報は重要度が低いため、常に隅に追いやられているのだ(除く身長)。
私の言葉に愛理は少しほっとしたような、残念がるような、不思議な表情を浮かべて「そっか」と小さく呟いた。
(んん?)
そんな愛理の様子に内心首を傾げつつも、それ以上何も言わずにケーキをつついている彼女に追求はせず。
私はとりあえず自分の机から虎の巻であるノートを取り出して、ワクワクにっこりと愛理に本題を切り出した。
「翔矢のことなど置いておいて。それで、愛理。話とは何だ?」
と言うか、目当ては誰なんだ? 個人的には王子様的人気者生徒会長か、心優しい図書委員の秀才くんあたりがオススメだが、同じ高校のみに限らず、隠しキャラ的他校生まで全て情報収集済みである。
誰でもどんとこいだ!
そう意気込んでいる私に気づくことなく。愛理はちょっと困ったように可愛らしい眉を下げて、手にしていたフォークを置いた。そして何故か緊張したように姿勢を正す。
「あの……紗織、あのね。紗織は……私と、ずっと友達でいてくれる? 私がどんな人間でも……嫌わないで、くれるかな……?」
「は?」
泣きそうな――と言うよりも、最早うるうると目にいっぱい涙をためた愛理の、予想外の言葉に私は間抜けな声を漏らして目を瞬いてしまった。
いかんいかん。
「……っ、こんな、こんなのズルイよね。本当のことを話す前にこんなこと言われても、紗織だって困るって分かってるの。でも、私……紗織に嫌われたり軽蔑されたらって思ったら、怖くて……」
「……愛理!」
私はそれ以上愛理に悲しい顔をさせていたくなくて、彼女の言いたいことなどさっぱり予想がつかないままに、愛理の傍らに駆け寄ると、ぎゅっと膝の上できつく握られた手を取った。そして今にも泣き出しそうな愛理の目を真っ直ぐに見つめてしっかりとうなずいてみせる。
「愛理が何をそんなに怖がっているのかはさっぱり分からないが。私が愛理を嫌いになることなんて、絶対にあるはずがない。世界中が愛理の敵に回るとしたって、私と翔矢は絶対に愛理の味方だ」
「紗織……」
感極まったように、ぽろぽろと澄んだ綺麗な瞳から宝石のように綺麗な涙を零しながら、愛理が私に抱きついてくる。
(ああもう、可愛いヤツめ!)
私よりも大分小柄で華奢な愛理の柔らかい体をぎゅっと抱きしめ返して、私は子どもの頃のようにその背中をぽんぽんと宥めるように叩いた。愛理はひく、と小さくしゃくりあげながらも、そうされて徐々に落ち着いてきたようで。
そんな愛理の様子を窺いながら、私は内心首を捻っていた。
(これはどうやら、恋の相談では、ないのか……?)
てっきり意中の相手が出来たという話かと思っていたのだが。そんな話で嫌われるとか軽蔑されるとかの心配をする必要はないだろうから、違う話なのだろうか。
すん、と可愛らしく鼻をすすって(こういう時も鼻水を垂らしたりしないところ、さすが『ヒロイン』)、愛理は私から体を離すとすっかり泣き濡れた顔を俯かせていたので、私はティッシュを渡してやった。ありがと、と小さくはにかんで愛理はそれで涙を拭うと、意を決したように強い眼差しで私を見つめてきた。
「あのね、ずっと言えなくて、ごめんね」
「うん」
真剣な愛理の雰囲気にのまれるように、私も表情を引き締めると思わず背筋を伸ばす。そして不思議な緊張を感じながら、相槌を打った。
「私……私、実はね。ずっと……翔くんのことが好きだったの……」
「………………は?」
なん……だと……!?
まさかの、攻略対象外キャラ……!!!
「……私の方が四つも年上なのに。まだ小学生の翔くんのこと、そんな風に見てるとか――気持ち、悪いよね。ごめんね……」
言っているうちにまたぽろぽろと涙を零し始めた愛理に、私は慌てて傍らのティッシュ箱からティッシュを取って差し出した(動揺のあまり渡した量が多すぎたが、まぁ良いだろう)。
「いや、決して気持ち悪いとは思わないが」
決して、思わない。思わない、が、問題は。
愛理がショタコンかどうか、と言うところではないだろうか……!
まぁ、翔矢はランドセルなしで歩いていると小学生には見えない奴なので、真性のショタならば萌える対象ではないような気もするが。ああ、でも背は高くてもまだ成長期前だから骨格も線も細いし、声変わりもしていなかったな。
そう考えれば、その可能性も無きにしもあらず、なのか?
いやいやいや……。
これは、どれほど言いにくくともしっかりと確認するしかあるまい。
「愛理、どうか怒らないで聞いて欲しい。一つだけ、きちんと確認させてくれ。愛理は、小学生……というか、その。少年が好きなのか?」
翔矢は遺伝子的に考えて恐らくかなり背も伸びるだろうし(何せ父親182cm、母親170cm、姉である私が168cmという家系だ。祖父母や親戚も皆高身長である)、多分筋骨隆々とかにはならないと思うが、父親あたりを見ても成長期を迎えればそこそこ男らしく育つだろう。
少年期特有の線の細さとか危うさとかに魅力を感じる類の女性には、そのうち対象外となることは確実である。
真剣に尋ねた私に、愛理は質問の意味が理解出来ないとでもいう風にきょとんと目を瞬いて。ゆっくりと首を傾げる。
その仕種に合わせてぽろんと真珠のような涙の粒が一滴、零れ落ちたのを見て、私は思わず自分の汚れ具合に、言ってしまった自分の首を締めたくなった。
あああ、私ってヤツは……! ヨゴレですまない、愛理……!
「ん、と。確かに私はまだ小学生の翔くんのことが好き、だけど。それは、翔くんだから、だよ?」
「……そうか、分かった。すまない、愛理。余りにもびっくりしたものだから、つい邪推してしまった」
「ううん、良いの。おかしいって思われても、仕方ないと思ってたもの」
そんな自虐的なことをとても悲しそうな笑顔で言って、愛理は俯く。
私は本当に、心の底から、自分の汚れ具合を後悔し、反省した。
愛理にあんな悲しい顔をさせるなど、後悔で死ねるなら百回死んでいただろう。
「そんなことはない! 確かに驚いたし、なんでアイツなんだと思わなくもないが、愛理をおかしいなどとは思わない! 私は愛だとか恋だとかを、語れるほど分かっている訳ではないが、そういう気持ちは自分でコントロール出来るものではないと思っている。愛理が好きになった相手が、単に年下の幼なじみだったというだけだろう! 大丈夫だ、四歳の年の差など、学校を出てしまえば大したものではない。世の中にはもっと年の差のある夫婦だっている!」
何とか愛理を慰めようと必死に言い募る私に、愛理はまだ涙を止められない様子ながらも、なんとか微笑んでくれた。それは今まで見たこともないほど、透き通るように綺麗な笑みで。そんな彼女は触れれば壊れてしまうのではないかと思う危うさを持つ美しさだった。
(天使が女神にレベルアップしている……!)
「ありがとう、紗織。私……ずっと自分はおかしいんじゃないかって、怖かった。何度も紗織に言おうと思ったんだけど、言えなくて……紗織にも、翔くんにも、気持ち悪いって思われたらって思ったら、私……」
安心させるように愛理の手を握りながら、私は何とか鼻血を堪えると、微笑んで首を振る。まぁ、いつ打ち明けられても驚くことに変わりはないだろうが、それで愛理を嫌ったりなどするはずがない。
しかし気になるのは、愛理がいつから愚弟のことを好きだったのかと言うことだ。愛理の言葉からすると、一朝一夕のことではなさそうだが……確かに愛理は子どもの頃から、姉の私より余程翔矢のことを可愛がっていたし、翔矢も愛理に懐いていたが、その頃からということもないだろう。
ならば、何かきっかけになるようなことでもあったのか? 私の情報収集能力を持ってしても、その気配に気づくことすら出来なかったとは……ここは確かめておかねばなるまい。
「いいや、言い出し辛かった気持ちは分かる。それにしても……愛理はずっと、と言っていたな。いつからそんな風に思っていたんだ?」
私の言葉に愛理は少し困ったように眉を下げて。言いにくい様子で視線を彷徨わせていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「えっとね、翔くんのことはね、紗織と同じようにずっと特別だったの。私、兄弟がいないから、翔くんが生まれた時から本当の弟みたいにずっと大事に思ってた。でも特別に思う気持ちが変わったのは……二年ぐらい前、かな。紗織は覚えてる? 中学一年の終わりぐらいの頃、春先にうちの中学の近くに変質者が出たことがあったでしょう?」
「ああ、あったな、そんなこと」
何人かの女生徒が遭遇して、HRで担任教師から何度も注意された記憶がある。って、まさか。
「遭ったのか!? 変質者に!」
私が眉を釣り上げて聞けば、愛理はしゅんと項垂れてこくりと頷いた。
「一人で歩いてたら、後をついてきてたみたいで、突然……。その時、私怖くて……泣くしか出来ないでいたら、たまたま翔くんが通りかかってくれて。あの頃から翔くん、小学生にしては大きかったでしょう? 危ないのに、私を庇って変質者を追い払ってくれて……泣いている私のこと、ずっと慰めてくれて。それから変質者が捕まるまで、一人の時は危ないからって迎えに来てくれたりしたの」
「なん……だと……!」
我が弟ながら、姉に隠れていつの間にそんなフラグを立てていたのだ!
あまりにも王道かつ素晴らしいイベント過ぎて、乙女ゲームも真っ青じゃないか!
驚きのあまり二の句が継げないでいる私の目の前で、愛理はまさに恋する乙女のような可憐な表情で、はにかみながら思い出を語ってくれる。
「ずっと可愛い弟だって思ってたのに……そんな風に特別に大事にしてもらって。翔くんが私の背を追い越して、どんどんかっこ良くなっていくのが、眩しくって。翔くんの回りにいる同年代の可愛い女の子に優越感を感じたり、嫉妬したりして……ああ、これは恋なんだなぁって気づいたの……」
「愛理……」
ほう、と少し熱を帯びたようなため息とともに呟かれた言葉に、私はもう白旗を挙げるしかなかった。
ほんとに、もう。
愛理ってば、マジ天使……!
ガシッと私は両手でしっかりと愛理の手を握りしめた。
「愛理……正直、愛理はあんな奴にはもったいないと思うけど! でもまぁ、我が弟ながら、躾が良かったおかげでずい分良い子に育ってると思うし、年下なのはまぁ、これからの伸び代に期待ということで! 愛理が本気なら、私は全力で応援する!」
ってか、別に私が何もしなくても両思いだしな!(まだ言わないが。告白は大事な一大イベントだ!)
ん? そう考えると、私ってサポートキャラの意味なくないか?
………。
いやいやいや……うん、そうだ! ここは翔矢の姉として、奴を並み居るライバルである攻略キャラたちに負けない、愛理好みの良い男に育て上げるべきだろう。それこそがサポートキャラである私の役目!
なんか乙女ゲームが違うゲームになりそうだが、翔矢は赤ん坊の頃から愛理に可愛がられて育ってきたため、基本的に女性に優しいし(傍若無人な姉のことだって尊重してくれている)、愛理に憧れて少しでも追いつこうと努力しているから、基本スペックもそこそこ高い。
まだ子どもだから恋愛的なスキルは全くないが、その辺はこれから仕込んでいけば良いだろう。そうすればそのうちきっと攻略キャラたちに負けない良い男に……!
……なんかこう考えてみると、本当に愛理が光る君の逆紫の上作戦みたいだな……(しかも既にかなり調教済み)。
うーむ。
ま、いいか。愛理が幸せなら。
とりあえず、せっかく今まで集めた攻略キャラたちの情報は、愛理には不要になってしまったが、翔矢のあくまで中の上スペックを上に押し上げるために、これからしっかり役立たせて貰おう。
愛理の目当てが決まったら、好感度調査のために攻略キャラたちに繋ぎを作るつもりだったが――せっかくだから翔矢の教育のために、アドバイザー的な役に立つかもしれない相手を見繕ってみるのはどうだろうか。
翔矢相手のイベントはまっさらだが、愛理のためにも、私の前世の記憶と今まで培ってきた知識を活かして、乙女ゲームの攻略キャラに負けない素晴らしいイベントを用意してあげようではないか!
そうと決まったら、早速計画を練らなければならない。
楽しみにしててくれ、愛理!
あ、でも。
とりあえず、翔矢が十八歳になるまでは、CEROはAでよろしく頼む!
思いついたら続く……かも?
<人物紹介>(全部ネタバレ)
野中紗織(15歳)…主人公。前世の記憶を持って転生した転生者。『ヒロイン』姫野愛理と出会ったことで前世の記憶を思い出す。転生した世界が前世でプレイしたとある乙女ゲームの世界と似通っていることから、愛理を『ヒロイン』、己を愛理の『サポートキャラ』と思い込む。
全く本編に関係ないが、前世はとある商社に勤めていたそこそこ優秀なOLさんだった模様。旦那はいたようだが子どもはないなかったっぽい。言動が妙ちきりんなのと妙な思い込みが強いのは前世の影響。
実は眼鏡着用(伊達)。容姿中の上、成績上の中、運動神経もそこそこという本人も結構な高スペックだが、言動が全てを台無しにしていることに気づいていない。
喧嘩っぷるな両親のことは好きだが面倒なので距離を置いて観察、愛理至上主義で、実は無自覚にかなりのブラコン。
姫野愛理(15歳)…紗織の『ヒロイン』。前世も転生も関係ない、仲の良い両親の間に生まれて大切に育てられた心優しいごく普通のお嬢さん。両親は万年新婚夫婦で、娘を可愛がってはいるがお互いが第一。そんな両親に憧れている。
紗織とは野中一家が隣に引っ越してきた時に出会い、仲良くなる。その後翔矢が生まれて、赤ん坊嫌いの紗織の代わりに率先して面倒を見て可愛がる。
実は無意識に翔矢の成長に多大な影響を与えている。
子どもの頃から紗織と翔矢のことは幼なじみというよりも家族のように大切に思ってきたが、思春期を迎えてとある事件から翔矢を異性として意識しだす。でも相手が小学生のため、自分は異常ではないかと長らく悩んでいた。
やっとその悩みと思いを紗織に打ち明けたけれど、翔矢とはしばらく両片思い状態。
容姿、成績ともに極上、運動はちょっと苦手、家事能力は主婦級、心優しく紗織の心のエンジェルというスーパーヒロインだが、攻略キャラたちとは出会いイベントこそこなしているものの、そんな人がいた、程度の認識しかない。自覚してから悩みつつも翔矢一筋の純情娘。
野中翔矢(11歳)…ゲームの中では存在すら語られなかった紗織の弟。共働きで喧嘩っぷるな両親と、赤ん坊嫌いで傍若無人な姉の下に生まれた少年。
多分愛理がいなかったら姉に虐げられて女性不信の上、確実にぐれてたと思われる。だが赤ん坊の頃から愛理に可愛がられて育ったため、そうならずにすんだ。
優しく可憐な愛理に幼少時から憧れていて、彼女に似合う男になるべく日々奮闘中。そのため、小学生とは思えない高スペック少年。紗織はブラコンだが絶対的目下目線で見ているため、彼女が思うより弟のスペックは高い。
実は愛理への恋心ゆえ、彼女に自覚なく若紫のように教育(調教)されている。そのため成績優秀、運動神経も抜群、女性には優しくて正義感も強いという好物件だが、まだ小学生のため恋愛スキルは低い。
実は初恋の人愛理とは両思いだが、お互いに知らない両片思い状態。しばらくはこのまま。
これから姉によって愛理に相応しい『ヒーロー』となるべく、両思いになるまでの間理不尽な教育が始まることをまだ知らない。姉に負けないほどの愛理至上主義だが、姉のこともちゃんと大切に思っているため、基本は負けっぱなし。そのためちょっと不憫属性持ち。