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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドッペルゲンガー

作者: メイ

 前に付き合っていた彼と別れて、私を取り巻く日常は少しだけ変化した。

 以前は周囲にウザがられるくらいイチャついていた私と彼のスキンシップは、急に身を潜めた。そして、付き合う前みたくただ仲がいい”トモダチ”となった。それは以前と全く変わらないから問題ないが、流れる空気はとてもぎこちない。

 私たちは静かに変化し、また少しずつ崩壊していっていた。




 その崩壊は、分からないくらい微妙に訪れていた。











 私たちのグループは大きい休憩時間ごとに、そして放課後に集まる場所がある。高校にあがってから、ずっとそこに陣取っている。まぁ、大抵そこには人が来ないのだが。

 朝、私はいつものとおり、昇降口で靴を上履きに履き替えいつものスペースに行く。そこにはグループのメンバーがいつも通りそこにいて、しょうもない話をしていて笑っていて、そして本郷さんが…………。


――――え、本郷さん?


 私は眼鏡のレンズを丁寧に拭いて、掛けなおしてもう一度彼女たちを見る。いつものメンバーに混じって、確かに本郷さんがいた。彼女は、何事もないかのように悠然とそこに居座っていた。まるで、最初からそこにいたかのように。


 本郷 叶。

 私と同じクラスで、出席番号は近い。席は私の真後ろで、いつも本を読んでいるか、寝ている。話し方とか性格はどちらかと言えば好意的で、いい人……なんだとは思う。

 ただ、私が気に入らないのは、態度。とても傲慢で、気付けばそこにいて、”最初からそこに居た”かのように振舞う。そして、誰かの友達でさえ、自分が友達じゃなくても”トモダチ”であったように接する。

そんな態度が、姿が、私を苛立たせ、また嫌わせていた。


「あ、伊崎さーん!」


 立ち止まったままの私は、本郷さんに声をかけられる。本郷さんは、気付いていないのか態となのか、私の指定席に座っている。そこから、無邪気な笑顔で大きく手を振る。それが無性にイラつくが、そこは理性で抑えて笑顔を向ける。


 そこに座るべき人は、私なのに。


「おはよ、みんな」


 いつも通りの挨拶をして、私は空いている椅子をどこからか引っ張ってきて、そこに座る。もちろん、指定席の近く――本郷さんの、隣に。

 腕時計は8時10分を指し、朝の時間があと10分であることを告げる。その残り10分をこの仲間達と楽しく過ごすのが私の日常で、学校に残された唯一の娯楽であるのだが、彼女がいるせいで全く落ち着かない。


「そういえばさ、」

「ねぇねぇ、そういえばね!」


 私と彼女で、話題が重なる。こういう時は、大体お互いが譲り合うので私は沈黙する。必然的に、彼女も沈黙するものだと思っていた。


「昨日、あたしの飼っているペットがすっごいことしたんだ~!」


 彼女は、配慮も全くお構いなしに喋りだす。私は、完全に喋る機会をなくした。唖然としてしまった私を置いていって、彼女は自分のペースで喋り倒す。メンバーたちは、彼女の話に引き込まれたのか、誰も私のことを見向きもしない。


「ねぇ、ペットなんていう名前?」


 ようやく、私は喋ることが出来、彼女に質問する。しかし、彼女は答えもせず、まだ自分のペットの自慢話を進めていく。私のことなど、彼女の眼中にはないようだ。あえて死語で言うであれば「アウトオブ眼中」。


「あ、メイいたの?」


 予鈴が鳴って、私はようやく周りから認識された。


「いたよ、ちょっと前から」

「嘘、全然気付かなかったよ~」


 そう言って、メンバーの一人である依織は、腕を私の首に回して、私の背後についた。背後霊のように抱きつくのが、依織にとって一番ラクな姿勢らしい。私は依織の腕をとって微笑む。少しだけ、気分が晴れたような気がした。





********





 4限目終了の合図、つまりチャイムが鳴ってから、私は授業道具を即仕舞って、鞄から弁当の包みを取り出す。机の上に出すと注意されるので、鞄の上にちょこん、と乗せる。


「今日はここまで!」


 先生が宣言してから、クラスの動きが落ち着かなくなる。号令さえ終われば、あとはひと時の自由を手に入れられるのだから。


「起立―、」


 日直が促し、各々立ち上がる。私は弁当を片手に。


「礼、」

『ありがとうございましたー!』


 全員が斉唱して、一気に動き出す。私は誰よりも早く、教室を抜け出してそそくさといつもの場所を目指す。もう、本郷さんにあの場所は取らせない。あれは私の席で、私の居場所だ。誰にも、あんな簡単に渡したりはしないわ!


「あ、ヤッホ~」


 私が全速力で走って息を切らして着いたときには、既に本郷さんが私の席に座っていて、優雅に弁当を食べていた。タッチ差かは分からないが、遅れてしまった。


「……本郷さん、」

「何~?」


 もう我慢ならない。朝は遅れたからまだしも、昼まで私の居場所を奪うなんて。そんなの、許せない。

 口の端にご飯粒をつけた本郷さんの胸倉を掴み、勢いに任せて上に持ち上げる。本郷さんが苦しげな顔に変わるが、気にも掛けない。ただ、私にとって今一番大事なのは、本郷さんがそこから消えてくれること。そのためなら、どんな手段も厭わない。


「そこ、私の席なんだけど」


 感情を押し殺して低く言うが、本郷さんは呆けた顔をして、私を見つめる。嗚呼、その顔も私にとって不快で仕方なくて仕方なくて、大嫌いだ。


「だから、そこは私の指定席なの、分かる?」


 幼子に説明するのと同じように、本郷さんに語りかける。こうでもしないと、本郷さんには私の言葉の意味が、そもそも日本語自体が理解できないらしいから。

 本郷さんはまず私を凝視して、それからさっきまで座っていた席を見る。そして、理解したのか、ニィ、と不気味に笑う。その笑顔を見て、背筋に何か冷たいモノが伝ったような気がした。


「なぁんだ、そんなことか」


 本郷さんはそう呟いて、私と目を合わせてくる。その目はぬらりと妖しく光っていて、何故か直視することを拒もうとしてします。でも、そこは気力で抑えて睨み返す。


「あのさぁ、伊崎サンてここの中心核?」

「そうだけど」


 聞き返すと、本郷さんはあの目を更に輝かせ、笑みを深くする。気味が悪いとか、怖い、とかでもない。本能が、身の危機を察知する。「聞いてはいけない」、「本郷さんと関わったらダメだ」と、叫んでいるような気もする。

 しかし、ここまで来たら聞かずにはいられない。し、身を引くのは私のプライドが許さない。

 私が睨み続けていると、本郷さんは、すぅ、と小さく吸って、言葉を吐き出した。


「あたしと代わってよ、その位置」


 わけが分からない。何故、本郷さんはそれを望んだのか、「変わって」と意味不明な要求をしたのか……。全てが、謎すぎる。


「代われるワケないでしょ、そんなの」


 無理だ、代わることなど出来ない。

 これが、私の答えだ。


 そう伝えると、本郷さんは一瞬だけ無表情になったが、すぐあのヘンな笑みに戻した。

「伊崎サンがそういってもね、代われるんだよ」

 余計分からない。そう言い切れる根拠が見当たらないし、そういつまでも笑っていられる理由も不明だ。


「あ、本郷じゃん」


 聞きなれた、低めの滑らかな声。振り向かなくてもわかる、この、声は。


「あ、笹木君!」


 本郷さんがいち早く反応し、掴まれていたところから素早く私の手を振りほどき、走っていって彼に抱きつく。途端、私の心の中に暗雲が立ち込める。やめて。そこにいられるのは、彼にそう出来るのは、私だけなの――――……!

 そうとは言えず、私は本郷さんが彼の肩口に自らの顔を擦り付けるのを、ただ呆然と見ていた。


「ね~ぇ、笹木君聞いてよ~」


 普段なら絶対に聴くことのない、甘ったるい声で本郷さんが彼に話しかける。


「今日ね~、古典の授業が最ッ高に面白くて~」


 あんた、古典のとき爆睡してて怒られたじゃない。


 そうとは言えず、二人がイチャつくのをじっと見る。耳を塞ぎたくてたまらないのに何故か腕が動かない。脳が命令を出しているはずなのに、言うことを聞かない。


「本郷のクラス、確か担当は川橋だよな」

「そ~そ~、アイツが今日面白くて~」


 空気が急激に甘ったるくなり、その場に居ることすらいたたまれる。周りはその光景を生暖かい目で見守っていたが、今回は人物が違う。そこにいるのは私じゃなくて、本郷さんだ。


“私”では、ないのだ。



「…………グッ、」


 胃が鳴る。何かがせりあがってくる感覚と、気持ち悪さが私を襲う。本能的に危機を察し、私はそこから猛ダッシュで離れる。

 横目で最後に見たとき、笹木は朗らかな笑みを本郷さんに向けていた。私の時より、眩しいものを。


 

 トイレに駆け込み、急いで便座を跳ね上げて顔を便器の中に向ける。胃から上がってきたものをその中に吐きだす。それを2回続けてやって、身体に生じた異変を収める。


「はぁ、はっ…………うぅ……うっ、」


 自然と荒くなる息の中に、嗚咽が混じる。

 分かっていた。彼と別れたら、また別の人と仲良くなって、そういう関係に至ってしまうことだって。私以外の人間に、その優しい声と笑顔を向けることも。


「何、で……………アイツなの? よりによって…………」


 私としては、彼の幸せがそこにあるなら、別の人と付き合うのは一向に構わない。むしろ嬉しい。ただ、その人選が許せない。よりによって、私の大嫌いな、本郷さんだなんて。

 エゴだ、と人は言うだろう。けど、私はどう言われたって、彼と本郷さんのカップル成立は認めない。それくらいなら、死んだほうがマシだ。


「………………そっか、」


 どうせ今帰っても、二人はイチャついたままだろう。そして、私の居場所は、全て本郷さんに奪われたまま。誰も、”私”と”本郷さん”が入れ替わっていることに気づかないだろう。

 彼らのささやかな幸せを、第三者の視線で優しく見ることなど、私には到底出来ない。

 

 それならば。


 私はスカートのポケットに手を差し込み、白い棒状の”あるモノ”を取り出す。護身用に、ということで持っていたはいいものの、一度も使ったことのない。

 黒いツマミに親指を置いて、、ゆっくりと黒い刃を出す。チキチキ、と音が鳴るが、気にもならない。刃は蛍光灯に照らされて、漆黒に光る。傷はどこにもなく、欠けているところもない。

 白い部分を手首の内側に宛がって、一気に横一文字に引く。痛みが背中を駆け抜けて脳に伝わり、警鐘を鳴らす。が、その痛みすら、甘美なものに思える。赤の奔流が溢れ出し、肌を伝って床に落ちる。しばらくしていると、血管が青く浮き出て、ドクドクと脈打つ。 

 段々と酸欠になっていって、頭がクラクラとする。出てくる血も少なくなっていって、全身から力が抜けていく。赤い水溜りの出来た床に、ペタン、と座り込み、両手首をそこに浸す。

 血は個室をはみ出し、外に出ていく。ここが見つかるのも、時間の問題だろう。仮に見つかったとしても、私は助からないだろう。そろそろ致死量に至るであろうの出血はしている、輸血でもしない限り、死んでしまう。輸血の袋を持ってくる前に、逝ってるだろうな……。

 そんなことを思案しながら、外の騒がしさに耳を傾ける。誰かがこの惨劇に気付いた、或いは目撃したのだろう。生徒の甲高い悲鳴とざわめきの中に、大人の声が混じる。多分、教師の誰かだろうな。全く、無駄なことをしてくれるわ。


「先生、こっちです!」


 ……どうやら、こんなお節介を焼いてくれたのは、彼女らしい。居場所を奪っておいて、これはないだろう。恩を売っているつもりなのかしらね?

 視界がぼやけて、霞んでいく。意識も少しずつ遠のいていくような感覚が、全身を支配する。身体はもう動かない。


 もう、あれこれ考えるのはやめよう。


 最終的には思考をも放棄して、目を閉じる。ついでに、呼吸も止める。酸素をまだ求めているのか、苦しい。それでも息を吐き出すことも、取り入れることもしない。置物のように、ただじっとそこに座る。


 それ以降の記憶は、一切残っていない。

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