公開処刑
騎士の手により、アーロンは闘技場へと連れて来られていた。
遠い昔に来たことがある場所だ。その時は王国主催の祭典が盛大に執り行われていた。
アーロンの両手首は鉄の拘束具で固定され、拘束具同士は短い鎖で繋がっている。その鎖を掴んで引っ張るようにして、騎士はアーロンを闘技場内へと促した。
今日は天気がいい。眩しいほどの陽光が顔を焼く。足を踏み入れた闘技場は既に、人々のざわめきに満たされていた。
闘技場はローランドのそれと同じように階段状の客席で囲われている。客席と闘技場は低い鉄の柵で遮られており、その一辺に添うように処刑台らしき大きな木造の舞台が出来上がっていた。
無人の観客席を背にして設置されるそれを、今多くの国民が取り囲んでいる。
こんなに大勢、わざわざ処刑を見物に来るとは趣味が悪い。アーロンは内心で毒づきながら、観客席に目を遣った。
上へとそびえ立つ観客席の先には、一箇所広くくりぬかれたような空間がある。そこは通常祭事などの時に特別席が設けられる場所だった。
今日はそこに国王が現れるらしい。特別席には天幕が張られ、中には立派な椅子が2つ用意されていた。周囲には幾人もの騎士が警護のため控えている。
ちょうど処刑台を見下ろせる位置だ。
―――国王か…。
アーロンはその天幕をぼんやりと眺めていた。
「おい!」
騎士に声をかけられ、アーロンは我に返って振り返った。
「…お前、どっかで見た事があるぞ」
彼が記憶を探るように片目を細めて言った。上品に切りそろえられたブラウンの髪が印象的な男だった。
そう言われてもアーロンには記憶が無い。そもそも兵士と騎士に接点は無いのだ。
「気のせいですよ…」
騎士は首を傾げる。彼も思い出せないようだった。
「昨夜南の見張り塔の兵士を縛り上げたのも、お前だと聞いてるけど…それは本当か?」
「本当です」
「やられた兵士の話だと…違う男だったらしいんだが」
「俺ですよ」
「…そうか」
騎士は深く追求することなく頷いた。そして自嘲的な笑みを洩らす。
「そうだよな…。あいつのわけがない」
「――クレオ、国王が到着したぞ!」
他の騎士の声に、クレオと呼ばれた騎士は王族席に目を向ける。つられるようにアーロンも同じ方向へ目を遣り、直後思わず一歩踏み出した。
「こら、動くな!!」
クレオに咎められる。
引き戻されながらも、アーロンの目は客席の最上部へと釘付けになっていた。
悠然と歩く長身の男と、彼に続く着飾った少女。
前を行く男は遠目にも昨夜の男であることが分かった。あれは国王だったのか。その後を、リンがついて歩いている。
―――リン…。
どんな格好をしていても、どんなに遠目でも、見間違いようがない。それでもここにリンが現れると思っていなかったアーロンは、我が目を疑った。
王女として刑の執行に立ち会わなければならないのか。処刑されるのが自分だと、彼女は知っているのだろうか…。
「気の毒になぁ…」
不意に騎士が呟く声で、アーロンは我に返った。
「気の毒って?!」
噛みつくように問いかける。罪人に声をかけられ、騎士は驚いたような顔ををした。
「こら、黙ってろ」
クレオがアーロンを睨む。
「気の毒って…リンティア王女が??」
諦められず、アーロンは重ねて問いかけた。
「お前、今から処刑される立場だって自覚あるのか?」
「そんなのどうでもいい!リンティア王女が、どうしたんだよ!」
あまりの気迫に、クレオは圧倒されたようだった。困ったように隣の騎士を見遣る。
彼は苦笑すると「こいつ、王女誘拐未遂らしいもんな。気になるんだろ」と言った。
「聞いた話だが、国王は王女を妃に望んでいるらしい。それに反対した罪で、皇太后は処刑されるんだ」
あまりの衝撃に、アーロンは言葉を失くして凍りついた。
リンの言っていた結婚相手とは、国王のことだったのか。
昨夜泣きながらそう告げたリンの姿を思い出し、息が苦しくなる。全身を内側から叩くよな鼓動に、体が震えた。
「王女って…妹じゃないか!」
クレオが驚いたように言う。騎士は「そうなんだよ」と肩を竦めた。
「でもほら、アイリス様にご執心だったからな、国王は…。その娘ってことで、血の繋がりなんてどうでもよくなってるみたいだぜ」
アーロンの脳裏にかつてのキースの言葉が甦った。
”あの子をゴンドールに置き去りにしたのは、その国王だ!!俺の姉を手に入れたいがために、邪魔なあの子を流刑にした。姉はそれを知って、絶望して命を断った。あの子には、もう誰も居ないんだ…!!”
あの子の母親を奪い、あの子をゴンドールに置き去りにして、そして今度は妃に――。
体の奥底から熱い怒りが沸きあがる。身勝手な国王と、不甲斐ない自分に。
何をしてるんだ、俺は。
何をしてるんだ、こんな所で…!!!。
ぐっと奥歯を噛みしめ、振り仰いだ。アーロンの視線の先で、国王はゆったりと椅子に腰掛けたところだった。
処刑台を囲む人の数は、いつもより多かった。それは皇太后処刑の知らせを聞いた国民がこぞって集まったせいだった。
本当に皇太后は処刑されるのだろうか。全員が不安を胸に、その場に居た。
その中にはキースの姿もあった。彼の側には、グレイスとアルベルトも立っている。キースは人混みの中から、処刑台を確認した。
処刑台の周りを囲み、警備している騎士は5人というところか。処刑台上には、太くて長い木の杭が立てられており、処刑される者はそこで体を拘束される。そして執行人により、その体を刺し貫かれる。
噂の国王は観客席の最上部で、高みの見物だった。
「あれが、アリステア国王と…王女か」
アルベルトがぽつりと呟いた。
「即位したのは、いつだ」
「3年前です」
キースが答える。
「自分が騎士だった頃は、彼の父であるヨーゼフ王が国を治めていました。ヨーゼフ王は忠誠を誓うに値する、素晴らしい国王でした」
「…なるほど」
アルベルトは苦笑して遠くの国王を顎で指した。
「あれには忠誠を誓う価値は無いか」
「ありません」
キースははっきりと答えた。
「…で、騎士の称号を捨てたというわけか」
「そうです」
「手厳しいな」
おどけた調子でそう呟き、アルベルトは肩を竦める。グレイスは黙って2人のやりとりを聞いていた。
「忠誠心にあぐらをかく君主は、蹴落とされるべきです」
キースの一言に、グレイスは思わず目を丸くする。
「なるほどねぇ…」
アルベルトが面白そうな笑みを浮かべながら顎を撫でた。遠くを見詰めたまま、キースは呟く。
「…騎士の最高の幸せは、忠誠を誓うに値する君主と出会えることだそうです」
「ほぉ?」
「グレイス姫の言葉ですが」
「ほほぉ?」
キースの口からグレイスについて語られるのは気に入らないとばかりにアルベルトは眉をしかめた。グレイス自身はそんな父の不満たっぷりの視線を躱し、そっぽを向く。
「そういう意味で、隊長は幸せだと思います」
続いた言葉に、アルベルトは意外そうにキースを見遣った。
「…そうか?」
「はい。自分もできることなら、ローランドの騎士になりたかったです」
グレイスとアルベルトは思わずお互い目を合わせた。アルベルトは苦笑を滲ませ、揶揄するように言う。
「お前、ローランドの国王なんてしらねぇだろ」
「直接会ったことはありませんが、国を見れば分かります」
キースの目が、ふと細められる。
「それに、王女も…」
「…ほぉ~…」
アルベルトは眉間に皺を寄せて呟くと、その視線を処刑台へと戻した。
処刑台が見下ろせる位置に腰を下ろしたリンは、不安気に国王を見た。彼は口元に残忍な笑みを浮かべ、楽しそうにその時を待っている。
「――そろそろ、始めろ」
「はい」
指示を受け、宰相がその場を離れる。リンは慌てて国王を振り仰いだ。
「あの…処刑は中止では…」
「皇太后ではない」
国王が即座に返す。リンは声を失った。
処刑台から目を背けるように顔を伏せる。どんな罪人だとしても、処刑など見たくはなかった。
「見たほうが、いいんじゃないか…?」
隣でジークフリードの声がする。
「知ってる男なんじゃないのか…?」
その言葉に、リンは弾かれたように顔を上げた。
騎士に連れられ、今まさに処刑台に上がる罪人の姿が目に入る。
印象的な赤い髪が日の光を受け、燃えるように輝いていた。
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
辺りに響く悲鳴で、誰もが一瞬動きを止めた。その目が一斉に王族席に向けられる。
先ほどまで座っていた王女が天幕から飛び出そうとしたのを押し止め、国王が背後から抱きとめていた。
王女はその腕の中、もがきながら叫び続けていた。
その光景を前に、辺りには言い知れない緊張感が漂い始めた。
「いやぁぁぁ!!やめてぇぇ!!」
狂ったように悲鳴を上げるリンティア王女を抱きとめながら、ジークは笑みを浮かべていた。
やはり特別な男だったらしい。処刑の選択は正解だった。目の前で亡き者にすれば、未練も残らない。
「やめて!!お願い、やめてぇぇ!!」
細い体はどのように暴れても、自分の腕から逃れられない。
その耳についばむように口付け、低く囁く。
「諦めるんだ…。お前は、もう俺のものだよ…」
―――リンが、泣いている。
身を切るような絶叫はアーロンの耳にまで届き、胸を締めつけた。
そんな風に泣くリンを、今まで一度だって見たことは無かった。
どうしようもない憤りに体が燃えそうに熱い。
どうしても許せない。――あの男だけは…。
アーロンは処刑台に上がりながら、辺りを窺った。
処刑台の周囲には騎士が立っているが、全員こちらに背を向けている。
国民達がおかしな動きをしないよう見張っているのだろうが、死刑を執行される罪人に注意を払ってはいない。
処刑される身だからだろうか。
とはいえ、何かあればすぐに動ける位置には居るわけだ。
アーロンは騎士に促され、処刑台の中央へと連れて行かれる。
自分の側に居る騎士はこの1人だけ。歩きながら、アーロンは背後に目を遣った。
客席の柵に沿うように置かれた処刑台の先、階段状の客席を登って行ったところに国王の席がある。処刑台の高さのおかげで、この柵なら飛び越せるだろう。
客席側の警護は近い場所で4人、天幕には2人。
この手は国王まで届くだろうか。
どうせ消える命なら、一緒に消してやりたい。リンを苦しめる、男。
この国の、国王の命も――。
「あれは、本当に兄妹なのか…?」
アルベルトが訝しげにキースに問いかけた。リンティア王女の悲鳴が闘技場に哀しく響き続ける。
彼女の体を抱きしめる国王の姿は、誰の目にも異常だった。
「そういう…ことか…」
キースが呟いた。
「そういうこと?」
「あの男は姉を手に入れたいと望んでいました。その娘であるあの子を女として望み、そのために呼び戻した。姉の代わりに…」
キースの手がマントに隠されていた腰の剣に触れた。そしてアルベルトを振り返る。
「行ってきます」
「…あぁ」
キースは脱ぎ去ったマントをグレイスに渡すと、処刑台へと向かって進んでいった。
キースの背中が人ごみに消えていく。それを見送りながら、アルベルトはにやりと笑みを浮かべる。
「何をする気だろうな、あいつは」
グレイスはただ食い入るように、彼の去った後を見つめていた。
アーロンが処刑台の杭の前に立たされるのを見て、リンはまた悲鳴を上げた。
目の前の残酷な現実がリンを追い詰める。気が狂いそうになりながら、叫び続けることしか出来なかった。
誰か、助けて。
誰か、助けて…。
どうか彼を、助けて…!!!!
”ゴンドール遣いの力は、ゴンドールだけでなく、人も、思うがままに操ることができる”
突然リンの頭の中に、遠い昔聞いた伝説が甦った。
自分の力に初めて恐怖を覚えたあの日。
でももし本当に…。本当に、そんな力があるならば…。
―――お願いだから、今だけは使わせて…!!!
―――神様…!!!!
「天幕を下ろせ」
ジークフリードが騎士に命じた。
「見たくないなら、見なくていい」
一瞬彼の腕の力が緩んだ瞬間、リンは国王に向き直った。目が合うと、国王は不意を衝かれたような顔になる。
その黒い瞳に向かい、リンは掠れた声を精一杯絞り出した。
「やめさせて…!」
ジークフリードは突如、その目をカッと大きく見開いた。
「処刑を、今すぐやめさせて…!!!」
その目を真っ直ぐに見据え、リンは力強く繰り返した。
ジークフリードは束の間魂が抜けたように茫然と立ち尽くした。けれどもやがてゆっくりと口を動かす。
「…分かった」
洩れた呟きに、リンは息を呑んだ。
ジークフリードはリンを離し、ふらりと天幕から出て行く。そして闘技場へと降りる階段へと、ゆっくり向かっていった。
まるで操られる人形のように…。
騎士の手がアーロンの体を杭の前に立たせた。
そして体を拘束する縄を取り出す。その隙をつき、アーロンは動いた。
騎士に対して激しく体当たりする。バランスを崩した騎士は、「うわっ」と声を上げてその場に転倒した。
周りの騎士がハッとしたように処刑台を振り返る。それと同時に、アーロンは拘束されたままの手で騎士の腰から素早く剣を抜き取っていた。
「あ…」
騎士が目を見張る。アーロンが踵を返して駆け出した瞬間、処刑台は突然、激しい煙幕に包まれた。
彼の姿も、騎士の姿も煙の中に包まれる。
一瞬何も見えなくなり、周囲は騒然となった。
「――逃げるぞ!!!」
「切って捨てろ!!!」
数人の騎士が怒号を上げ、素早く処刑台に飛び乗る。煙の中に人影を見つけて切りかかった剣は空を切り、代わりに足に鋭い痛みを覚えた。
思わずその場に膝をつく。
「うぁっ…」
近くでもう1人切られたのが音で分かる。
なんという早業だろう。騎士は息を呑み、煙の中に目を凝らした。
―――敵は何人居るんだ…?!
徐々に煙は薄くなり、処刑台がまた姿を現していく。
その中央に立つ男の姿に、騎士はその目を大きく見開いた。
赤毛の男は消えていた。姿を現したのは、金色の髪の男だった。
処刑台の上、剣を片手に自分達を見下ろす瞳は、深い海のように青く――。
「――キース・クレイド…!!!」
騎士が思わず声をあげたと同時に、キースは観客席を振り仰いだ。
その視線の先を追い、騎士は再び目を見張った。赤毛の男は、いつの間にか観客席へと入り込んでいた。
自分へ向かって階段を駆け上がってくる男の姿に、ジークフリードは突然我に返った。
ハッとして辺りを見渡す。なぜここに居るのか分からない。闘技場へ降りて行こうとしたのだろうか。一体、何故…。
次の瞬間、男の手に光る剣に気付いた。そして、その殺意にも。
「――捕らえろ!!」
ジークフリードは声を限りに叫んだ。そして周りを見回す。誰もが自分を見ていた。
けれども、誰も動かなかった――。
「捕らえろ!!!」
繰り返して、階段を駆け上がる。赤毛の男の足音を感じながら、ジークフリードは懸命に走った。
足がもつれる。うまく進めない。
そんな自分を、天幕に控える騎士もただ見ているだけだった。
ジークフリードは信じられない想いでただ走った。
なぜ誰も動かないのか。国王の危機だというのに…。
―――なぜ誰も、動かないのだ…!!!
気が付けば、足音はすぐ背後に迫っていた。
それを察した次の瞬間、背中を切り裂かれる痛みが体中を支配した。
「うあぁぁぁぁぁ!!!!!」
国王の断末魔の悲鳴が、ただ哀しく闘技場に響いて消えて行った。
――やがて、恐ろしい程の静寂が戻った。
闘技場を埋め尽くす人々の誰もが息を呑み、声を失っていた。目の前で起こった信じがたい出来事を前に。
「……どうやら、騎士達はとっくに全員気付いていたようだな…」
アルベルトは口元を歪めて呟いた。
アーロンの剣が、国王を捕らえるまで、誰も彼を救いに走らなかった。アーロンの目的を察した瞬間、誰もが動きを止めた。そして、それが果たされるのをただ見守っていた。
これが忠誠を失った王の、末路だ。
「国王の、首を取ったか…」
アルベルトは楽しそうにクッと笑った。そして隣に立つグレイスを見遣る。彼女はただ呆然と目の前の光景を見詰めていた。
「行くぞ、グレイス」
「え…?」
人ごみをかきわけてアルベルトが前へと進んでいく。
その背中をグレイスは慌てて追いかけた。
足元に倒れた国王の背中を、アーロンはただ見下ろしていた。
自分が突き立てた剣が真っ直ぐに伸びている。
その体は小さく震え、やがて完全に動かなくなった。
それに合わせるように、アーロンの体中を沸き立たせていた何かも、静まっていくのを感じていた。
顔に触れる風を感じる。
アーロンはやがてその目を上げると、振り返った。眼下に、さきほどまで自分が居た処刑台が見えた。
そしてその上に立つ、男の姿。
「…キース」
アーロンは口の中でその名を呼んだ。
キースが自分を見ている。先ほど自分を隠した煙幕は彼の手によるものだったようだ。そして追っ手を食い止めたのも…。
不思議なほど、その場は凪いでいた。誰もがただ黙って、国王の最期を見届けていた。
リンをこの男から解放したかった。
けれども、それを達成した時に、自分の命は終わると思っていた。アリステアの騎士に、切って捨てられる形で…。
でもどうやら誰も自分を切りに来る様子が無い。
戸惑うアーロンの視線の先で、キースが微笑んだように見えた。
ふと処刑台に上がってくる別の男の姿が目に入り、アーロンは眉を上げた。
キースの隣に立って彼に何かを話しかけている。その大柄な男性が何者であるかを認め、アーロンは再度目を見張って固まった。
そこに居るのは紛れも無く、ローランド近衛騎士隊隊長だった。
「アリステアを、俺に任せるか」
突然処刑台に登って来たアルベルトの言葉に、キースは呆気にとられて固まった。
「…はい?」
思わず間抜けな声を上げる。アルベルトは苦笑を洩らすと、処刑台の真ん中に立ち、国民に向き直った。
「アリステア国民、諸君!!」
アルベルトが声を張った。彼のよく通る声は、闘技場いっぱいに響き渡る。キースはただ呆気にとられて彼を見ていた。
キースの物問いたげな視線などお構い無しに、アルベルトは続けた。
「私は、アリステア革命軍代表フレデリック・アルベルトだ!!今、私の軍の精鋭がアリステア国王の首を取ることに成功した!これにより、今後アリステアの政権は、アリステア革命軍の手に渡る!!!」
「――は???」
キースが隣で間抜けな声を上げた。思わず遠くのアーロンを振り仰ぐ。
彼もただ呆然とこちらを見ている。両手を拘束されたその格好は、何処から見てもただの罪人だった。
突然の”革命軍”なるものの存在を発表され、アリステア国民がざわついた。
「――静粛に!!!」
再度響いたアルベルトの声で、辺りはまた水を打ったように静まった。
「ジークフリード国王の悪政により、国はその色を変え、姿を変え始めていた!このままヨーゼフ王の作った国を壊されるのは我慢がならなかった!皆も同じ気持ちのはずだろう!!――私はここに誓う!!再びアリステアをかつての姿に戻すことを!!皆で力を合わせ、アリステアを蘇らせようではないか!!!」
「……はぁ???」
その場は突然割れんばかりの拍手に包まれた。
顔をしかめるキースの声が掻き消える勢いで国民が一斉に手を叩き、賛同の声が飛び交う。久し振りに、アリステアに生まれた活気だった。
アルベルトはそんな拍手に包まれながら満足そうにニッと笑った。
「たまにはこういうのも気持ちいいな」
「はい???」
人ごみの中、壇上の父の姿にグレイスはただ痛む頭を抱えていた。
なにやら喜びに包まれた闘技場を見下ろしながら、アーロンは呆然としていた。
何が起こったのやらよく分からない。
ローランド近衛隊長が全ていいようにごまかしてくれたということだろうか。
それで、いいのだろうか…。
「…アーロン…」
上から小さく聞こえる声に、アーロンは突然我に返った。
慌てて声の方を振り仰ぐ。階段の上に、リンが立っていた。
その顔は涙に濡れていた。結われた髪は乱れ、飾られた花も散っている。
「リン…!」
アーロンは慌てて階段を駆け上がった。合わせるように、リンも降りてくる。アーロンに向かい、すがるように両手を延ばした。
「――アーロン…!!!」
階段を登りきる手前で、リンの手がアーロンに届いた。その首にかじりつくようにして抱きしめる。リンの体の温もりを感じながら、アーロンは固く目を閉じた。
リンを抱きしめたいのに、その両手は拘束されている。もどかしい気持ちを補うかのように、リンは力いっぱいアーロンを抱きしめている。
耳元で子供のように泣きながら。
「アーロン…アーロン…」
何度も何度も繰り返し自分を呼んでいる。その声が心の奥に染み入って行く。
「嘘だから…」
リンが泣きながら言う。
「…え?」
「他に好きな人なんて…いないからっ…」
そしてまた、アーロンの肩に顔を埋める。
「ごめんなさい…」
熱い想いが胸に広がり、体中を包み込む。
涙が、出そうだった――。
「うん…」
そんな言葉を言うのが精一杯だった。
リンがそっと体を離す。そしてその翡翠色の瞳で、アーロンを映した。
アーロンは両手を持ち上げると、拘束された腕の中にリンをくぐらせるようにして囲い込んだ。
「アーロン…」
リンが囁く。真っ直ぐアーロンの目を見つめながら。
「…大好き」
アーロンの腕が、リンの体を抱き寄せた。
キースの視線の先で、アーロンとリンが唇を重ねた。
思わず目を丸くする。その隣で、アルベルトが「おやおや…」と楽しそうに呟いた。
キースは肩を竦め、苦笑混じりに彼等に背を向けた。
そして眩しいほどの空を振り仰ぐ。
どこまでも真っ青な空―――。
その澄んだ青はまるで、懐かしい姉の瞳の色のようだった。




