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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第四章
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古の力

 夜のローランド大陸を船が離れていく。

 3人をアリステアへと運んでくれることになった船は、小さな汽船だった。バルジーのようにアリステアとローランドの両方で商売をしている流れの商人の私物だそうだ。

 それなりの乗船賃を払い、積荷部屋に入る。客船ではないので、余分な船室は無いらしい。それは覚悟していたことだった。

 一応窓はついているが、今は夜なのでどちらにしろ暗い。積まれた木箱が敷き詰められ、広いはずの部屋には圧迫感があった。

 けれども一応3人が座る場所は確保できた。


「グレイス大丈夫?到着は明後日になるみたいだけど」


 アーロンが真ん中に座るグレイスに問いかけた。王室暮らしの身で、こんな場所に寝たことなど無いに違いない。


「大丈夫よ。気を使わないで」


 グレイスが明るく答える。


「それより、アリステアに着いたらどうするの?」

「そうだね…」


 アーロンは壁に頭を預けて言った。


「とりあえず城に入って、リンの居場所を探ってみる」

「とりあえずって…。アリステア城に入る方法は?」

「その点は心配ないよ。城門からでなくても、入れる道はある。門限を過ぎた後には、いつもそこから戻ってたんだ」


 隣で聞いていたキースが苦笑する。グレイスは納得したように「そうだったわ…、あなたアリステアの兵士だったのよね…」と呟いた。


「そうだよ。だから、城内は居館以外なら知り尽くしてる。どこに何人見張りが居るかもね」

「恐ろしいわね」


 自分の立場に置き換えたのだろう。グレイスはしみじみと言った。

 城で働く兵士はその警備にあたる者として一般の国民が知りえない情報に通じることになる。だからこそ兵士を雇う時には確かな身元の保証が必要となるのだが…。


「居館の内部は、ある程度なら分かる」


 不意にキースが言った。


「…内部への侵入は容易くないけどな」


 かつて近衛騎士隊に所属していたキースの言葉が重く響く。簡単に突破できるような警備でないのは、間違いないだろう。

 少しの間、積荷部屋には船の動く音だけが響いた。


「なぜ、連れ戻されたのかしら…」


 グレイスが独り言のように呟く。当然の疑問だった。

 一度処刑しておきながら今更連れ戻す目的が見えないのはアーロンも同じで「分からない…」と返すより無い。キースはそれに対して何も答えなかった。


 ◆


 翌日、ローランド王城では議会の席でグレイス王女の外出が報告された。

 久し振りに議会に出ている国王とその隣に座る王妃の前で、宰相が説明を行う。


「国内視察を兼ねた社会勉強のためのお忍びの旅なので、王女の外出の話は内輪のみに留めるように。期間はおそよ1ヶ月のご予定である」


 宰相の言葉を聞きながら、アルベルトはやれやれとため息をついた。その隣で王妃が「私に何の相談も無いなんて…」とまだぼやいている。


「お前に言ったら反対すると分かってるからだろ」

「どうしてあなたは許したのよ??こんなに突然、しかも1ヶ月もだなんてっ」


 王妃は納得いかないようだ。

 流石に王妃にまでキースとアーロンから聞いた話を伝えるわけにはいかず、今回グレイスが旅に出た理由は社会勉強として国内を廻っていることになっている。

 真実が知れたら、どのように責められるか分かったものではない。


「あいつはもう大人だぞ。ちゃんと護衛もついてるし、大丈夫だ。一回り成長して帰ってくるさ」


 そんなことを言いつつ、アルベルトは内心”俺だって行かせたくなかったさ”と思っていた。

 2人と一緒に行きたいとグレイスが言い出した時、とっさに駄目だと言えなかった。キースにすがりついて涙を流す娘を、見てしまったせいかもしれない。


―――あんな顔、するなんてなぁ…。


 小さかった娘はもう何処にも居ない。寂しさとともに、複雑な思いが押し寄せる。

 1ヶ月経てば戻らなくてはならないという現実は、もしかしたら昨日あのまま別れさせるよりも残酷だったかもしれない。

 それでも、娘が自分で選んだ道だ。いずれまた自分で戻ってきてくれればいい。

 苦しんでも、納得がいくに違いない。

 自らにそう言い聞かせながら、アルベルトは小さくため息を洩らした。


 ◆


 日が傾きかけた頃、アリステア王国の港に船が到着していた。大きくて立派な船の乗船口が開き、陸へ降り立つ道が作られる。そこを通って、船に乗っていた騎士達が1人、また1人と姿を現す。近衛騎士隊長カールが、鷲に託してアリステアに送った手紙により、港にはすでに近衛騎士隊の迎えが到着していた。

 整列して船を見守る騎士の前に、やがて1人の少女が姿を見せた。


「おぉ…」

 

 誰かが声を上げた。全員が驚きに目を見張る。近衛隊長カールに支えられるようにして現れた少女は、紛れも無くかつて処刑となったリンティア姫だった。

 長い船旅で体調を崩しているのか、足取りが弱い。やがて歩くのが困難と判断したのか、近衛隊長が王女を横抱きに抱き上げた。

 騎士達はそんな光景を、ただ茫然と眺めていた。



 リンティア王女帰還の報告に、皇太后カーラは強い興奮を覚えた。

 近衛騎士隊長カールを前に、束の間言葉を失くす。

 あの女の娘が戻ってきた…。死んだと思っていた娘が…。

 アイリスのことを思い出すだけで、忘れていた恨みや憎しみがまた鮮明に甦る。けれども、今は堪えなければならない。

 あの娘が、ゴンドール遣いの力を持つ可能性がある今は――。

 カーラは震える体を抑えながら、ゆっくりと口を開いた。


「今…何処に居るの?」


 努めて冷静に問いかける。


「以前使われていたお部屋にお連れしました。船旅でお体を壊され、休まれています。しばらくは静養が必要かと思われます」

「そうね…そうさせてあげて頂戴。後で、お見舞いに伺うと伝えて」

「かしこまりました」


 近衛隊長は報告を終えると、速やかに退出した。

 その背中を見送り、カーラは隣に控える宰相を振り返った。


「例の件…確かめるにはどうしたらいいのかしら」


 その言葉の意味を理解しつつも、宰相は困惑気味に唸った。


「確かめるというのは…難しいですね。ゴンドールを操ったというのが事実であれば間違いないのですが、恐らく事実だとしても、姫様は”ゴンドール遣い”としての力は自覚されていないでしょう」

「…何故、そう言えるの?」

「いえ、ただの想像でございます…」


 まさか”自覚があればその力を使ってでも、ここへは戻ってこないでしょう”とは口に出せない。

 誰にも愛された明るく愛らしい王女…。

 この先の少女の運命を想い、宰相はただ胸を痛めることしかできなかった。


 ◆


 天蓋の付いた広く大きい寝台の上で、リンは体を休めていた。

 到着したとたんこの部屋に通され、寝かされている。相変わらず食事が喉を通らず、なんだか頭も痛い。熱が出てしまっているようだった。

 先ほどまで医師の診察を受けていたが、慣れない船旅による疲労が原因だと診断された。

 女官が部屋の中を忙しく動き回る。久し振りに使われる部屋を、慌てて磨き上げているようだ。彼女の顔に見覚えは無かった。

 今自分が居るこの部屋は、かつて長年使っていた懐かしい自分の部屋だった。

 父が自分のために用意してくれた広くて立派な部屋。けれども窓辺で育てていた花達はもう居ない。父が贈ってくれた絵も外されている。

 過ぎ去った幸せの影は、もう見つけられそうになかった。

 また涙が出そうになって、リンはそっと瞼を下ろした。


「リンティア様…」


 不意に女官に声をかけられ、リンは目を開いた。


「あの、皇太后様がお見えですが、お通ししても大丈夫でしょうか…」


 ”皇太后”という言葉に、リンの体に緊張が走った。


「どうぞ…」

 

 痛む頭を堪えつつ、体を起こす。女官は急いで出迎えに走って行った。



「まぁ、起きたりしちゃだめじゃない…!」


 皇太后は寝台に体を起こして待っていたリンを認め、声を上げながら駆け寄った。その漆黒の瞳が丸くなる。以前と変わらず、年齢を感じさせない美しい皇太后が目の前にやって来た。


「体を壊していると聞いたわ。さぁ、寝て頂戴。無理はしないで」


 以前は冷たい印象を受けた切れ長の目が気遣わしげに細められている。思いがけない優しい言葉に、リンの緊張は僅かに解れた。


「すみません…」


 ためらいつつ、激しい頭痛に負けてリンは横になった。カーラは満足気に微笑む。そして侍女に命じて寝台の側に椅子を運ばせると、そこへ座ってリンと向き合った。

 リンの顔を改めて見詰め、ほぉっと感嘆の溜息を洩らす。


「話を聞いたときには信じられなかったけど…。あぁ、まさか、本当に…。よかったわ、本当によかった。リンティア…。大きくなったわね…」


 どう言葉を返していいのか分からず、リンは戸惑いながらカーラを見返していた。カーラはふと眉を下げ、苦しげに顔を歪ませた。


「私を、恨んでいるでしょうね…。あの子を止めることができなくて…。あなたがゴンドールに連れて行かれたなんて知らなかったの。本当に、ごめんなさいね…」


 近衛隊長が言っていた通りの言葉がカーラ本人から投げかけられる。

 かつて全く自分と交流をもとうとはしなかった前王妃…。今、こうして目の前に居るのが不思議に思えてならない。


「ジークフリードも、後悔しているのよ。つい感情的になってゴンドールに連れて行くよう言ってしまったけど、まさか本当にそれが実行されるとは思ってなかったみたい。色んな、行き違いがあったのよね…」


―――行き違い…。


 頷くことは出来ず、リンはただ沈黙した。カーラはそれに構わず、言葉を続ける。


「これからは、私を本当の母だと思って欲しいわ。欲しいものは何でも言って頂戴。どんどん甘えてね」

「有難う…ございます…」


 声を絞り出すようにしてリンは応えた。

 疲れが増していく気がする。皇太后の言葉は有難かったが、とてもすぐに心を許せる気はしなかった。

 かつて彼女が自分や母を見る目に、一片の愛情も感じられなかったから。


「リンティア…」


 少し間をおいて、カーラが改めて語りかける。


「ゴンドールで何があったか、教えてくれる…?」


 その問いかけに、リンはとっさに答えることができなかった。

 じっと自分を見つめたまま返事を待つカーラに急かされるように、必死で頭を巡らせる。

 なぜか真実を話してはいけないような気がした。


「あの…。たまたま、ゴンドールに来た船に拾われて…」

「あなたがゴンドールに着いて、すぐに?」

「あ…はい」

「一度も夜を迎えずに?」

「はい…」


 カーラは少し間をおくと、首を傾げて見せた。


「おかしいわね…?」


 リンの胸がドクンと嫌な音を立てた。


「私の聞いた話では、あなたは数日ゴンドールで過ごしたとか…。あれは、嘘だったのかしら。嘘の情報を、聞かされたということなのね…?」

「え…」


 リンは頭痛も忘れて、また半身を起こした。


「その話は、誰から…」

「流れの商人からよ」


 ”流れの商人”という言葉に、リンの頭にはバルジーの顔が浮かんだ。その瞬間、霧が晴れたように今までの疑問が解消された気がした。

 なぜ自分が生きていたことが知れたのか、なぜローランドで暮らしていることが知れたのか、やっと、分かった…。


「王族相手に嘘を話すなんて、いい度胸だわ。重い罰を与えないと…」


 リンの顔を伺うようにしてそう呟いたカーラの言葉に、リンは慌てて「違うんです!」と声を上げた。


「ごめんなさい。違うんです。ただお話しても、信じて頂けないと思って…」


 カーラの薄い唇が笑みを浮かべたように見えた。一瞬ゾクリと背筋に悪寒が走る。けれども次の瞬間、カーラはまた穏やかな微笑みを浮かべていた。


「…信じるに決まってるじゃない…」



 ためらいつつ、リンはカーラにゴンドールであったことを話して聞かせた。カーラは時々質問を挟みながら、興味深そうにその話を聞いていた。

 カーラの真摯な瞳を前に、リンの胸には言いようの無い不安が湧き上がってくる。

 信じられないと言われるならその方が良い。操って見せてなどと命じられても、そうしたくはないから。だがカーラは意外にも、疑う素振りは見せなかった。話を全て聞き終えると、納得したように頷いて言った。


「不思議なことがあるものね…」

「…はい」

「でも、そのおかげで今貴方はここに居るのだから、やはり神に感謝しなくてはね…」

「……はい」

 

 その次に何を言われるのだろうと、緊張ばかりが増していく。


「話してくれて有難う」


 カーラがまた優雅に微笑んだ。そして戸惑うリンの頭に優しく触れる。


「怖いことを思い出させてごめんなさいね。早く、忘れて頂戴」


 意外な言葉に、リンは目を見開いた。”忘れて”と言ってもらえるとは思ってもみなかった。

 緊張から解放されたせいか、リンは力が抜けてまたコトンと横になった。


「長居してしまったわ」


 カーラはそう言うと立ち上がった。


「ゆっくり休んで。早く元気になってね」


 労わりの言葉に、リンの胸には安堵感が広がる。


「有難うございます…」


 そう応えたリンに、カーラはまた穏やかに微笑みを返した。


 ◆


 王女の部屋を出たカーラは、すぐに自室に宰相を呼び出した。

 そして先ほど聞いた話を彼にも伝える。宰相は、険しい顔でその話を聞いていた。


「ゴンドール遣いの血よ!古の力が蘇ったんだわ!」


 皇太后は興奮気味に顔を紅潮させていた。


「アリステアの時代が戻ってくるのよ!」

「そう…なのでしょうか」


 宰相はそう曖昧に返すことしか出来なかった。

 アリステアが世界に君臨したとされる昔、確かにそれはゴンドール遣いによってなされていたといわれている。

 古の伝説が繰り返される――。

 それが喜ばしいことなのかは分からないが。


「すぐにリンティアを結婚させましょう。1人の男だけじゃその血が受け継がれるかどうか分からないから、理由を付けて、夫を替えていかないと…。なるべく多くの男を相手に、子供を産ませ続けるのよ。きっとうまくいくわ。かつてゴンドール遣いはそうして増えて行ったのだから…!」


 楽しそうに話す皇太后を見ながら、宰相は背筋に悪寒を感じていた。

 遠い未来を語る皇太后の目に、国の近い将来は何も見えていない。


―――アリステアの時代など、来ない…。


 宰相は確信に近い想いを感じながらも、何も言えずにその目を伏せた。

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