表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第四章
73/88

幸せの絵

 学校から離れ、ぼんやり歩いたリンの足は、自然にアーロンと暮らした部屋へと辿り着いていた。

 今夜2人で会うはずの場所…。

 まだ夜までには沢山時間がある。でもここで待とうと思った。もう最後なら、少しでも長くここに居たい。”幸せ”を絵に描いたら、自然と浮かび上がるような、そんな場所だから。

 いつものように鍵を開けて、中に入る。朝の光が差し込む部屋が自分を迎えてくれる。

 数日離れただけなのに、なんだか懐かしい。

 優しい温もりの残る部屋―――。

 リンは玄関に立ったまま、しばらくただその光景を眺めていた。


 初めてこの部屋を見た時には、自分専用の部屋だと思った。

 アリステア城での自分の部屋より、小さかったから。


 ”俺らの部屋はここだけ。他の部屋は他の人が借りてるんだよ。他人の家、勝手に開けるな!!”


 お隣の家を開けようとして、アーロンに怒られた。その時のことを思い出して、リンは1人クスッと笑った。

 あの時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。ずいぶんおかしな子だと思ったに違いない。

 靴を脱いで家に入る。ここで毎日アーロンを出迎えた。

 ”お帰りなさい”と言う誰かが居るのが、なんだかとても楽しかった。


 片手で壁に触れながら、居間へと向かって歩く。

 ここを歩きながら、アーロンはその日あったことを色々話してくれた。そういえばキースの話も何度も聞いていた。”気取ってる”とか”偉そう”だとか。あの時はまさかそれがキースのことだなんて、思いもしなかったけど。

 居間に着くと、こちらに背をむけて長椅子が置いてある。それもいつもの景色。

 アーロンにとって、それは椅子というよりベッドだった。すぐ横になっちゃって、気付いたら眠っちゃって。起すのを諦めて、そのまま毛布をかけて置いといたこともあった。

 そんなことを思い出すとまた笑みがこぼれる。リンはその目をゆっくり巡らせた。


 奥に行くと、炊事場。

 一緒に並んで何度も料理した。最初は野菜の剥き方も知らなかったけど。


 ”野菜の皮むいたことない奴が、料理ができるとか言うな”


 そんなこと言って怒られたっけ。あれももっともな言葉だった。

 でも初めて夕食を1人で作ってみせたときには、大袈裟なくらい驚いて、そしていっぱい褒めてくれた。


 ”すげぇ、リン!うまい!天才!”

 ”そんなこと言って、また作らせようとしてるんだ…”

 ”あ、バレた?”


 記憶の中のアーロンが、楽しそうに笑顔になった。


 いつしかまた、自然に涙がこぼれていた。

 どこを見ても、どこに触れても、止まらない。

 楽しかった思い出が。優しい記憶が。幸せに包まれた、毎日が――。

 頬を伝う涙が、雫となって床へ落ちる。

 リンの足はゆっくりと部屋に向かった。

 2人の部屋へ。


 そこに入った瞬間、リンは堪えきれずその場に崩れ落ちた。

 胸の奥から込み上げる何かに体中が支配される。もう立っていられなかった。

 震えながら、叫ぶように、リンはただ声を上げて泣いた。誰も居ない部屋に、その声だけが哀しく響いて消えていく。

 顔が見たい、声が聞きたい。最後ならば、一目でも。

 でも無理だ。とても会えない。

 会ってしまえば、泣いてしまうから。泣いてすがって、助けて欲しいと叫んでしまうから。離れたくないと、帰りたくないと、言ってしまうから。


―――アーロン…。


 あなたに向かって、”さようなら”なんて、絶対に言えない――。


 ◆


「――おい、アーロン!!」


 上級兵士会議が終わって部屋を出ようとした時、アーロンはバッシュ隊長に呼び止められた。

 彼の用事を想像して思わず顔をしかめる。会議の後呼び止められる時には、たいてい飛び込みの仕事が入るのだ。

 今日は早く帰りたいのに。


「なんだその顔は」


 アーロンの分かりやすいしかめっ面に、バッシュが文句を言う。

 彼は書類を数枚手にしていた。

 それが目に入った瞬間、アーロンは呼び止められた理由に思い至った。


「お先に」


 なんとなく一緒に足を止めていたキースが歩き出そうとする。

 とっさにその腕を掴んで引き止めた。キースが顔をしかめて振り返る。


「――なんだ!」

「手伝って!」

「嫌だ!」


 アーロンの言葉は予想出来ていたらしい。キースは即座にそう答えた。

 バッシュはそんな2人の様子を楽しそうに笑みを浮かべながら眺めている。

 バッシュ隊長の手の中にある書類は、予算会議に使われる予算案資料を作るための、各備品の購入記録だった。相変わらずその資料作成の仕事は下っ端の雑用である。

 また苦手な計算をやるハメになる。それも最近は”持ち帰り禁止”となってしまったので、終わるまで帰れない。

 キースは腕を掴むアーロンの手を振り払おうと試みつつ「離せ!」と怒鳴った。


「まさか忘れてるんじゃないだろうな!前回は俺が1人で作ったんだ!お前が、”次は俺が全部やるから、今回はよろしく”とか言って丸投げしたから!」

「次はやるから!1人でやるから!今日だけ!!お願いしますっ!!」


 アーロンの切実な叫びに、キースの動きが止まる。

 不機嫌そうに睨みつつ、「ふぅん」と呟いた。


「今日だけ、ね」


 意味深なその言葉にアーロンは思わず固まった。

 リンがキースに嘘を言って出てくると言っていたことを思い出し、ぱっと掴んでいた腕を離す。そして諦めたようにバッシュに向き直った。

 バッシュは「頼んだぞ」と言って持っていた書類をアーロンに手渡した。それを受け取って、はぁっと重いため息を洩らす。


「今日中な」


 バッシュはそう言って、キースとアーロンの前を通りすぎて去っていく。

 アーロンは書類の枚数を数えつつ、またため息をついた。

 その時ふと目の前にキースの手が差し出された。その手を見て、顔を上げる。

 不思議そうな顔のアーロンに、キースはぶっきらぼうに「半分」と言った。


「手伝ってくれるの?!」

「今回だけだ。次回は絶対、何がなんでも手伝わない」

「ありがとぉ~~!!」


 気が変わらないうちにと、アーロンはいそいそと書類を半分手渡した。キースはそれを受け取って、やれやれとため息をついた。


「…別に、お前のためじゃない」


 背を向けながら小さく呟いた言葉に、アーロンは思わず固まった。

 キースは先にさっさと歩いて去っていく。

 その背中を見送りながら、アーロンはふっと笑みを洩らした。


 ◆


 出航の準備を整えさせつつ、カールは港で王女を待っていた。

 ”夜までには戻る”と言っていた。まだ日は高い。王女の行き先は予想がついていた。あの商人が言っていた、男の所。

 最後の別れを言うのだろう。

 残酷なことをしていることは自覚している。だからせめて、いつまでも待つつもりだった。

 きっと戻ってきて下さると信じて。


 カールがふっとため息をつきながら、その目を遠くへ向ける。

 何気なく見たその先に、カールは少女の姿を見た。

 思わず目を見張る。何度もその姿を確認するように瞬きを繰り返した。


「リンティア様…」


 こちらに歩いてくるのはリンティア王女だった。

 ゆっくり歩く王女の顔に表情は無く、凛としたその顔に今朝の涙の痕は見えない。


―――こんなに早く、戻ってきてくださるとは…。


 感激に胸が熱くなる。

 その想いに突き動かされるように、カールは近づいてくる王女に向かって、ゆっくり、深く頭を下げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ