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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第四章
67/88

武闘大会

『3年前に処刑されたはずのリンティア王女が今も生きている可能性がある』


 近衛騎士隊長からの知らせは、アリステアの騎士達に大きな衝撃を与えた。

 公開処刑だったわけではなく、その亡骸を見た者は居ない。それでも”処刑された”と公に発表された内容が、こんな長い月日を経て覆される意味が分からなかった。

 近衛騎士隊長は説明を続けた。


「リンティア姫は国王によって無人島に流刑となったが、自力で脱出したという情報が入ったそうだ。もしそうであれば、今回の罪への刑は終わったものとして、再びアリステア王家に戻ることを許すと皇太后はおっしゃっている」


 騎士達はお互い顔を合わせた。

 一度処刑処分となった王女を再び何もなかったように王室に戻していいものだろうか。そして相変わらずその指示は国王からではなく、皇太后からのものらしい。

 国の最高権力者である国王の意思が分からないのも気になるところだった。

 怪訝な顔の騎士達の中、クレオは全く別のことを考えていた。

 もし王女が生きていたとしたら、あの時国を去った騎士は何を思うだろうかと。


「リンティア姫である可能性がある少女のもとへ、現在拘束中の商人が案内するということだ。行き先はローランド王国となる。私と供に、数人同行してもらう」


 近衛騎士隊長は一呼吸置くと、「商人は今体調を崩しているようなので、回復し次第出発となる」と付け加えた。



 その頃バルジーは牢内で拷問による怪我の治療を受けていた。背中の傷から熱も出てきて、動けない。それでも一応今命があるのは有難いことだった。あの皇太后との取引は一応成立したようだ。

 アリステアの騎士とともにローランドに向かい、アーロンとリンに引き合わせる。

 それが済めば、自分は解放される。


―――本当かよ…。


 バルジーは朦朧とする意識の中、考えていた。

 結局目的が済んだら自分は殺されて終わりということも有り得る。ゴンドールの脱け殻のことだけでなく、あの子供の特殊能力のことも知っている自分は、生かしておいても面倒な存在ではないだろうか。

 なんとかして逃げ延びなければならない。その方法を考えなくては…。

 バルジーはうつ伏せに寝そべったまま、苦しい息を吐き出した。

 

 ◆


 その頃、リンはいつものようにキャリーとともに学校に向かっていた。歩きながら、昨夜聞いた武闘大会の話を伝えると、キャリーは顔を輝かせ手を叩いた。


「すごーい!私も見に行きたい!姉さんもきっと行くと思うから、一緒に行こう!」

「うん」


 リンはにっこり微笑んで頷いた。


「演武ってことは、勝敗は関係ないんだ」

「うん、勝っても負けても、何もないんだって」

「気楽だね!」


 キャリーの言葉にリンは、「そうでもない感じだけど」と苦笑する。確か、”負けたら怒られる”と言っていた。


「そっかぁ。キースも出るんだぁ」


 独り言のようなキャリーの言葉に、リンは眉を上げた。


「キャリー、キース隊長知ってるの?」

「うん。一度だけ会ったことあるの。すっごい美男子なんだよー」

「へぇ~…」


 相槌をうちながら、リンの胸には複雑な想いが湧いた。懐かしくて、暖かくて、でも少し寂しい気持ち。


―――うちのキースも、かっこいいんだけどな。


 口には出せない言葉を胸の中で呟いた。

 強くて優しかった自慢の叔父。兄妹の居なかった自分にとって、兄のような存在だった。

 懐かしい面影を胸に描きながら、リンは遠い国に想いを馳せていた。



 やがて平和な日々の中、武闘大会の日が近づいてきた――。


 毎年恒例の大きな大会を明日に控え、王都はその準備で賑わっていた。

 会場となる闘技場には、早くも明日の大会の時に商売をするための場所取り合戦が始まっている。闘技場内の設備も兵士の手によってどんどん備え付けられ、王族の座る場所は選手がよく見える所に設けられた。そこには立派な椅子が並べられ、当然当日は厳重な警戒態勢が敷かれることとなる。

 一般客は闘技場の周りを囲む階段状の座席で観戦する。闘技場に近い場所から貴族の席となり、空いた部分が一般の席となる。

 明日は毎年そうであるように、大勢の人でその場が埋め尽くされる予定だ。


 そしてローランド王城では、大会準備に関係ない兵士達が今日も訓練を行っていた。


「――ぐっ…」


 激しい音とともに、左脇腹に入った強烈な蹴りで、一瞬息が止まる。低い呻き声を漏らしながら、バッシュ上級兵隊長はその巨体を屈めた。


「あ、入った…!」


 目の前のアーロンが、目を丸くして呟く。嬉しそうなその声に、バッシュのグレイの目が鋭くアーロンを睨みつけた。


「この野郎…!」


 唸り声とともに、その手が彼の赤毛を鷲掴む。


「げっ!」


 痛みとともに思い切り引っ張られ、体勢を崩したアーロンの鼻先にバッシュは膝を振り上げた。

 容赦無いその攻撃をアーロンはとっさに手で止め、ついでに目の前の足に思い切りかぶりつく。


「いーーーーてててててぇ!!!!!」


 バッシュが悲鳴を上げながらアーロンの頭をひっぱたいた。


「なにしやがる、このガキ!!」


 途端、周りで見ていた上級兵士達の笑い声が弾けた。バッシュの足を解放したアーロンは納得いかない様子でバッシュを睨む。


「何でもアリなんじゃないんですか?」

「うるせぇ!!終わりだ!訓練に戻れ!」

「有難うございました」


 アーロンは頭を下げると、その場を離れて行った。

 バッシュが噛まれた太腿を気にしつつその背中を見送る。そんな彼のもとに、上級兵士であるベンが近寄ってきた。


「どうでした?久し振りに相手して」


 いつも無表情なくせに、明らかに笑いを堪えた表情で問いかけてきた。バッシュは忌々しげに、「心配いらねぇよ」と吐き捨てた。

 明日の大会を前に、アーロンとキースの力を見ておきたいと思い、2人と手合わせをしてみたいと言ったのは自分だった。もし明日の大会に出すのに恥ずかしい腕なら、演武は辞退させようと思ってのことだ。


「まぁ無様に負けることは無いだろ」


 ベンが「そうですね」と返す。アーロンの力は彼もよく知っているようだ。


「入隊当初は、俺に全然敵わなかったくせになぁ。まさか当てられるとは思わなかったもんだから、つい熱くなっちまった」


 バッシュはアーロンに蹴られたわき腹をさすりつつ、「俺も歳かな」と呟いた。


「それだけではありませんよ」


 ベンが応える。バッシュはその答えに、ただ苦笑を返した。


「次はキースを呼びますか?」


 バッシュはふぅっと息を吐くと「あぁ…」と頷いた。



 その日、アリステア王国から1艘の船が発った。

 拘束された状態のまま、バルジーもその船に乗せられている。

 船は、一路ローランド王国大陸に向かい、舵を取った。


 ◆


 大会当日の朝、アーロンは家ですでに上級兵士の制服を身に纏っていた。

 玄関に座り、固いブーツに足を入れる。そしてしっかり紐で締め上げた。

 その後ろでリンがアーロンの剣を両手で持って立っている。靴を履き終え立ち上がると、アーロンはリンを振り返った。


「はい」


 リンが剣を手渡す。それを受け取りながら、「ありがと」と微笑んだ。


「後からキャリーと応援行くから、頑張ってね」

「うん。俺の出番、だいぶ後だけどね…」


 2人は少しの間、見つめ合った。

 今日のリンはベージュ色のワンピース姿だ。襟付きで細身のその服は少しだけ大人っぽく、彼女によく似合っている。

 できれば誰にも見せたくないほどに。

 ごく自然に顔を寄せ合い、2人は唇を重ね合った。

 いつものように軽くキスをして離れると、アーロンはリンの後頭部に手を添え、その唇を再び引き戻した。


「んっ…」


 不意を衝かれたのか、リンの口から声が洩れる。僅かに開いた口から舌を割り込ませ、口付けを深めた。そうすることで、自分を焼き付けようとするかのように。

 誰にも渡さない。自分の恋人なのだから――。

 長い口付を終えて抱き締めると、腕の中でリンが大きく息を吐いた。


「…行ってくる」

「うん…」


 アーロンはリンの体を離すと、扉を開けて家を出て行った。


 ◆


 その後キャリーとローラと落ち合って、リンも闘技場へと向かった。

 すごい混雑だろうというローラの予想通り、闘技場には人だかりが出来ていた。


「なんか食べる??」


 ローラが闘技場の周りに店を出す屋台を指差す。


「食べます!」


 お祭りの雰囲気漂うその場に、リンの胸は自然に踊っていた。



 その後飲み物を片手にリン達は闘技場の観客席に落ち着いた。

 中央の闘技場はずいぶん遠いが、前の方の席はすっかり埋まっていた。

 やがて場内が歓声に包まれる。選手が入ってきたのかと思い、闘技場を見下ろしたが、誰も居ない。

 ふと隣のローラが「王族だわ」と呟いた。

 ローラの視線を追って、リンも王族席に目を向ける。立派な椅子に綺麗な身なりの人達が優雅に腰を掛けていく。その周りには護衛の騎士達が立った。

 王族の顔ははっきりとは見えない。それでも国王席に座った髪の長い男性の姿にリンは思わず「王様、若い…」と呟いていた。

 隣は王妃だろうか。綺麗なドレスを纏っている。そしてその後ろに、王子、王女と思われる人達が座っていく。


「あの人が王様なんですよね?」


 確認するようにリンが問いかけると、ローラは首をひねって「たぶん…」と答えた。



「皆もう貴方を国王だと思ってるわよ」


 隣に座る母のぼやきに、アルフォンス王子は苦笑した。

 今日もアルベルトは近衛騎士隊長として騎士達の席から大会を見ている。

 近衛騎士隊長を国王と認識しているのは、一部の近衛騎士隊員と貴族の当主だけである。兵士達と接する時は彼は常に近衛騎士隊長でありたいという思いがあるため、こういう大会に彼が国王として出ることは無い。


「今日は、国の兵士が優勝者と対戦するんですってね」


 母の言葉にアルフォンスは「さぁ…」と首を傾げたが、後ろから「そうよ」という声が答える。

 王妃は後ろのグレイスを振り返った。


「上級兵士が2人。バルジーとバーレン公爵の推薦の人達よ」

「まぁ」


 娘の説明にフレデリカは喜びの声を上げた。


「バルジーはどうでもいいけど、公爵の推薦の子は興味あるわ」


 母の言葉にグレイスはふっと笑みを漏らした。



 やがて大会が始まった。

 剣術の部から開始され、それが全て終わってから体術の部となる。リンはその予定を確認しつつ、「アーロンはずっと後だ…」と呟いた。


「その前に、キースだね!」


 キャリーが楽しそうにそう言った。



 1試合、1試合、順調に試合が進む。

 選手が身に纏っている防具や、使っている剣は全て城から提供された同じもので、危険が無いよう刃は潰されている。それが体に当った時点で、致命傷を与えられる攻撃であると判断されれば審判により「勝負あった」と宣言される。

 勝負が決するたび、闘技場は歓声と熱気に包まれた。


「今の人、上手だったね!」


 キャリーの言葉に、リンは「まぁまぁ、かな」と答えた。キャリーが目を丸くする。


「まぁまぁだった??」

「うん…相手が動きが遅かったから、速く見えたけど…」


 そんな会話に、ローラは驚いたように「すごい、リンちゃんっ」と口を挟む。


「私、剣の腕なんて全然分からないもの。速いとか遅いとか…」


 キャリーが「私もぉ」と賛同する。そんな風に褒められると気恥ずかしい。リンは照れ笑いを浮かべつつ片手を振った。


「いえ、私も偉そうに言って、自分ができるわけじゃないんです。ただ、上手な人を見て育ったから…」

「アーロン??」


 からかうような調子で、キャリーが問いかける。


「アーロンも、そうだけど…」

「あと、誰?」

「あと…」


 リンの言葉をかき消すように、不意に闘技場は歓声で沸いた。


「わ、またいつの間にか終わっちゃった!」


 キャリーは驚いたように言いながら、その目をまた闘技場に戻した。



「相手が決まりそうだな」


 闘技場の端で立ったまま試合を見ていたバッシュ上級兵隊長は、隣から声をかけられ、そちらに目を向けた。

 相手を確認して思わず形を改める。


「こ、近衛隊長…!」

「ここ、いい場所だな」


 アルベルトは言いながらバッシュの隣に立った。

 広い闘技場の端なので、立ち見になるが間近で試合が見れる。観客席と闘技場を隔てる壁を背もたれに、アルベルトは腕を組んで試合に見入った。

 バッシュも試合に目を戻す。


「この試合の勝利者が、相手になりそうです」


 その試合は準決勝だった。アルベルトは口端を持ち上げ、楽しそうな表情を浮かべる。


「そうだな、実質優勝決定戦だな。どうだ。お前のとこの兵士は勝てそうか?」

「問題ないです」


 断言したバッシュに、アルベルトはひょいっと眉を上げた。


「ずいぶん自信満々じゃないか」

「成長してますよ、あの2人は。目覚ましい早さで」


 バッシュはそう言って苦笑する。


「昨日、2人に一本ずつ取られました。抜かされる日も遠くないかもしれません」

「それは楽しみだ」

「いや、恐ろしいです」


 正直なバッシュの言葉にアルベルトはただ微笑を洩らした。バッシュが言葉を続ける。まるで独り言のように。


「入隊したのが1人だけだったら、また違ったでしょうね。あの2人は、お互いの力でお互いを押し上げている。全く……、末恐ろしいです」

「理想的だ」

「上級兵隊長として、自分も気を抜けません」


 バッシュの言葉にアルベルトは「鍛えてやろうか」とおどけて言った。



 バッシュとアルベルトの予想通りに、やがて剣術の部の優勝者が決まった。

 貴族の傭兵団に所属する、23歳の男だった。闘技場の盛り上がりは最高潮に達した。優勝者は体を休めるために一度、闘技場を出て行った。

 その後、演武が行われることはすでに周知されていたが、あらためて運営側から説明が入る。

 一度落ち着いた客席は、また騒がしくなった。



「キースが出てくる、キースが出てくる!」


 隣で盛り上がるキャリーに、リンは「顔見えなさそう…」と呟いた。噂のキースの顔を見てみたかったのだが、距離がありすぎる。

 残念そうなリンの横で、キャリーももどかしそうに言った。


「見せたいなぁ、ほんとに美男子なんだから。ねぇ、姉さん!」


 話を振られたローラは、微笑みながら「そうね」とだけ返した。


 やがて休憩時間が終わった。

 演武の開始を知らせる笛の音に、ざわついていた闘技場がまた静まる。いつの間に、優勝者は再び闘技場の中央に現れていた。そこで対戦者を待っている。

 観客の目が選手入場口へと注がれた。それをきっかけとするように、長身の男性が闘技場へと入場した。


「キース様だ…」


 選手入場口から現れた人物の姿を見て、独り言のように、ローラが呟いた。

 遠くても、見間違いようがない。

 ゆっくりと闘技場の中央に歩く姿は、堂々としていて、とても大きく見える。

 金色の髪から銀色の鎧を辿って光が走る。日の光に浮かび上がる彼は、眩しいほどに輝いていた。

 勝手に胸が高鳴ってしまう。忘れかけていた想いが、また波のように押し寄せて、ローラは思わずため息を漏らした。


 不意に隣のリンが動いたのを感じ、ローラは我に返って彼女に目を向けた。

 リンが立ち上がっている。その目は真っ直ぐ闘技場を見つめていた。


「リンちゃん…?」


 後ろの客の視界を遮ってしまうことを気にして、ローラはリンの腕を掴んだ。


「立っちゃうと、後ろの人が…」


 リンがハッとしたようにローラを見る。そして「あ…」と声を洩らし、まだ茫然としながらその場に腰を下ろした。


「ごめんなさい、なんか…」


 リンはその顔に明らかな戸惑いを浮かべ、また闘技場に目を向ける。リンの様子を不思議に思いながら、ローラは問いかけた。

 

「どうかした?」

「いえ、あの…。知っている人に似てる気がしたから…」


 リンは食い入るように闘技場を見ている。彼女の視線の先では、キースがまさに優勝者と向き合っているところだった。


「キース様が…?」


 ローラの問いかけにリンは口の中で「キース…」と呟く。そしてその目をローラに向けた。


「あの人が、キースっていうんですか?」

「そうよ?」


 今更な問いかけを怪訝に思いながら、「キース・クレイド様よ」と答える。

 その名を聞いた瞬間、リンの瞳が凍りつく。その激しい衝撃の色に、ローラは眉を顰めた。


「リンちゃん…?」

「どうしたの、リン??」


 キャリーも二人のおかしな様子に気付いたらしい。戸惑いながらリンの顔を覗き込む。

 2人の問いに答えることはなく、リンは突然弾かれるように立ち上がった。


「リンちゃん!!」


 ローラが呼ぶ声も届かない。

 リンは座席を離れて通路側に出ると、前の席の方へと駆け出して行った。

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