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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第三章
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溶け合う想い

 船を抑えた後、アーロンとキース達はレストン家に調査に向った。

 その流れでフロンス家にも向かい、細かく取り調べる。久し振りに会ったフロンス家の執事とは、情報をもらったことを秘密にする約束のため初対面の振りをしてやりとりした。

 朝から始まった仕事はなかなか終わらず、結局また後日、今度は例の花を栽培している場所を調べるということが決まったところでやっと一段落となった。

 夜はすっかり更けていた。いつの間にかリンの誕生日が過ぎていく。



 やっと解放されたアーロンは家へと向かいながらふと別れ道で足を止めた。右へ進めばローラの家へ行ける。またこの前と同じように、時間はかなり遅い。でも、今日は誕生日だ。一言お祝いを言いに行くくらいは許されるのではないだろうか。

 しばし葛藤したものの、結局自分の中の衝動に勝てず、アーロンは別れ道を右へと進んだ。



 扉を開けて顔を出したローラは、アーロンを見て驚いたように目を丸くした。


「あれ?リンちゃん??」

「…うん、あの、また夜遅くに申し訳ないんだけど」


 アーロンは恐縮しながら謝罪する。どう考えても突然訪問するには非常識な時間だった。


「ううん、それはいいんだけど。あれ、聞いてない?」


 ローラの言葉にアーロンは「え?」と問いかける。


「今日、キャリーも一緒にお友達の家に泊まりに行ってるの。リンちゃんのお誕生日会をするって言って」


 アーロンは一瞬固まると、「あぁ…」と吐息混じりな声を漏らした。一気に虚脱感が襲う。

 会えないと言ったのは自分なのだから仕方が無い。リンはちゃんと誕生日を祝ってもらえている。寂しい想いをしてはいない。それなら、なによりなのだけど…。

 予想以上に落胆している自分に、苦笑する。やはり大人の男には、程遠い。

 ローラは申し訳なさそうに「ごめんね、わざわざ来てもらったのに」と眉を下げた。


「いや、こっちこそごめん。ちゃんと聞いておけばよかった」


 アーロンは一歩退がると、「帰るよ。お休み」と告げた。


「お疲れ様」


 アーロンはローラに背を向けると、また家に向かって歩き始めた。



 自分の家に辿り着き、アーロンは鍵を開けて部屋に入った。

 1人の部屋に戻ってくるのが、今日はことさら辛く感じる。そんな想いを振り切るように乱暴に靴を脱ぎ捨てた。

 一歩部屋に足を上げ、その場で動きを止める。違和感を感じて振り返った先には、よく知っている小さな靴が置いてあった。

 しばらく呆然とそれを見つめる。

 不意にアーロンは弾かれたように、居間の入口を振り返った。部屋は暗くて人が居る気配は無い。アーロンはもう一度靴の存在を確認すると、慌てて居間へと走って行った。


 居間にはやはり誰も居なかった。左右の部屋のドアを見遣る。かつてのリンの部屋へ足を向けると、一気に開いた。

 部屋は空っぽだった。

 何の荷物もない部屋に裸のベッドだけが置いてある。生活感の無いその空間はリンが出て行った状態のまま、何も変わっていない。

 それは当然といえば、当然の事なのだが。

 何やら虚しさを覚えて、アーロンは肩を落とした。友達と誕生会をしていると聞いたばかりなのに、なにをしているのか。自嘲的な笑みを洩らし、アーロンは踵を返すと部屋を出た。

 改めて、重い足取りで自分の部屋へと向かう。

 不意に、その部屋のドアがカチリと音を立てて開いた。

 思わぬことに、アーロンの足は杭を打たれたようにその場に止まった。

 少しだけ開いたドアから、恐る恐るというように、少女が顔を覗かせる。

 その翡翠色の瞳と出会った瞬間、少女は目を見開いて顔を引っ込めた。

 再びドアが閉ざされる。


 何事も無かったように元通りになったドアを見詰めながら、アーロンは動けなかった。状況が理解できない。都合のいい幻でないことは分かっているのだが、体が動かない。

 やがてアーロンの部屋のドアは、またゆっくりと開かれた。

 リンが先ほどと同じようにそっと顔だけ出した。目を見張って固まるアーロンを認め、眉を下げる。


「あの…ごめんなさい…」


 そしてたどたどしく謝った。

 アーロンは反応できずに茫然と立ち尽くしていた。ドアの影に隠れるようにして、リンはまた躊躇いがちに口を開く。


「でも、あの、あのね…、やっぱり…誕生日だし…」


 必死に言い訳を紡ぐリンの言葉を、最後まで黙って聞いていることができなかった。

 いつの間にか、弾かれるようにアーロンはリンのもとへ走っていた。


 部屋のドアを開けると、リンが引っ張られるように一歩外に出る。その体を引き寄せて、かき抱いた。

 愛おしい温もりを、ただ夢中で抱きしめる。リンもアーロンの背中にしがみつくようにして抱き返した。

 言葉も無く、2人は暫くそのまま抱き締め合っていた。


「アーロン…」


 不意にリンが口を開いた。アーロンの上着を背中できゅっと握りしめる。


「帰れって言わないで」


 小さな声が訴えた。


「私、子供じゃないから…。ダメじゃないから…」


 アーロンは何も言わずにリンを抱きしめたまま動かない。リンは目を閉じると、アーロンを抱きしめる腕に力を込めた。


「…大好きだから」


 ふと抱き締められていた腕が離れ、リンは顔を上げた。目が合った瞬間、押し当てるようにして唇が重なる。

 目を閉じてそれを受け止めたリンは、再びアーロンの背に腕を廻した。固く抱き合って、求め合うように口付けた。


 温もりが、アーロンの頭の中を浸食し、麻痺させる。腕の中の柔らかさに、何も考えられなくなる。

 唇を離すと、アーロンはリンの体を軽く持ち上げた。

 地から足が離れたリンを振り仰ぎ、その目を見つめる。自分を見返す翡翠色の瞳に、戸惑いは無かった。

 アーロンはリンを抱いたままベッドへと歩いた。そしてそこにそっと降ろした。

 白いシーツにリンの金色の髪が流れる。その存在を確かめるようにそっと頬に触れ、2人は黙って見詰め合った。


「怖くない…?」


 アーロンの問いかけにリンは首を振ると、「怖くない…」と答えた。


「怖くなったら、言っていいから。頑張って、止めるから…」

「大丈夫…」


 アーロンはリンに顔を寄せると、またそっと唇を重ねた。



 暗い部屋の中、抜けるような白い肌に夢中で唇を這わせる。

 肌と肌が触れ合った瞬間、頭の中の微かな迷いは吹き飛ばされた。リンの体の中に、自分を正気に戻す幼さは全く残っていなかった。

 いつの間にか膨らんだ胸、細い腰、丸みを帯びた柔らかい体…。

 アーロンの愛撫にリンの体が時折ぴくりと震える。そして熱い吐息を漏らす。


 ”怖くなったら、言っていいから”


 そんなことを言ったくせに、もう止められる自信は全く無かった。


 結婚するまで、待つつもりだった。

 でもそう誓いながら、会うたび不安になった。

 どんどん綺麗になるリンを、他の男に取られてしまいそうで。自分より好きになれる誰かと、出会ってしまいそうで。

 自分を止める理性とは裏腹に、心はいつもリンを求めていた。全部、自分のものにしたかった。腕の中に抱きとめて、離したくなかった。

 誰よりも愛しい少女――。


「リン…」


 呼びかけると、リンが薄っすら目を開ける。


「……いい?」


 囁くような問いかけに、リンがこくりと頷く。アーロンはそれを確認すると、ゆっくりと腰を押し進めた。

 初めての痛みにリンが身を硬くする。堪えるように歪んだ顔を見て、アーロンはとっさに身を退いた。


「あ…!大丈夫…!!」


 リンが慌てて訴える。


「…でも…」

「大丈夫…!……止めないで…!お願い…」


 とっさに声が出なかった。リンの懇願する声に胸が震え、息が詰まって。こんなにも強く求められたのは、たぶん生まれて初めてだから。

 その真っ直ぐな想いが、迷いや躊躇いを消してくれる。

 アーロンは身を屈めると、小さく囁いた。


「……力、抜いて…」

「うん…」


 そしてベッドの上の2つの影は再び重なり合い、お互いを固く抱き締め合った。


 ◆


 白々と夜が明ける頃、まだ起きるには早いのに、アーロンは自然に目を覚ましていた。

 部屋に少しずつ明るさが戻る。そんな穏やかな朝の光に浮かび上がるように、目の前の少女が色づいていく。ベッドに横になったまま、アーロンはその姿に目を奪われていた。

 隣の少女はまだ眠っている。とても穏やかに。

 リンはアーロンに体を向けるようにして、横向きに寝そべっていた。

 どこまでも白くて綺麗な体。細い肩や形のいい胸に、金色の髪が飾るように流れている。

 閉じた目は長い睫で縁取られ、微かに開いた桜色の唇からは穏やかな寝息が零れていた。


 その姿はまるで作り物のように、ただ美しかった。


―――こんなに、綺麗だったかな…。


 信じられない想いでただ見つめる。本当にこの子が、昨夜自分の腕の中に居たのだろうか。

 その温もりも感触もはっきり手に残っているのに、そんなことを考えてしまう。

 手を延ばしてその髪に触れてみる。

 指を通して梳きながら、ゆっくりと手を下ろしていく。その手触りに昨夜の記憶が甦る。

 夢じゃない。

 そう思うと、また胸が熱くなった。


 不意にリンの目が、薄っすらと開いた。起こしてしまった気がして、慌てて髪から手を離す。リンの目がアーロンを映した。

 そして穏やかに細められる。


「おはよう」

「…おはよう」


 しばらくアーロンを見詰めていたリンは、不意にその目線を自分に下ろした。

 毛布が腰のあたりまで下りてしまっていることに気付き、慌ててそれを引き上げる。そして顔を赤くし、肩まで毛布の中に入ってしまった。

 アーロンはそんなリンに思わず吹き出した。


「なんで笑うの?」


 リンの問いかけに「だって、今更…」と言ってしまう。リンはまたみるみる赤くなった。

 アーロンはリンに体を寄せると、毛布ごとその体を腕の中に抱き寄せた。リンもアーロンの胸に顔を埋める。


「アーロン…」

「ん?」

「私、この家に戻ってきてもいい…?」


 アーロンは何も答えない。リンは顔を上げると、少しの間見つめあった。


「だめ…?」

「いや…だめじゃないけど…」

「……けど?」

「たまに来るだけしといた方が、いいかもしれない」

「どうして…?」


 哀しげに問いかけるリンを改めて胸に抱きこんで、アーロンは苦笑した。


「幻滅されそうだから」

「しないよぉ」


 本当だろうか。アーロンは少し考え、「戻ってくるなら、部屋同じにするけど」と言ってみた。

 リンはこっそりまた顔を赤らめる。そしてアーロンの体にぎゅっと抱きついた。


「うん、いいよ…」


 アーロンの手が毛布の中に入ってくる。リンの肩に触れ、背中に触れ、撫でるように腰へと移動する。

 その動きに、リンがちょっと笑った。


「アーロン、なんか手がやらしい…」


 アーロンの手がぴたっと止まる。そしてリンの体を離すと、仰向けになった。


「やっぱ戻ってきちゃダメ」

「えぇぇ!!」


 リンは慌てて体を起こすと、アーロンの顔を覗き込んだ。


「なんで!」

「理性的で、やらしくない、大人の男の振りしてたいから」

「そんな必要ないよぉ!」


 リンが覆いかぶさるようにしてアーロンに抱きつく。そしてその肩に顔を埋めた。


「触っていいよ…?」

「”触っていいよ”って…」


 アーロンは吹き出しつつ、リンの体を抱きしめる。幸せな温もりだと思った。

 金色の髪を撫で、そっと目を閉じる。


「嘘だよ…。戻っておいで。もう、離れられない」


 少しの間をおいて、リンが顔を上げる。アーロンを見つめるその瞳は、微かに潤んでいた。


「夢みたい…」

「俺もだよ」

「…大好き」

「……俺もだよ」


 アーロンの手がリンの頬に触れ、金色の髪に手を潜らせる。そして桜色の唇を、そっと引き寄せた。


 部屋に差し込む朝の光の中、口付けを交わす。

 2人は固く抱き合いながら、改めてお互いの想いを確かめ合っていた。

第三章、完結です。

アーロンが蜜月を迎えたところで、キースとリンの再会に向かいます(笑)

次章、最終章です。

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