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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第三章
63/88

リンの誕生日

 やがてレストン家の船が出る日がやってきた。リンの誕生日でもあるその日、空は綺麗に晴れていた。

 リンが、15歳になった。

 そう思うと、時の流れを感じる。アーロンは感慨深い想いで澄み切った空を見上げていた。



 朝、城に行って隊員達を集合させると、アーロンとキースはすぐに前庭に急いだ。

 そこには近衛騎士隊の騎士数人とアルベルトが待っていた。2人の姿を認め、破顔する。


「久し振りだな、金髪と赤毛!」


 相変わらずの立派な体躯に圧倒される。その精悍な顔立ちからは以前と変わらず若々しさと猛々しさが滲み出ており、居るだけで威圧感のある不思議な人だ。


「ご無沙汰しています」


 キースの言葉に続くように、アーロンも「お久し振りです」と軽く礼をした。アルベルトは白い歯を見せ、楽しそうに笑う。


「評判は聞いてるぜ。バッシュやグレイスからな。ちょっと見ないうちになんだか貫禄ついてきたじゃねぇか、――特にお前!」


 アーロンの頭に大きな手が乗り、その赤毛をくしゃくしゃっとかき回した。


「ど、どうも」


 子供のような扱いに隣でキースが苦笑する。アルベルトは改めて2人と向き合うと「今日は、まぁ簡単な仕事だ」と言った。


「相手は公爵だからな。言い逃れできないよう大袈裟に調べて、しっかり物を押さえてくれ」

「――はい」


 2人は声を揃え、はっきりと応えた。



 実際、仕事は簡単だった。船の出る場所、時刻など、情報は揃っている。

 騎士隊の登場に乗組員達は仰天し、レストン家の関係者と思われる者達は明らかな動揺を見せた。

 アルベルトは乗組員に下船するよう指示を出したが、即座に指示に従わない者も居た。


「行って来い」


 アルベルトの指示とともに、キースとアーロンの隊は船に入った。

 キースの隊が船の中を隈なく見回り、全員を外へ誘導する。護衛の傭兵達も、近衛騎士隊長の前に抵抗するわけにもいかず、結局次々と連れ出されて行った。

 その間、積荷部屋でアーロンの隊が船の荷を、徹底的に調べる。やがて沢山の荷の中から、白い粉を詰めた箱を見つけ出した。


「この粉はなんだ?」


 運び出された白い粉を前に、船の責任者は顔を青くしていた。アルベルトに睨まれ、声も出ない様子だった。


「私は…私は知りません…。ただ、荷を運ぶ役を仰せつかっているだけなのです」

「なるほど」


 アルベルトは嘲笑を浮かべる。


「では公爵に聞くことにしよう」


 責任者の男の顔は分かりやすく白くなった。



 レストン家の船の出航は中止となり、そのまま船は荷を含めて近衛騎士隊の手に渡ることとなった。アルベルトは粉を1袋手にとると、キースとアーロンの前にそれを掲げて見せた。


「これがそうなのか?」


 キースが頷く。


「恐らくそうです。他に怪しいものはありませんでした。毒花から作られているそうで、花の栽培自体がフロンス伯爵家か、またはレストン公爵家の領土で行われているはずです」

「なるほど。まぁ、物さえ押さえられればあとは公爵から聞き出せる」


 不意にアーロンが、「”俺は知らない”って言うかも」と呟いた。アルベルトはハッハと豪快に笑う。


「当然言うだろうな!けれども関係ない。レストン家の当主として、責任は逃れられない」


 アルベルトはそう言って少し間をおくと、「というか、逃れさせない」と断言した。彼がそう言うのなら大丈夫なのだろうと何故か思える。頼もしく思いながら、アーロンは「お願いします」と言った。

 そしてふと思い出した様に呟く。


「そういえば…グレイス姫の結婚って、結局…」


 キースが驚いたようにアーロンを見遣る。”この人の前でその話か”と言いたげな目に、アーロンは「あ…」と固まった。


「破談だよ、破談!」


 アルベルトはそんな心配をよそに、嬉しそうに答えた。


「麻薬が出たって、関係ねぇって。これを使った証拠はどこにもないんだからな。ざまーみろだ」


 アーロンとキースは呆気にとられたように近衛騎士隊長を見ている。なにやら先ほどの威圧的な隊長とは全く様子が違う。

 アルベルトはそんな2人のことは目に入ってないようで、不意に顔を険しくすると独り言のように呟いた。


「と言っても、またどうせ次の候補が出てくるんだろうけどな。あいつを幸せにできる男なんて、貴族のボンボンの中に居るとは思えないんだがなぁ」


 願望とも思える言葉だった。


「大丈夫です」


 不意にキースが口を開いた。


「――彼女は、誰の力も借りずに幸せになれる人ですから」


 アルベルトが目を丸くする。キースは彼の視線を受け止めると、口元に薄く笑みを浮かべた。その挑発的な表情に反応し、騎士隊長の眉根はぐっと寄る。


「…惚れたんじゃねぇだろな、お前」

「はい、惚れました」


 即座に答えたキースに、アーロンは隣で息を呑んだ。妙な緊張感とともに、その場には少しの間沈黙が流れた。


「……いい度胸だな」


 キースを睨むアルベルトの目には明らかな怒りが窺え、アーロンは内心冷や汗をかいていた。けれども当のキースが動じる様子は無い。


「…確かに、あいつは男に依存するような女じゃない」


 アルベルトはそう言うと、不意にキースの頭に手を乗せ、乱暴にかき回した。


「だからお前だって要らねぇんだよ、ざまーみろ!!」


 アーロンは我慢できずに吹き出した。


「――よし、レストン家に行くぞ!」


 そう言ってアルベルトはくるりと背を向ける。

 呆気にとられて近衛騎士隊長を見送るキースの隣で、アーロンはしばらく笑いを止めることが出来なかった。


 ◆


 その夜、レストン公爵は城へ呼び出さることとなった。

 家に騎士隊が調査しに来たことで、すでに船が抑えられたことはレストンの耳に入っていた。そしてあの薬が押収されたことも。

 レストン公爵は広間に通され、国王の前に出た。

 家中をかき回されたが、幸い全てあの船に乗せていたので薬は見つかっていない。不幸中の幸いだった。

 以前と同じように玉座に座る国王の隣には王妃が座っている。そしてその隣に、王女であるグレイス姫が立っていた。

 その場の緊張感に、レストン公爵のこめかみにはいやな汗が伝って落ちた。けれども努めて平静を装い、王の前に膝をついて頭を垂れる。

 型通りの挨拶の後、国王は静かに口を開いた。


「久し振りだな、レストン公爵。今日、何故呼び出されたのかはすでに知っているだろうが」

「――その件でございますが」


 レストン公爵はすかさず口を開いた。


「私の船の荷に、不審な物が混ざっていたと聞いております。私の管理が及ばず、申し訳ありません。その荷に関しては、フロンス家から加えるよう要請があったようで、フロンス伯爵に事情を聞こうと思っていたところでございます」

「なるほど」


 国王は短く応えた。


「…つまり、レストン家は関知していない荷だと?」

「はい。申し訳ありません。フロンス家を信頼して、私の船を使うことを許しておりましたが、まさかこのような悪事を働かれるとは…」

「フロンス家が運ぼうとした荷については何も知らないと?」

「存じ上げません」


 グレイス姫の顔が険しくなる。国王はクッと笑いを漏らした。


「いざとなったら下を切り捨てて逃げるか。大したものだ」


 レストン公爵は顔を伏せたまま動かない。国王が立ち上がった気配を感じ、その体に緊張が走った。


「顔を上げろ」


 国王の低い声に押し上げられるように、レストン公爵は恐る恐る顔を上げる。そのダークブラウンの鋭い目に射抜かれ、全身が竦んだ。


「アンジェリーナはどうした」

「……離縁いたしました」


 震える声を隠そうと必死に声を振り絞る。


「そのようだな」


 国王が呟いた。


「行方不明で、フロンス家にも戻っていない。お前はもちろん知らないんだろう?」

「…存じません」

「結構だ」


 国王が口元に残忍な笑みを浮かべる。それは睨まれるよりもかえってレストン公爵を震え上がらせた。


「今回荷が見つかったのは紛れも無くお前の船で、その船にお前の雇った者以外誰も乗っていなかった。俺がこの目で確認した。たとえ真実、預かり知らぬことであったとしても、お前に責任が及ばないことなど有り得ない。それが地位を持つ物の宿命だと心得ておけ」


 落ち着いた声が降り注ぐ。レストン公爵は凍りついたように固まる。


「俺は麻薬なんてものは大嫌いで、製造も販売も許していない。それを承知の上でのことと理解している。そんな事に使わせるつもりで領土を渡したわけではない。返してもらおう」


 国王は少し間をおくと、「それから」と続けた。


「アンジェリーナの行方も追わせることにしよう。すんなり離縁できたとも思えない。お前のやったことを全て知っていたのだからな」


 国王の言葉にレストン公爵は頭を垂れた。その大きな体は小さく震え続けていた。



「アンジェリーナはもう生きていない可能性が高いな」


 レストン公爵を収監させた後、自室に戻りながらアルベルトは隣を歩く王妃に言った。王妃が眉をひそめる。


「なんか胡散臭い人だとは思ってたけど…」


 そして疲れたような溜息を洩らした。


「グレイスの結婚がまた延びたわ」

「いいじゃねぇか。無理に結婚させなくっても」

「何言ってるの。可哀想よ」


 王妃が紫色の瞳をアルベルトに向ける。咎めるようなその強気な目も彼女にはよく似合う。


「バーレン家が相手なら申し分なかったのに…」

「バーレン公爵は申し分ないが、息子はちょっとな」


 アルベルトは苦笑する。王妃は何も言えずに目を伏せていたが、「バーレン家の親戚で誰か…」と呟いた。


「いや、バーレン家関係はやめとけって。公爵の息子が破談になったんだから、親戚達もそんな話、受け辛いだろ」


 それは最もな話だった。王妃は諦めたように「そうね」と肩を落とした。


「でも今回のことにジュリアは関係ないわ。ユリアンの結婚まで破談にする必要はないんじゃない?」


 自室の前に辿りついたアルベルトが足を止めて王妃を見る。衛兵達が頭を下げ、素早く部屋の扉を開けた。


「その話は、部屋で聞こうか」


 アルベルトの腕が妻の細い腰を抱き寄せる。

 夫婦は仲むつまじく寄り添ったまま、部屋の中へと入っていった。


 ◆


 その頃、リンはパティの家でお誕生会を開いてもらっていた。

 パティの家の酒場で机を囲んで食べて、飲んで、盛り上がる。といってもまだ子供なので、お酒は飲まないのだが。

 今日はこの後、上の宿屋で泊めてもらう予定だった。


「さぁて、リンの話聞かないとね!」


 不意にシーラが言った。リンはぎょっとしたように目を見張る。


「約束でしょ?」

「そうだよ、そうだよ!」


 キャリーも身を乗り出す。パティはというと、困り果てるリンを遠巻きに見物しているだけだ。どうやら助けは期待出来ない。


「誰なの??」


 シーラが改めて聞いた。秘密にしないといけないわけではない。ただちょっと言いづらかっただけで…。

 リンは困ったように顔を伏せていたが、やがて「あのね…」と思い切って口を開いた。


「…アーロン……なの」

「――えぇぇ?!?!」


 シーラとキャリーが同時に驚きの声を上げた。パティはその反応を楽しそうに笑い飛ばす。リンは耳まで赤くなりつつ、俯いていた。


 アーロンとは血が繋がっていないこと。

 12歳の頃から一緒に住み始めて、好きになったのはその後だったこと。

 そして今はその想いを受け入れてもらえたこと。

 けれどもそのために、離れて暮らすようになったこと。

 ひとつひとつを話しながら、リンの胸には改めて暖かい想いが広がっていった。長かった片想いの記憶が甦る。


 14歳になった時、”まだまだ子供だ”と言われて哀しかった。

 彼の話にかつての恋人であるローラの名前が出るたび、胸が苦しかった。

 隊長として仕事をしながら、どんどん立派になっていく彼が眩しかった。

 けれども同時に、なんだか手の届かない人になっていくようで怖かった。


 ”お前だけは、誰にもやらない…”


 アーロンの言葉に改めて胸が締め付けられる。嬉しくて、幸せで、本当に夢みたいで…。


「そっかぁー!」


 キャリーが納得したようにうんうんと頷いた。


「姉さんがいつも”不思議なほど仲が良いよね”って感心してたけど、そういうことかぁ?」

「そ、そんなこと言ってた…?」


 なんだか恥ずかしくて、思わずまた赤くなってしまう。


「それに全然似てないと思った!」


 シーラも思い出したように言う。キャリーも”そうだよねぇ”というように、また頷いた。


「でもどうして一緒に暮らしちゃだめなの?」


 シーラの質問に、リンは「アーロンが、そう言うから…」と言った。


「学校出るまではって…。私は、一緒に暮らしたいんだけど…」

「真面目だねぇ」


 15歳の子に”真面目”だと感心されていると知ったらアーロンはどんな顔をするだろうか。リンはそれを想像してちょっと笑った。

 シーラはリンの顔を覗き込むようにして見た。


「もうキスした?」


 リンの顔がまた一気に赤くなる。パティが楽しそうに、「シーラ、そういう話ばっかり!」と笑う。


「だって相手は大人だし!そっか。キスだけじゃ済まないよね」

「”済まない”って!」


 腹を抱えて笑うパティの横で、リンは真っ赤になりつつ「そんなことないもん!」と言った。


「リンが相手じゃ、無理かぁ~」


 からかうようなシーラの言葉にリンはまたムキになって「そんなことないっ!」と返す。


「私は、別に…。でも、あの、アーロンが…」


 なにを言っているんだろうと思いつつ、リンは言葉を濁して俯く。シーラはそれでも全て理解したようで、意味深な笑みを浮かべる。


「やっぱり真面目だぁ~」


 キャリーは話が見えないようできょとんとしている。パティは楽しそうに、シーラとリンを観察していた。


「私はもうロディにあげちゃった」

「えぇぇ!!!」


 突然の大胆告白にリンはすっとんきょうな声をあげた。シーラはケロッとして「ロディの誕生日のお祝いに」と言った。


「お、お祝いに…」


 呆然とその言葉を繰り返す。そんなリンにシーラは頬杖をつき、にっこり微笑んだ。


「すっごく喜んでたよ」

「そ、そうなんだ…」


 他にどう言っていいか分からない。目の前の友人が突然見知らぬ大人の女性に見えてきて、リンは目のやり場に困ってしまった。

 視線を泳がせるリンに、シーラは小首を傾げて言った。


「リンもこんなところで集まってる場合じゃないじゃん」

「え?」

「今日は会わないの?」

「あぁ…」


 リンはシーラの言わんとするところを理解し、俯いた。


「今日はお仕事だから…」

「帰ってこないの?」

「…そんなことはないと思うけど」

「会いたくない?」

「それは…会いたいけど…」


 リンは手元のグラスを弄りながらぼそぼそと答える。シーラは頬杖をついたまま、にっこりと笑みを浮かべた。


「じゃ、ここで泊まってる場合じゃないじゃん」

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