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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第三章
42/88

ミケーネ侯爵家事件調査

 翌日、朝の訓練前、アーロンは同じ上級兵士であるベンに声をかけられた。

 ミケーネ侯爵の件で調査の手が必要なので協力して欲しいという申し出だった。そんな話、昨日も聞いたなと思いつつ「予算案会議は…」と問う。


「欠席でいい。キースの隊は朝から向かっている。俺もこれから行くから、お前も来い」


 アーロンは「はい」と答えつつ、内心”頑張って資料作るんじゃなかった”と思っていた。



 アーロンの隊の到着の知らせを受け、キースは彼を出迎えた。今日はまだ隊員達を動かさずに待たせてある。

 

「どう調子は?」


 どこか楽し気なアーロンの問いかけに、キースは苦笑する。状況はすでに承知しているようだ。


「どうもこうもない」


 騎士の指示で無駄な労力を費やしている現状に、アーロンも苦々しい笑みを浮かべた。


「山賊の捜索を手伝えって言われたよ」


 どうやらアーロンの隊も、キースの隊と合流してムーサ山を捜索しろと指示を出されたようだ。


「どうする?」


 アーロンに問いかけられ、キースは眉を上げた。


「”どうする”って?」

「捜索しないだろ?」

「いや、それは命令違反だ」

「いいじゃん、別に」

「良くないだろ」


 話し合う隊長の後ろでは、それぞれ隊員達が指示を待っている。


「分かった。じゃぁちょっと騎士に文句言ってくる」

「ちょっと待て」


 背を向けかけたアーロンの肩を、キースは即座に引き止めた。


「無駄だ。聞く耳持たない」

「…じゃぁ、勝手にやるしかないじゃん」

「そういう発想は無かったな」


 騎士の命令に背いて兵士が勝手に動けば軍の統制が乱れる。だからこそ騎士が融通の利かない人物であった場合、それは立場的に諦めるしかないというのがキースの考えだった。


「なんでだよ。何もかも言うなりになる必要なんて無いだろ?騎士も人間なんだし、間違いはある。今回は、絶対間違えてる」

「それは分かってる」

「だったら、どうする?今日は」


 もう命令違反の方向で動くことに決まっているらしい。いざという時には隊長責任となるのだが、どこまで分かって言っているか。

 キースは腕を組み、思案した。立場を考えるなら、アーロンとは別行動をとってあくまで命令を遂行するという解もある。

 それを分かっていながら頭は早くも今日の調査の軌道修正を始めている。

 いつの間にアーロンから変な影響を受けている自分に気付き、キースは内心自嘲した。


「…侯爵には近寄れないぞ」


 キースの言葉に、アーロンは頷いて「だろうな」と呟いた。


「侯爵の周りを調べようぜ!あと、鉱山関係?」

「その前に確認しておく。お前は今回の騒動は侯爵の自作自演だと思ってるんだな」

「うん」


 やはり考えている事は同じだった。満足して、キースは質問を投げる。


「そうだとして、その理由はなんだと思ってる?」

「そこだよなぁ~…」


 アーロンは首を捻った。


「自分の鉱山塞ぐ理由、なんだろうな?」

「それの見当がつかないと、調査のしようがない。とりあえず当たりを付けるだけでも…」

「――分かった!」


 手を打ったアーロンに、キースは目を丸くした。


「早いな」

「なんか隠したんだ。あの中に」


 確信に満ちた答えだった。突き立てられた人差し指を眺めつつ、キースはとりあえず「何を」と問いかける。

 アーロンは頷きながら、独り言のように呟いている。


「そうだきっと。わざわざ穴掘る必要ないし、次に掘り出されるのはいつになるか分からないし、その間に土に還ってくれるからどうせ見付からない」

「…何か物騒なこと考えてるだろ、お前」

「よし、侯爵の関係者で消えた奴が居ないかどうか探ろう!」


 隠したものは”人間”と決まったらしい。事件は突然殺人の可能性を孕んでしまった。なかなか派手な死体遺棄だと苦笑しつつ、キースは頷いた。


「まぁいいや、それでいこう」

「なんだ”まぁ、いいや”って」


 引っ掛かるアーロンは無視して話を進める。


「お前はその線を当たってくれ。俺はあの鉱山の採鉱に雇われてた者を当たってみる」

「なんで?」

「何か隠すならもう掘る気のない鉱山がいいだろ?あの鉱山の採鉱状況を調べてみる」


 本気で”人”を隠したとも思えないが、何かを隠すというのは有り得るかもしれない。アーロンは納得したように「なるほどね」と言った。

 2人は後で落ち合うことを決め、それぞれの調査へと動いて行った。


 ◆


 その頃、バーレン公爵家には再びグレイス王女が訪れていた。

 今日はカイルと2人で、食事をする予定である。

 早く親睦を深めてもらおうという母である王妃の提案である。父は当然渋い顔だが、母に相手にしてもらえるはずもない。

 あまり着飾りすぎても相手が萎縮してしまうので、今日は膝丈のシンプルなワンピースを着て来ている。長い黒い髪も自然におろした状態で、特に飾りは付けなかった。


 彼女を出迎えた執事の話によると、カイルは傭兵団の団員と剣の稽古中とのことだった。

 ”剣の稽古”という言葉に、グレイスは少し嬉しくなった。同じように剣をたしなむなら多少話が合うかもしれない。

 案内されるままに、グレイスは彼のもとへと向かった。


 カイルはグレイスの姿を認め、その顔に分かり易く嫌悪感を滲ませた。

 それでも執事の手前、一応「ようこそいらっしゃいました」と出迎える。

 無理している様子が可笑しくて、グレイスはまた笑いたくなるのを堪えながら「お招き頂き、ありがとうございます」と返した。


「それでは、カイル様、後はよろしくお願いいたします」


 執事はそう言うとうやうやしくお辞儀をして去っていった。

 それを見送って、改めて向き合う。カイルはグレイスの頭から足までにざっと視線を這わせ、嘲笑を浮かべた。


「服装が普通だと、普通の女だな」


―――始まった…。


 グレイスは内心やれやれと溜息を洩らしつつ「すみません」と返す。


「別にいいぜ、期待してないし。とりあえず2人で食事してやればいいわけ?」

「そうね。そうして頂いていいかしら」


 変に噛み付いてくるのを適当にいなす。カイルは忌々しげにグレイスを睨むと「剣の稽古中だったのに…」と不満を洩らした。

 グレイスはふと彼の手に握られた剣に目を留めた。

 バーレン公爵家の力を現すかのような立派な剣だった。羽振りが大きく、見るからに強そうだ。


「素晴らしい剣ね」


 グレイスの感想に、カイルは「まぁな」と口角を上げた。どうやら悪い気はしないらしい。


「最高級の剣だぜ。誰にでも持てる代物じゃない。それなりの腕が必要なんだ」


 得意気に語り始める。機嫌が良くなるのは何よりだと思いながら、グレイスは「すごいわぁ」と大げさに感心してみせた。


「私も剣の稽古はしているの。今度手合わせしてもらおうかしら」


 楽しい提案のつもりだったが、カイルの表情はまた険しくなった。


「俺に勝てる気なのか?」


―――どうしてそうなっちゃうの?


 早くも疲れて来る。


「…教えてもらいたいと思って」

「女に教えるなんて、面倒だ」


 残念ながら、剣が共通の趣味にはならないらしい。吐き捨てるように却下され、グレイスはぐったりと肩を落とした。



 その後、グレイスはカイルと一緒に広い部屋へと向かった。中央のテーブルに向かい合わせに座るよう、食事が用意されている。

 2人はそれぞれの席に座り、給仕されるままに食事を始めた。

 料理には最高級の素材が使われているのがわかる。グレイスを迎えるために出来る限りの贅を尽くしてくれたのだろう。


「すごく美味しいわ」


 感動のこもったグレイスの言葉を、カイルは即座に「そりゃ良かったね」と鼻で笑った。


「たかが昼食に、こんな必死に用意して。まぁ王族様には普通の食事なんでしょうけど」

「そんなことないわよ?」


 実際、王族の華やかな部分は表向きだけで、裏では一般と変わらない食生活だ。けれどもカイルはグレイスの言葉に耳を貸す様子は無い。


「いいんだぜ、別に。内心馬鹿にしてるんだろ?バーレン家なんて王族の家来だと思ってるくせに」


 次々に憎まれ口が沸いてくる。何故ここまであからさまな敵意を向けられるのか、グレイスとしては全く不可解だった。

 周りで動いている使用人達は、ちらちらと怖い物を見るような目を向けていた。それも当然だろう。グレイス次第では不敬罪に問われても文句は言えない態度だ。

 それでも止めに入ることも出来ず、全員ビクビクしている。


「バーレン家は立派な家だわ。家来だなんてとんでもない。王族を支える柱の一つよ」

「――白々しいんだよ!!」


 突然カイルが我慢ならないというように声をあげ、勢いよく立ちあがった。周りの空気が凍りつく。

 グレイスは呆気にとられ、自分を睨みつける青い瞳を見返していた。


「一方的に顔合わせだ、食事だ、婚約だって動かしておきながら…!お前が俺を見下してることぐらい、ちゃんと分かってんだ!!」


 そこは確かに否定出来ない。王族という立場とは関係ないが。それでも一応否定しておこうと、グレイスは口を開いた。


「そんなことは…」

「白々しいって言ってるんだよ!!!」


 カイルは怒鳴りながら、テーブルクロスを力任せに引っ張った。それに載せられていた食器達が、激しい音を立てて床に散らばる。当然の結果として、料理も撒き散らされた。

 周りの者達が、息を呑む。それに反し、グレイスの瞳からは表情が消えた。

 カイルは興奮のあまり、顔を赤くしている。グレイスの目はそんな彼ではなく、バーレン家が丹精込めて用意してくれた料理たちに向けられていた。

 その場に漂う張り詰めた緊張感に、周りの使用人達は凍りついたように動きを止めていた。


「……帰れ。俺は結婚なんかしない」


 カイルが小さく呟く。使用人の1人が我に返り、床の料理を片付けようと動いた。


「――待って」


 不意にグレイスの低い声が響いた。使用人が動きを止める。

 グレイスは静かに立ち上がると、目の前に立つカイルと向き合った。紫色の瞳が怒気を含み、真っ直ぐにカイルを見据える。その目に対抗するかのように、カイルも彼女を睨み返す。


「拾って」


 グレイスが言った。聞き捨てならないとばかりに、カイルが眉を潜める。


「はぁ?」

「――拾いなさい!!」


 グレイスの声が凛と響いた瞬間、使用人い達はビクリと身を震わせた。王女の指は真っ直ぐ床を指している。

 言葉の意味を理解し、カイルは当然のように逆上する。


「ふざけるな!!」

「ふざけてないわ。拾って食べなさい」


 カイルの目が信じられないというように見開かれる。あまりの屈辱に言葉を失う。

 やがてクッと馬鹿にしたような笑みを零した。


「本性現したな。王族っていうのは、そういう奴等なんだよ。お前が命令すれば、誰でも床に這いつくばるとでも思ってるのかよ」

「王族の権力でそれが可能なら、それもいいわね」


 グレイスは再び床に向けて人差し指を出した。


「拾って食べなさい。カイル。王女としての命令です」


 そう言ったグレイスの姿を、周りに居る誰もが凍りついたように見つめていた。

 向き合う2人は動かない。グレイスの反撃が予想外だったのだろう。カイルはその気迫に圧され、ふと目を背けた。


「…お前が食え」

「勿論、頂くわ」


 グレイスはそう言うと、床に膝をついて散らばった食事を自分のぶんだけ拾い集めた。

 幸いテーブルクロスとともに落ちたので、まだ食べられそうな物は多い。スープなどは流れてしまったので、固形物しか残ってはいないが。

 美しく型を取られた野菜などを見付けると、胸が痛い。何故こんな真似が出来るのか理解に苦しむ。

 グレイスにあたりたいだけなら、料理に罪は無いだろうに。

 食べられるものを救済し終えると、グレイスはお皿を持ってまた席についた。そしてカイルの存在を無視し、黙々と食事を始めた。

 カイルはしばらくそんなグレイスを信じられないというような目で見ていたが、やがて「は!」と声をあげて笑った。


「床に落ちたものを食ってやがる。おかしいんじゃないか?!」

「床に食べ物を落とす人の方が、よっぽどおかしいわ」


 グレイスの冷たい声に、カイルが口の端を持ち上げて笑う。


「それはそれは…、お偉いことで」

「早くあなたも拾って食べなさい」

「嫌だね」

「…そう」


 グレイスは部屋を見廻すと、壁にかけてある剣に目を留めた。そして使用人の1人に「ちょっといいかしら」と声をかける。

 呼ばれた使用人は、慌てて彼女のもとへやってきた。


「はい!」

「あの剣を貸してもらえる?」


 カイルがその言葉に訝しげに片目を細める。使用人はその意図を推し量れず戸惑いながらも、王女の命令通りに剣を運んだ。

 食事を終えたグレイスはそれを手にすると、すっと立ち上がった。


「ごちそうさま。とても美味しかったわ」


 優雅に微笑む彼女に、使用人達は慌てて「恐れ入ります…!」と頭を下げる。

 グレイスはカイルと向き合うと、ゆっくり剣を抜いた。カイルはとっさに側に置いていた自分の剣を手に取った。そして鞘から抜く。

 食事の席にも関わらず、何故か2人は剣を手に睨み合った。


「言って無理なら、力ずくでいくわ。食べなさい、カイル。あなたが食事を終えるまで、私はここに居座るわよ」

「何が力ずくだよ。やれるもんならやってみな、女のくせに!」


 部屋の中で睨みあう2人を、周りの使用人達は固唾を呑んで見守っていた。


 ◆


 日暮れ前、キースとアーロンは再び落ち合い、一日の調査結果を報告し合っていた。


「鉱山の採鉱をしていた者達は、すぐ分かった。あそこはほとんど廃鉱となっていたようだ」


 予想通りの結論が出た。どうにしろ山賊に潰されたと騒ぐような財産ではなかったという事だ。


「侯爵の周りは広すぎてまだ調べ切れてない。でもいまのところ、誰か消えたっていう話は聞かないよ。鉱山や盗賊についても聞いてみてるけど、たいした情報は無かったな」


 それもおおかた予想通りだった。キースは頷くと、「明日またどうせ引き続き捜索の指示が出る。明日は俺もそっちに手を貸す」と言った。



 その日の夜、バーレン公爵家の1室では、一人息子カイルの怒声が響いていた。


「結婚なんかしないぞ、俺は!!!!」


 怒鳴り込まれたバーレン公爵は目を丸くして興奮気味の息子を眺めている。

 カイルはそんな父親と自分の間にある広い机を叩き「断ってくれ!」と詰め寄った。


「…無理に決まってるだろう」


 公爵は極めて冷静に返す。

 かつてジュリアの縁談の時もこんな場面があったなと懐かしく思い返す。キース・クレイドを辞めさせた後、泣きながら責められたものだった。


「なんで無理なんだよ!なんで王族だからって従わないといけないんだよ!俺、床に落ちたものを食べさせられたんだぞ!!!」


 公爵は呆れた様子で目を閉じた。


「それについては料理長から聞いている。お前が、悪い」


 カイルの顔には小さな切り傷が2つほどついている。その傷についても、料理長から事細かに報告されている。

 親としてローランド王家に謝罪の言葉も見付からない失態だ。それにも関わらず…。


「あちらは婚約を了承してくださった」

「――俺は了承してない!!!」


 カイルの訴えを、公爵は完全に聞き流す。


「また後日、改めて挨拶に来てくださるそうだ。二度と今日のような事態を繰り返すな。次まで恩情を頂ける保証は無いぞ」


 怒りのやり場を失い、カイルは歯軋りをしつつ父親を睨んだ。

 けれどもやがて諦めると、ぷいと背を向け、荒々しい音を立てつつ部屋から出て行った。



 翌日から、キースとアーロンは手分けしてミケーネ侯爵の親類縁者、付き合いのある貴族達などを訪ねて歩いた。その間もちろんムーサ山の捜索中ということになっていたが、それが進展しないことに関して騎士は何も言わなかった。

 もしかすると彼もおかしいと思いつつ、けれども侯爵に言われるがままに山賊を追っているのかもしれないと、2人して話した。


 ミケーネ侯爵の事件を捜査し始めて数日後、アーロンはやっと1つの気になる情報を手に入れることができた。

 キースと合流した時に、彼にそれを伝える。


「どうも、ミケーネ侯爵と古い付き合いのフェンデル侯爵が、あの鉱山を担保に借金を申し込まれていたらしい」


 その話にキースは”おっ”というように眉を上げた。


「あの鉱山を担保に?」

「うん。その予定だったのに、潰されてしまって借金の話は一度消えたらしい。その後、特に打診は無いようで」


 アーロンはそう言うと、苦笑を洩らした。


「ほとんど廃鉱だったなんて知らないみたいだった。言わないでおいたけど」

「言わないで正解だ」


 キースは口元に手を当てると、独り言のように呟いた。


「…話が見えてきたな」

「そうか?でも借金の話は消えたんだぜ?借金した後に潰してごまかすならともかく…」

「フェンデル侯爵はしっかりした人のようだ」


 キースの言葉に、アーロンが首を傾げる。


「なんで?」

「借金する前に、担保となる鉱山がどの程度価値があるのか調べることを条件としたんだろう。ミケーネ侯爵は、古い知り合いだから信頼だけで借してもらえると思っていた。けれどもそう言われて、自分が彼を騙そうとしたのを気づかれる前に潰してしまい、それを理由に借金の話を自分から白紙に戻した。もちろん自分で潰したなどと知れたら怪しまれる。捕まえるアテの無い山賊あたりに罪を被ってもらうのが適当だろう」


 アーロンはキースの話を黙って聞いていたが、不意に顔をしかめると「ほんとかよ」と呟いた。

 そんな下らない話が真実なら、なんと人騒がせなことだろう。


「可能性の話だけどな。けれどもそういう事なら、城から騎士を派遣させてまで大騒ぎさせた理由は分かる。あの鉱山が価値あるものだったと、示す手として悪くない。

貴族間の信頼関係は大事なんだ。そういう話なら、わざわざ真実を明らかにする必要もない。あまり話を広めるのもまずいな」


 ミケーネ侯爵を追及しなくてはならないほどの被害も無い。このまま彼の狂言に付き合うべきだろうと考えるキースに、アーロンは納得いかなそうに言った。


「でもこのままいつまでも調査が続いても困るじゃん。こんな無駄なことやってられないし。とりあえずミケーネ侯爵が”もういい”って言うまで続けるんだろ?でも侯爵も自分から簡単に”もういい”とは言えないだろ」

「うん…」


 キースは目を伏せて黙り込んだ。この先、どうするかを考えなくてはならない。

 ミケーネ侯爵としても、退くに退けなくなっているに違いないのだ。

 不意にアーロンが、「もっと偉い人から、侯爵に”もうやめろ”って言ってもらえりゃいいのにな」と呟いた。

 その言葉にキースが目を上げた。


「なるほど。その手をあたってみるか」

「その手?」

「”偉い人”だよ」


 キースの言葉にアーロンは目を丸くする。


「お前、ローランドの偉い人に知り合いが居るのか?!」

「薄い知り合いだが、訪ねてみる価値はある」

「――誰?」


 キースはふっと苦笑を洩らすと、「バーレン公爵だよ」と答えた。

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