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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第三章
38/88

両国の現状

 アリステア王国の新国王ジークフリードが即位して、もうすぐ2年の月日が流れようとしていた。

 国王が変わったことでの国の目立った変化は今現在ない。かつてヨーゼフ王が統治していた頃と変わらぬ、平穏な日々が続いていた。

 けれども国民の知らぬところで、国は少しずつ変化を始めていた。



 アリステア国王の部屋は、窓から差し込む日の光に照らされていた。

 執務室と寝室が続き部屋のようにつながったその広い部屋では、寝台の軋む音と、昼間に似つかわしくない女性の喘ぎ声が響いていた。

 寝台で一心不乱に腰を振っているのはジークフリード国王その人だった。その体の下で、金色の長い髪の女性が嬌声を上げている。

 女性は行為に酔いながら、ふとその目を開いた。瞼の下から、ライトブラウンの瞳が現れる。


「――目を開けるな!!!」


 突然、国王が怒声を上げた。

 女性はビクリと体を震わせると「申し訳ありません!!」と即座にまた目を閉じる。

 それを確認すると、ジークフリードの顔には安堵の色が浮かんだ。そしてまた動き始める。


「あぁ…アイリス…アイリス…」


 うわ言のように繰り返す。

 自分のものではない名前を呼ぶ王の声を聞きながら、女性はただ固く目を閉じていた。



「ジークフリードはどうしたの」


 議会に出た皇太后カーラは、今日も空席になっている玉座に目を遣り呟いた。


「陛下は……お取り込み中のようでございます」


 答える宰相の返事もいつも通りだった。


「先日お迎えした新しいお妃様と…」

「……そう、また妃を迎えたの」


 カーラは特にその妃について問いたいとは思わなかった。全く興味が湧かない。どうせまた金髪の女なのだろう。


「もう2年も経つっていうのに」


 カーラは忌々しげに呟いた。

 アイリスが自害してから、2年の月日が経とうとしている。

 まさか命を絶つとまで思っていなかったが、それを聞いたときには喜びに震えた。目障りな女が、永久に消え去った。その子供とともに。

 けれども、それを知ったジークフリードは心神喪失状態に陥った。

 政務はもちろん、普通の生活にも差し障るほどだった。彼の口から出る言葉は”何故だ”の一言だけだった。

 やがてそんなジークフリードに、カーラは新しい女を与えるべく妃をあてがった。

 次々と女を連れて来た結果、彼が興味を示したのは金色の髪の女だけだったが、その意味は分かっていた。

 無気力状態だったジークフリードは、女で気力を取り戻し始めた。常に欲しがるようになり、どんどん妃は増えていっている。

 金髪の女ばかり…。

 政務は相変わらず放っておかれているが、カーラが代行しているので現状問題は無い。


「カーラ様…」


 議会を始めた宰相が早速カーラに進言した。


「申し上げにくいことなのでございますが、ジークフリード様はお妃様方に過度の贅沢をお許しでございます。あまりにお妃様が増えてまいりますと、このままでは国費が足りなくなる状態も予測されます。どうか、国王陛下にご忠告頂けませんか……?」


 カーラはその言葉に苦笑した。


「あの子は私に会おうとしないのに、どうやって忠告などできるのよ」


 吐き捨てるようにそう言って、目を背ける。


「全く、誰のおかげで立ち直れたと思っているのかしら…」


 苦々しくそう呟くカーラに、宰相は軽くため息を洩らした。



 兵士寄宿舎では、昼の休憩中の兵士2人がカードゲームをしていた。

 一方の男は黒い巻き毛の大男、カッシュだった。そして相手は、新しい相部屋の兵士、ピーターである。

 アーロンがある日突然消息を絶ち、除名処分を受けて早2年弱。かつて彼が使っていたベッドは、今はピーターのものである。ピーターは1年ほど前に入ってきた新人兵士だ。


「なんか変な噂きいたぜぇ」


 カードを引きながらカッシュが呟く。ピーターが「変な噂ですか?」と問いかける。


「俺達の給金が下がるかもって」

「えぇーっ!ほんとですか??」

「本当かどうかは知らない。でもなんか隊長達が”そうなるかもしれない”って感じで話してるのが聞こえてさぁ。ったく、ただでさえ体張った仕事なのに、金が減ったらやる気なくなるぜ」

「ほんとですよね…」


 やがてゲームの勝負がついた。結果はカッシュの勝ちだった。

 ピーターは「あー、まけたぁ」と情けない声をあげていた。

 勝てるのは有難いが、正直ちょっとつまらない。カッシュはそんなことを思いながら、ふと懐かしい赤毛の友人を思い起こした。

 頭がいいんだか、馬鹿なんだか、すごいんだか、すごくないんだか、分からない変な男。


―――どこ、行っちまったんだか……。


 カッシュはカードをかき集めると「そろそろ行こうぜ」と言った。



「つまらないなぁ~」


 厨房でお皿を洗いながら、侍女ミーナは独り言のようにぼやいた。隣でアンナが「なにが?」と問いかける。

 ミーナは唇を尖らせ、文句を言った。


「最近、アタリの男いないんだもん。キース様みたいな人、また現れないかなぁ…」

「あんたまたそうやって…。恋人居るくせに」

「一応、だもん。なんか誰と付き合っても、キース様と比べちゃうんだよねぇ」


 アンナは隣でぷっと吹き出した。ミーナがそんな彼女の反応に「なに?」と問いかける。


「だって、ミーナ、キース様の恋人だったみたいな言い方…!」

「恋人だったもん!」


 即座に言い返すミーナに、アンナは「そっかそっか」と適当な相槌を打つ。彼女がそう言うのなら、それでいいのだろう。

 どうせ今、当の本人はどこかへ消えてしまって居ないのだから。


「アーロンのことも、思い出してあげな」


 同じように消えてしまったもう1人の名前を出してみる。ミーナは「アーロン?」と尻上がりな声を上げた。


「アーロンは、お友達だもん」


 実際”恋人”だったはずの男はなぜか”お友達”になっているが、それも彼女がそう言うのならそれでいいのだろう。

 アンナは今はもう居ないアーロンに同情しつつ、苦い笑みを洩らした。


 ◆


 ローランド王国にも、いつものように平和な朝が訪れていた。

 狭い部屋の炊事場で、少女が2人並んで料理をしている。慣れた手つきで野菜や肉を切り、鍋に入れて火にかける。

 1人は金色の髪の少女、そしてもう1人は栗色の髪をお下げに結った少女である。

 やがて部屋には、美味しそうないい香りが漂い始めた。


「アーロン、起こしてくる」


 不意に金色の髪の少女がそう言って、前かけを取ると、炊事場を離れた。

 背中を覆うクセの無い金色の髪がさらりと揺れる。伸びた前髪は真ん中で左右に分けられ、白くつややかな額を覗かせている。そのせいか、少女からはかつてのあどけなさは消え、どこか大人びた雰囲気さえ感じさせていた。

 小柄だが、手足の長いバランスのいい体に細身のワンピースがしっくりと似合っている。

 少女は部屋の前に立つと、そのドアを軽く叩いた。


「アーロン」


 中に向かって声をかける。

 ドアはすぐに開き、中から背の高い男が現れた。彼はすでに深緑色のローランド上級兵士の制服に身を包んでおり、片手には立派な剣を携えている。

 癖のある赤毛に手櫛を通しながら、少女に優しい微笑みを向けた。


「おはよう、リン」

「おはよう!もう起きてたんだ」


 リンはアーロンの姿をまじまじと眺めながら言った。彼の制服姿を見ることは、あまり無い。普段は城に行ってから着替えているからだ。

 上級兵士の制服は彼によく似合っていて、とても立派に見える。リンはその姿に見惚れつつ「今日は、制服着ていくの?」と問いかけた。


「うん、直接現場に行くから」

「現場って?」

「地方都市で大きな祭りがあるんだよ。その警備」

「へぇ~、楽しそう!」


 アーロンは苦笑すると、「楽しいのは祭りで遊ぶ奴等だけ」と言って部屋を出る。

 そしてリンと一緒に居間に向った。


「なんか、すげぇいい匂い」

「うん、キャリーとスープ作ったんだ」


 リンがそう言った時、キャリーが炊事場からひょいっと顔を出した。

 そして、「おはようございます。昨夜はお世話になりました」とアーロンに向け、お辞儀をする。

 昨夜はリンの友達であるキャリーが泊まりに来たのである。キャリーの姉のローラが昨夜泊まりの仕事になりそうだということなので、アーロンの家で預かった。

 けれどももう”預かる”という歳でもない。リンもキャリーも14歳になっているし、なにより家事全般なんでもできる。

 キャリーが来たことで夕食も朝食も用意してもらえ、アーロンとしては楽なことこの上なかった。


「お世話なんて、なにもしてないよ。こっちこそ、お世話になりました」


 アーロンもおどけて頭を下げると、キャリーは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


 リンはアーロンに「座ってて」と言うと、軽快に動きながら食器の用意を始めた。

 動くたびに揺れる金色の髪が窓から入る日の光を跳ね返し、きらきらと輝く。細身のせいか体の線を強調するワンピースが、その胸元の膨らみを目立たせている。

 それはかつてほとんど無かったもので、少女の成長を実感させた。それと同時に学校の男達の邪な視線が想像出来て、複雑な気持ちが湧く。

 アーロンはリンが傍に来たところで、ふと声をかけた。


「リン、その服さぁ…」

「え?」


 ぱっと顔をあげたリンの無垢な瞳に見つめられ、アーロンは口を閉ざす。結局首を振ると、「なんでもない…」と呟いた。



 祭りの会場はまだ始まる前だというのに、すでに賑わっていた。

 店のテントを出す商人、芸の準備をする大道芸人達、準備段階で多くの人間が動いている。

 アーロンが会場に到着すると、それに気付いた兵士達が彼のもとへ集まった。


「隊長、おはようございます!」


 声をそろえて挨拶する。アーロンは彼等を見廻すと「おはよう。全員揃ってる?」と問いかけた。


「――揃ってます!」


 兵士の1人が敬礼と伴に答えた。


「じゃ、ちょっと早速打ち合わせしよ。場所の担当決めるから。あ、誰か見取り図もらってきて」


 下っ端の兵士が「はい!」と元気のいい返事をすると、足早に去っていく。


「あぁ、あと今日の出し物の時間割りも!!」


 去っていく彼に叫ぶと、兵士は顔だけ振り返って「はい!」と答えた。アーロンはまた兵士達に向き直る。


「効率良く配置して、交替しながらちょっとくらい遊ぼうぜ」


 そんな隊長の提案に、兵士達は即座に「はいっ!」といい返事を返した。


 

 その頃、ローランド王城の兵士寄宿舎では、準備を終えた男が部屋から出てきたところだった。

 上級兵士の制服を身にまとう彼は、やはり腰に剣を差している。そして自室のドアをパタンと閉めた。


「おはようございます、キース様!」


 同時に声をかけられ、キースは声の方を振り返った。そこには上級兵士付き侍女のローラが立っていた。


「あぁ、おはよう」


 ずいぶん早いなと思いつつそう言うと、ローラはにっこりと微笑んで「驚きました?」と問いかけた。


「早いね、今日は」

「そうなんです。昨夜、また泊まりだったんです」

「あぁ、なるほど」


 キースは彼女に背を向けて歩き出した。ローラはそんな彼の後ろを付いて歩き始める。


「救護室で寝たんですよ」

「そうだろうね」

「キース様のお部屋にお邪魔しようかなとも思ったんですけど」


 おどけて言ったローラの言葉にキースはクスッと笑みをこぼした。


「それは危険だ」

「……危険ですか?」

「俺が襲われる」


 ローラは目を丸くした。


「私が襲うんですか?!」


 素っ頓狂な声を上げたローラに、キースが楽しそうに笑う。そんな横顔を見つめながら、ローラの顔にも嬉しそうな微笑みが浮かぶ。


「今日、お休みなんです。お昼、食堂でご一緒してもいいですか?」


 ローラの問いかけにキースは「どうぞお好きに」と答えた。


「有難うございます!」


 キースの返事を確認して、ローラは足を止めた。去っていく彼の背中を見送る。そして穏やかに微笑んだ。


 目の前の彼に、初めて告白したのはもう1年以上前のこと。その後普通に話ができるようになるまでずいぶん時間がかかった。

 自分の気持ちを告げてしまっているだけに、最初はまともに相手をしてもらえなかった。

 それでも一生懸命話しかけることを繰り返しているうちに、だんだん諦めたのか邪険にされることは無くなった。

 今は彼の邪魔にならない時なら、側にいることを許してもらえている。

 恋人にはほど遠いけど、自分の存在を受け入れてもらえているそんな時間が、ローラにとっては幸せな一時だった。

 それ以上を望まないといえば嘘になる。今は以前よりもっとずっと、彼に惹かれているから。

 せめて彼に”恋人”と呼べる女性が現れませんように。

 ローラは胸の内で祈りながら、キースの去った後を見つめていた。



 始業前の教室は賑やかな声に満たされていた。

 扉を開けて入ってきた少女達の姿に、友達と話をしていたルイは一瞬会話を止める。彼の視線に気付き、友人達もそちらに目を向ける。入ってきたのは、リンとキャリーだった。

 いつものように2人そろっての登校だった。

 皆に挨拶をしながらリンが自分の席へ向かう。かつてと違い、もうリンの席はルイの隣ではない。ルイはそんな姿をぼんやりと目で追った。


「…可愛いよなぁ~」


 一緒に話をしていたロディがぽつりと呟いた。みんなの視線が彼に集まる。ロディはそんな視線を受け止め「なんだよ」と眉を上げた。


「お前、シーラが居るくせに…」


 誰かが責めるように言う。


「だから、シーラが可愛いなって」

「嘘だ!今、リンのこと見てた!」


 ロディは「バレた!」と言いながら笑う。皆も同じように笑った。そんな笑い声の中、ルイは1人顔を曇らせていた。それに気付く様子も無く、誰かが呑気に呟く。


「でも確かに可愛いよな」


 賛同を得て、ロディが「だろぉ?」と返した。


「なんかどんどん綺麗になってきたよな。リンに告白した男、何人か居るらしいぜ」

「へぇー!」


 皆が興味深そうに身を乗り出した。


「全員振られたけど」


 ロディの言葉に皆が「悪い女だな!」と冗談混じりに呟く。不意にルイが「好きな人が居るんだよ」と口を挟んだ。

 皆の目がルイに向かう。


「好きな人がいるから仕方ないんだよ」

「そうらしいね」


 ルイの言葉にロディが頷いた。皆の目が今度はロディに向く。


「でも、それが誰かってことは誰も教えてもらえないらしいじゃん。本当に居るのかね?好きな奴なんて」


 そんなロディの呟きには答えず、ルイはまたその目を遠くに向けた。金色の髪の少女へ。

 彼女はいつもと変わらず、今日もこぼれそうな笑顔で友達と話をしている。

 抜けるような白い肌に、細い体、綺麗な翡翠色の瞳――。困ったことに、リンは昔よりもより強く、女性としてルイを惹き付けていた。


―――”好きな人”か…。


 ルイは複雑な想いで、その目を伏せた。



 ローランド王城では、大臣を集めた議会が開かれていた。

 玉座には、国王の代わりに現在22歳のアルフォンス王子が座っている。父譲りのダークブラウンの髪は長く伸ばされ、右の耳の下で纏められている。母譲りの切れ長の目は、深い紫色をしていた。

 父に代わって議会を取り仕切ることが常となってずいぶん長い。そのため誰も玉座の彼に違和感を感じていない。

 今日は彼の隣に、彼の妹であるグレイス姫も座っていた。


「グレイスの結婚に関してなんだけど」


 アルフォンスは妹への用件を切り出した。


「そろそろ本気で決めないとならないと、父も諦めたようだ」


 兄の言葉にグレイスは苦笑した。

 今まで数々の貴族からの申込みを、アルベルトは「まだ早い」と言って退け続けた。実際は全く早くはないのだが、結婚すると王族から離れ”嫁に出す”ことになるので決意できなかったようである。

 グレイスにしてみれば自分のこととはいえ、結婚話になど興味は無かった。いずれ誰もが納得するどこかの貴族家に嫁ぐ運命だという事は承知している。


「誰か候補に挙がったの?」


 グレイスの問いかけに、アルフォンスは「やっぱりバーレン公爵家らしい」と返した。


「やっぱりね。バーレン公爵の申込みだと断わりづらいんでしょうね」

「息子がやっと16になったらしくてね。ずいぶん若いんだけど」

「……5歳も下だわ」


 グレイスはやれやれというようにため息をついた。


「相手に申し訳ないわね」


 妹の言葉にアルフォンスはこっそり苦笑した。

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