それぞれの日常
翌日から、隊長補佐としてのアーロンの新しい日常が始まった。
キースの隊の兵士達と一緒に訓練時間は基礎体力強化の地味な訓練に明け暮れる。
兵士達はさんざんしごかれた後にそれぞれ仕事に散っていく。アーロンはというと、一応上級兵士なのでキースと供に上級兵士の会議や講習に参加するなどして時間をすごす。
立ちんぼで夜通し行う見張り番などの仕事は上級兵士には振られないため、アリステアで兵士をやっていた時よりも仕事内容は楽になったように感じていた。
そんな日々を繰り返すうちに、あっという間に1ヶ月が経った。
◆
「たまには剣とか槍とかやらせてやれよ」
ある日寄宿舎の食堂で昼食をとりながら、アーロンはキースに訴えた。
キースも向かいに座って食事をしている。同じ隊の隊長と補佐ということで、最近なにかと時間を共有することが多くなっている。アリステアに居たころには想像もしなかった構図だった。
「全員がお前に付いて来れるようになったらな」
キースがそっけなく返す。
「時間かかるぜ。スティーブは体格いいけど、体が重いからすぐバテるし、逆にサムは走るのは速いけど、筋肉付きにくい体してるし…」
アーロンの言葉にキースは「もう全員名前覚えたのか、すごいな」とおかしな感想を漏らす。
「もうずいぶん経つのに覚えてないお前のほうがおかしい」
アーロンはそう返すと「あいつらだって不満に思ってるよ。全員若いから経験浅いし、早く剣とか上手くなりたいと思ってんだから」と、話を続ける。
「上手くなっても体ができてないと使い物にならない」
「そうかもしんないけど…でもさぁ……」
アーロンがさらに訴えを続けようとした時、食堂に入ってくる少女の姿が目に入った。
栗色の柔らかそうな髪が軽快な足取りに軽く揺れている。上級兵士付きの侍女、ローラだった。
アーロンは思わず話を中断してその姿を目で追っていた。キースがその視線を追うように振り返る。
ローラはそんな2人に気付き、足を止めると軽く頭を下げた。
アーロンがそれに応えてペコリと頭を下げて返す。キースは無愛想に目を逸らすと、また食事に向き直った。
「とにかく……もうちょっと楽しい訓練にしようぜ」
「楽しい訓練?」
キースが嘲笑を洩らす。
「基礎体力もつけながら、実戦訓練も取り入れよう」
アーロンの真剣な提案にキースは笑いをおさめると「考えておく」と応えた。
その日の午後は上級兵士の定例議会に参加した。
上級兵隊長バッシュにより仕事の割り振りや、軍議での連絡事項などが伝えられる。
キースとアーロンの隊はまだ新人兵士達ばかりなので、外に出る仕事は与えられない。
アーロンにとってこの時間は自分に関係のない話を聞かされる、異常に退屈な時間となっていた。油断すると眠ってしまい、キースに足を踏まれる。
気がつくと、議題は”戦術論”に移っていた。
「敵の拠点を叩くとき、まず最初に攻略すべきなのはどこだ」
バッシュが兵士達に問い掛ける。
戦術論とは、つまり実際の戦などのときの戦い方についての議論であり、もしこんな状況で敵がこうきたらどうするかなど架空の状況に対しての作戦を考える、いわゆる勉強会である。
バッシュが「おまえならどうする」と問い掛けた者が意見を述べる。
こういう時にキースやアーロンなどの新人が意見を求められることは当然無い。
アーロンにとってはどちらにしろ自分に関係のない時間だった。
「こういう議論は役に立つのか?兵士は騎士の指示で動くだけじゃないのか?」
腕を組んで座るキースが独り言のように呟く。
アーロンは眠い目をこすりつつ「お前、ちょいちょい兵士を馬鹿にするのやめろよ」と文句を言った。キースの目がちらりとアーロンに向く。
「…別に、馬鹿になんかしてない」
「してるだろ。兵士は頭使えないみたいな言い方じゃねぇか」
「使えないとは言ってない。使う必要が無いと言ってるんだ」
「それが馬鹿にしてるっていうんだよ。自分も今は兵士のくせに」
反論の声が大きくなったらしい。遠くから「そこの2人!!」とバッシュの声が飛んできた。
「――うるさいぞ!私語は慎め!!」
叱られた2人が口を閉ざす。
それを確認すると、バッシュは上級兵士の1人に「お前ならどこを攻める」と問い掛けた。どうやら戦術論が続いているらしい。
「自分は、武器庫を破壊し、武器を使用不可能にします!」
兵士が答える。バッシュはうんうんと大きく頷いた。
「そうだな。では武器庫の場所を見極めるためには……」
話が続く中、キースは1人苦笑した。その隣でアーロンが「武器庫…?」と不思議そうに呟く。キースの青い瞳がその声を聞き、隣のアーロンに向けられた。
じっと見られているのに気付き、アーロンは「なんだよ」と返す。
「今の回答に不満があるのか?」
「いや、別に」
「ふぅん…」
キースが小さく呟いてまた視線を前に戻す。隣のアーロンは頬杖をついてぼんやりしている。また眠気と闘っているのだろう。
「…お前ならどうする?」
不意にキースが問い掛けた。その言葉が自分に向けられたものだと分からずに、アーロンはずいぶん遅れてキースの方を向いた。目が合うと頬杖を外し、瞬きをする。
「ん?」
「お前なら敵の拠点をどう攻める?」
キースが質問を繰り返す。
アーロンはその言葉の意味を理解し「そうだねぇ」と視線を宙に向け、また頬杖をついた。
「状況によるけど、武器庫はわりとどうでもいいかな。闘ってる最中なら武器が綺麗に仕舞いこんであるとも思えないし、いざとなればなんだって武器になるし……」
キースは腕を組んだ姿勢のまま、黙って聞いている。アーロンは「俺なら…食糧庫かな」と呟いた。
「人間食わないと闘えないし、食料が尽きれば篭っていられなくなる。長期戦になれば、なお効果的だと思う」
そう言ってその茶色い目をキースに向ける。
「どうですか、隊長?」
おどけたように問い掛ける。
また馬鹿にしてくるに違いないと思っていたキースは何も言わなかった。その代わりに形のいい口元を緩め、ふっと微笑みを浮かべた。そしてまたその目をまたバッシュに戻す。
その反応に意表を突かれ、アーロンはキースの横顔に視線を当てたまま、しばらく呆気にとられて固まっていた。
◆
アーロンが上級兵士としての毎日を送る中、リンも学校での毎日を楽しんでいた。
日を重ねるにつれ学校に慣れ、友達も増えた。隣のルイは相変わらず無愛想だが、最初の頃よりは話せるようになってきている。とはいえ、必要最小限の会話に限られているが。
「私、今度ロディとお芝居観に行くの!」
突然そう宣言した少女の言葉に、その場は歓声で沸いた。
いつもの昼食時、リンとパティを含めた少女達は集まってご飯を食べている。皆同じ教室で勉強をする友達である。
「すごぉい!!シーラ!頑張ってね!」
「なんて言って誘ったの?!」
そんな言葉が交わされる中、リンは1人目を丸くしていた。話が見えないリンに、隣からパティが「ロディってね。シーラの好きな人よ」と説明してくれる。
「好きな人…」
リンはパティの言葉をそのまま繰り返した。
「リンは居ないの?好きな人」
そう言って首を傾げたシーラの黒い長い髪がさらりと揺れた。ちょっと大人っぽい雰囲気の少女ではあるが、リンと同じ歳である。
「居るよ。アーロンとか」
「おにーさんじゃん!」
パティが隣で笑う。
「そういう意味じゃなくって、恋人になりたい人!」
「恋人……」
リンにしてみれば、”恋人”などというものは自分には関係のない世界のものという感覚である。
皆にとっては違うのだろうか。
「ロディはシーラの恋人なの?」
問い掛けると、シーラは「そうなるかなぁ」と楽しそうに答える。
リンは思わず「すごぉい」と呟いた。その言葉にシーラは楽しそうに笑う。
「なに言ってるの、リンったら。私達、もう12歳なんだから!遅れてるわよ!」
「――そうなの?!」
信じられない想いでリンは声を上げた。アーロンに子供だ子供だと言われているせいか、自分でもすっかり子供気分だったのだが。シーラとの感覚の差にちょっと焦りを感じる。
リンは隣のパティに「パティも居るの?好きな人」と聞いてみた。
パティが「いなぁい」と答える。その答えに安堵した。
「ルイはどうなの?」
誰かがふと、パティに問い掛けた。
パティは「えぇ~?!」と声を上げると「全然、そんな気ないよぉ。ただの幼馴染だもん」と笑いながら答えた。
「ほんとにぃ~??」
からかうような声が周りから飛ぶ。パティが「ほんとだもん!」とムキになって返す。そんな女の子同士の会話もリンにとっては新鮮で楽しいものだった。
城では同じ歳くらいの話し相手など居なかったし、話し相手になってくれる侍女にしてみれば自分は主人だったわけだから、あまり何でも話せるという雰囲気ではなかった。
――”学校”っていいな……。
リンは皆と合わせて笑いながら、そう感じていた。
◆
学校が終わって家に帰ろうと校舎を出た時、リンはふと広い前庭にルイの姿を見つけた。
彼は友達らしき男の子と剣を振っている。実際に体に触れたり突き刺したりしてるところを見ると、練習用の木の剣らしい。
リンはその光景を遠巻きに眺めながら、かつてキースと剣の稽古をした日々を思い出した。
キースとの稽古は練習用の剣ではなく、真剣を使っていた。
最初のうちはそれが怖かったけど、そのうち実感した。彼は絶対リンの剣を自分の体に触れさせることはないし、キースの剣がリンを傷つけることもないということを。
懐かしさに浸りながら目を細めて見ていると、ルイがその視線に気付いてこちらを振り向いた。その目がリンと合う。
リンはにっこり笑顔を返すと、手を振った。
ルイが驚いたように一瞬固まる。そして慌てて目を逸らした。
そっけない対応に、挙げた手のやり場に困ってしまう。けれどもそれを察してか、相手をしていた友達の方が手を振り返してくれた。
リンはぱっと顔を輝かせ、彼等のもとへ駆け寄って行った。
「いつも稽古してるの?」
側に行って問い掛けると「うん」とルイの相手の男の子が答えてくれた。笑顔の爽やかな落ち着いた雰囲気の子である。
「俺、ロディ・マーキン。話すの、初めてだよね」
「あ、”ロディ”!」
昼に話題になっていた彼だと気付いてそう言うと、ロディが”ん?”と問うような顔になる。
リンは慌てて「あ、ううん。名前は聞いたことあるから」と言い訳した。
噂のロディは背が高く、大人っぽいシーラとお似合いに思えた。
「俺もルイから聞いたよ。リンっていうんだよね。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
そんな会話を交わす横で、ルイは何も言わずにあさっての方向を向いている。リンはそんな彼には構わず、ロディと話を続けた。
「ロディも兵士を目指してるの?」
「ううん。俺はこいつにつきあってるだけ」
「そっか…」
言いながらルイに目を遣る。ルイの濃い青い瞳が一瞬リンを映し、また逸らされた。
リンはロディに目を戻した。
「私も剣習ってたんだ。なんだか懐かしいなと思って」
「そうなんだ!」
ロディは意外そうにそう言うと「じゃ、ちょっとルイの相手してあげてよ」と自分の剣をリンに差し出した。
「わぁ!いいの?」
「――女相手になんて、できないよ!」
剣を受け取るリンを見て、突然ルイが声を上げた。リンとロディはそろって動きを止める。
「そっか…」
どうもルイには全く歓迎されてないらしい。リンは気まずさを笑顔で誤魔化しながら、ロディに剣を返した。
「ごめん、邪魔しちゃって」
ルイがハッとしたように口を開きかけたが、言葉は出ずにまた俯く。ロディはそんな友人に苦笑を洩らした。
「女に負けたらかっこわるいから、やらないんだぜ」
わざとルイに聞こえるような声でリンに言う。
「別に、そんなこと…。怪我するかもしれないだろ!」
ルイは顔をしかめて反論した。
「じゃ、俺とやろ!」
ロディはそう言ってルイに「ルイ、お前の剣、リンに渡して」と言った。
ルイは何か言いたげに顔をしかめたが、渋々という様子で自分の剣をリンに差し出す。リンは内心いいのかなと思いながらそれを受け取った。
「じゃ、お願いします」
ロディがすっと頭を下げる。
「お願いします」
リンもそう言うと、同じように頭を下げた。目の前の少年に、一瞬懐かしいキースの影がかぶって見えた気がした。
「――いたっ…!」
「あ!!」
木の刃が頬を掠め、リンは小さく声を上げた。ロディが驚いて手を止める。側で見ていたルイも目を見開いた。
リンの綺麗な白い頬には、微かに血が滲んできた。
「あぁぁ!!ごめんごめん!!!」
状況を理解して謝るロディより前に、ルイがリンの側に駆け寄った。そしてその顔を覗き込む。
「――大丈夫?!」
リンは自分から声をかけてきたルイに驚きつつ「あ、うん。大丈夫」と返す。そして恥ずかしさに照れ笑いを浮かべた。
「やっぱり、ダメだね。ちょっと習ったくらいじゃ、相手にならなかった…」
ルイが眉を曇らせ、心配そうにリンの顔を伺う。そして振り返ると、きっとロディを睨んだ。
「ほら、やっぱり怪我させた!何してんだよ!」
怒るルイに驚きつつ、リンは慌てて「あ、いいのいいの。剣の稽古なんだから、怪我とか当たり前だから」と間に入る。
ロディは申し訳無さそうに「ほんと、ごめん……」と謝った。そして苦笑いを浮かべ、頭を掻く。
「リン、上手だったよ。怪我させないように気をつけるつもりだったのに、なんかそんな余裕なかった」
ロディの賞賛の言葉に、リンは素直に「ありがとう」と微笑んだ。そしてルイから借りた剣を彼に返す。
「久し振りで、楽しかった。ありがとうね」
礼を言うと、ルイは剣を受け取りながら「ほんとに、上手だったよ…」と小さく呟いた。
「…ありがとう」
ルイにまでそんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。リンの顔にまた、柔らかい微笑みが広がる。
ルイはそんなリンの笑顔に微かに赤くなると、慌てて顔を俯けた。
◆
ローランド城の夜の寄宿舎では、一日の仕事を終えた食堂で侍女達が後片付けをしていた。
上級兵士付きのローラもそれを手伝っている。
他の侍女が厨房でお皿洗いに精を出す間、ローラは食堂にいくつも置いてある長方形の机を、ひとつひとつ丁寧に拭いていた。広い食堂には、静けさが広がっていた。
不意にその食堂の入口から入ってきた人の姿に、ローラは動きを止めた。自然と目が合う。上級兵士、キース・クレイドだった。
「……片付け中だね」
食堂の様子を眺め、キースはそう言って笑みを浮かべた。
「あ、はい、そうです」
ローラが少したどたどしく答える。
金髪の上級兵士はどうやら体を洗った後なのだろう。ごく軽装で、髪はまだ乾いたばかりという様子だった。
そのせいなのだろうか。
薄暗い食堂の灯りに照らされた彼の姿は、男性だというのに妙な艶っぽさがあり、ローラはいつもと違う彼の雰囲気に少し戸惑って赤くなった。
「何か飲もうかと思って来たんだけど、間に合わなかったらしい」
そう言って去ろうとするキースを、ローラはとっさに「待ってください!」と呼び止めていた。
キースが足を止めてローラを振り返る。
目があった瞬間顔が熱を持ったのが、自分でも分かった。
「あの、飲み物くらいだったらすぐ用意できるので!えっと……お茶でいいですか?!」
問い掛けたローラに、キースは微笑みを浮かべると「うん」と答えた。
「待っててくださいねっ」
ローラは自分に向けられた青い瞳にそう声をかけると、急いで厨房へ向かった。
お茶を持って戻ると、キースは食堂の椅子に腰掛けて待っていた。
その目の前に「どうぞ」と言ってお茶を置く。
キースはそんなローラに「ありがとう」と声をかけると柔らかく微笑んだ。そんな笑顔に、またローラの顔が赤くなる。
「片付けが終わったら帰るんだよね?ごめん。仕事を増やしたね」
キースがお茶を口に運びながら謝った。ローラはふるふると首を振ると「今日はまだ仕事が残ってるんです」と答えた。
「…そうなの?」
「明日までに作らないといけないものがあって…。今日は帰れないと思います」
ローラは眉を下げて言った。他愛も無い雑談に、少し気持ちが落ち着く。
帰れない程の仕事を気の毒に思ってくれたのか、キースも「それは大変だね…」と労わってくれた。
「泊まるための部屋があるの?」
「はい、あの、救護室のベッドで…」
ローラの答えにキースはちょっと笑った。救護室は通常、怪我や病気をした兵士が休むところなのだ。
「こういう時は使っていいことになっていて!」
言い訳のようにローラが言い添えると、キースは「そうだろうね」と言って頷いた。
そしてその青い瞳が、ふとローラに向けられる。
「……俺の部屋に、来る?」
何気なく出たその言葉に、ローラの心臓は大きな音を立てた。とっさに声を失い、目を見開いて固まる。
体中が心臓になったような感覚を覚えながら、ローラはただ立ち尽くしたままキースの目を見返していた。
一拍置いて、キースがぷっと吹き出した。その笑い声に、ローラは我に返る。
「ごめん、悪い冗談だったね。そんなに驚くと思わなかった」
直後、ローラの顔は耳まで一気に赤くなった。ただの冗談だったのだと気付く。
それを真に受けた自分が恥ずかしくてたまらない。
「からかわないで下さい!」
ローラはそれだけ言って、慌ててキースに背を向け、厨房へと走っていった。彼の側を離れながらも、体中に響く心臓の音が止むことなく続いていた。
ローラの背中を見送ったキースはクスッと笑うと、またお茶を飲み始めた。
◆
その日家に帰ってきたアーロンは、迎えに出たリンの顔に、すぐ小さな傷を発見した。
「どうしたんだよ、その顔!」
リンは頬に触れながら「かすり傷だよ…」と返す。
「女なんだから、顔は大事にしろよ。どうした?誰かにやられたのか?」
「違うの。ちょっと男の子と剣の稽古をしてて…」
「剣の稽古?」
アーロンは呆れたように笑う。
「危なっかしいな。女の子は女の子の遊びをしとけって」
リンの頭を撫でながら、彼女の横を通り過ぎて家に入った。居間に入ったアーロンの後ろを付いて歩きながら、リンが「今日はどうだった?」と話しかけてくる。その問いかけは、最近恒例になっていた。
「今日の隊長は、ちょっといつもと違ったな」
話題の中心は、今日も”隊長”のことだった。
アーロンからの日々の報告にはいつも彼が登場する。そして毎回リンを相手に愚痴をこぼす。
同じ歳のくせに偉そうだとか、気取ってるとか、そんな話ばかり聞かせていた。
「違ったの?どんな風に?」
「いや、よく分かんないけど、俺に微笑みかけた」
リンがその言葉に楽しそうに笑う。
「それ、事件なの??」
「事件だよ」
言いながらアーロンは腰の剣を外した。そして長椅子に深く腰をかけると、背もたれに体を預け、ふぅっと一息つく。
「そういえば、アーロンも剣使えるんだよね」
リンの今更な言葉に、アーロンは「当たり前じゃん」と返した。剣を使えなくて長年兵士だとやってられない。
リンはアーロンの隣に座りながら「じゃ、今度教えて」と無邪気に言った。
「えぇ~?」
面倒臭そうに声を上げるアーロンの顔を覗き込みつつ、リンが大きな目をぱちくりと瞬く。
「……教えられるほど、上手じゃないの?」
「――なんだとぉ?!」
「だって私、見たことないもん!分からないよ!」
確かにその通りだ。アーロンは一瞬持ち上げた頭をまた長椅子の背もたれに乗せつつ「分かったよ」と返した。
「……休みの時な」
「うんっ」
嬉しそうな声に釣られ、アーロンも苦笑を洩らす。
「何か飲む?」
リンの有難い問いかけに、アーロンは即座に「飲む」と答えた。
最近リンはアーロンが帰ってくると、暖かい飲み物を作って出してくれる。
一緒に住み始めた当初を振り返ると、そんなことができるようになったのはかなりの成長である。
リンは「待ってて!」と言うと、軽快な足取りで炊事場へと去って行った。




