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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第二章
24/88

お互いの初日

 話を終えたキースとアーロンが戻ってくるのを見て、呆気にとられていたバッシュは我に返って2人に駆け寄った。


「なんだお前ら知り合いか?」


 当然の質問を投げられる。一瞬答えに詰まったアーロンの代わりに、キースが「はい。古い知り合いなんです。久し振りに会いました」と返す。バッシュは「そりゃ、すごい偶然だな」と感嘆した。

 全くすごい偶然だ。アーロンは改めて隣の男に目を向けた。

 アリステアの騎士として磐石の地位を築いていたはずなのに、それを捨てて国を出たということなのだろうか。そんな選択の理由は、全く想像がつかない。


「丁度いいじゃねぇか。お前、とりあえずこいつの補佐をやっとけ」


 いい考えだとばかりに言ったバッシュの言葉に、アーロンは眉根を寄せた。


「補佐?!」

「そうだ。隊長はできないんだろ?」


 そういえばそんなことを言ったが、何故よりによってこの男の補佐なのだろうか。アーロンは苦々しげにキースを見遣る。特に表情を変えないキースは、アーロンになど関心が無いらしい。アーロンは溜息を洩らすと「分かりました」と渋々答えた。


「いずれはちゃんと隊長の職についてもらうぜ。上級兵士の待遇受けてんだから、そのつもりで頑張れよ」

「……はい」


 アーロンの返事に満足したようにバッシュは「それじゃ、キース、頼んだぜ」と言って背を向けた。残されたアーロンとキースはまたお互いに目を合わせる。


「なんだ”隊長はできない”って」


 キースが顔をしかめて問いかけた。


「やったことねぇもん」


 他に答えようがない。


「それでどうして上級兵士になってるんだ!」

「俺のせいじゃねぇよ!」


 キースは心底呆れたという想いを滲ませ溜息を吐くと、踵を返して自分の隊の方へ向かった。アーロンも仕方なく、その後に続く。

 戻ってきたキースを見て、兵士達は全員ハッとしたように姿勢を正した。


「隊長…」


 兵士の1人が一歩前に出た。


「経験が無いというのは、嘘ですね?」


 先ほどキースの相手をしていた男だった。その質問に、キースはさも面倒くさそうに答える。


「嘘じゃない。”兵士”の経験は無いんだ。でも傭兵団に所属していたんだから、完全な未経験のわけがないだろ」


 兵士達は気まずそうに沈黙した。

 バーレン公爵の傭兵団に入れたのも、娘をたらしこんだ結果だと思われていたのかもしれない。ちょっと力を示しただけであっさり納得するなら、最初から変にかみついたりしなければいい。子供の集まりだなと呆れながら、キースは後ろのアーロンにちらりと目を遣った。

 そしてまた兵士達へ向くと自分の後ろに居る彼を親指で指し示した。


「新隊長補佐のアーロン・アルフォードだ」


 兵士達の目がアーロンに注がれる。


「……どうも」


 集まった視線に居心地の悪さを覚えながら、アーロンはぺこりと頭を下げた。若い隊長補佐の登場に、兵士達はまた訝しげな顔になる。

 キースは思わず苦笑した。


「”また変なのが来た”って顔されてるぞ」

「は?」

「人の推薦でいきなり上級兵士になる若造は認められないそうだ」


 兵士達は「いやそんなことは…!」と慌てて否定に入ってきたが、当のアーロンの「そりゃそうだろ」の言葉に遮られた。

 どうやらこいつも烏合の衆と同類らしいと、キースは疲れた溜息を洩らす。


「訓練を続ける」


 色々と諦め、キースは兵士達に向き直った。


「数人相手をしてみたが、技以前に持久力が足りない。剣を振る前に基礎体力作りからやり直しだ」

「えぇ~!!」


 不満の声は指示された兵士達からではなく、キースの隣から上がった。兵士達は驚いたように、またアーロンに注目する。

 一拍置いて、キースの氷のような冷たい半眼が彼に向いた。


「…なにか文句が?」

「俺、体力には自信あるぜ」

「それは結構だな。――全員隊長補佐に付いて走って来い!!」


 キースは声を上げると、訓練場を指差した。


「えぇ~!!!」

「――さっさと行け!!」


 苛立たしげに、怒鳴リつけられる。アーロンは不満を露わに顔をしかめつつも、自分の腰の剣をのろのろと外してその場に置いた。

 そして兵士達に「行こうぜ」と声をかけて走り出す。兵士達は言われた通り、その後に付いて走り始めた。


「……何様だよっ」


 小さく呟いたアーロンの言葉は、幸い新隊長の耳までは届かなかった。


 ◆


 その頃、リンは学校で授業を受けていた。

 城で勉強していた内容よりも、授業の内容のほうが少し易しい。たまに教師が「それでは、この問題、解ける人」と問いかける。それに応えるようにみんなが手を挙げる。そして指名された人が前に出て、黒板に解答した。


「よくできましたね~」


 教師に言われて得意気な顔になる生徒。その場の暖かい雰囲気に包まれ、リンの顔も自然にほころんでいた。

 城で勉強していた頃は教師と1対1だった。問題ができてもできなくても、褒められたり叱られたりしたことはない。ただ淡々と授業が進んでいた。


―――楽しいな…。


「ではこの問題、解ける人」


 教師の言葉に、リンは皆と合わせて右手を挙げた。



「はじめましてっ」


 昼食の時間になった時、リンのもとに1人の少女がやってきた。くるくる巻いた柔らかそうなブラウンヘアを左右に分けて結った、鼻の頭のそばかすが可愛らしい勝気な印象の少女だった。


「私、パティっていうの。隣のルイの幼馴染よ」

「はじめまして」


 パティの笑顔に、リンも微笑みを返した。隣のルイがちらりと2人を見たようだったが、何も言わずに前を向く。


「ちょっと、ルイ!」


 すかさずパティがルイの頭をばしっと叩いた。


「いてっ」

「なに緊張してんのよ。ごめんね、こいつ、可愛い子相手だとあがっちゃって…」

「うるさいな!!」


 ルイが抗議の声をあげた。こちらを向いたルイと、リンの視線がかち合う。ルイはまた慌てて目を逸らし、前を向いてしまった。

 パティはそんな彼は放っておくことにしたらしい。改めてリンに笑顔を向ける。


「お昼、一緒に食べよ?」


 リンはそんな彼女の誘いに「うんっ」と元気良く応じた。



 パティもルイもリンと同じ12歳だった。

 パティに無理やり引っ張り込まれたルイも交えてお昼を食べながら、パティとリンはお互いのことを話した。ルイはパティの隣で黙々と食事を続けている。


「王都に住んでるの?私も私も!ルイもよ」

「そうなんだぁ」


 家もそれほど離れてないことが分かり、リンは嬉しくなった。

 パティの家は宿屋のついた酒場で王都では繁盛しているという。


「リンのおうちはなにしてるの?」


 そう聞かれてリンは「私は、兄と2人暮らしなの。家族はほかに居なくて」と答えた。悪いことを聞いてしまったと思ったのだろう。パティが一瞬罰の悪そうな顔をする。

 リンはそんな彼女達に気を遣わせないよう、つとめて明るく続けた。


「兄…アーロンは、お城の兵士なの」

「へぇ!」


 パティは声をあげるとルイを見た。


「聞いた?ルイ。リンのおにーさん、兵士なんだって。あんた兵士になるんでしょ?」


 言いながら彼の背中をばしばし叩く。ルイは顔をしかめつつ「うるさいなぁ、もぉ…」とぼやいた。


「そうなの?兵士を目指してるの?」


 リンの問い掛けにルイは一瞬目を上げたが、またすぐに伏せてしまう。


「うん、まぁ…。誰でもなれるけど…」

「誰でもなれるの?」


 純粋な疑問としてリンが聞き返すと、パティは「失礼ね、あんた!」とルイ叱りつけた。

 ルイが慌てて「いや、体鍛えてないとなれないけど!」と言いなおす。

 リンにしてみれば、兵士はどうやったらなれるものなのか知らないし、どんなことをする仕事なのかもよく知らない。リンはふと思い立って、「騎士にはならないの?」と聞いてみた。

 ルイとパティが驚いたように「騎士?!」と声をあげる。

 何を言い出すのかというような2人の反応に、リンは驚いて目を丸くした。


「騎士は家柄が必要じゃない!頭も良くないとダメでしょ?!ルイなんて無理無理!」


 あははと笑いながら手を振るパティに、ルイは隣から「うっさいなぁ、おまえはぁ!!」と忌々しげに怒鳴りつけた。


 ◆


 その日の夜、仕事と学校をそれぞれ終えたアーロンとリンは、家で初めて料理の準備をしていた。

 今まで外で食べていたが、色々道具をそろえたので、やっと炊事場も使えるようになったのだ。


「料理はちょっとできるんだ」


 リンが得意気に言った。


「へぇ。じゃ、やってもらおうかな」


 言いながらアーロンが野菜を取り出して炊事場に置く。リンはそれらを眺めながら、不思議そうに「これ、なぁに?」と問い掛けた。


「なにって……どれが?」


 リンは野菜を1つ手にとると「これ」とアーロンに示す。


「ポレトだよ」


 彼女が手にしているのは”ポレト”という名の野菜だった。


「うそ、ポレトってこんな色だっけ?なんかもっと白かったような…」

「皮むいたら、白いけど」

「皮?」


 アーロンは内心”始まったよ”と思いつつ、リンの手からポレトを取り上げた。


「もういい、お前。部屋で待ってろ」

「なんで??」

「野菜の皮むいたことない奴が”料理ができる”とか言うな」

「えーーー!!」


 リンは納得いかなそうに声をあげた。

 お嬢様の料理は材料の下ごしらえが全部終わった状態で始まるらしい。お遊びの一環だなとアーロンは苦笑した。

 アーロンはポレトを片手にナイフを動かし、その皮むきに取り掛かった。リンはその手元を覗き込みながら「わぁ~」と感嘆の声を洩らす。


「アーロン、すごい…。こんなこともできるの?」


 そう素直に感動されると悪い気はしない。


「アリステアの兵士はみんなできるよ。アリステアでは兵士が交代で自分達の食事の支度してたんだぜ。ローランドとはえらい違いだよ。なんせ侍女が付いてるんだから」

「そうなんだぁ!」


 アーロンはふと手を止めると「なんか俺、出世したなぁ…」としみじみ呟いた。そして隣のリンに目を向ける。


「お前のおかげかもしれない」


 大きな翡翠色の瞳がアーロンを真っ直ぐ映している。ふと細められ、その顔に嬉しそうな微笑みが広がった。

 アーロンが野菜に目を戻して皮剥きを再開すると、リンが隣で「私も、やる…」と言った。


「指、切るなよ」

「大丈夫」


 そう言いながらもう1つのナイフを手に、リンもたどたどしく皮剥きを始める。横目で見るその作業は、剥いているというより削っているという感じだが。

 アーロンは手を動かしながら「どうだった?学校」と聞いてみた。


「楽しかったよ。友達できたし。酒場のおうちの子と、兵士を目指してる男の子」

「兵士を?へぇ~…」


 わざわざ兵士を目指す奴も居るのかとアーロンはちょっと意外に思った。


「アーロンは?どうだった?」

「いや、それがさぁ……」


 早速今日あったことを話そうとして、アーロンは一瞬言葉を止めた。キースの素性は話してはいけないのだった。

 アーロンは少し考える間を置き「隊長補佐になったよ」と無難に報告した。


「隊長補佐?それはすごいの?」

「いやぁ、微妙…」


 アリステアに居た頃に比べれば凄い出世なのだが、本来なら隊長になるべき役職で、その予備軍におさまってしまった。自慢できることではないだろう。

 アーロンは一応リンにも「お前、俺がアリステアの兵士だったって友達に言うなよ」と釘を刺しておいた。

 リンは必死でポレトを削りつつ「言わないよ。私とアーロンは兄妹だってことになってるんだから、そんなこと言ったらおかしく思われちゃう」と応える。

 言われてみればその通りだ。アーロンは納得して頷いた。


「隊長補佐ってどんなことするの?」


 リンの質問にアーロンは首を傾げる。

 今日は結局キースの指示通り他の兵士達と混じって基礎体力強化訓練に参加しただけだった。何かを補佐したような気はしない。しかも他の兵士達は早々にバテて、キースの言った訓練を全てこなせた者は結局居なかった。確かにいい体をしてるわりに体力不足だと思えた。


「まぁ、これからだよ、仕事は…」

「――痛っ…!!」


 突然リンが声をあげた。隣でアーロンがぶぶっと吹き出す。

 リンはナイフで切った自分の指を口に入れながら、アーロンを睨んだ。


「なんで笑うのっ」

「だって、お前、期待通りのことを……」

「――指切って欲しかったの?!」


 信じられないという様子のリンの言い方に、アーロンは、堪えきれずに声をあげて笑っていた。

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