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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第一章
19/88

帰る場所

「ったく、ひどいよなぁ~。見捨てて逃げるってさぁ~」


 ゴンドールに辿り着いた船から降りて来た男に、バルジーはここぞとばかりに文句を言った。

 船が来たことを確認した後、アーロンはバルジーとリンをそれぞれ呼んで来ていた。リンは付いて来たものの、男と話すアーロンとバルジーを遠巻きに眺めている。


「いや、悪かったよ、悪かったけどさ!まさか生きてるとはねぇ~。ゴンドールからのろしが見えるって話を聞いたときにはまさかと思ったんだけど、やっぱあの後気になってたからさぁ。一応来てみたんだよ。いやぁ、すごいねあんた達!」


 今日も頭をすっぽり布で覆った男は、興奮気味にバルジーの肩を叩いた。バルジーは苦い顔でそれを受け止めている。


「ゴンドールに襲われなかったのかい?」


 当然の疑問を投げかけられたが、アーロンとバルジーは答えに困りお互い顔を見合わせた。どうせ言ったところで信じないだろうと判断したのか、バルジーは答えをはぐらかす。


「まぁ、話は後だ。とりあえずここを一刻も早く出たいんだよ」

「そうだな」


 男は頷くと「どこへ行けばいい?」と問うた。


 アーロンは即座に「アリステア!」と答えた。バルジーが隣で、「ま、とりあえずそれでいいよ」と賛同する。

 本当は何日も無断で仕事を休んでいる自分が除名処分になっていないかどうかが、多少心配ではあるのだが。


「……あの子は?」


 男の目が2人を通り越し、リンに向けられた。

 視線を追うようにアーロンも振り返る。リンは少し離れたところに佇んだまま、こちらに来ようとはしない。人見知りするようには見えなかったが、近寄りにくいのだろうか。

 アーロンは「ちょっと待ってて」と言い残し、リンの傍へ歩いて行った。

 アーロンが近づいてくるのに気付いて、リンは気まずそうに目を伏せた。そんな様子に引っ掛かりを覚えながらも、務めて明るく声を掛けた。


「リン、ここを出れるぜ。とりあえずアリステアに行くんだけど…」


 リンの表情から、安堵や喜びの色は窺えなかった。怪訝に思いながら顔を覗き込むと、リンは逃げるように目を閉じ、ゆっくりと首を振った。


「アリステアは……行けない…」


 消え入りそうな声だった。アーロンは「え?」と言いながら、リンの口元に耳を寄せる。


「アリステアには……行きたくない…」


 今度ははっきりと聞こえた。アーロンは少し戸惑いつつ「なんで?」と問いかける。リンは答えなかった。2人の間には、少しの間気まずい沈黙が流れた。


「じゃぁ…お前はローランドに連れて行ってもらうか?」


 そう言ったアーロンに、リンは再び首を振った。


「……ここに居る」


 続いて出た信じられない言葉に、アーロンは耳を疑った。


「ここって……。ゴンドールに残るのか?1人で?」


 まさかと思いながらも確認するように問いかけると、リンはこくりと頷いた。


「そんな、お前……」


 アーロンは困惑しながらバルジーを振り返った。特に興味が無さそうな様子に、援護は期待出来ないと判断する。アーロンは再びリンに向き直り、乱れた赤毛を唸りながら掻きまわした。

 確かにリンだったらここで生きていくことはできるかもしれない。彼女に対し、ゴンドールは不思議なほど友好的だから。それでも…。

 アーロンはリンの表情を窺いながら、ゆっくりと語りかけた。


「リン…、1人になっちゃうんだぞ?」


 俯いたリンは、何かを堪えるように口を引き結んでいた。


「お前、俺に会った時”嬉しかった”って言ってたじゃん。1人で寂しかったんだろ?また1人になるなんて、そんなこと……。これからずっとだぞ?もうここを出る機会は無いかもしれないんだぞ?」


 リンは黙ったまま、苦しげに眉根を寄せた。2人の間に重い沈黙が流れる。アーロンは不意にリンの手首を掴んだ。


「行こうぜ」


 そう言って引っ張ったアーロンの力に、リンは抵抗して「やだっ!」と声をあげた。

 アーロンが足を止める。リンの目は赤く充血し、翡翠の瞳が込み上げる涙に濡れた。


「どうせ1人だもん。ローランドに行ったって……1人だもん……」


 震える声で訴える。そんな哀しい言葉に、アーロンの胸は苦しいほどに締め付けられた。


 ”どうせ1人だもん……”


「お前……」


 アーロンは躊躇いがちに問いかけた。


「家族…居ないの?」


 その言葉が、辛うじて彼女を支えていた脆い糸を断ち切ったかのようだった。

 リンの口から嗚咽が漏れる。そして崩れるようにその場に座り込み、声を上げて泣き出した。

 アーロンの握る細い手首が震えている。何も言わなくても、質問の答えは明らかだった。まだ12歳なのに。こんなに幼いのに…。

 アーロンの脳裏に遠い日の自分が甦る。母を亡くして、1人になったあの日、この世の中にたった1人になったような気がして、息もできないほどに慟哭した。恋人ができても友人ができても、あの日の喪失感が埋まったことは一度も無かった。

 

 ――今まで、ずっと……。


 アーロンはリンの目の前に膝をついて座った。震えながら泣き続けるリンを引き寄せて抱きしめる。細い肩は折れそうに頼りなくて、たった1人で生きていくことなど到底できそうには思えなかった。


「リン……」


 アーロンは泣き続けるリンの耳元で優しく語りかけた。


「俺もさ、家族居ないんだよ。だからってお前の気持ちが分かるとは言わないけど……」


 アーロンの腕に包まれ、リンの体の震えが少ずつ和らぐ。黙ってアーロンの言葉を聞いてくれるリンの頭を、宥めるように繰り返し撫でた。


「ローランドに、一緒に行こうか……」


 そんな言葉が、口をついて出た。

 リンの体の震えはいつの間にか止まっていた。鼻をすすりながら、アーロンの胸から顔を上げる。驚きを滲ませまじまじと自分を見詰めるその顔は、痛々しいほどに涙で濡れていた。


「俺は別に、アリステアじゃないと住めないわけじゃないし。お前1人の面倒くらい、みる甲斐性はあるぜ」


 言っている自分に、自分で驚いていた。けれどもそんな生活も、悪くないと思えた。誰かを養うために働くのは、なんとなく過ごしてきた今までの日常より、張り合いがありそうにも思える。

 リンは黙ってアーロンを見ている。その目から戸惑いを感じ、アーロンは慌てて言い直した。


「いや、俺がダメなら他の引き取り手を探してやってもいいし……」


 よく考えると若い男と一緒に生活するというのは抵抗があるかもしれない。幼くても、女の子なのだから。

 我に返って離れようとしたアーロンを引き止めるように、不意にリンの手が服の袖をきゅっと握った。


「アーロンと……行く」


 小さいけれども、はっきりとした声だった。縋るようなその目から、また涙がこぼれる。

 アーロンは穏やかに微笑みを返した。自分を頼ってくれたことが、素直に嬉しかった。


 リンも涙をこぼしながら、その顔に久し振りの微笑みを浮かべた。


 ◆


「なんだよ、結局ローランド行くんだって??」


 船に乗ってゴンドールを離れながら、バルジーは驚いたようにそう言った。彼はゴンドールに着いた日に見つけた脱け殻をちゃんと持ってきたらしい。商売を忘れないところは、流石と言える。


「あぁ、ローランドで傭兵でもやるよ」


 アーロンとリンがローランドに向かうという事で、自動的にバルジーもローランドへと運ばれることになった。彼にとってはどちらでも問題は無い。バルジーは含みのある笑みを浮かべて言った。


「だから俺が雇ってやるって」

「いや、それはほんとに嫌だ」


 即座に断わるアーロンに、バルジーは「つれないねぇ」とおどけて眉を下げる。そしてふと思いついたように言った。


「だったら、ローランド王国の兵士でもやるか?おれが身元保証人になってやるよ。なんせ俺、城では顔効くし」


 意外な申し出にアーロンはひょいっと眉を上げた。彼の口から出たとは思えないほどまともな提案だった。

 国の兵士として雇って貰えるのは、個人の客を渡り歩く傭兵をやるよりもずっと安定していて理想的だ。けれどもこの胡散臭い男が、何故そこまでしてくれるのか。警戒するアーロンがとっさに話に乗れずにいると、バルジーはニッといつもの嫌らしい笑みを浮かべた。


「だから、たまぁにまたゴンドールに付き合ってくれよな。あのお嬢ちゃんと一緒に!」


―――やっぱり、それか……。


 アーロンは疲れたようなため息を洩らした。


 けれども取引としては悪くない話だろう。アーロンは観念して「分かったよ…」と応じた。

 バルジーはその返事にかなり喜んでいる。そんな彼から目を逸らし、アーロンは海の向こうに目を向けた。住み慣れたアリステアを離れ、未知の国での生活が始まる。

 どんな国なんだろうか。

 どんな毎日になるんだろうか。

 全く予想がつかない。


 けれども不思議なことに、特に不安は無かった。

 むしろ彼にとって新しい毎日は、楽しみにすら思えるほどだった。

第一章終了となります。

二章からは舞台をローランドに変えて、キースとアーロンそれぞれの新しい生活が始まります!

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