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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第一章
18/88

ゴンドールでの生活

 水から上がったリンと一緒にバルジーのもとへ戻ると、バルジーも既に目を覚ましていた。

 彼もやはり空腹を訴え、リンが持ってきてくれた実を3人で食べた。甘くて瑞々しくて、とても美味しい果実だった。


「お嬢ちゃんに会えてよかったなぁ~」


 バルジーがしみじみと言った。全くその通りだとアーロンも同意する。昨日は水場を探したり食べ物を探したりなどという心の余裕は全く無かった。今日それを一から始めていたら、体力がもたなかったかもしれない。

 2人からの感謝に、リンは照れ臭そうにはにかんだ。


「可愛いねぇ。何歳なんだい?」


 バルジーが笑みを浮かべながら問いかける。本人に邪な思いは全く無いのだろうが、じろじろと見られたリンは身を硬くする。


「12歳…」

「へぇ~!12か!あれだな、体が女になり始める頃だな!」


 下品なことを言って、バルジーはアハハと笑った。リンの表情は更に強張る。


「バルジー、変態だと思われるぞ」


 アーロンの忠告を、バルジーは呑気に笑い飛ばす。バルジーの年齢は聞いてないが、見た感じから30代だろうと思われる。その歳で12の少女に興味を抱くはずもないのだが、下手な冗談で無駄に警戒されているのが可笑しい。

 アーロンは苦笑しつつ立ち上がった。


「――どこに行くの?!」


 リンが慌てて聞いた。


「とりあえず、船を作る材料でも探そうかな」

「私も行くっ」


 まだ食べている途中なのに、リンは果実を手にしたまま立ち上がった。バルジーと2人になるのが嫌なのだろう。アーロンの後を付いていくリンに、バルジーは「行っちゃうのぉ~?」と、また無駄な軽口を投げかける。

 リンはそれに応えることなく小走りにアーロンの隣について歩いた。


「あの人が、”悪徳商人”さん?」


 歩きながらリンが問いかける。アーロンは笑いながら「そう」と答えた。


「でも、変態じゃないよ。変なこと言うけど口だけだから、心配すんな」

「そうなの…?」


 リンは納得いかなそうに呟いた。色々な意味で”男”を意識し始める年齢なのだろう。アーロンは今朝のリンの反応を思い出し、悪いことをしたなと改めて反省した。


 歩きながら立派な木に触れてみる。船を造る材料には事欠かない。あとはロープの代りになるようなものでもあればと周りを見廻す。ふとリンが「アーロンは何歳?」と問いかけてきた。


「18だよ」

「結婚してるの?」

「してない」

「恋人は?」

「……居ないね」


 何気ない質問に古傷が痛んだ。思い出してため息を洩らす。


「どうして恋人つくらないの?」


 そうくるかと思いながら、アーロンは「モテなくて」と投げやりな答えを返した。


「そっか」

「……納得するなよ」


 アーロンの言葉にリンが笑った。楽しそうな笑顔に、怒る気も失せる。2人はその後も他愛もない会話を交わしながら、森の中を歩き続けた。



「そうだ、一応のろしを上げとこう」


 しばらく歩いた後、アーロンはそう言ってまた浜辺へ向かった。当然リンも付いて来る。

 木の枝を太いものと細いもので用意して、太いものを削って板のようにし、その一部に穴をあけて火を起こす口を作る。ゴンドールの脱け殻で作ったバルジーのナイフは気持ちいいほどよく切れた。

 浜辺で座って細い方の枝を棒のようにして板に空けた穴に入れ、着火剤の原料にされる葉を細かく千切ってそこに入れる。その穴の中で棒を回転させながら、摩擦熱を起こしていく。

 リンはそばで座って、じっとそれを見詰めていた。


 何度も摩擦を繰り返しているうちにやがて穴の中から煙が立ち始める。リンが「わぁ~」と歓声をあげた。


「すごい~!こういうののやり方、なんで知ってるの?」

「仕事で習ったんだよ。実際役に立ったのは初めてだけど」


 アーロンの答えに、リンは「へぇ~」と感心する。


「お仕事ってなに?」

「兵士」


 アーロンがそう言うと、リンは不意を衝かれたような顔になった。そして、「どこの…?」と問いかける。


「アリステアだよ」

「アリステア……」


 アーロンの返事をそのまま繰り返し、リンは口をつぐんだ。そんな彼女の反応を不思議に思いつつ、アーロンは「お前は?もとはどこの子?」と聞いた。

 リンは目を伏せたまま沈黙している。やはり答えたくはないようである。アーロンはそれ以上何も聞かず、また黙々と作業を続けた。


「アリステアって…」


 不意にリンが沈黙を破った。


「最近……どう…?」


 リンの抽象的な質問にアーロンは思わず吹き出した。


「どうって何が?」

「あ、えっと……」


 言葉を探すリンをよそに、アーロンは「あぁ、そういえば」と思い出したように言った。


「なんか最近王女が反逆罪で死刑になったらしい」


 リンは何も言わなかった。反応が無いことを気に留めることもなく、アーロンは「ついでに王女の母親も」と付け足した。そして苦笑する。


「まぁ王族なんて自分に関係ないしさ。王女と王子が何人居るのかも良く知らないくらいだから、どうでもいいけどな」


 しばらく手元の作業に集中していたアーロンは、ふとリンが静かすぎるのが気になってその目を彼女に向けた。

 リンは声を失い、固まっていた。大きく見開いた目は何も映していないように見える。思いがけない表情を前にして、アーロンは戸惑いながら彼女に声をかけた。


「……リン?」


 アーロンの呼びかけに、リンは我に返った。次の瞬間、弾かれたように立ち上がる。

 呆然とするアーロンをその場に残し、リンは1人どこかへ駆けて行ってしまった。



 その後、のろしを上げたアーロンはバルジーのもとへ戻ったが、リンは帰ってなかった。バルジーと2人で食料を運んだり、水を運んだりして時間を過ごす。やがて日が傾く時間になったが、リンは姿を現さなかった。


「あの子居ないで夜を過ごして大丈夫かぁ?」


 バルジーが不安を口にする。アーロンとしても、その点は自信が無かった。幼獣とはいえ、一度ゴンドールに襲われている2人としては、彼等が”友好的”というのがいまいちまだ信じられないのだ。

 アーロンは、先ほど話をしていた時のリンの様子が気になっていた。「探してくる」と告げ、立ち上がる。バルジーは「頼んだぞぉ」と手を振って送り出した。

 期待もしていなかったが、やはり自分で動く気は無いらしい。アーロンはやれやれとため息を吐きつつその場を離れた。

 

 ◆


 木の実のとれる場所や水場など、一通り見て回ったがリンの姿は見当たらなかった。日はもうすぐ暮れようとしている。あまり遠くへ行くと迷って戻れなくなりそうなので、とりあえず一度バルジーのもとへ帰ることにした。もと来た道を歩く。

 不意に遠くで草木の摺りあう音が聞こえてアーロンは足を止めた。誰かの動く気配がする。アーロンはそちらに足を向けながら「リン?」と声をかけた。

 返事は無い。

 足を進めるアーロンの耳にまた草木の摺れる音が聞こえる。


 アーロンは杭を打たれたように、その場に足を止めた。


―――まさか……。


 そう思った瞬間、目の前の草木を分けるようにして、視界に突然土色の物体が現れた。聞きなれた雄叫びが響く。流石に二度目となると、それがゴンドールの幼獣であると認識するのに時間はかからなかった。

 ゴンドールは、岩の上に乗って身を屈めていた。

 少し高い位置からアーロンの姿を捕らえた瞬間、一気に跳躍する。


「うわっ…!」


 とっさのことに、反応が遅れた。ゴンドールの体の重さで、地へ倒される。気付くと目の前には、鋭い歯の並ぶ大きな口が迫っていた。


「――だめぇ!!!」


 突然辺りに少女の声が響いた。直後、時間を止められたかのように、寸前まで迫っていたゴンドールが動きを止める。アーロンは目を見張ったまま息を止め、自分にのしかかる化け物を見つめていた。

 少しの間をおいて、ゆるゆるとゴンドールがアーロンの体の上から退いていく。

 重圧から解放されたことを感じながら、それでもまだ信じられない思いで体を起こした。そしてゆっくりと背後を振り返る。

 

 アーロンの目に、予想通りの少女の姿が映った。


「……リン」


 黙って佇むリンは、少し苦しげに眉根を寄せていた。



「やっぱゴンドールが友好的なのはお前に対してだけなんだよ」


 危うく命を落しかけたアーロンはリンとともにバルジーのもとへ戻りながら言った。リンが止めなければ、ゴンドールは確実にアーロンに食いかかっていた。一歩後ろを歩くリンは特に何も言わない。俯いたまま、ただ黙々と歩いている。

 今朝はあんなに元気だったのに、やはり様子がおかしい。


「リン……?」


 声をかけると「なに?」と一応返事をした。けれども目はアーロンを見ない。アーロンはどうしたらいいのか分からず、とりあえず「なんでもない…」と返した。

 

 リンはその後、一言も言葉を発しなかった。


 ◆


 翌日からもリンは昼の間は1人になることが多かった。アーロンは毎日のろしを上げながら、船を作る作業を黙々と進めていた。そんなある日、ゴンドールでの生活に変化があった。いつものようにのろしを確認しに来たアーロンは、その日何気なく海に目を向けた。そして茶色い瞳を丸くする。

 いつも地平線まで綺麗な青い海が広がっているその景色の中に、意外なものが存在していた。

 小さな汽船だった。


「――船だ……」


 アーロンは独り言を呟きながら、吸い寄せられるようにそれに足を向けた。


 船は確実にこちらを目指している。のろしを上げてみたものの、それに気付かれる可能性はかなり低いと思っていた。気付いたとしてもゴンドールに船が来てくれる可能性はもっと低いと思っていた。アーロンは海へ向かって走り、さらに目をこらして船を見た。そして徐々に形がはっきりと見えてくる船の姿に、思わず吹き出す。甲板の男が手を振っている。アーロンもそれに応えるように振り返す。

 それはまさに、アーロン達をここまで連れて来た上に、置き去りにして去ったあの船だった。

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