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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第一章
17/88

謎の少女

 茫然と立ち尽くすアーロンの見上げる先で、少女はゴンドールの肌を足がかりにその頭上から降り始めた。顔周りで動く人間を意に介さず、ゴンドールは顎を地に付けたまま動かない。

 少女はやがて地面に足をつけると、アーロンに向き直って立った。

 アーロンはそんな少女の一挙一動を、食い入るように見詰めていた。


「こんばんは…」


 おずおずと、少女の方から挨拶をしてきた。間近で見ると少女は小柄で、まだ幼さの残るあどけない顔立ちをしている。顔も体も長い金色の髪もすっかり土に汚れ、裾の長い服はところどころ綻びている。

 その有様から、少女がこで過ごした時間の長さが窺えた。


「……どうも」


 アーロンはまだ放心しながらも、やっとそれだけ声を発した。

 2人の様子を観察するように、ゴンドールは伏せたまま瞳だけをぐりっと動かす。

 しばらくその存在を忘れていたアーロンはハッとしたようにゴンドールを振り返ったが、凶暴さの欠片も無い巨大生物に緊張を解き、その目を再び少女に戻した。


「こいつに乗ってた…?」


 今見たことを確認するように問いかける。少女はゴンドールに目を遣ると、こっくりと頷いた。


「お友達なの。ここで知り合って…」


 その返事に、”人間ではない”ととっさに思った。人がゴンドールと”お友達”になれるはずはない。

 少女は改めてアーロンをまじまじと観察する。


「あなたは…誰?」


 こっちの台詞だと思いながらも、アーロンは「俺は、アーロン・アルフォード」ととりあえず名乗った。そして、「普通の人間だよ」と付け足す。


「私もだよ!」

「――嘘だろ?」


 とっさにそう返していた。とても信じられなかった。


「嘘じゃないよ!ちょっといろいろあって、間違ってここに来ちゃったんだけど…」


 少女は力を込めて言い返すものの、言葉は尻つぼみに消えていく。どう間違えたらこんな子供が1人でゴンドールに来ることができるのだと内心思いながら、アーロンは「じゃぁ、お前は誰だよ」と問い返した。


「私は…」


 少女は困ったように言い淀んだ。束の間逡巡し「リン……って、いうの」と答えた。


「いや、そうじゃなくて」


 アーロンはすかさず口を挟む。


「どっから来た?なんでここに居る?どうやってゴンドールを手なづけた?」


 矢継ぎ早に質問されて、リンは困惑気味に眉を下げた。アーロンはそんな彼女の表情に我に返る。これではまるで尋問だ。


「ごめん。…ちょっとあまりに驚きすぎて」


 冷静さを取り戻して謝ったアーロンに、少女の表情もふと和らいだ。


「……私もびっくりしたよ。他に誰か来るなんて、思ってなかったから…」


 アーロンを見上げ、にっこりと微笑む。


「ちょっと嬉しかった」


 無垢な笑顔は、とても愛らしかった。いつからここに居たのだろう。アーロンは彼女の姿を改めて眺めながら「お前、1人なのか?」と聞いた。少女は目を伏せ、こくりと頷く。


「…うん」

「そっか…」


 こんなところに1人で居るなんて一体何があったのだろう。気になるが、訊ねるのも憚られる。アーロンはひとつ息を吐き、片手を腰に当てた。


「俺は1人じゃないんだ。悪徳商人に騙されてここまで護衛役で連れてこられてさ。挙句に船が壊れて2人で足止め食ったんだよ。はっきり言ってもう死ぬと思ったね」


 アーロンの説明にリンは楽しそうに笑った。笑い話をしたつもりはなかったが、つられて笑ってしまう。そして改めてゴンドールに目を向けた。


「こいつら、…意外と悪い奴等じゃないんだな」

「うん、皆優しいよ。食べ物のあるところとか、お水の湧いてるところとか、連れて行ってくれるんだ」


 伏せたまま2人を見ているゴンドールの金色の瞳は細められ、まるで笑っているかのように見えた。


 ◆


 リンを連れて戻ってきたアーロンを見て、バルジーは心底驚いたようだった。生きて戻ると思っていなかったのだろうし、おまけに幼い女の子まで連れて来たのだ。無理もない。

 アーロンはうろたえるバルジーに事の成り行きを説明し、リンを紹介した。紹介といっても名前を伝えることくらいしかできなかったが。

 バルジーは当然「どっから来た?どこの子だ?」とアーロンのように問い詰めたが、リンはやはり何も答えなかった。

 辺りにはまだ時折ゴンドールの咆哮が響いている。けれどももうその声に、張り詰めた緊張感は湧いてこなかった。


 その夜は結局3人で地面に並んで眠った。

 リンは今まではゴンドールと一緒に地下の巣に入って、そこで寝ていたと話した。

 縄張りを荒らされるのを嫌うはずのゴンドールが、人間を巣の中にまで連れて行くとはにわかに信じがたかったが、ゴンドールに乗った彼女を見たアーロンはそれを疑う気にはならなかった。


「なんか情報が間違ってるんじゃないのか?」

「えぇ~??」


 アーロンの見解にバルジーは納得いかなそうな様子ではあったものの、反論の余地も無く、結局”ゴンドールは意外と友好的”という結論になった。


 ◆


 翌日、朝の光でアーロンは目を覚ました。

 固い土の上でだったが、その瞬間は心地よかった。顔に当たる暖かい光が胸にまで沁みる。昨夜星空を見たときには、もう夜は明けないような気すらしていた。


―――生きててよかった…。


 再び出会えた陽光を前に、アーロンはしみじみと実感した。


 兵士の休暇は昨日一日で終わっている。無断で休んでいる状況なので、できるだけ早く国に戻りたい。差し当たり命の危機は回避出来たものの、無人大陸に取り残されている現状は変わらない。今度はここを出る方法を考えなくてはならない。

 アーロンは身を起こし、ふと隣に目をやった。そこにリンの姿は無かった。

 反対隣のバルジーはまだぐっすり眠っている。


 アーロンは遠く鳥の声が聞こえる方へと目を遣った。木漏れ日が美しく緑を照らす。昨夜のゴンドール達の声は嘘のように消え、とても平和な朝だった。

 ふと腹の虫が呑気に鳴り、アーロンは胃のあたりに手を当てた。


「腹減った……」


 昨夜結局何も食べずに寝たことを今更のように思い出す。怠い体を引きずるようにして立ち上がり、アーロンは食べられるものを求めて海の方へと歩いて行った。

 自然のままの美しい青が、今日も日の光を跳ね返しながら光っている。素直に綺麗だと思った。


 引き寄せられるように浜を歩いていると、ふとその海に何かの動く影を見付け、アーロンは息を呑んだ。昨日の幼獣を思い出し身構える。けれども海から顔を出したのは、彼の予想したものではなかった。

 濡れた金色の髪が輝き、白く細い肩に流れる。澄んだ水の中を滑るように泳いでいるのは、昨夜出会ったばかりの少女だった。


 リンはふと泳ぎを止めるとその場に立ち上がった。白くて小さい背中に金色の髪が張り付く。アーロンはその背中に向かい「リン!」と大声で呼びかけた。

 リンは弾かれたようにこちらを振り返った。どうやら驚かせたようで、翡翠色の目は大きく見開かれている。


「――きゃぁぁぁぁ!!!」


 アーロンの存在を認識したリンは、直後、絶叫とともにその場にしゃがみこんだ。細い肩はまた水の中に隠れる。海へと歩きながら、アーロンはその大袈裟な反応に苦笑を洩らした。


「こないでーーー!!」


 リンが大慌てで訴える。アーロンはそれをあしらうように片手を顔の前で振ってみせた。


「いやいや、ちょっと待て。俺、子供の裸には全く興味無いから心配するな。――どっかに食いもん無い?」


 ここで暫く過ごしている様子のリンなら知っているだろうと期待を込めて問いかける。

 アーロンを睨むリンの顔は、真っ赤になっていた。


「向こうむいて!」


 アーロンは「はいはい」と、言われるがまま足を止め、リンに背を向けた。それでもご立腹のリンはさらに文句を言う。


「女性の入浴を覗くなんて、信じられないっ!」


 どうやら”入浴”中だったらしい。ずいぶん大胆な入浴だ。


「それはすみませんでした」


 面倒くさいので素直に謝ることにした。

 束の間沈黙が流れたが、やがて背中に声が聞こえる。


「そこに置いてある木の実、食べていいから…」


 導かれるように足元を見ると、脱いで置かれたリンの服の上に朱色の果実が積んである。どうやら自分達のために、既に朝食を用意してくれていたらしい。アーロンは顔を綻ばせ、リンを振り返った。


「ありがとう!すげぇ助かっ…」


 心からの感謝を伝えようとしたアーロンは、水からあがろうとしていたリンとばっちり目が合ってしまった。しまったと思った瞬間、リンは目を見張って凍りつく。


「――きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁーーー、ごめんごめんごめんごめん!!!!」


 リンは再び飛沫を上げて水の中にしゃがみ込み、アーロンは慌てて背を向けると、ひたすら謝り続けたのだった。

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