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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第一章
16/88

翡翠色の天使

 結局、気がついたら2人を乗せてきた船の姿は無くなっていた。

 あっさり見捨てられたのは仕方が無いとしても、帰りはどうするのだろう。せっかく命は助かったが、困った状況に変わりは無かった。転覆したボートはもう使えそうになかった。船底が破損してしまっている。

 2人はあまり気は進まなかったが、とりあえずゴンドールに泳ぎ着いた。


 陸に上がるとそこに転がって休む。お互いに口も利けない程疲労困憊していたが、これで安心という状況ではない。


「また幼獣が出てくる可能性はあるんだろ?」

「そうだな…」


 バルジーが答えた。


「でもこんなこと初めてだぜ。めったに昼間に出てくることは無いはずなんだ」

「あ、そう」


 言いながら目を閉じる。どっちにしろ日が暮れれば終わりなのだ。アーロンは隣に寝転がる男に金貨10枚で釣られたことを激しく後悔した。


「どうすっかなぁ…」


 バルジーが独り言のように呟いている。


「さすがに成獣相手じゃ、人間は勝てないだろうし」

「悪いけど、成獣が出たらあんたを置いて逃げるから」

「大丈夫だ。逃げ切れない」


 おかしな会話を交わしつつ空を見る。明るい日の光は、濡れた体を徐々に乾かしていた。

 その後なすすべもなく、2人は海を見て座っていた。いつの間にか日が傾いてきている。夜の気配が近づいている。


「なぁ」


 アーロンがバルジーに声をかけた。バルジーが「ん?」と応える。


「もう助からなそうだからさ、最後に教えてよ。結局宝ってなんだったの?」


 アーロンの質問にバルジーはふっと笑みをうかべた。


「脱け殻だよ。ゴンドールの」

「脱け殻?」


 アーロンが聞き返す。


「ゴンドールの体は剣も火も通さないって聞いたこと無いか?」


 バルジーの問いかけに、アーロンは「そういえば…」と呟いた。さきほど触れた幼獣の体も、ものすごく固そうだった。弱点を知らなければあの体に剣を突き立てようとしていたところだったが、無駄であったろう。


「ゴンドールは脱皮するって話だったからさ。いい素材になるんじゃないかと思って取りに来たんだよ。案の定、とってもいい素材だった」

「素材って、何の?」

「防具全般。俺は武器を売り歩いてる。自分で作ったものだぜ」


 バルジーの意外な特技にアーロンは「へぇー!」と声をあげた。


「いい考えだろ?」

「…そうだな」


 納得して頷く。けれどもふと疑問に思ってアーロンはまたバルジーを見た。


「アリステアでは価値がないって言ってなかった?」


 その問いかけにバルジーは頷いて「今のところはな」と答える。


「ゴンドールの脱け殻で作った防具は、ローランドでしか売らない約束だ」

「約束って誰と?」

「ローランド国王」


 予想もしていなかった大物の名前に、アーロンは目を丸くした。客は王家ということか。それはさぞかしいい金になるに違いない。

 バルジーは得意気に語り始めた。


「俺、ローランドではちょっと顔が知れてるんだぜ。俺の作った武器も防具も、評判がいい。それが最近素材を変えたらますます有名になっちゃって、仕事がやりにくくってしかたねぇよ」

「…なんで?」

「皆、素材の正体を知りたがってさぁ…」


 なるほどとアーロンは一人頷いた。ゴンドールの抜け殻を加工しているのは、彼の商売上の秘密らしい。バレたところで真似しようとする者がいるかどうかは怪しいが。


「だからアリステアで護衛を雇うわけね」

「そういうこと」


 言いながらバルジーは寝転がった。空を眺めてため息をつく。


「いい商売だったんだけどなぁ…」

「興味あるね。その防具」

「ローランドに来たら、売ってやるよ」

「行かねぇよ」


 アーロンは言いながら立ち上がった。バルジーがそんな彼に「どっか行くのか?」と問いかける。


「武器になるものを探さないと。さすがにもう他に持ってないからさ」


 その言葉にバルジーは心底感心しつつ「おまえ、たくましいなぁ」と呟いた。


 未開の大陸にはうっそうとした密林が広がっていた。奥へ入り込みすぎると迷いそうである。

 人の手が全く入っていない自然の地には生き物達の匂いが漂う。時折無害な小動物と出くわしたが、幸いもうゴンドールの姿は無い。今のところは。

 ふと後ろから付いてきていたバルジーが足を止めた。


「ほら、あった」


 そう言って指を指す先に土色の塊が見える。一瞬アーロンは昼に会った幼獣を思い出して緊張したが、その塊に大きな亀裂が入っていることに気づくと緊張を解いて息を吐いた。


「脱け殻ってやつ?」

「そうだ」


 言いながらバルジーがそれに向かって進む。そしてそれに手を触れると、撫でながら眺める。


「立派だなぁ…。持って帰りたいなぁ…。完全な脱け殻は珍しいんだぜ」

「どうやって持って帰るの、こんなデカいの」


 思わず問いかける。目の前の抜け殻は幼獣のものだろうけど、人の体くらいの大きさがある。


「バラバラにして」


 言いながら腰にまき付けてあるベルトについたナイフらしきものを取り出す。金色の刃がなんだか珍しい。ナイフというより鋸のような細かい刃である。それを抜け殻に当てて動かすと、ゴリゴリと音を立てて削られていく。


「…それもゴンドールの脱け殻で作ったんだろうな」

「良く分かるね。表面を削ると中はこんな綺麗な色なんだぜ」


 バルジーはなんだか楽しそうである。解体したって持って帰る術が無いということを忘れているようだ。


「そのナイフ、1つしかないの?」

「無いよ」

「あ、そう」


 武器屋も無人島では役に立たない。アーロンはため息をついた。

 バルジーが夢中で作業している間、アーロンは辺りを歩き周った。身を隠せそうな洞穴も近くには見当たらない。とりあえず太くて手頃な木の枝を手に戻る。その頃には日が落ち、大陸には暗闇が訪れていた。

 アーロンの耳が獣の咆哮のような音を捉え、思わず足が止まった。

 距離があるのは分かる。だからこそ、その地を揺するような響きは声の主の大きさを実感させる。

 

 成獣の大きさを正確に知る者は居ない。出会った者には死あるのみ。

 アーロンは再び歩き出し、バルジーのもとへ戻った。

 

 バルジーは時間をかけて脱け殻の分解を完了していた。アーロンの姿を見て笑みを浮かべる。


「武器はあったか?」

「…あんたが作ってくれよ」


 その言葉にバルジーが苦笑する。そしてその目を宙に向けた。


「すげぇ声が聞こえたな…。お目覚めらしい」


 その言葉に応えるように、再び咆哮が響く。見上げた夜空には、満天の星空が広がっていた。


 ◆


 とりあえず身を隠すことに決めた2人は、岩陰に並んで座った。お互い何も言わずに宙を見ている。時とともに、咆哮は数を増しているように思えた。

 この大陸に、どれだけの数のゴンドールが生息しているのだろうか。


 ふと体に伝わる振動で、地鳴りに気づいた。ゴンドールの存在は確実に近づいていると思えた。何故かまっすぐこちらに来ているように思えるのは気のせいか。


「ゴンドールって、嗅覚発達してんの?」


 アーロンはふと思い立ってバルジーに問いかけた。


「さぁ…そうかもしれないな」


 バルジーが投げやりな返事を返す。

 ゴンドールは縄張りを荒らされるのを嫌うと聞いたことがある。人間の存在を彼らは簡単に知ることができるとしたら、やはりその臭いからではないかと思えた。大きくなる地鳴りを感じながら、アーロンは立ち上がった。


「さっきのナイフ貸して」


 言いながら手を差し出すアーロンに、バルジーは何も言わずナイフを渡した。

 

 とりあえずあがいてみよう。アーロンはそう思いながら手の中のナイフに目を落とす。遠くで草木を激しく踏み散らかす音が聞こえ始めた。

 

 やはりどう考えても、ゴンドールが自分達の方へ向かって動いている。

 アーロンはバルジーを置いて、音の方へと歩き出した。バルジーはさすがについてくる様子は無い。先の見えない暗い密林をアーロンは音を頼りに進み続けた。

 体の奥では、鼓動が激しく鳴り響く。こめかみを伝う汗を自覚しながらも、足を止める気にはなれなかった。

 どちらにしろ”その時”は確実に迫っている。


 歩みを進めるアーロンのすぐ先で、大きな木がゆっくりと傾いた。そして他の木々達を揺らしながら地面に横倒しになる。轟音とともにアーロンの目の前に幹を晒した。

 アーロンはその木を見送った目を、ゆっくり上げた。暗闇の向こうに確かに何の気配がある。

 それは昼に見たあのゴンドールと比べ物にならない存在感だった。


 アーロンの体が緊張で硬くなる。ナイフを握る手の力が自然に強くなる。

 地面を揺らしながら、目の前の影はまたゆっくりと動き始めた。


 ゆっくりと近づくにつれて、その姿が月明かりの下鮮明になる。間違いなく、ゴンドールだった。


 幼獣と同じ形でありながら、見上げるほどの巨体であることが分かる。金色の鋭い瞳が光っている。そのごつごつとした体は、まるで大岩のようにそびえ立っていた。


「これは…流石に無理かな」


 アーロンは敵いようのない未知の怪獣を前に、全身から力が抜けるのを感じた。不思議なほど冷静である。目の前のゴンドールは、重そうな巨体を揺らしながら一歩ずつ着実にアーロンに近づいて来る。アーロンはそれと対峙しながらも、両手を横に下ろしたまま立ち尽くしていた。

 ――その姿に、感動すら覚えて。


 ゴンドールが目の前に止まり、その目がアーロンを見下ろした。わすかに開いた口の中には鋭い歯が見え、漏れるような生臭い息は風を起こしている。

 ゴンドールとアーロンは少しの間お互いに見つめ合っていた。

 

 不意にゴンドールがその顔を下におろした。アーロンにゴンドールの巨大な顔が近づき、目の前で止まる。やがてゴンドールは地面にペタンと顎をつけて、その体を伏せた。

 意外な展開に、アーロンは目を丸くした。


 ゴンドールの鼻息がアーロンの体にぶわっと吹きかかった。むせ返るような生き物の臭いが押し寄せる。


「――誰?」


 突然頭の上から声がして、アーロンは慌てて振り仰いだ。その目に信じられないものが映った。


「…あなた、誰?」


 ゴンドールの頭の上から、少女が顔を覗かせていた。金色の長い髪が、月明かりを受けて輝く。翡翠色の瞳は大きく見開かれ、驚いたように自分を見ている。


―――天使…?


 声は出なかった。

 アーロンはただ目を見開いて立ち尽くし、ゴンドール大陸に降り立った天使を見つめていた。

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