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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第一章
15/88

ゴンドールへの護衛

 夜明け前の深夜、真っ暗な中をアーロンは港へ向けて馬を走らせた。

 夜の空気は肌に冷たく、顔を撫でる風が心地良い。あれ程憂鬱だった仕事を前に、不思議と気分は晴れやかだった。

 指輪を手離してしまったことで、色々と吹っ切れたらしい。仕事を無事終えて金がはいったら、思う存分豪遊して、散財してやろう。たまにはカッシュにも奢ってやらなくては。


 港に着くと、バルジーはすでに先に来て待っていた。アーロンを見て細い釣り目をさらに細くして微笑む。


「朝早く悪いな」

「いいよ。慣れてるから」


 兵士の仕事の時間は不規則だ。早朝だったり深夜だったりは常なので、いつでも寝れるしいつでも起きれる。5年もやってるのでそんな生活には慣れていた。


「さすが若いね」


 バルジーは嬉しそうに言うと、港に停まっている船を指差した。


「あれだ。ゴンドールの近くまで連れて行ってもらって、降ろしてもらう予定だ。乗ってくれ」


 バルジーの指差す先には小さな汽船があった。出港準備は整っているらしい。


「近くまで…?」

「さ、行こう行こう」


 多少ひっかかったが、先を歩き出したバルジーに続いてアーロンも船へと足を向けた。


 ◆


 出港すると、2人は船室の床に転がって眠った。ゴンドールまではそれなりの距離があるので、到着まで仮眠をとる。船の動く音と振動が、絶えず体に伝わってきていた。


「――起きろっ」


 そんな声とともに乱暴に肩をたたかれて、アーロンは目を見開いた。

 すっかり深い眠りの中にいたので、一瞬状況が飲み込めなかった。目の前のバルジーの顔に記憶が呼び戻される。


「…着いた?」

「着いたぜ」


 アーロンは体を起こすと窓の外を見た。すっかり明るくなっている。ずいぶん日が高いようだ。

 バルジーに連れられて甲板に出ると、暖かい潮風がアーロンの赤毛を揺らした。潮の香りを感じながら、アーロンは一面に広がる大海原を見渡した。

 ゴンドールと思われる大陸の姿は見えているが、まだ距離がある。アーロンは怪訝な顔でバルジーを振り返った。


「着いてないじゃん」

「船に連れて来てもらえるのはここまでだよ。こっからはボート漕いで行くぜ」

「…げぇ~」


 顔をしかめるアーロンの隣で、バルジーはけっこう遠いねぇなどと呑気に呟いている。ふと2人の側に壮年の男が現れた。

 この船の持ち主だろう。立派な体躯は海の男らしく日に焼けている。帽子の代わりか、頭は布ですっぽりと覆われていた。


「ボート降ろすから乗りな」

「ここで待っててもらえるんだよな」


 バルジーの言葉に男は「日が暮れる前に戻ってこないと帰っちまうぜ」と返す。


「分かってるよ」


 バルジーが応えると、男は「まったくゴンドールなんぞに何しにいくんだか」と独り言のように呟きながら去っていった。彼もバルジーから目的は聞いていないらしい。


 やがて2人は小さなボートに乗せられて海へと降ろされた。バルジーがアーロンにオールを渡しながら「頑張れよ」と声をかける。


「俺が漕ぐの?!」

「当たり前だろ、これも金貨10枚のうちに入ってんだよ」


 そう言い捨てると、バルジーは帽子を顔に被せ、ふんぞり返るようにして横たわった。到着するまでにもう一眠りという体勢だ。

 アーロンはやれやれとため息をつくと、バルジーと向き合って座り、ボートを漕ぎ始めた。徐々に船の姿は遠ざかる。アーロン達を待つためにその場に碇を降ろしている姿が見えた。


「ゴンドールって夜行性なんだろ?」


 念のために問いかけると、バルジーは「そうだよ」と答えた。それなら単なる付き添い役ということかと思いながら、アーロンは黙々と船を漕いで行った。



 しばらく進んだ時、ふと静かな海に波が立った。何かが動く気配に、アーロンは一瞬動きを止めた。目の前のバルジーも異変に気付いたのか、帽子を顔からどかすと体を起こす。そして周りを見廻す。海は静かに凪いでいた。

 気のせいかと思いながらアーロンは再びオールを動かす。


「――待て」


 バルジーがそれを鋭く制した。彼の横顔に緊張が走る。アーロンも息を潜め、辺りの気配に神経を研ぎ澄ませた。ふと大きな影がすうっと海中を動くのを捉え、アーロンは目を見開いた。

 普通の魚には有り得ないその巨体に、短い四足を認める。


「――ゴンドール?!」

「しっ!」


 その瞬間、海が大きく盛り上がるようにして波立った。波紋が広がり、ボートがぐらりと揺れる。直後海面を押し上げるようにして、土色の大きな塊が姿を現した。

 ごつごつとした表皮が覆う顔。その中央で動く2つの金色の目らしきものが、アーロンとバルジーを捕らえる。

 2人が息を呑んだ瞬間、塊は再び激しい音を立てながら海の中へと戻って行った。


「下に潜り込まれる!」


 バルジーはとっさに腰を上げた。


「はぁ?!」


 アーロンも釣られて立ち上がる。


「夜行性だって言ったじゃねーか!!」


 バルジーの細い目がアーロンを振り返った。そして硬い笑みを浮かべる。


「成獣はな。今のは幼獣……子供だよ」


―――ふ ざ け ん な !!!


 心の中で叫んだその瞬間、ボードが下から突き上げられた。小さなボートはひとたまりもない。立っていられないほど激しく揺れる。海の中で動く生き物は、ボートと変わらない大きさがあるようだ。


「また来るぜ」


 バルジーはちらりとアーロンを見る。


「おい、出番だ」

「こんなところでかよ!!!」


 言いながら剣を抜いた瞬間、さっきより激しくボートが下から突き上げられた。さすがに二度目は耐えられなかった。ボートが横転すると同時に、当然乗っていた2人が海に放り出される。

 冷たい海の中で、アーロンの目は化け物の姿をはっきりと捉えた。


 のっぺりとした顔、長い体、短い4つ足、そして長い尾。その全てが土色の固そうな肌に覆われている。

 澄んだ海の中を滑るように泳ぎながら、その目がまたアーロンを捉えた。アーロンは水を蹴り、海面へと泳ぎ出た。水から顔を出すと、バルジーが転覆したボートに捕まっていた。アーロンも泳いでそこへたどり着く。


「あーー!!」


 バルジーが遠くを見ながら絶叫した。その視線の先を追えば、遠くで2人を運んだ船が、急いで碇を上げているのが見える。


「裏切り者!!高い金払ったのに!!」


 バルジーが必死で怒鳴ったが、もう声は届いていないだろう。こちらの状況を察し、逃げる用意をしているらしい。賢明な判断だと思えた。


「金貨10枚じゃ、割が合わない」


 アーロンが呟いた瞬間、海面にまたゴンドールが顔を出した。金色の目がじっとアーロン達を見詰めている。


「どうしろっていうの?あれ相手に」


 アーロンのぼやきに、バルジーは「額の目を狙え」と答えながらひっくり返ったボートにしがみつく。よく見ると確かに大きな金色の目の中央には小さい穴がもう一つある。

 アーロンはふと自分の右手が空であることに気が付いた。


「…剣、落とした」

「――バカか、お前は!!!」


 バルジーはさすがに焦っていた。


「…ゴンドールって人間食うの?」


 アーロンの素朴な疑問に、バルジーは「知るか」と吐き捨てた。

 

 不意にゴンドールが大きな口を開いた。立派な歯が見えるとともに、あたりに響き渡る咆哮が海面を震わせる。そしてまた海へ潜って行く。大きな影は2人の足元へ向かっていた。下から競りあがりながら、大きな口を開く。その動きを捉えながら、アーロンはひっくり返ったボードに一旦身を乗り上げた。バルジーも、ひぃっと声を上げつつそれに(なら)う。

 目標を見失ったゴンドールの頭が、遅れて海面から覗く。

 その瞬間、アーロンはボートから、その頭にまたがるようにして飛び移った。


 突然視界を塞いだ存在に驚いたのだろう。唸り声とともにゴンドールが顔をゆする。アーロンはその固い肌の凹凸に指をかけてしがみつき、その力に耐えた。

 やがてゴンドールはアーロンを連れたまま、再び海へと潜って行った。


 激しい飛沫がおさまると、海はまた静寂を取り戻す。取り残されたバルジーはボードの上から、恐々と海の中を覗き込んだ。


「…どこいった?」


 独り言のように呟いた。


 しばらくの間、海は静かだった。

 何が起こっているのか分からず、バルジーは息をひそめてただじっと海を眺めていた。不意にゆらりと影が浮かび上がってくるのを捉え、バルジーは息を呑んだ。思わず身を硬くした次の瞬間、それは勢い良く海面へと顔を出した。

 ぶるぶるっと頭を振って、濡れた赤毛を掻き上げる。


「アーロン…!」


 バルジーの声にアーロンの茶色い瞳が彼に向いた。そしてニッと笑みを浮かべる。


「ゴンドールは……」


 バルジーがそう言った瞬間、アーロンの隣に土色の巨体が浮かび上がった。その顔の中央には、小さなナイフが突き立てられていた。土色の巨体は、もう動く様子は無い。

 海にはまた静けさが戻っていた。


 バルジーはぷかぷかと浮かぶゴンドールを見ながら、力が抜けたように大きく息を吐いた。そして改めてアーロンを見遣ると、口元に笑みを浮かべる。


「俺の専属の護衛になる気ない?」

「無い」


 アーロンは即座に答えた。

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