流行りもの
テンポを重視しました。テンポわりーな、と思ったら、どんどん文句をつけてください。主人公の口調はだいぶテキトーです。
んーなわけで、どうぞー
それは笑ってしまうほど唐突だった。
僕は昼食を学食で摂るのだが、その日はいつもの席が空いておらずやれやれツイてねえな、とテキトーに空いている席を探してうろうろとさまよっていると、あまり面識のない同学年の女子生徒が、向かい側の席を指して『そこどうぞ』と言ってきたのだった。
まあご厚意に甘えて、僕は指し示された席にカレーうどんの乗ったトレーを置いて、座ろうとしたところで──
「偽装カップルになってくれませんか?」
──ありえないことを言われたのだった。
………………えーと?
「悪いんだけど。あー……」
「奇野よ。奇野頼知」
「ああ、そっかそっか。じゃあ奇野さん」
──って。
「あんたはどっかの病毒遣いか」
「冗談でした」
ぺろりとどこか色っぽく舌を出すと、彼女は「木野よ。木野秋」
「木野あ……『イナズマイレブン』じゃねえか!」
ああああっ、なんだこの人! 頭をかきむしっていると、「ところで」と、彼女は何事もないかのように話を進めようとした。え? 名前わからずじまい?
「本堂まさまさ君」
なんだその変な名前。
「……『マサヒコ』だよ。正しいに……彦? って書いて正彦、だ」
「え? 知ってるけど……」
……………………。
殴っちゃっていいかな、こいつ。
「ニックネームよニックネーム。まさまさ君。どう? 気に入った?」
「……どちらかというと不愉快なまでに気に入らないけど、それは置いといて。何? オレに何か用?」
とりあえずのびないうちに食っちゃおうと、カレーうどんをすすりながら訊ねると、彼女はごく当たり前の調子で言うのだった。
「私の偽装彼氏になってください」
……うん。
「ちょっと待て。まず“偽装”っていうのがわからないんだけど」
なんだなんだ、なんなんだ。 告られてる……わけじゃないんだろうな、やっぱり。
彼女は首を傾げて、僕に訊ねてきたのだった。
「あなた、好きな人いる?」
「いやまったく興味ねえけど……」
即答するとちょっとためいきをついて彼女は言う。
「そんなんだから、あなたハブられてるのよ」
「は、ハブられてなんかないね!」
いきなり言われて、僕は必死に否定する。……必死になっている時点でもう真実は決まっているようなものだけれど。
無情にも、彼女は告げる。
「いや、昼食一人で摂ってるじゃない」
「……それはあんたもだろ」
僕はハブられてるわけじゃない。帰宅部だから、まだクラスに馴染んでいないだけだ。……もう6月だけどねー。
僕の意気地のない反論に、彼女は別段表情を変えるでもなく、むしろ堂々として言った。
「私はハブられてるわ」
……カッケー。もう清々しさに惚れ惚れとするほどだった。
「まあ私はあなたとは違うけどね」
手酷い裏切りだった。
「あなたはとっつきづらいと思われてるだけだけど、私は違うわ。一人でいるのが好きなのよ」
「待て待て待て。オレはみんなから『とっつきづらい』と思われているのか!?」
さらりと言われたが、驚きの新事実だった。
「今はそんなことどうでもいいでしょう?」
「どうでもいくない。オレにとっては死活問題だ」
彼女は癖なのだろうか、また首を傾げて、それから言った。
「あなた顔はいいのにね……誰ともしゃべらないじゃない」
……そういえば誰ともケータイのアドレス交換すらしてないな。進級初日に言われたけど、その日僕ケータイ忘れちゃったんだよな。っていうか顔は関係なくないか。
あなたの話は終わり、とばかりに、彼女はすぐに切り替えて、“偽装カップル”の説明に戻るのだった。……まあいいんだよ? 言うほど気にしているわけでもないからさ。
「私はモテるわ」
断言した。いちいち男前だ。……女だけど。
「もうあれね、太陽に近づこうとするイカロスのごとく男が寄ってくるわ」
ちょっと上手い喩えだった。ていうか自分を太陽扱いって。
「全て……燃え尽きるのよ……」
全部断っているらしい。もったいないな。
「……それで? 偽装カップルって、何だよ? オレに何をさせたいんだ?」
コントを続けるのも楽しいが、いかんせん昼休みにも限りがある。さっさと本題に這入ろう。
「偽装カップルは偽装カップルよ。今流行りの」
「……流行ってるのか。どこで?」
「ライトノベルで」
「………………」
まあ、サブカルチャーの基本は便乗だからな。流行るのは早い。廃るのも……また同様だが。
偽装カップル。偽装カップル、ねえ。つまり“虫除け”っていう理解でいいんだろうか。『恋人の振りをする』んだよな。多分。詳しくは『俺修羅』で。
「……いいよ、別に。断る理由もない」
「そう? ありがと。じゃあ今からスタートね」
結構考え抜いた末の僕の言葉にあっさりと彼女はそう言った。……もうちょっと何かないか? “偽装カップル”の越えちゃいけないラインとか、決めとかないと後々困る問題がまだ──
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴った。立ち上がって自分の教室に向かう前に、僕は彼女に訊ねた。
「どうしてオレなんだ?」
「顔がいいから、それらしいかな~って、思って」
「………………」
顔は関係あったようだ。
絶句する僕に、奇麗な微笑みで彼女は言った。
「これからよろしくね、まさまさ君」
「そのニックネームは断固拒否する」
……彼女が立ち去ったあと、僕は急いでうどんを食べ終えた。
少し底に残った麺はのびきっていて、不味かった。
☆
それからというもの──
僕は“偽”彼女に、ストーカーばりに付きまとわれていた。
朝起きてカーテンを開けると外にいる『おはよう、まさまさ君』もちろん、一緒に登校する……恋人繋ぎで『それでね、まさまさ君』休み時間は必ず僕の席を陣取る『次当てられるからここ教えて、まさまさ君』昼食は一緒に『あーん、まさまさ君』『まさまさ君』『まさまさ君』『まさまさ』『まさまさ』『まさまさ』──
「……はぁ」
「どうした本堂。ためいきなんてついて」
「田中くん……いやなんでもないよ、ちょっと疲れただけさ。──パトラッシュ、これがルーベンスの絵なんだね」
「シャレになんねえ」
ほらね? 僕は別にハブられてなんかいないんだ。
まあ今は授業中なんだけど。──安息の時間は、この間だけだ。
終業のチャイムが鳴り、僕は重い腰を上げて、食堂に向かった。
偽装彼氏になって気づいたのは、『これは思った以上に大変だぞ』ってことだった。
まず周りからの目が痛い。彼女の策が功を奏したのか釣り合ってねーよ、みたいな視線はないんだけど。いや自慢じゃないからね? 恋愛になんの意味も見出だせない僕なんかからしたら、顔の良し悪しなんてさほど価値を持たないことなのだ。
それでもお門違いに妬んでいるやつも多分にいるようで。彼女のいないところで、こっそりと嫌がらせに遭う……この娘本当にモテてるんだなあ、と、そのたびに思う。
偽装カップルなんて、馬鹿げた考えを持つ程度には、彼女も苦労してきたんだろうなぁ、と。そう、思った。
……まあこんだけモテたら、そりゃハブられもするだろうね。
しかし、彼女の今までの苦労より、僕の今の心労の方が確実にまさっていることは、けれど明白だろう。
僕だって男なんだ。四六時中引っつかれて、嬉しくないとは言わない。
だけど疲れる。とにかくしんどい。
休日でも、偽装は続く。駅前の喫茶店。
僕はテーブルの上にぐだー、と体を投げだした。
しばらくうつ伏せたままじっとしていよう……死んだように動かずにいると、あらかた予想通りだが、声をかけられた。
「お疲れのようね、まさまさ君」
「……その呼び方を改めてくれるだけで、オレのお疲れも大分和らぐことだろうね」
ミュー様。僕が目だけ上げてそう言うと、彼女はちょっと嫌そうな顔をした。
──ミュー様。彼女の“ファンクラブ”の会員が、彼女をそう呼ぶ。ちなみにμ粒子は一切関わりない。彼女の下の名前が“ミユ”だからそう呼んでいるようだ。……そういえば。
「……聞いてなかったけど、あんた、名前なんて言うんだ? すげー今さらだけどさ」
「入野自由」
「男じゃん」
沈黙。僕からは喋る気がしないので、彼女が口を開くまで待つ。
注文したものが運ばれてきて、ちょっと時間が経ってから、彼女は「ねえ、まさまさ君」と、口火をきった。
やめろ、とは言わない。諦めはいい方なのだ。僕は「なに?」と聞き返す。
「進路……行く大学とかもう決めた?」
「いや、普通にまだ未定だけど。……大体まだ高2の6月だぞ? 決めてる人の方が少ないと思うんだけどね」
いい終えて、僕はミルクティーに口をつけた。うん、美味しい。やっぱりミルクに合うのはコーヒーより紅茶だよね。
「私は教師を目指しているわ」
「……意外だな」
「そう?」
「ああ、一人が好きっていってたしな」
そうかしら。彼女は首を傾げる。
「一人が好きだけど、学校は嫌いじゃないのよ」
どちらかというと好きよ。彼女はパフェを頬張った。
「昔から子供が好きなの。小学校の先生になるのが、今のところの夢」
「なんか、それも意外だ」
「特に幼女が好き」
ズザザザッ! 僕は彼女から、できうる限りの距離をとった。
「お、おまえ……」
「魔法少女は魔法幼女がジャスティスよね」
中学生からは、おばさん。そう言いきる彼女を見て、僕は確信した。間違いない、こいつは変態だ……。
「最近の幼女向けアニメって……」
「幼女向けアニメって言うな。女児向けアニメって言え」
「意味合いは同じじゃない」
「ニュアンスがかなり違う」
まあいいわ、と彼女は「女児向けアニメ」と言い直した。
「幼女が主役のものが見当たらないわよね」
「……まあ風潮とか色々あるんだろ。幼女って言うな」
「ああ、おジャ魔女どれみが懐かしいわ……」
「うわっ」
思わず声を上げる。うわマジで懐けえ……。
しばらくノスタルジックな気分に浸り、僕らは席を立った。
支払いは当然僕持ちだ。バイトしなきゃなあ。
☆
「今日は楽しかったわ」
彼女は無表情に言った。正直、全然言葉通りには見えない。
「あのさ」僕はそれに応える代わりに質問をした。
「あんた、彼氏とか作らないのか? 偽装彼氏、なんてのより、そっちの方が自然だと思うんだけど」
「……私、男性恐怖症なのよ」
「え。嘘だろう?」
「嘘よ」
けれどまあ、彼女は語る。「下心のある男は嫌いなの」
「下心なしで告るやつはいないよ」
「知ってる。だから彼氏は作れないのよね」
それで偽装彼氏ね。……つまり。
「別におまえ恋愛に興味がないわけじゃないんだな」
「女の子ですから」
「そうっすか」
なら、もっと別の人選した方がよかったんじゃないか。僕、あんまりそういうの詳しくないし。
興味がないから。
「オレから愛は生まれないよ」
「別に欲しくないわ」
まさまさ君。「まさまさ・まさまさ君」
「人の名前を学名みたいに呼ぶな」
ゴリラの学名は、ゴリラ・ゴリラ。
僕は『まさまさ』という種族ではない。
「私の名前、知りたい?」
「……まあ、ちょっと不便だし」
「そう?」
彼女は首を傾げた。「じゃあ、教えてあげる」
耳打ちで教える気だろうか、彼女は近づいて、近づいて……
「「────ん」」
…………………………。
…………………………!?
え!? なになになんなんだ!?
「初めて?」
「え……と、うん。まあ、はい」
「そう」彼女は首を傾げて。たおやかに微笑んだ。
「私もよ」
これまでで、多分一番らしく見える恋人繋ぎで、僕たちは歩き出した。
夕日が僕らを、赤く染める。
ヒロインを変態にする予定はなかったのに……なぜだ僕。
感想待ってます。