第5話 世界征服の第1歩
「よし、これで―――」
「「「ギャギャギャギャヤッ!」」」
ガリガリガリ……
魔神が話を始めようとするが、壁の外でまだゴブリン達が騒いでいた。
「……スネイクよ」
「はっ!」
「外へ行って群がっておるゴミ共を駆除してくるがよい。刃向うものは皆殺しだ。逃げ出す者がおったら捨て置け」
「了解であります!」
魔神は先ほど塞いだ壁に手を置いて、壁に人ひとり程通れる穴を作る。穴の向こうではゴブリン達が驚き、こちらの様子を伺っている。
「な、何をしている!?」
エクエスはせっかく塞いだ壁に穴をあける行為に驚く。
「さぁ行け」
「はっ!」
スネイクは短く返事をすると、曲刀を構え穴へと入っていく。
「ギャギャッ!」
様子を伺っていたゴブリン達は中から勢いよくこちらにやってくるスネイクに驚き、後退りしようとする。だが密集した状態で身動きが取れない。最前にいたゴブリン達は後ろに文句を言おうとするが、それよりも早くスネイクの曲刀が1匹のゴブリンの首を刎ね飛ばす。舞い上がる首は後方にいたゴブリン達にもよく見えた。そして次々に首や腕、時には上半身が宙に舞う。その現象が次第に後方へと迫っていく。
「ギャッギャギャギャッ!」
「ギャーーーギャッギャ!」
ゴブリン達の叫び声がし始めたと同時に穴は再び塞がっていった。
「「「…………」」」
穴の先を見ていたエクエスはもちろん、見える位置にいた兵士達は皆言葉を失う。
「さぁ、これで五月蠅い者はいなくなるであろう」
壁の外の阿鼻叫喚を気にせず、魔神は邪魔者が居なくなる事に満足な様子だった。
「た、助かった……のか?」
エクエスは兵士達に死者が居ない事を確認し、ひとまず安堵するが西門の事を思い出す。
「いかん! バルト達がっ」
「む?」
エクエスの慌て振りに魔神は首を傾げる。するとデュランがスッと魔神の横へ行く。
「恐らく西側の門を守っている兵の事かと思いやす。向こうにも門があるんで」
デュランは人間の頃の記憶を持っていた。その中にはアルフォルトに関する記憶もあったので、どこ何があるのかも大まかに知っている。
「おお、そうであったか。ではこちらと同じ事態になっておるのであろうな?」
「あ、ああ。そうだが……」
魔神に聞かれ駈け出そうとするのを止め返事をするエクエス。すると魔神は壁にまた黒い靄行き渡らせる。
「外からの妨害は邪魔だな。しばらく遮断するとしよう」
「は?」
先程と同じ様だったが今度は壁全体に靄が行きわたる。魔神が手を触れた部分を中心に上下、そして左右に広がっていく。東側一面に行き渡ると、そのまま南北、そして東側へと靄は広がっていった。街の四方を囲う壁全体が黒い靄に包まれる。そして凹凸どころか継ぎ目一つない壁へと姿を変えていく。
「向こうの門も塞いでおいたぞ。壁もすべて頑丈にしておいた。簡単には壊せまい」
魔神はドヤ顔で言うが、他の者達は目の前の出来事に付いていけず聞いてはいなかった。
(あれ? これ閉じ込められてない? 私帰れない!?)
街まで案内したらすぐに帰ろうと考えていたアンはその事に気付き眩暈を起こしかけていた。だが誰も閉じ込められたとは気付かない。
壁の外ではスネイクがゴブリン達を駆逐していた。東側にいたゴブリンはすべて片付き、密集しているであろう西側に向かって移動している。途中こちらに向かってくるゴブリンを文字通り千切っては投げ、千切っては投げているので、スネイクの通った後には血と残骸が続いていた。その姿を見て半狂乱で攻めて来る者、悲鳴を上げながら逃げて行く者などがいる。スネイクは特に気にせず黙々と襲いかかるゴブリンのみを殺していった。
(逃げて行く者達は皆同じ方向へ行くな。あちらに魔王軍がいるのか)
スネイクが見つめる先に森が広がっていた。だが鬱蒼と生い茂る木々の中の様子までは分からなかった。
(陣は森の中、という事か……それは後で考えればいいな)
一旦考えを止めて目の前のゴブリン達を見る。
(与えられた任務に集中せねば。こんな事に時間を掛ける訳にもいかん)
そう考え駆逐するペースを上げて行った。
「エクエス! ……!?」
「バルト! 無事だったか」
バルトが兵士達を連れてエクエスの元へと走ってきた。そして一緒にいる魔神を見て剣を構える。
「こ、こいつはなんだ!?」
「あ、ああ、オレもよくわからんが、魔物達を倒して入って来てな。魔神……らしいが。それよりも西門は?」
「いや、それが扉が壊れかけてもうだめかと思ったら壁が動き出して……な。門自体が無くなりやがった。とりあえず数人残して警戒させてるが、何が何やら……」
バルトは首を傾げながら答える。エクエスは「やはりか」と呟く。
「バルト、どうやら壁はこの魔神がやったようだ。とりあえずこちらが敵対しないなら攻撃はしないらしい」
「は? 何言ってやがる! 魔物のいう事なんか聞くのか!?」
「おい、貴様」
エクエスとバルトの会話に魔神が割って入る。
「魔物とは知性を持たぬ魔の者。そんなモノと我を一緒にするとは……いい度胸だな」
魔神の目が怪しく光る。門を潜ってきた時より下がっていた威圧感が再び上がり、周囲に緊張感が生まれる。それだけでバルトは冷や汗が溢れ出す。
ちなみに魔物とは動物に近いモンスターや言葉を介さないモンスターなどが当てはまる。人語を話し、人並みの知性を持つモンスターを魔族と呼んでいた。
「うっ……」
「とにかく、ゴブリン共をあっという間に灰にするような奴だ。住民達もいる所で暴れださせるのはまずい」
エクエスはコッソリとバルトに耳打ちする。それを聞いてバルトも剣を下げる。
「わ、わかった。だが、どうする? 結局魔王軍が来る事になるんじゃないのか?」
「いや、それがコイツは魔王軍ではないらしい」
「は? どういうことだ?」
2人が話していると魔神がぬっと近づく。それに気づいて会話も中断される。
「2人で何をコソコソ話しておる」
「「いや別に……」」
「……フン、まぁよい。住民共はどこだ?」
「!? 何をする気だ?」
「住民には指一本触れさせんぞ!」
エクエスとバルトはキッと魔神を睨む。バルトに至っては再び剣を構えている。それを見て魔神は呆れていた。
「……住民をどうこうする気など無いわ。我から言う事があるのでな。貴様等、住民を一か所に集めよ」
そう言うと街の中央へと歩を進める。
「どこか開けたところはないか」
「へい、それならこちらです」
デュランの先導で魔神は中央広場へと向かった。
「…………」
その2人のあとを遅れてアンも進む。通り過ぎる兵士達に「申し訳ありません」と頭を下げながら。
「おい、お前」
「ひっ」
通り過ぎたバルトに声を掛けられ、アンはビクリと立ち止まる。恐る恐る振り返ると怪訝の目でアンを見ていた。
「お前は……人間か?」
「え……あ、はい、人間です」
「名前は?」
「ア、アンと申します」
「なぜ人間が一緒に行動してる? お前がアイツを操っているのか!?」
「ひっ!」
険しい目つきで詰め寄ろうとするバルトに怯え、小さく悲鳴を上げる。すると隣にいたエクエスがバルトを手で制した。
「やめろバルト。すまないなアン。別に君をどうこうしようというわけではない。ただ、なぜ君が一緒にいるのか聞かせてくれないか?」
「え……わ、わかりました」
アンは自分がモンスターの生贄にされていた事、それを助けたのが魔神だった事、そして自分が街に案内した事を簡単にだが、正直に話した。
「貴様が誘導したのかっ!」
「も、申し訳ありません!!」
怒鳴るバルトに何度も頭を下げるアン。
「バルト! やめろっ!」
「だがな!」
「……案内しろと言われて断れなかったのだろう。それにアイツがいなかったらオレ達は魔物達に殺されていたのも事実だ」
「それはそうだが……」
「安易に彼女を責めるわけにはいかないだろう」
「……フン」
バルトは鼻を鳴らすと後ろを向いてしまう。エクエスは苦笑いを浮かべアンを見る。
「すまないな。ところでアン、アイツは何なんだ? 魔神と言っていたが……何が目的だ?」
「えっと昔話に出てくる魔神……らしいです。勇者様に封じられていた……とかなんとか。目的は世界征服って言ってました」
「その話はオレも知っているが……信じがたいな。世界征服という事はやはり魔王軍と繋がりがあるのか」
「あ~、よろしいですかね?」
「わっ!」
「!?」
アンの横からスッとデュランが現れる。驚くアンとエクエス。
「住民の皆さんを呼んでもらっていいですかね? あまりあの方をお待たせするのはよろしくないと思いますぜ?」
デュランはニッと笑う。
「わ、わかった」
エクエスは頷くと住民が避難している領主の屋敷へと向かった。バルトや兵士達も後に続く。
しばらくすると屋敷からゾロゾロと人が歩いてくる。その数は50人に満たない程で周囲を先程の兵士達が守っている。
「……少ないな。たったこれだけか?」
魔神が素直な感想を述べる。
「へい、この街は砦みたいな扱いだったもんでして。半数以上が兵士って感じございましたね」
「なるほど、その兵士が殆ど逃げ出せば残るのはこれだけか」
魔神は全員を見渡す。住人達は怯えきった目で魔神達を見つめていた。そんな視線など意に介さず、魔神は1歩前に出ると腰に手を当て仁王立ちで話を始める。
「我こそはラオナクィーカ・イーガボエナモテ・カイナッタイ・エウカバマナ! 世界を総べる真の支配者である。その一歩として、今日からこの街は我が治める!」
堂々とした宣言は静寂の中に響き渡り、魔神とその仲間以外の全員がポカンと同じ顔をしていた。
スネイクは外で無双中です。