第4話 城郭都市アルフォルト
2014/1/5 指摘のあった誤字を修正しました。
[城郭都市アルフォルト]
ガニア帝国にとって前線基地の意味合いの強いこの街は規模は小さいが、魔物の襲撃に備え四方を5m程の城壁に囲まれていた。魔物が群れで襲ってくる事など数十年と無く、街も平和だった。それが近年になって魔王軍の動きが活発化。ガニア帝国の領土に侵攻して来た。アルフォルトも最初は街の外に陣を敷き魔物の群れに応戦していたが、ジリジリと前線は下がり籠城する事態になってしまったのである。そして攻め落とされるのも時間の問題という所まで来てしまっている。
「門は絶対に死守しろっ! 何を使ってもいいから塞げっ!」
「はっ!」
「怪我をして動けない奴は速やかに屋敷へ運べ!」
「わかりましたっ!」
街の中では兵士達がバタバタと走り回っている。全員が必至の形相だった。
「時間の問題か……」
帝国兵士エクエスは戦況を見てそう呟く。街には東西に門があり兵士達は二手に分かれ死守していた。だがエクエスは守りきれないと思っていた。なぜなら今街にいるのは常駐していた兵士の半分にも満たない。ほとんどが階級の低い兵士で指示を出しているエクエスでさえ下級兵士だった。
「おい! エクエス!」
「バルトか! どうだ?」
エクエスと同じ帝国兵士バルトは悔しそうに顔を横に振る。
「だめだ、西門は持たない。やはり人手が足りなすぎる」
「東門も時間の問題だろう……ここまでか」
「くそっ!! 領主めっ、自分達だけ逃げやがって!!」
バルトは忌々しく叫ぶ。街が魔物の群れに囲まれる前に領主と兵士の半数が逃げ出していた。今ここに残っているのは、エクエスやバルトの様なこの街出身の兵士と新兵に近い者達のみだった。領主は街の住民を下級兵士と共に捨て駒にした。それを知った若い兵士達は絶望していた。だが、自分の故郷であるこの街を守りたいという意思で残ったエクシズやバルトの鼓舞によってなんとか侵攻を防いでいる。そんな理由もあり、自然とエクエスとバルトが指揮を執るようになった。
「魔物がこの街を攻めてる間に安全圏まで逃げるつもりなんだろうな」
「上司も悉く逃げていきやがった。若手だけで何が出来るってんだ」
「だが、やるしかないだろう。オレは東門を、バルトは西門を頼む。なんとか持ちこたえてくれ」
「わかった! 死ぬなよエクエス!」
「お前もな」
バルトは西門へと走って行った。
「……オレも向かうか」
エクエスはクルリと振り返り、東門へと向かった。
「おお、やっておるな。だが、随分と汚い者共であるな」
魔神は門に群がる魔物の群れを見て言う。魔物はすべてゴブリンで、泥と油だらけだった。身に着けているものはほぼ無いに等しく、錆びだらけの剣やナイフで木製の扉をガリガリと引っ掻きつつ物量に任せて押し開けようとしている。ゴブリン達の奇声と扉を削る音が何重にも重なっている様子は異様な光景だった。魔神とスネイクは平然としているが、デュランは「うへぇ」と気持ち悪がり、アンに至っては見ないように魔神達の後ろに隠れていた。
「こんな知能の無さそうな魔物で軍を成しているとは、魔王は何を考えておるのだ。まぁよい」
魔神は群がるゴブリン達に近づき、堂々と声を掛ける。
「お前達、ご苦労!」
魔神が声を掛けるとゴブリン達は一斉に魔神を見る。だが、一瞥しただけで再び扉をこじ開ける作業に戻った。
「……おい、我が声を掛けておるのだぞ?」
魔神が苛立った様子で言うも、ゴブリン達は聞く耳を持たず作業に徹している。
「おい! 聞いておるのかっ! 我こそは―――」
「ギャギャッ! ギャギャギャッ!!」
魔神が名乗りかけた瞬間、ゴブリンの一人が怒鳴りつけるような奇声をあげ、手に持っていた錆びたナイフを魔神に投げつける。ナイフは魔神の顔に当たり、ポトリと地面に落ちた。石でできた魔神にダメージは無く、少し削れ、錆びが顔に付いた程度だった。
「おっと、こいつはいけねぇ。アン様、こっちへ」
「え?」
魔神の雰囲気の変化をすぐに察知したデュランは素早くアンを連れて魔神から離れる。
「……スネイクよ」
「はっ!」
「これはこの者達の挨拶か何かか?」
「いえ、恐らく違うと思われます!」
「そうか……」
ビシリと姿勢と正したスネイクがそう答えると、魔神はゴブリン達へ指をかざす。金属の指先から直径2cm程の小さな球体が生まれ、それはゴブリンの群れの中心へフワフワと音も無く漂って行った。後方にいたゴブリン達も球が目の前を通るのに気付き、それを見つめる。前方にいるゴブリン達は気づいていない様で未だに扉を壊そうと必死な様子だった。球は目的の位置まで来ると中で小さな電気を放出しだす。チカチカと光りだした球をゴブリン達は不思議そうに凝視している。次第に光は大きくなり、球にヒビが入り始める。ヒビからバチバチと周りに電気が流れ始め、ゴブリン達も異変にやっと気づく。
「ギャギャギャ!?」
だが時既に遅く、球体はパキンと砕け、中の電気が一気に周りに広がる。門に群がっていたゴブリンをすべて覆い包む電気の塊は中に居た者をすべて一瞬にして灰に変えると収束して消えていった。
「ゴミめ」
魔神はそう吐き捨てると、辛うじて形を維持している。門を蹴り破った。
「ぐわっ!」
「ひ、ひぃぃぃ」
門を蹴り破ると、憔悴した様子の兵士達が驚愕の表情で魔神を見て呆然としている。
「ふむ……」
魔神は兵士達を一瞥すると気にせず門を潜っていった。扉を蹴り破った際に吹っ飛び気を失った兵士達以外の兵士達は魔神の威圧感に圧倒されその場で震えている。魔神はそれを見ても気にする事無く口を開いた。
「貴様等の相手をいちいちする気はないわ。ここの領主はどこだ?」
魔神がそう言っても誰一人反応を示す者がいない。
「どいつもこいつも我の言葉がわからぬのか?」
魔神が苛立ち始めた時、一人の兵士が目の前に現れる。
◆
エクエスが東門へと向かうと兵士立ちが必至で門の前に樽や木箱等を置いて扉を塞いでいた。扉の向こうからは魔物の奇声と扉を引っ掻く音が聞こえてくる。圧力で木製の扉は軋み続けている。十数人の兵士が必至で押さえているが、向こう側から押される力に負けているのは一目瞭然だった。
「くっ!」
エクエスも近場にあった木箱を持って門へと近づこうとした時だった。門の外でバリバリという激しい音と光がし、扉の向こうが一瞬にして静まり返った。扉を抑えていた兵士達も何事かと顔を見合わせている。
「何が起きた?」
次の瞬間、塞いでいた物ごと扉が吹き飛ぶ。近くにいた兵士達も一緒に飛ばされていた。
「なっ!?」
飛んできた破片を手で防ぎ、門を見る。門から入ってきたのは巨大な石像だった。隣には蛇と人間を足したような魔物がいる。
「な、なんだあれは……」
エクエスの頭は混乱した。
(魔王軍の……兵器か? あんなものどうしろと……)
エクエスはここまでかと諦めかけた。するとこちらを攻撃せずに石像は「領主はどこだ」と聞いてきたのだ。先程まで戦っていた魔物とは違い、言葉を話す石像。会話が出来るなら時間を稼げるかもしれないと考えた。
(稼がなくては。せめて西門を塞ぎ切るまでは……)
エクエスは石像の前へと進んだ。
◆
前に出てきた兵士を見る魔神。他の者よりしっかりとこちらを見る眼を見て感心する。
「ほう、少しはまともな者がおるか。貴様は?」
「オレは帝国ガニア帝国兵士エクエスだ」
「ふむ、ではエクエス。領主を連れてこい。今すぐに」
「何っ!?」
「領主だ。む、領主であっておったよな? アンよ」
都市の統治する役職の名を確認する為後ろを振り返る魔神。後ろからデュランとその後ろを恐る恐る歩いてくる少女アンがいた。
「は、はい。領主様であってます」
周囲をキョロキョロとしていたアンは魔神に声を掛けられビックリしながら返事をする。後から来た2人を見てエクエスや他の兵士は驚く。だがエクエス以外の兵士は魔神の威圧によって身動きが出来ない。魔神はアンの返事を聞くと「うむ」と頷き、エクエスの方に向き直る。
「に、人間が一緒だと!?」
「そんな事より領主を連れて来ぬか」
「…………」
エクエスはどう答えるか迷った。
(正直に答えるか。拒否するか。領主や兵の大半が既に居ないと知ったらすぐに虐殺が始まるのではないか。拒否しても目の前の石像が暴れだすだろう。理由はわからないが魔物の群れが消えているのはこの石像のせいだ。つまりそれほどの実力……)
エクエスは門の外にある灰の山を見る。おそらく魔法によって消された魔物達だろうと推測した。
(それほどの力を持った者、オレ達も一瞬で殺せるだろう。どうする……)
エクエスは周囲の兵士達を見る。既に戦意を喪失しているに近い兵士達を見て、エクエスは腹を括るのだった。
「領主は……既に居ない」
「何だと?」
「領主や兵士は既にこの街を出て行った。残ったのは我々下級兵士と住民のみだ」
「領主が真っ先に逃げただと?」
「ああ、そうだ! すでにここにいる者達は戦う力を残していない。住民達もだ! 指揮をしていたオレの命と引き換えにどうかこの者達を助けてもらえないか!!」
その叫びを聞いて兵士達も驚いてエクエスを見る。
「エクエスさん!?」
「何を言ってるんですか!!」
その言葉には耳を傾けず、エクエスは魔神をジッと見つめる。魔神は肩を揺らしながら笑い出していた。
「クックック、領主が真っ先に逃げるだと? なんという事だ。それでも領地と統治する者か? 領民を守らずに兵を連れて真っ先に逃げるか……そんな領主がいるとはな」
「くっ!」
エクエスは悔しく思うが魔神の言う事は正しかった。エクエス達もそう思う。
「いや、領主が居ないのであればそれはそれで都合がよい」
「何だと?」
魔神の言葉の意図が分からないエクエス。他の兵士も同様だった。魔神の隣で控えるスネイクや後方のデュランは平然としており、アンは「あ~やっぱりだぁ」といった感じに頭を抱えている。魔神は声高々に宣言をする。
「領主が統治を放置したのであれば、我が頂くとしよう。今この時からこの街は我が治める」
「何だとっ!?」
エクエスは魔神の言葉に耳を疑う。だが自分の要求を確認するのが先だった。
「へ、兵士と住民は殺さないのだな?」
「我に刃向う気が無いのであればな。人であれ魔物であれ我に刃向う者こそ滅するべき敵である」
「魔物であれだと?」
その言葉が引っ掛かるエクエス。
「魔王軍の者では無いのか?」
「我が魔王軍に属するだと? ふざけるでない。魔王軍が我に属する事はあっても我が魔王軍に属するなどありえぬわ」
何を言ってるのだという顔をする魔神に混乱するエクエス。
「お前はいったい―――」
言いかけたエクエスだったが、門の外が騒がしくなっているのが聞こえる。
「何事だ?」
魔神が振り返ると既に外に出て様子を伺っていたデュランがすぐに原因を調べて帰ってくる。
「魔物の群れがまた来ておりやす」
「何だと!?」
その報告にエクエスや兵士達は驚く。門は既に破壊されており塞ぐ手段が無い。
「またアレか。話の邪魔になるな」
魔神はそう言うとドスドスと門の近くまで近づく。そして門の近くの壁に手を当てると腕から黒い靄が現れ壁の中へと入っていく。
「な、何をしている?」
「ゴミが入って来ぬように塞ぐのだ」
エクエスの問いに魔神はそう答えると、門の周囲の壁全体に靄を行きわたらせる。すると壁が生き物のように蠢きだし、門を塞いでいった。
「なっ……」
エクエスや兵士、そしてアンもポカンとその様子を見ている。門は完全に壁で塞がれ、ただの壁になってしまった。他の部分より若干薄いが、その部分だけ色合いも変わっている。
「他の部分より薄いが材質を強化してあるのでまず崩れぬであろう」
「さすがであります!」
「見事なお手前で」
「うむ」
スネイクとデュランに褒められ、満足そうに頷く魔神。外からは魔物の声と壁を叩く金属音などがした。
「一体何者なんだ……」
エクエスが呟く声を聞いた魔神は待ってましたと言わんばかりに仁王立ちで堂々と自己紹介をする。
「我こそは世界を総べる者、魔神ラオナクィーカ・イーガボエナモテ・カイナッタイ・エウカバマナである!」
「ま、魔神……」
エクエスは茫然と魔神の名乗りを聞くしかなかった。
何と1年ぶりの更新でした。自分でもびっくりです。