第3話 運が悪かった人達
神殿を出た魔神達は、領主の治める街を目指して森の中を南下していた。森の中を歩いた事が無いアン、生まれたばかりのスネイク、復活したばかりの魔神と森の移動に不慣れな者ばかりだったので、それほど距離があった訳でもなかったが日が暮れてきてしまっていた。疲労した様子のアンを見て魔神が口を開く。ちなみにアンが疲労しているのは歩いた事の他にもあるのだが、魔神がそれに気付くはずもなかった。
「ふむ、日も暮れてきた。今日はこの辺りで休む事とする」
「はっ!」
「はい」
魔神はそう言うとその場にドカリと座る。
「たしかこういう場合、人は焚き火をするのであったな」
「はっ! では自分が木を集めてきます!」
「あ、私も集めてきます」
「うむ。では頼む」
アンとスネイクはそれぞれ辺りを散策し始める。1人になってアンは溜息を吐いた。
「はぁ、あんな2人に囲まれてたら息が詰まるなぁ…。おとぎ話のような悪人っぽくないけどどうなんだろう。どちらかと言うと親切な感じだし、悪い人達じゃないのかなぁ…あ、そもそも人じゃないか」
枯れた小枝を集めながらもさらに独り言は続く。
「街に着いたら帰っていいのかな…。そこで殺されたりしないよね。魔物の仲間とか言われて捕えられたり…そうなると火炙りの刑とかになっちゃうのかな」
考えがどんどんネガティブな方向へ行きかけている事に気付き、頭を振るアン。
「ダメダメ、もっといい方に考えなきゃ……いい方ってなんだろう…って、あれ?」
考え事に夢中になっていたアンはふと気が付くと、何処をどう歩いていたのか魔神が見えない所まで来ていた。
「えっと、どっちから来たんだっけ…」
自分の来た道を思い出していると、後ろからパキリと木の折れる音がし、ビクリと身を硬直させる。そして後ろにいる可能性のあるものが次々に頭の中で駆け巡る。そしてアンはその中で現状一番そうであってほしい人物の名を口にしながら振り返る。
「ス、スネイクさん?」
アンの視線の先にいたのは薄汚れた服を纏う3人の男達だった。それぞれ手には武器を持ち、目をギラギラさせてこちらを見ている。アンが振り返ったので、一瞬動きが止まったが、すぐにこちらに近づいてきた。
アンの頭に「逃げろ」という警鐘が鳴り響く。アンは手にしていた枯れ木を投げ捨て走り出した。すると男達もすぐに追いかけてくる。
「きゃっ!」
必死で走るアンだったが足場の悪い森の中では上手く走れず、運悪く木の根に足を引っ掛けて転んでしまった。
「うう…」
「へっへっへ。もう逃げるのはお終いか? 嬢ちゃん」
男の声ですぐに身を起こすが、すでに男達は目の前にいた。
「今日は大した獲物がいねぇと思ったけど、最後に大物が手に入ったな。狩りに来た甲斐があったぜ」
「おう、こりゃ上玉じゃねぇか」
男達はニヤニヤしながらアンを見ながら話をしている。
「捕まえる前に浮かれんなよ。お前等」
数歩後ろに居た髭面の男が他の2人に注意する。2人を制してはいるが、その表情は他の男達と同じだった。
「とりあえず連れて帰るぞ。戻ってから存分に楽しもうぜ」
「そうだな。ほら嬢ちゃんこっち来な」
「たっぷり可愛がってやるからよ」
手前に居た2人の男がアンの手首を掴んで引っ張る。
「いや! 離してっ!!」
必死で振りほどこうとするが、力では勝てるはずもなく無理矢理引っ張られる。
「離して!! はな……あ」
必死でもがくアンだったが、髭面の男の背後に迫る人物が目に入り、呆けた声を上げる。
「あ? 何見てんだ?」
3人の男が同時に後ろを振り返る。そこにはスネイクが居た。突然の魔物の襲来に3人の男はパニックになる。
「な、何だこいつッ!」
「ひ、ひぃ!」
「ば、バケモンだぁ」
「ス、スネイクさん」
アンを掴んでいた手を離し、武器を構える男2人。髭面の男も武器を構えようとするが、それよりも早く両腕をスネイクの下側の両手で掴まれる。
「ぐっ! は、離しやがれ!」
スネイクは聞く耳を待たず、そのまま腕を掴んでいる手に力を込める。両腕の骨の折れる音が響き渡る。
「ぎゃああああああああ!!」
「や、やめろっ!」
下側の手で男の両腕を折りつつ、上側の両手が男の頭に伸びる。手は左右では無く男の頭の前後をガシリと掴む。この時点で次に起きることが容易に想像できた。
「お…おい! やめ―――」
ゴキリ
骨の外れる音と共に髭面の男の顔が後ろの男達の方へ向く。見る見るうちに変色していく男の顔を見て他の男2人は完全に戦意を消失していた。たが、それで終わりでは無かった。スネイクは頭を勢いよく上へ引っ張った。
ブチッ
次の瞬間髭面の男の頭と胴体は引き離され、首からは大量の血が噴き出した。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「た、助け…」
腰が砕け、這ってその場から逃げようとする男達。その姿を確認し、掴んでいた男の頭と胴体を投げ捨てるとスネイクは血まみれな爽やか笑顔でアンに話しかける。
「アン殿! ご無事でしたか! 自分が来たからにはもうだいじょ…」
「…………」
アンはあまりの惨劇に気を失っていた。ちなみに髭面の男の首が捻じれ、千切られた時、真正面にいたアンが一番ダメージが強かった。捻じれた首と目が合ったのだから。
「ア、アン殿!」
スネイクがアンに駆け寄ると同時に、地響きが鳴り響く。そして魔神もその場に姿を現す。腰の砕けた男達はさらなる怪物に失神寸前だった。
「む! アンはどうした! 何があったのだ!?」
魔神は気絶したアンを見るや怒りの形相でスネイクに聞く。
「はっ! この者を成敗した時に気を失ったようであります!」
スネイクはここまでの経緯を説明した。それを聞くと魔神はその場で硬直している男達に話しかける。
「アンを連れ去ろうとした罪は重い。本来なら皆殺しな訳だが、そうだな…」
魔神は男達の装備を指差す。
「貴様達が身に着けている装備品をすべて置いて行け。それとこの男の命で許してやろう」
思考が鈍くなっていた男達は理解に時間がかかったが、理解するや否や身に着けている物すべて脱ぎ捨て一目散で逃げて行った。
「素っ裸になれとは言っておらんが…まぁよい」
「始末しなくてよろしかったのでありますか?」
「我が甦った事を世に広めてくれるかもしれんしな。素っ裸で生きていけるかどうかは知らぬが。とりあえず戻るぞ。スネイク、アンを運べ」
「はっ! 置いて行った装備品はいかがいたしますか?」
「む、そうであった。やはりもう少し人手が欲しいな」
魔神は放置された髭面の男の死体をジッと見つめる。
「う~~ん…」
アンが目を覚ますと既に夜になっていて、焚き火の明かりが辺りを明るく照らしている。
「お、気が付かれましたかい」
「あれ? あなたは」
隣にはアンを攫おうとした髭面の男が座っていた。こちらを見つめる男は気絶する前とだいぶ雰囲気が変わっていて、全身黒い服で首には黒のマフラーが巻かれていた。顔色は青ざめていて体調が悪そうに見えるが、ニコニコとこちらを見ている。魔神とスネイクもアンが目を覚ましたことに気付き、こちらを見つめていた。
「気が付いたかアンよ」
「おお! 安心しました。アン殿」
「ラオナクィーカ様、スネイクさん…私は一体」
「スネイクが不埒者を成敗している時に気を失ったと聞いたが?」
「…そ、そうです! スネイクさんがいきなりこの人の首を…あれ?」
「アン様、それであってますよ」
男はニコッと笑って見せる。そのせいで余計に混乱するアン。
「えっと、生きてますよね?」
「こういうことでさぁ」
そう言うと男は自分の頭を掴むとスッと持ち上げる。男の首は両手で掴まれたまま宙を浮いていた。
「というわけで、あっしの名前はデュラン。これからはラオナクィーカ様の従者としてよろし…ってあれ? アン様?」
アンは再び気絶していた。
次の日の朝、アンは再びデュランの説明を受ける。今度はゆっくりと順を追って話したのと、首が取れるのは3回目という事もあり、気絶せずに済んだ。
デュランと言う名は生前からの名で、この辺りを徘徊している盗賊だった。魔神の力で魔物として生まれ変わったが、生前の記憶は残っている。ただデュランにもアンの血が入っているようで考え方がガラリと変わっていた。デュラン自身も生まれ変わった事を感謝しているようで、魔神の為に尽くす事が喜びだと目を輝かせていたのを、アンは苦笑いで聞いていた。
手に入れた装備品は魔神によって加工され、スネイクとデュランの装備品になった。スネイクは大きな曲刀と皮の胸当て、デュランはナイフを数本身に着けている。アンにも護身用にと小さいナイフが渡された。
こうして新たな仲間と装備を手に入れ、街への旅が再開された。森を抜け、ひたすら南へ向かって行くと、遠くに壁に囲まれた建物が見えてきた。
「ラオナクィーカ様、見えてきましたよ」
「ほう、あれか…む? アンよ、あの煙はなんだ?」
「え? あ、本当だ…なんだろう」
「ふむ。デュラン、ちょっと見てくるがよい」
「わかりやした」
そう言うとデュランは風の様に走って行ってしまった。
「は、速い…」
「デュランは偵察や隠密行動が得意であるからな」
「そうなんですか」
「そう造った我が言うのだ。間違いないぞ」
「そ、そうですか」
腰に手を当ててふんぞり返る魔神。しばらくするとデュランが戻ってきた。
「デュラン、どうであった?」
「へい、それがですね…」
デュランは困った顔をしている。
「どうしたのだ?」
「へい、どうも魔物の軍に襲われてるみてぇで」
「何だと!?」
黒い煙の上がる街を見つめ、困惑する魔神達だった。
盗賊の末路はこういうものでしょう。でも一番精神ダメージを負ったのはアンでした。そんなわけで新たな仲間デュラン誕生でした。
また間が空くとは思いますが、次回もよろしくお願いします。