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第十話 新しい規則 古い傷

冷めきっていたお茶を、十和子は何も言わずに下げた。


ポットに新しい湯を注ぎ、今度はゆっくりと蒸らす。


その仕草は落ち着いていて、さっきまでの笑い声が嘘のようだった。


新しいカップが差し出される。


「じゃあ……本題に入りましょうか」


その一言で、空気が変わった。


姫禾は反射的に背筋を伸ばす。


「はい」


十和子の視線が、はっきりと鋭さを帯びる。


「まず最初に言っておくわ。アタシとこの人は、離婚しない」


胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


――それでも。


最初に湧いた感情は、安堵だった。


当然だ、とも思った。


こんな素敵な夫婦を、わたしのような存在が壊していいはずがない。


そのすぐあとに、嫉妬が来る。


好きなのだ。


もうどうしようもなく、貴久のことが。


それから、共感。


同じ男を好きになった者同士。


それに……奥様の言う通り、自分と奥様は、どこか似ている気がした。


今はまだ分からないけれど。


きっと、まだ共通点がある。


絡まり合った感情をほどくように、姫禾は小さく息を吐いた。


「……はい。分かりました」


十和子は頷く。


「いいのね。じゃあ、二つ目」


一拍置いて、言い切った。


「貴女はあくまで愛人。二番目よ。本妻はアタシ。それで納得できる?」


「おい、そんな言い方しな――」


貴久が口を挟みかけるが、十和子は一瞥!制した。


「あなたは黙ってて。優しく言ったところで、内容は同じよ」


姫禾は唇を噛んだ。


一瞬だけ、どうしようもない悲しさが胸をよぎる。


でも、それはすぐに別の色に塗り替えられた。


決意。


十和子の目を、真っ直ぐに見返す。


「はい。大丈夫です」


声は震えていなかった。


「わたし……先輩のこと、本当に好きですから」


その言葉に、十和子は少しだけ目を細めた。


どこか懐かしむように、満足そうに。


「いいわ。素敵な返事よ」


ふっと笑って、続ける。


「なんだか少し、妬けるわね。じゃあ、三つ目」


軽い調子とは裏腹に、内容は明確だった。


「貴女にこの人をあげるのは、週三日。月・水・金だけよ」


姫禾は黙り込む。


週三日。


一瞬、戸惑いが浮かぶ。


でも――すぐに、それを押し込めた。


「……わかりました。それでお願いします」


小さく息を吸ってから、貴久の方を見る。


柔らかな笑みを浮かべて、言った。


「先輩のこと、大切にします」


それを聞いた瞬間。


二人分の空気が、分かりやすく赤くなった。


「あらあら……ほんとに妬けるわね」


十和子は肩をすくめる。


「あ、それから。月・水・金とはいえ、仕事中はイチャイチャしないこと。ちゃんと集中なさい」


視線が、鋭くなる。


「この業界、そんなに甘くないの。爪を研がない獅子は、すぐに蹴落とされるわよ」


貴久と姫禾は、同時に背筋を伸ばした。


「「はい」」


声が、ぴたりと揃った。


十和子はそれを見て、満足そうに頷く。


新しく定めた規則の裏に、まだ癒えない古い傷を隠しながら。

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