宇宙港でコーヒーブレイク
加速がふっと収まり、船体を包む振動が落ち着く。
惑星を眼下に見下ろしながらほっと一息つく。
ホテルから宇宙船に飛び乗った時点でまず安心だし、よしんば秘書官権限を行使しても観察官事務所のエルフ族職員は大体私の味方。
ハニトラを仕掛けられたといえば外聞は悪いが、今の観察官事務所には女性職員――それも私のような地球人との出会いを欲していた同僚が多い。ある意味私は先駆者なわけで、陰に日向に応援されていたりする。
まあそんな蛇足はおいておき、逃亡の第一段階――成功。
一旦宇宙まで出れば地球の行政権は及ばないので、銀河連邦警察もエルフ部族連合の法律下でしか動けない。つまり私の身柄も一旦安全ということになる。
運転を自動操縦に切り替えて、背中を座席に預ける。
目線を横に移すと少年が船窓の向こうに伸びる軌道エレベーターを見て目を輝かせている。
惑星秋津洲に吸い込まれるように伸びているその構造物は私たち銀河連邦の住人からすればありふれた風景ではあるものの、地球人の彼にとっては人類が宇宙へ手をかける希望の階段に見えるのだろう。
このままエレベーター軌道に沿うように上昇して、軌道エレベーターの終着点に設置された宇宙港に入港する。
そして船は自動誘導装置に従って地球の夜の滑走路に近い光の線にそって速度を落とす。
誘導路の先には暗闇に浮かぶ巨大構造物である宇宙港ターミナル区画。
そのまま自動誘導に従い、ターミナル区画から伸びてきたボーディングブリッジが船体を固定する。
『接続確認――気圧調整完了――ターミナルビルに到着しました。ようこそ軌道エレベーター宇宙港輝夜へ』
気圧調整の警報音が一回鳴り、船のAIが停泊完了を伝えてくる。
ハッチが開くと、ふわりと身体が浮く。
軌道エレベーターは現在地上への接続処理にリソースを割いており、仮稼働中の宇宙側宇宙港は無重力状態遭った。
「あ、無重力だ!」
少年は私より先に飛んでいった。手すりを利用して上手に出口までまっすぐ慣性運動で移動している。
「貴方無重力状態初めてよね?」
「なんかやってみたらできた」
その言葉に私はどうだったろうかと数百年前の遠い記憶を呼び起こす。
初めて宇宙に出た時……いや、飛ぶというか、空中でもがいていた気がする。
少なくとも『なんかできた』と初回で無重力移動はできてなかったと思う。
本当になんでもそつなくこなす少年だ。
そう思いながら少年を見るとボーディングブリッジの廊下で無邪気に四方をくるくる回っている。
その無邪気さを見ると年相応の子供の一面にほほえましくなってくる。
最近では私を一方的にもてあそぶ面ばかり見ていただけに予定にちゃんと9歳児の面を見せてくれると安心する。
まあ、年相応の面を見せられると、同時に9歳児に恋慕している自分を突き付けられて、あれ? 私ショタコン? という気分になるが私はショタコンではない。
たまたま好きになった人が9歳だっただけで断じてショタコンではない。
「さて……」
私は気を取り直して端末を操作し、観察官事務所の一般エルフ族観察官のグループ通話に架電する。
「あ、首席ーおはようございます」
「なんか田中さんから鬼の形相で連絡ありましたよー」
「こっちにもあった……バレたんですね?」
何人かが応答し三者三様の反応。
ある意味私は彼ら彼女らのプライベートでの目標になっているわけで、その動向は注目の的みたい。
「うん。ばれて駆け落ち中」
私は部下の観察官に誇るように短く一言。
それに対して「やりやがった!」「首席は一味違うなぁ」などのキャイキャイワイワイな反応。
うんうん。うらやましかろう。
……じゃなかった。
「というわけで私は半月ほど駆け落ちにしゃれこむから。私の業務はみんなで分担してお願いね」
私の指示に職員が絶望と混乱の声。
なぜ私がいないのに私の業務が通常通り進むと思った?
そろそろ君らも私が受け持ってる難易度程度こなすいい時期なのだからやりなさい。
「半月でやらなきゃいけない主要業務は自治国昇格後の観察官事務所の日本への支援体制がメインだけど、下準備は私が整えているし本国が同じ惑星にあるだけで基本的に開拓の手順は同じだから先行事例の踏襲で何とかなるわ。頑張って」
「埋め合わせはしてくださいよー?」
部下の一人がぶー垂れながら言う。
「じゃあ、頑張った皆さんには僕からほうじ茶クッキーを振る舞うってことで」
私の肩に顎お乗せて唐突に少年が通話に割り込んでくる。
「ひゃっほい!主席がいなくても十全にこなして見せますとも!」
「クッキーはお替り可なの!?少年」
「紅茶も飲み放題でいいよー」
画面の先で歓声。
やる気は十分に充填されたようだ。
その様子に満足したのか、少年はまたボーディングブリッジの先に飛んでいく。
あれ?観察官事務所のエルフ族の胃袋、もしかして少年に掌握されてる?
そんなことを思いながら、まぁデメリットもないしいいかとスルーしてこまごまとした高等引継ぎを済ませ通話を閉じる。
そして船のセキュリティを作動させ、私も船からボーディングブリッジを伝ってロビーエリアに入る。
ロビーエリアでは広いロビーを識別するために番号が振られたポールを片手でつかみ、楽しそうにくるくると回っている少年。
なにあの可愛い生き物。
天才が持つまぶしいくらいに強い光のようなマナを持っていると思ったら、こんな無邪気な一面を見せてくる。
誰だって落ちる。
私だって落ちる。
あ、もう落ちてたわそうだった。
一旦、船に戻り、飲み物を探す。
重力のない環境で紙コップは使えないので、船内に常備してある無重力状態で飲めるコップを取り出す。
「あ、このカップってだいぶ前にISSで開発されたやつ?」
少年がいつの間にか横に来ていて、私の手元を覗き込んでいる。
そう、このカップ……同じものがアメリカにもあったのよね。
「物理法則が同じだとこういう特定の用途の品物は似たようなデザインになるのよ」
確かキャピラリーカップという名前でISSのクルーたちからオーク君がプレゼントされていた。
オーク君との雑談時に聞いて、ほとんど同じ形なことに驚いたもの。
「へぇー……まあ、確かに文明が違えど目的を突き詰めると同じような形に収束していくのかぁ」
「そうね」
ペットボトルのカフェラテを注いで少年に渡す。
このペットボトルのカフェラテは地球の食料品だ。
この船には私が後で飲んだり食べたり何か作ったりしようとお取り寄せをした品物が時空凍結庫に保管されており、容量を見たところ1年分くらい溜めていた。
結構生鮮品も入っていた。
記憶にないけどいつの間にか買ってたらしい。
コップを受け取った少年は不思議そうにいろんな角度でコップを見てから注ぎ口のようにすぼまっている部分に口をつける。
表面張力を利用して、液体がこぼれずに口元に引き寄せられてくる。
それを見ながら私も一口飲む。
コーヒーの風味を甘いミルクの香りが包み込み、警戒モードだった頭が少しリラックス寄りに傾く。
そうして少年と少しばかりのリラックスタイムを楽しんでいると端末に新たな着信。
従妹――駐日大使からの着信だ。
「はーいこちら絶賛美少年と駆け落ち中の首席観察官。どうぞ―」
「こちらあんたの秘書官に居場所を詰問された駐日大使。……いい人ができたってのは効いてたけどマジで一桁の少年ゲットするとかぶっ飛んでるわね。しかも自分の部下の子供って」
あきれてるのかうらやましいのかよくわからない味わい深い表情をする従妹。
「まぁいいわ。秘書官くんには管轄外ってことで適当にかわしといたわよ。それで、どこに休暇に行くのかしら?」
「それがまだ決めてないのよ。どこかいい場所ある?」
「世界樹がいいんじゃない?行政権留保するってなってから本国の連中が喜び勇んで再開発プロジェクト立ち上げてたでしょあそこ。半月経ってるし、もう逗留できるレベルの施設はできてるんじゃない?」
そういえばそうだった。
観察官事務所にもその通達といつ往来権が解禁できるかの照会が来ていたことを思い出す。
確かにあそこならばおそらくいち早く日本入りしたい高官も入っているだろうしちょうどよいかもしれない。
「世界樹跡って無人なんじゃないの?」
私と従妹の通話を聞いていた少年が好奇心に満ちた声で尋ねてくる。
「行政権が留保されるから入り口として再開発するみたい」
「じゃあそこ行ってみたい。おもしろそうだし」
少年も乗り気のようだしそうしよう。
「ところで世界樹ってどんなところなの?」
「そうね、移動中にそのあたり説明してあげるわね」




