逃げるんだよ!
お父さんが通話を始めるのと同時にエルフさんに窓から逃げれるかを聞いたところ、エルフさんは二つ返事でできると答えてくれた。
僕を抱えたままホテルの外から宇宙船に飛び乗るくらいなら余裕らしい。
僕をプラントで助け出してくれた時にも思ったけど、何気にフィジカル強いなぁエルフさん。
エルフさんが、僕の背中に隠れるようにして端末を操作する。
「宇宙船の遠隔操作はOK」
エルフさんは僕にそう耳元でつぶやく。
お父さんは僕らに背を向けて端末で会話をしている。
銀河連邦警察への通報は本当にやったみたいで、つぎはお母さんにかけて折檻の話をしている。
早く逃げなきゃ。
さて、エルフさんが操作を進めているあいだ、僕はお父さんの気を引きつつ先に寝室に入る必要があった。
意を決して、努めて先ほどののんきな雰囲気を出しながらお父さんに話かる。
「ねえお父さん」
呼びかけると、背中越しにお父さんの深いため息が聞こえた。
「なんだ愚息? 今回は何を言っても折檻は逃げられんぞ」
だよねーだから逃げる準備してる。
もちろんそんなことは言わない。
「トイレ行っていい? もれそう」
「我慢できないのか?」
お父さんはあきれ顔で返してくる。
うん無理。
「もらしていい?」
ちなみに少し尿意があるのは本当。
ここでダメと言われたら本当に漏らしてやる。
羞恥心よりも折檻を避けることが最優先だ。
だって本当に嫌なんだもん。
「……行ってこい」
あきれ顔でお父さんは折れた。
じゃあ一足先にっと。
正座をやめて立つとちょっと足がしびれている、ひょこひょことお父さんの横を過ぎ去る様子を、本当にもれそうと判断したのか、お父さんはまた端末で通話を再開する。
そして次はエルフさん。
「ねえ田中」
「なんですボス? 今度という今度はいくらボスでも……」
「急いで着替えたから下着付けてなかったわ」
「何やってんですかアンタ……」
あっけらかんというエルフさんにお父さんは自らのこめかみを押さえる。
「つけてきていい?」
「いいから早くつけてきてください、まったく」
あきれ顔で言うお父さん、エルフさんはお父さんの見えない位置で手をサムズアップさせている。
そしてエルフさんも僕と一緒に寝室に入る。
そしてドアに手をかける。
「……いやお前らボスはともかく愚息! なんでそっちに入る!?」
まあバレるよね。
ドアを閉める瞬間にハッとしたお父さんの顔が見えた。
無視して急いでドアを閉めガチャ、と鍵を閉める。
ドンドンドンドンドンッ!!
すぐに扉が激しく叩かれた。
「おい今カギ閉めたか!? 何やってるんだ開けろ! 入り口は封鎖してるんだ、逃げられると思うなよ!」
先ほどと違い、鍵をかけているのですぐにドアが開けられることはなくドアノブがガチャガチャと空回りしているだけ。
ドアの向こうからはお父さんの怒声。
「それでエルフさん、行けそう?」
「大丈夫、これくらいの修羅場なら全然余裕」
そう言うと彼女は端末を操作したあと、迷いもなく護身用の銃を取り出して窓に向けた。
赤い光が窓にあたったかと思うと、高い音も衝撃もなくガラスが円形に溶けていく。
わぁすごい、魔法みたいだ。
レーザー銃?
「すごーい」
僕のアホっぽい感想にエルフさんは苦笑する。
割と僕もエルフさんも嫌なことから逃げるためにいっぱいいっぱいだけど、それはそれとして緊張感からくる高揚感でユーモラスな雰囲気だ。
一方扉はというと……。
どごぉ、と扉が揺れる。
外側から強引に破壊しようとしているのが伝わってくる。
「思ったより本気ね田中」
「窓溶かしたの見えたからじゃない?」
直接窓が割れる様子は隣の部屋からは見えなかっただろうけど、エルフさんの護身銃が放つ赤いレーザーのようなものは見えたのだろう。
僕らが現実逃避で部屋に閉じこもったのではなく、逃げようとしたのを察したのだと思う。
お父さん、絶対本気だ。
ドアにぶつかる音から察するに、たぶん体当たりとかじゃなくて何か重いものをぶつけてドアを壊して開けようとしてる。
玄関のドアとは異なり所詮は部屋通しを隔てる室内ドアなので、そんなに耐久度はないだろうから割とすぐ開けられそう。
「エルフさん、船は!?」
「今着く!!」
エルフさんの言葉と同時になどの下から宇宙船が浮かび上がってくる。
開いた窓の外から、夜風が強く吹き込んできた。
――目の前に、宇宙船が静かに横付けされた。
僕の身体がふっと浮く。
気づけばエルフさんが僕を小脇に抱えていた。
その直後――
扉がメキメキという鈍い音とともに爆音と共に破られる。
僕を小脇に抱えて窓に手をかけるエルフさんとそれを追いかけてきたお父さん。
絵面は完全に誘拐犯のそれだ。もちろんエルフさんが誘拐犯側。
そんなことを考えていると、エルフさんはそのまま窓から身を乗り出し、躊躇なく跳んだ。
少しの浮遊感と、宇宙船のごつごつとした触感。
宇宙船が浮かんで居るからか宇宙船に着地したときの衝撃はなかった。
「何やってんだアンタ!!!」
すぐ後ろで、お父さんの声が響いた。
「んー……駆け落ち?」
「折檻は嫌だから逃げるねーさがさないでー?」
僕とエルフさんのそれぞれ気が抜けた返答にお父さんの怒気が上がるのが分かる。
といっても今更ごめんなさい投降しますといっても別にメリットはないので逃亡をやめる気はない。
「ショタコンこじらせて脳みそ腐ったのかこの喪女!!」
「ショタコンじゃないから! たまたま誑し込まれた相手が少年だっただけだから!」
「同じじゃボケカス!!!」
エルフさんが僕を小脇に抱えたままお父さんとコントのようなやり取りをする。
「とにかく私は急遽バカンスを取りたくなったので逃げます」
「あとのことは後の僕が考えてくれるんじゃないかなぁ。じゃーねー」
そう言って僕はお父さんに手を振りながらエルフさんが船内に滑り込み、そのまま扉を閉じる。
「ふっざけんな戻ってこい馬鹿ども!!!!」
怒声が遠ざかっていく。
怒り狂うお父さんが豆粒みたいに見える。
宇宙船が加速し、ホテルの敷地、街並み、光が小さくなる。
さーてと。
「半月位逃げればほとぼりも冷めるかしら」
どこか他人事のようにエルフさんが言う。
「あとのことは怖いから考えなーい。とりあえず駆け落ちごっこをたのしもっか、エルフさん」
そして僕も他人事のようにエルフさんに返して眼下を見た。
高度は既に成層圏、地球の輪郭と、その境の青い光。
後のことは後で考えればいいやと思考を放棄して僕は二度目の宇宙旅行を楽しむことにした。




