日本が人類から孤立する(物理)
午前6時ちょうど。
総理官邸の担当官僚からの緊急電話でその朝は始まった。
「はい……たなかです……なんですか?」
「田中連絡官!!今すぐ窓を開けて外を見ていただけますか!?」
普段は社交辞令を欠かさない政府側官僚の焦り散らかした声。
重い瞼をこすりながらカーテンを開ける。
「……は!?」
素っ頓狂な声が上がってしまう。
腕につけている情報端末で通話していたから落とさずに済んでいるが、もし持っていたのがスマホであれば手から落ちていただろう。
そして俺の声で一緒に寝ていた妻が起きたようで俺の隣に来て一緒に窓の外を見る。
「月が、二つ?」
妻の言葉の通り、窓の外には昨日まであった月ではなく、色違いの青い月が二つ。
「私ったら寝ぼけてるみたいね……おやすみあなた」
妻は夢だと思ったのか目をこすってからベッドに戻ってしまう。
俺も同じ思いだったので頬をつねる。痛い。夢じゃない。
「月が二つ見えますね」
端末に返答する。
「その上6時ちょうどに国外との通信がすべて途絶しています……田中連絡官、何かご存じありませんか?」
官僚の言葉には、言外に「犯人あそこしかねえじゃん?」といった確信が込められている。
うん、俺もそう思う。
「……やりやがったな、ボス」
隠してたやつってこれか……。
日本全国の通信途絶。夜空に浮かぶ二つの月。見覚えがある。
あれ、惑星秋津洲の衛星じゃねえか!
つまりこれは、日本列島ごとどこかへ転送されたということだ。
今までの不審な点が線でつながる。
中国の猫又さんから貰った物騒な装置、急に決まったエルフ部族連合の惑星割譲、惑星の事前訪問に準備は不要という言葉。
俺は上着を掴み、車のキーを握って寝室から飛び出るように家を出る。
道路わきには車が何台も止まっており、車から降りて空を見上げている、それは歩道にいる人々も同じで、皆一様に空を見上げては写真を撮ったり呆然としたりしているようだった。
メーターを振り切る勢いで幹線道路を走り抜け、観察官事務所で宿舎にしているホテルへ横づけする――。
空を見上げながら狼狽しているなじみのドアマンを無視してエントランスを抜けエレベーターホールへ。
そしてボスの宿舎であるインペリアルスイートの入り口。
「ボス! 起きろ! 開けろ!!!」
勢いよくドアをたたく。
寝ているのだろうか反応がない。
「田中様……外の件で観察官閣下に?」
後ろから声がしたので振り返る。
だたならぬ雰囲気にこのホテルの支配人である初老の女性が様子を見に来ていた。
「外を見ての通りの緊急案件です。一緒に来て貰えますか?」
さすがに女性の止まる部屋に男一人で入るのは憚られたため、渡りに船だった。
「わかりました。ご一緒いたします」
支配人の女性も同意し合いかぎを使いドアを開ける。
合鍵―――緊急時のために預かっている――ーを使いボスの宿舎へ押し入る。
「ボス!入りますよ!!!」
部屋に入り、廊下の次のリビングへ。
ドアが開けっぱなしのリビングには昨日の晩餐の残りと思われる皿が置きっぱなしになっており、ワインの瓶が空になって転がっている。
「寝室は確か右手か……支配人、ノックしていただいても」
「わかりました」
女性の寝室にそのまま入るわけにもいかず、支配人に代わりにお願いする。
支配人が急いでドアに向かうのと同時に向うからドアが開いた。
「ふぁ~~ねっむ……い…」
「え?」
「は?お、お前……」
なぜか息子がそこから出てきた。
パンツ一丁で。
「……あ、やっば」
俺と目が合い、息子が完全に凍る。俺も固まる。
「……お前」
言葉が出ない。脳が処理を拒否していた。
「少年ーー起きるならコーヒーを――――あ゛」
そんな俺に追い打ちをかけるかのように、ドアから喪女がシーツに包まりながら出てきた。
そして息子と同じように固まる。
肩を完全に露出して。もしかしてシーツの下は全裸か?
「二度寝しよっと」
固まる俺よりも先に再起動した息子がそう言って何事もなかったかのようにドアを閉める。
「まてい!なんでお前がここにいる!?昨日は友達の家じゃなかったのか!?というかそもそもなんで全裸なんだ開けろ!!!!」
ようやく頭が再起動した俺はドアノブをガチャガチャと回す。息子と喪女が一緒にドアノブを押さえているのか開く気配はない。
「ちょちょ田中待って!今はちょっとまずいの!」
「あーおとうさんまって今エルフさん全裸だからセクハラになるよ」
焦った喪女の声と、のんびりとした息子の声。
全裸か、やっぱり全裸なのかこの喪女。
おうなんで全裸なんだ喪女。
「開けられたくなかったらさっさと服を着てリビングに来い!」
逃げられると思うなど馬鹿ども。とっとと出てこい。
☆彡
リビングの床。
喪女と愚息が正座している。
支配人には一度部屋の外で待っていてもらうことにし、ここには俺と愚息と喪女の3人だけ。
じゃあ、釈明を聞かせてもらおうか。
「ちょっとだけ、一緒に寝てただけで!」
「そうだよー。ちょーっと添い寝してただけだよー?全裸でだけど。襲われたわけじゃないよ」
「ね、ね。あなたの息子もこう言ってるじゃない。だから合法!セーフ!ヨシ!!」
「ドアウトだこのスカタン!!」
何見てよしって言ったんですかね!?
えぇ―と不満顔のボス。
本当に通報してやろうかこいつ。
そして愚息。なぁ愚息。
そうお前だよ喪女の隣で明後日の方向を向いてる我が息子よ。
こいつも一応正座だが、反省しているかは怪しい。
お前は今度は何を企んで……いやそれを追求する前にだ。
「あんたはとりあえず後で銀河連邦警察に突き出すとして」
「―――マジ?」
「本題の方、あれはアンタの仕業か?」
割と素で焦っている喪女を無視して外を指さす。
そこには青い月が二つ。
「二つの月。世界中との通信途絶―――説明していただけますね?ボス」
「えぇ、そっちは予定通り。私の一存ではなく観察官事務所、ひいてはエルフ部族連合としてのサプライズよ」
正座しながらきりっと仕事モードの顔になるボス。
「日本列島は今、惑星秋津洲に移転したわ。9時には東京湾に軌道エレベーターの基礎を下ろして、そのままうちの国の全権代表が日本入りする予定」
「なんで日本政府や俺にまで秘密に?」
「ほら、せっかくうちの星系を割譲するんだから、これくらいサプライズがあってもいいじゃない」
全然よくないんだが? そういうサプライズいらないんだが?
「あと、日本移転をもって自治国昇格条件も満たすことになるから、これから忙しくなるわよ?」
「は?なんでそうなるんですか?」
開拓は始まってもいないじゃないか。自治国昇格の条件は、惑星開拓がある程度進んだら……。いや待てよ?
「もしかして、『開拓が進んだら』の定義って……」
「開拓惑星にその国家のある程度の割合または一定数の国民が移住して安定的な生活基盤が確立した段階―――つまり日本の場合は丸ごとお引越ししたから移住率は100%!条件達成よ!」
「わぁい」
おい愚息。喜ぶんじゃない!
お前は気楽でいいな。もう俺はお前が何考えているか全くわからないよ。
……いや待てよ。自治国昇格ってことは……星系開拓や独立も早まるってことだよな。
こいつの目的は宇宙にかかわることだったはずだ。
そして目の前の喪女は忌々しいことに日本を自由にする程度の権力を持っていて……昔、愚息を狙っていた。
「おい愚息」
「なぁにお父さん」
いつも通りのニコニコ顔。
いや、もう騙されんぞ。
「お前まさかこれを狙ってこの喪女誑し込んだか?」
俺の問いかけに息子は何も言わずに目を閉じて黙秘。
うん、黒。真っ黒!!!
【悲報】喪女、うちの愚息のハニトラに引っかかって日本を600光年吹っ飛ばす
どうすんのこれ!? うちの息子が原因かよ!!!
ていうか喪女! 一桁のガキのハニトラに引っかかってんじゃねえよ! 何年生きてるんだよお前! お前この……おバカ!!!!
そもそもこれだれも止めなかったのかよエルフ部族連合! どうなってんだよおかしいだろだれか止めろよ!!
日本政府にどう説明すりゃいいんだよこれ、もうどうすればいいんだよこれ。
ぐるぐると頭の痛い話題と事実が脳内を駆け巡る。
それをあきらめたととらえたのか喪女がいい笑顔で言った。
「……自治国昇格おめでとう、よかったじゃない。一番乗りよ、日本」
「うるっさいっわこのショタコン喪女!!!!」
俺は叫んだ。力の一杯叫んだ。
叫んでもどうにもならないとわかっていたけど叫んだ。
窓の外の空を見る。何回見ても月は二つ。しかも青い。
人生どうしてこうなったと思うことはよくあるが、それにしてもやり過ぎじゃないか???
(第一部 了)
第二部は『人類は自治国に昇格しだしたようです』の予定だったのですがおねショタ書きたくなったので『少年とエルフさんの逃避行』が次の章になります。
第一章よりローペースになりますがぬるっと更新してこうと思うので、引き続きお付き合いください。




